泡沫浄瑠璃:秤金次の同級生が呪われて死ぬまでの話 作:天狗猿
呪術アニメすげぇ…見てるだけで創作意欲が掻き立てられるし
夏の京都は、死に損なった情熱が地表にへばりついているような、粘りつく湿気に支配されていた。盆地特有の熱気は、逃げ場を失ってアスファルトの上で陽炎を編み、古都の厳かな静寂をドロリとした不快感で塗り潰している。
JR京都駅のホーム。新幹線から吐き出された観光客の喧騒の中で、その一行は明らかに異質な色彩を放っていた。
「うっひょおー! 京都じゃん、京都! 金ちゃん見てよあのお土産物屋! 抹茶スイーツ食べ尽くそうよ!」
「落ち着けって綺羅羅。まずは挨拶だろ。……ま、終わったらパチ屋の新規開拓も悪くねぇけどな。京都のホールは釘が渋いって聞くが、俺の『
派手な髪色を隠そうともしない星綺羅羅と、不敵な笑みを浮かべる秤金次。
中学時代の留年や度重なる停学処分により、修学旅行という人生の瑞々しいイベントをすべて「欠席」という二文字で塗り潰してきた彼らにとって、この交流戦は任務以上の高揚感を伴うものだった。
その背後で、乙骨憂太と白波瑠璃も、いつもより少しだけ浮き足立った様子で周囲を見渡している。
乙骨は大きなスポーツバッグを肩にかけ、慣れない京都の空気に目を細めていた。
「……京都、やっぱり空気が違いますね。白波さん、顔色が少し明るいよ」
「あ、わかる? 私、こういう古い街並みって少し憧れてて……でも、観光じゃないって分かってるから」
瑠璃は自分に言い聞かせるように頷くが、その瞳には好奇心の火が灯っている。 そんな若人たちの背後から、重苦しい溜息と共に「やる気」という概念をどこかに置き忘れてきたような声が響いた。
「おい、遊びに来たんじゃねえんだぞ……。開会式まで遊んでる時間もねぇんだ、さっさと行くぞ。京都の補助監督は運転が荒いからな、乗り遅れるなよ」
引率の日下部篤也は、口に咥えた棒付きキャンディをカリリと噛み砕き、面倒そうに一行を促した。
一行を乗せた車両は、観光地の華やかさを脱ぎ捨て、奈良との県境に近い深い森へと入り込んでいった。
そこにあるのは、東京校の「山の寺」然とした佇まいとは異なる、威圧的なまでの伝統。
「ここが、京都校……」
瑠璃が息を呑んだ。
高い塀に囲まれた敷地内には、平安以来の寝殿造りを基調とした左右対称の校舎が鎮座している。
至る所に施された御三家の紋章や、古い呪符が空気の密度を物理的に高めているように感じられた。
「気をつけろよ。京都校は保守派の巣窟だ。東京校みたいに『実力があれば何でもあり』なんて空気はねえ。礼儀を欠けば、競技の前に言葉の刃で刺されるぞ」
日下部の警告に、秤が鼻で笑って応える。門の前には、既に迎えの面々が並んでいた。
「……五条の馬鹿は、来ていないでしょうね」
開口一番、忌々しそうにそう言い放ったのは、巫女装束を凛と着こなした庵歌姫だった。
その傍らには、加茂家の嫡男としての重圧をその細められた瞳の奥に隠した加茂憲紀。そして、箒を抱えて退屈そうに空を眺めている西宮桃の姿がある。
「あいつは東京校に居残りだ。来たがってはいたがな。交流戦の間は硝子がこっちに来ている。流石のあいつも、反転術式使い不在で手薄になった東京校を空けるわけにはいかなかったらしい」
日下部の説明に、歌姫は「ふん、賢明な判断ね」と短く返した。日下部の視線が、加茂たちの後ろに控える一人の青年に移る。
