アドマイヤベガの双子の妹に転生しましたので、姉と一緒に頑張ります 作:雅媛
鏡写しの自分がいる。
正確には「自分によく似た誰か」がいる、と言うのが正しいだろう。
さらりとした鹿毛の髪、どこか憂いを帯びているように輝くアメジストのような瞳。
整った顔立ちは、そこらのモデルよりも遥かに美しいと断言できる。
一方で大きな耳はそんな怜悧な外見に可愛らしさを加えている。
けれど、鏡写しの少女とボクを明確に区別するものが二つある。
一つは、耳飾り。
鏡写しの彼女──ボクの姉、アドマイヤベガは右耳に星模様の入った青いメンコをつけている。
対してボクは、左耳。
まるで合わせ鏡のように、あるいは一対の翼のように、ボクたちは左右対になる装飾を身につけている。
そしてもう一つ、決定的な違い。
それは、彼女の口から漏れ出ている言葉の知性レベルだ。
「……アルタイル。重力異常よ」
姉さんは、ベッドの上でミノムシのように布団にくるまったまま、真剣な顔でそう言った。
「地球の自転軸がズレたに違いないわ。布団から出ようとすると、凄まじいGがかかるもの。これは不可抗力よ。……だから、今日の朝練は中止にしましょう」
「姉さん」
「なにかしら、我が愛しの妹よ」
「あと5分で起きないと、その羽毛布団引っぺがしてぺっちゃんこにするよ」
「ヒッ……!?」
姉さんの顔色がさっと変わる。
布団の妖精から一転、捕食者に狙われた小動物のような震えを見せる姉に、ボクは深いため息をついた。
ボクの名前は、アドマイヤアルタイル。
今年の春からトレセン学園に通う予定のウマ娘であり、目の前で布団と格闘しているアドマイヤベガの双子の妹だ。
七夕の織姫(ベガ)に対しての彦星(アルタイル)。
安直と言えば安直だが、これ以上ないほど分かりやすいセット扱いだ。
「ほら、起きて。顔洗って。寝癖ついてる」
「うう……アルタイル、鬼。悪魔。……でも、抱っこしてくれたら起きる」
「はいはい」
甘えた声で両手を広げる姉の脇に手を入れて、無理やり引き剥がすように立たせる。
ボクの首筋に顔を埋めて「んー、アルタイルの匂い……落ち着く……」とスリスリしてくるこのポンコツが、ゲームでは影のある孤高の天才ウマ娘だとは、誰が信じるだろうか。
少なくとも、かつてのボクは信じないだろう。
──そう、「かつてのボク」だ。
ボクには、前世の記憶がある。
と言っても、何か劇的な使命を帯びて転生したわけではない。
ただ、前の世界でボクは競馬が好きだった。ウマ娘というコンテンツも好きだった。
だからこそ、ボクは知っている。
本来、『アドマイヤベガ』という存在が背負うはずだった運命を。
双子として受胎した馬は、成長の妨げになるため堕胎させるのが普通と聞いたことがある。
そしてそんな宿命を引き継ぐせいか、ウマ娘でも双子が両方無事に生まれるというのはほとんどない。
本来の彼女は、生まれなかった片割れの魂を背負い、贖罪のように走る悲劇の星だったはずだ。
けれど、この世界では奇跡が起きた。
あるいは、ボクが転生者という異物が混ざったせいかもしれない。
とにかく、ボクたちは二人とも五体満足で生まれ、二人ともウマ娘として無事に育った。
よかったと、思う。
姉さんが、あの押し潰されそうな孤独の中にいないことが。
誰かの死を背負って走る必要がないことが。
だが、その代償がこれだ。
「アルタイル、歯磨き粉が辛いわ。イチゴ味はないの?」
「もう中学生にもなる年になって何を言ってるんだ。ほら、口ゆすいで」
「んぐ、ぺっ。……ねえ、今日やっぱり休まない? 星が『今日は休息の日だ』って囁いてるの」
「それは星じゃなくて姉さんの怠惰な脳内物質だ。行くぞ」
悲劇という重しがなくなった反動なのか、我が姉アドマイヤベガは、その空いたキャパシティの全てを「ダラダラすること」と「ふわふわしたものへの執着」に注ぎ込んでしまったのだ。
悲壮感ゼロ。代わりに生活能力もゼロ。
放っておけば、彼女は一日中、日向ぼっこをしている猫のように過ごすだろう。
「まったく……ボクがいないと何もできないんだから」
文句を言いながら、ボクは姉の髪をとかしてやる。
サラサラの髪が指に絡む感触は、正直悪くない。
鏡越しに目が合うと、姉さんはへにゃりとだらしなく笑った。
「ふふ、アルタイルは本当に世話焼きね。まるで奥さんみたい」
「誰が奥さんだ。……ほら、行くよ。今日は併走の予定なんだから」
「ええー……猫を探しに行ってモフモフさせてもらう予定は?」
「ない。そもそも姉さん猫に嫌われるじゃないか」
ボクは姉の背中を押し、部屋を出る。
廊下を歩きながら、ボクは自分の右耳の飾りを無意識に触った。
一組のメンコ。
姉さんと片方ずつ分けた、思い出の飾り。
アドマイヤベガと、アドマイヤアルタイル。
一等星の名を持つ双子の姉妹。
ウマ娘の世界で双子は本当に珍しい。そのせいか周囲はボクたちを「奇跡の双子」と呼ぶ。
そして、こうも噂する。
『やっぱり、姉のアヤベの方が才能はあるよな』と。
それは事実だ。
姉さんの走りは、柔らかくて、バネがあって、本当に星が流れるように美しい。
サボり魔で、メンタルが綿菓子より脆いくせに、ターフの上に立つと別人のような末脚を使う。
本来あるはずだった「悲劇」がなくても、彼女は間違いなく天才なのだ。
対してボクは、泥臭い。
姉のような爆発的な瞬発力はない。
ただ、ペースを刻み、スタミナを削り、粘り強く前を走るしか能がない。
「アルタイル? どうしたの、急に立ち止まって」
不思議そうに振り返る姉さんに、ボクは首を振る。
「なんでもない。……姉さん、今日の併走、負けないから」
「あら? 生意気な彦星様ね」
姉さんはクスクスと笑い、ボクの頭を撫でようと手を伸ばしてくる。
その手をパシッと軽く払いのけ、ボクは一歩前に出た。
前世の記憶があるからこそ、ボクは思うのだ。
姉さんには、幸せになってほしい。
悲劇なんて似合わない、このまま平和ボケした顔で笑っていてほしい。
けれど、それとこれとは話が別だ。
ボクは、アドマイヤベガの「付属物」じゃない。
死ぬはずだった運命を乗り越えて、ここに立っている「ウマ娘」だ。
織姫の引き立て役で終わるつもりなんて、これっぽっちもない。
「先に行くぞ、スリーピング・ビューティー」
「ちょ、待ってよアルタイル! 置いていかないでってば~!」
走り出したボクの背中に、情けない声が追いかけてくる。
双子で、そっくりで、だけど決定的に違うボクたち。
天の川なんて飛び越えて、いつかそのドヤ顔を歪めてやる。
ボクの二度目の人生は、この愛すべきポンコツ姉貴を負かすためにあるのだから。