「
「お久しぶりです、日下部先生。ぼちぼちですよ。……それより憲紀、東堂はどこに行った。今日はここで東京校の皆さんを迎えることになっていた筈だ」
佇まいに研ぎ澄まされた刃のような鋭さがある。
迅と呼ばれた男の問いに、加茂憲紀が「知りません。いつもの独断専行でしょう。新田先輩が探しに行っています」と、感情の失せた声で答えた。
「もー、なんなのよアンタたちは。同じ二年生同士なんだから、少しは協力しなさいよ……」
歌姫が頭を抱える。
その時、西宮桃が東京校の面々を数えるように目を細めた。
「……ねえ、ちょっと。東京校の二年生って二人じゃなかった? 秤と、あの星綺羅羅とかいう派手な子。その、隣の青い目の子は?」
「あぁ、こいつは白波瑠璃。最近になって入ってきた編入生だ」
日下部の適当な説明に、西宮は「ふぅーーん」と訝しげな視線を瑠璃に向けた。
門の奥から、静寂を切り裂くような重厚な足音が響いた。 現れたのは、東京校学長・夜蛾正道と、京都校学長・楽巌寺嘉伸。
その後ろには、おどおどとした様子の三輪霞と、事務的な表情の新田明が付き添っている。
「お久しぶりです、日下部さん!」
三輪がパッと顔を輝かせて会釈する。
日下部はキャンディの棒を指で弄びながら、「久しぶりだな三輪。迅にいじめられてないか?」と軽口を叩いた。
「いじめていませんよ」
迅が淡々と突っ込む。楽巌寺学長が、その長い髭を揺らし、エレキギターの弦を弾くような嗄れ声で口を開いた。
「……始めるとしよう。今年度の団体戦の内容を説明する。競技名は『洛中洛外・呪霊掃討大合戦』」
「舞台は京都の市街地を模した演習場、および裏山の一帯。要は、そこに放たれた呪いの『掃除』じゃ。エリア内の三級呪霊を祓えば十点、四級ならば五点を加算し、制限時間内での合計得点を競う。エリア中央には特別に『二級呪霊』を配置した。これを仕留めたチームには百点のボーナスを与える。……術師同士の直接攻撃は許可するが、術師として復帰不能なまでに追い込むような真似は厳禁。分かっておろうな?」
老学長の視線が一同を射抜く。
「交流戦は、互いに競い合い、力を高め合う場だ」
夜蛾学長が、サングラスの奥の鋭い眼光を生徒たちに向けた。
「反転術式を使える家入が来ているとはいえ、不用意な怪我や殺生は厳禁とする。呪術師が呪術師を傷つける重みを忘れるな。……それでは、時間まで散!」
※
東京校に割り当てられた待機室。
和整然とした、歴史の重みを感じさせる畳の部屋。
しかしその中央には、およそ部屋の雰囲気に不釣り合いなホワイトボードが持ち込まれていた。
「いいかい、去年の敗北を繰り返すわけにはいかない」
ホワイトボードの前に立ち、さらさらと地図を書き込んでいくのは、四年生の宮國蓮だった。常に余裕を感じさせる飄々とした微笑。
しかし、その指先から溢れる呪力は、鋭利な墨色の糸となって空間を微かに震わせている。
「京都校の三年、宇佐美迅。彼は術式こそ持たないが、シン・陰流の達人だ。さらに特級呪具『空蝉(うつせみ)』を使う。刀身が不可視の業物。これに同じ三年の新田明の『状態維持』の術式が加われば、血飛沫も汚れもつかない、完全な死角からの斬撃が延々と続くことになる」
宮國はホワイトボードの端に、下手くそな魔女っ子のようなイラストを描き、それを指差した。
「作戦はシンプル。秤君、君は単独で呪霊狩りに専念して。君の”熱”なら、下級呪霊の群れなんてただのボーナスステージだろう? その間、残りの四人で京都校を徹底的にマークし、妨害する。特に偵察の西宮……この魔女っ子を自由にさせないことが肝要だね」
話のキリがついたところで、壁に背を預けていた日下部が重い腰を上げた。
「……秤、乙骨。最後にもう一度釘を刺しておくぞ。秤、お前の術式は保守的なジジイ共が一番嫌うタイプだ。今の段階で目をつけられると、俺が庇いきれん。絶対に隠し通せ。それと乙骨、里香は出すなよ。万が一完全顕現でもしてみろ、お前は即死刑だ……これは命令じゃねえ、俺への皺寄せを減らすための懇願だ」
乙骨憂太は、背負った刀の柄を強く握り締め、静かに、しかし決然と頷いた。
「分かっています……里香ちゃんには、大人しくしててもらうから。僕が、僕自身の力でやりきります」
「術式抜きか。ま、素手でも十分『熱く』なれるけどな。むしろその方がギャンブルっぽくていいぜ」
秤が凶悪な笑みを浮かべて拳を鳴らす。
最後に、宮國がホワイトボードから視線を外し、瑠璃の方を向いた。
その笑みから、いつもの「余裕」がわずかに消え、鋭利な期待が混ざる。
「最後に瑠璃ちゃん。……君には、特に重要な役割がある」
「……っ、重要、ですか?」
瑠璃の心臓がドクリと跳ねた。宮國の細められた瞳が、彼女の奥底を見透かすように射抜く。
「それはね……」
粘りつく熱気の中、姉妹校交流戦の火蓋が、静かに斬られようとしていた。
※
京都校裏山は試合開始の号砲とともに、静寂は暴力的な音響によって塗り潰された。
京都校の西宮桃は、愛機の箒を駆って瞬時に高度を稼ぎ、戦場を俯瞰しようとした。
彼女の役割は広域索敵。
東京校の初動と呪霊の配置をリンクさせ、戦況を最適化するための「目」となるはずだった。
しかし、その視界に飛び込んできたのは、重力という物理法則を嘲笑う異常な光景だった。
「なっ……何事!?」
地上から打ち上げられたのは、総重量一トンを超える数台の軽自動車。
それらがまるで意思を持つ巨大な弾丸と化し、慣性を無視した軌道で上空の西宮へと肉薄する。
(これは市街地エリアにあった廃自動車…ッ!?)
星綺羅羅の術式、『星間飛行(ラヴランデヴー)』。
開始直後、綺羅羅が「マーキング」した車体は、引力と斥力の奔流に翻弄され、西宮の飛行ルートを物理的に封鎖する巨大な障壁と化した。
西宮は絶叫を噛み殺し、箒をしならせて機体同士のわずかな隙間を縫う。
だが、空中に浮遊する鉄塊の影から、さらなる「質量」が躍り出た。
「見ーっけ」
「嘘、この高さまで……ッ!」
車体にしがみつき、加速の慣性を利用して跳躍してきたのは秤金次だった。
秤は空中で西宮を鷲掴みにすると、自身の全質量を叩きつけるように急降下を開始する。
重力加速度に秤の呪力が加わり、二人は弾火さながらの速度で地表へと堕ちていく。
墜落の寸前、西宮は死に物狂いで風を操り、気流のクッションを作って体勢を立て直した。
逆に秤を地面へ叩きつけようと旋回を試みるが、秤は空中でその拘束を軽々と脱した。
ドォン、という重低音。
秤は呪力を足元に爆発させ、衝撃を相殺しながら道路脇の木の枝へと着地。
そこから驚異的な脚力で森の深部へと消え、下級呪霊の「乱獲」を開始した。
(しくじった。すぐに上空に戻らないと……!)
西宮が再び高度を上げようとした瞬間、背後から艶めかしい声が響いた。
「そうはさせないよ」
星綺羅羅が影から現れ、西宮の箒の柄に指先を滑らせた。
その瞬間、西宮の箒は強烈な引力を帯び、市街地エリアの街灯へと猛烈な勢いで引き寄せられた。
『星間飛行』。その引力のマーキングは、同じ呪力を共有する対象であれば、式神や呪具に対しても適用される。
西宮は制御不能となった箒に振り回され、地面へと引きずり戻される。
「乙骨くん!」
綺羅羅の鋭い掛け声に応じ、乙骨憂太が影から踏み出した。
抜刀の軌道が西宮の箒を断ち切らんと閃く。
しかし、その刃が届く直前。
大気を震わせる轟音とともに、岩山のごとき巨体が三人の間に割って入った。
京都校二年生、一級術師。東堂葵。
「助かったわ、東堂くん!」
「勘違いするなよ西宮! 俺はこいつらを品定めに来ただけだ!」
東堂の乱入により、乙骨たちは一時撤退を余儀なくされる。
東堂は乙骨を太い指で指差し、咆哮した。
「乙骨憂太! 答えてもらおうか! どんな女がタイプだ? 答え次第では、今ここで殺す!」
困惑する乙骨と綺羅羅を尻目に、東堂は不敵に笑う。
「性癖はその人間の魂の格を雄弁に語る。つまらん人間はつまらん性癖しか持たない。そして俺は、つまらん人間には一ミリの興味もない。さっさと答えろ!」
「……え、えっと。涼宮ハルヒ……?」
乙骨の困惑した呟きは東堂に一蹴される。
乙骨は居住まいを正し、自身を救ってくれた真希や里香の面影を脳裏に浮かべた。
「……僕は、自分を助けてくれた人を大事にしたい。それだけです」
「……ほう。自分本位ではない、魂の回答か」
東堂の口元に笑みが溢れた。
乙骨を「グッド(良いな)」と一方的に評価する。
続けて綺羅羅も肩をすくめて答えた。
「アタシは……女じゃないけど、金ちゃんみたいな熱い男がタイプかな」
「秤金次か! 退屈しなさそうだな! まとめてかかってこい、東京校の戦士ども!」
京都校の
※
一方、エリア西側の竹林。京都校の宇佐美迅は、不自然に途切れた無線機をポケットに仕舞い込んだ。
「西宮との連絡が途切れた。おそらく東京校の仕撃だ」
「あの人がいないと索敵できないから、ちょっとヤバくないスか?」
隣を走る新田明が不安げに尋ねる。
宇佐美は歩みを止めず、周囲の音を殺すように移動を続けた。
「問題ない。西宮がやられたということは、向こうの主目的が妨害にあるということだ。こちらが探さずとも、向こうからやってくる」
宇佐美は走り抜けざま、立ち塞がる四級呪霊を斬り裂いた。
その刹那、頭上の梢から一筋の影が高速で急降下する。
白波瑠璃による奇襲の蹴り。
「……ッ! 迅さん!」
新田が叫ぶ。
だが宇佐美は、呪霊を祓った勢いをそのままに刀を返し、その「峰」で瑠璃の靴底を受け止めていた。
瑠璃の蹴りが持つ威力を、抜刀の逆運動で完璧に殺している。
(刀の峰で止めた……!?この速度で反応を……!)
瑠璃は驚愕しつつも着地し、二人の前に立ちはだかった。
「新田、距離を取れ。場合によってはそのまま呪霊討伐に向かえ」
宇佐美は刀を構え直す。
その手にあるのは、鍔と柄しか存在しない異形の刀――特級呪具、『空蝉(うつせみ)』。
刀身は完全に透明であり、光の屈折さえも計算されたその妖刀は、保持者を「不可視の鬼神」へと変貌させる。
(宮國さんは言っていた。新田さんの術式で刃毀れも汚れもしない。なら……!)
瑠璃は呪力を足元に集中させ、爆発的な踏み込みを見せると同時に、射線上の巨木を蹴り倒した。
「避けろ新田!」
宇佐美の声とともに、何もない空間から不可視の斬撃が放たれる。
木の幹が縦に真っ二つに裂かれた。だが、倒木は瑠璃のブラフに過ぎない。
(抜刀術は一本の刀の動き。木の幹に集中している今なら!)
瑠璃は滑走し、宇佐美の死角へと回り込んだ。
手甲で武装した右手に、沸騰するような呪力が凝縮される。
瑠璃が生み出した新技は、水中最強の捕食者・モンハナシャコの打撃理論に基づいている。
空気を流体として捉え、亜音速の拳で呪泡と空気を圧縮・爆発させる。
衝撃波の発生原理は、液体の圧力が局所的に飽和蒸気圧以下になった際に生じる気泡の消滅。
すなわち
その瞬間の衝撃圧は、物理学の方程式と論理に基づき、対象を完全に崩壊させる。
「───『
一閃。
真空の爆圧が宇佐美を襲う。
宇佐美は咄嗟に『空蝉』を防御に回すが、超高圧の衝撃は刀身ごと宇佐美を弾き飛ばした。
瑠璃の呪力で強化した右腕も亜音速の代償として火傷を負い、煙を上げているが──────
(獲った……!)
刀を失った宇佐美に対し、瑠璃は追撃の左拳を構える。
しかし、次の瞬間、彼女の背筋に氷を突きつけられたような悪寒が走った。
宇佐美は着地と同時に、刀を捨てて「手刀」の構えを取っていた。
その周囲には、これまで以上に濃密な「簡易領域」の陣が展開されている。
「……シン・陰流は、術式を持たぬ弱者が生き残るための足掻きだ。そしてこれは、刀を失った時の最後手段――」
「シン・陰流抜刀術『昼月』」
宇佐美の言葉とともに、術式の開示による「縛り」が発動し、彼の呪力が爆発的に底上げされる。
瑠璃と宇佐美の壮絶な肉弾戦インファイトが始まった。
宇佐美の手刀は鋼の刃と化し、瑠璃の制服を、皮膚を、肉を正確に切り裂いていく。
(パワーも速度も向こうが上……。でも、日下部先生は言っていた。シン・陰流はゴリ押しに弱いって。なら、私にしかできない『汚い』ゴリ押しを……!)
瑠璃は呪力を全身から噴出させ、地面を自身の血と粘着質な「呪泡」で濡らしていく。
宇佐美の合理化された手刀が瑠璃を追い詰めていくが、トドメの一撃を放とうとした瞬間、宇佐美の軸足が「滑った」。
拳と手刀の衝突に撒き散らされた瑠璃の体液と呪泡。
それが地面を摩擦を削ぎ、剥離した床へと変えていたのだ。
体勢を崩した宇佐美の簡易領域が一瞬、消失する。
瑠璃の脳裏に、数ヶ月前の禪院真希との組み手の感覚が蘇った。
アドレナリンによって研ぎ澄まされた感覚が、真希の動きを忠実にトレースする。
「───っ!」
瑠璃は宇佐美の懐に滑り込み、その重心を完全に奪った。
背負投。
ドサッ、という重い音とともに、宇佐美の頭部が地面に叩きつけられる。
「……一本」
失神した宇佐美の傍らで、血まみれの瑠璃は荒い息を吐きながら、九月の空を仰ぎ見た。
※
「……どうやら終わったようだね」
静寂が戻り始めた神社エリアで、宮國蓮が吐息と共に呟く。
彼の四肢は、加茂憲紀が放った赤血操術『赤縛』によって、硬化した血の縄に深く食い込まれ、拘束されていた。
しかし、終了の合図と共に呪力の供給が途絶えると、そのどす黒い赤は乾燥した剥片となり、パラパラと音を立てて剥がれ落ちていく。
「……最初から、時間稼ぎが目的だったんですか」
対峙する加茂憲紀もまた、無傷ではない。
その腕や足には、カミソリのような切れ味を持つ『墨糸』が幾重にも巻き付き、白い肌には墨汁が染み込んだような裂傷が刻まれている。
加茂は乱れた息を整えながら、悠然と伸びをする宮國を忌々しげに睨みつた。
「呪術師なんて基本、
宮國は、拘束を解かれた肩を回しながら、いつもの飄々とした笑みを浮かべた。
「目標の前に適当な障害を作ってあげれば、そっちに夢中になりがちだよ。現に主戦力と頭の宇佐美を潰しちゃえば、後はグダグダだ。点取り合戦だったら、どれだけチームのパワー馬鹿が活躍してくれるか、それが勝敗の鍵かな」
宮國は、加茂の顔を覗き込むようにして言葉を継いでいく。
その瞳には、後輩を導く慈愛と、対象を解剖するような冷徹さが同居していた。
「君も指令塔としては悪くない。だけど戦法がセオリーに乗りすぎだ。相伝術式だから
加茂家次期当主としての重圧を背負い、家系の矜持に殉じてきた憲紀にとって、その指摘は急所を突くものだった。
加茂は歯痒そうな表情を浮かべ、拳を握り締めると、一言も返さずにその場を去っていく。
一人残された宮國は、そのまま湿った地面に大の字に寝転がった。
「あー……しんど。乙骨くん達は大丈夫かなぁ」
空を見上げる彼の横顔は、先ほどまでの冷徹さが嘘のように、どこか遠い場所を見つめていた。
※
京都校の校舎一角、モニターが並ぶモニター室。
上空を旋回する冥冥のカラスたちが送り届ける映像を、高専関係者たちは静まり返って見つめていた。
東京校が京都校の各個撃破と分断に注力している間、戦場では理不尽なまでの「乱獲」が行われていた。
主戦力の秤金次が、砂利を噛むようなザラついた呪力を爆発させ、エリア内の呪霊を文字通り全滅させていたのである。
メインターゲットである二級呪霊さえも、秤の暴力的なまでの出力の前に、右ストレート一発で塵へと還っていく。
呪符に表示された
「……生徒たちを迎えに行ってくるわ」
惨憺たる結果を突きつけられた庵歌姫が、巫女装束を翻して席を立ちあがる。
「おやおや、今年の交流戦は予想以上の点差だったね」
観覧席で、冥冥が扇子を口元に当ててクスクスと笑いました。
「特にあの二年生……秤くんだったかな。あそこまでストイックな術師は、見ていて飽きないよ。七海術師、君は気になった子はいたかい?」
隣で腕を組んでいた七海建人が、七三分けの髪を整え、眼鏡の奥の鋭い眼光を崩さずに答える。
「……京都校は東堂くんがチームワークを意識していれば、結果は違ったでしょう。もっとも、スタンドプレー以外で彼の実力が発揮されるとは思いませんが」
「……あー、胃が痛ぇ。秤の野郎、やりすぎなんだよ。少しは手心加えろよ」
日下部篤也は、トレンチコートの襟を立て、頭を抱えながら内心でほくそ笑む。
ひとまず秤の停学と乙骨の死刑は回避された。
その事実と自分の首が繋がったことを確信した日下部は誰にも見られぬようそっと、安堵の溜息を漏らしていた。
「最初に見た時は、もっと大人しい女の子だと思ったんだけどなぁ」
校舎内の医務室。
消毒液の人工的な臭いと、微かなタバコの香りが混ざり合う空間で、家入硝子が呟いた。
瑠璃の右腕の肘から先は、亜音速の打撃の代償に生じる摩擦熱により、皮膚がただれ、鮮血を滴っていた。
硝子がその手に反転術式を施すと、ひんやりとした正のエネルギーが沸騰した組織を繋ぎ合わせ、千切れた血管や細胞を元に戻していく。
『反転術式』によって傷口が治癒すると、硝子はしなやかな陶器のような指によって、瑠璃の腕に包帯を巻いていった。
「女の子なんだから、もっとお淑やかにしなよ。将来お嫁に行けなくなっても、私は知らないよ」
硝子は呆れたように笑いながら、包帯の端を鋏でパチンと切った。
「傷はもう塞がってるけど……数日間は安静にしておきなさい。いいわね、お転婆娘」
「……はい」
瑠璃は、ベッドの端で小さくなって頷く。
その時、タバコを取り出そうとした家入が白衣のポケットから一枚の写真が、床にハラリと落ちた。
写真には、若き日の家入硝子。
そしてその両隣には、制服を着た二人の少年が写っていた。
一人は、あの五条悟。
そしてもう一人は、切れ長の目を細めて微笑む、どこか影のある少年。
「硝子さん……これ、落ちました」
タバコに火をつけようとした硝子の手が、ピタリと止まった。
彼女はしばらくその写真を見つめた後、一本のタバコに火を灯し、ゆっくりと、長く、紫煙を吐き出した。
「……あー、それね。昔の友達の写真」
硝子の声は、どこか遠い場所から響いているようだった。
「捨てたいと思っても、なかなか捨てられなくてね。結局ズルズルここまで持ってきちゃった」
空中で、吐き出された煙が静かに溶けていく。
「……五条と、夏油って言ってね。今はどこで何をしているんだか」
その瞳は、取り返しのつかない「青い夏」の残像を追っているようだった。
硝子は、瑠璃に向き直り、優しさと憐憫が混ざり合ったような複雑な眼差しを向ける。
「瑠璃。学生のうちに、やれることは全部やっておきな。どんなにくだらなくても、それはそこでしかできないんだからね」
忠告のようなその言葉は、消えゆく煙と共に瑠璃の胸に沈んでいく。
硝子が再び吐き出した煙は、夕暮れ時の部屋の中に溶け、その苦い臭いだけがいつまでも漂っていた。
呪術関係でR-18創作が書きたくなってきたので希望アンケートに答えてくれ。必要だろ
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