アドマイヤベガの双子の妹に転生しましたので、姉と一緒に頑張ります 作:雅媛
中央トレセン学園。
そこは全てのウマ娘にとっての憧れであり、聖地であり、そして狭き門だ。
正門の前に立ったボクは、威圧感すら覚える巨大な校舎を見上げ、ゴクリと唾を飲み込んだ。
今日から始まる入学試験。これに受からなければ、ボクの「打倒・姉」の野望はスタートラインに立つことすらなく散ることになる。
「……よし。行くぞ、姉さん」
気合を入れて隣を振り返る。
しかし、そこに頼れる片割れの姿はなかった。
「……あそこの猫さん、絶対ふかふかよ。私には分かるの」
「こら」
正門脇で昼寝をしている猫に吸い込まれそうになっていた姉の首根っこを掴み、ボクはズルズルと引き戻した。
周囲の受験生たちが「あれが噂の双子?」「綺麗な顔してるけど……」とヒソヒソ噂しているのが聞こえる。
やめてくれ。ボクのライフはもうゼロよ。
「離してアルタイル。あの猫が『おいで』って手招きしているの」
「猫は喋らないし手招きもしていない。これから筆記試験なんだから、頭をシャキッとさせろ」
「ふあぁ……。ダメかも。昨夜はちゃんと8時間しか寝てないもの」
「十分だろ」
「足りないわ。成長期のウマ娘には12時間の睡眠と、妹の抱き枕が必要不可欠なのよ」
不満げに頬を膨らませる姉を引きずり、ボクたちは試験会場へと足を踏み入れた。
試験は筆記、実技、面接の3つに分けられる。
最初の関門は筆記試験だ。
一般教養はもとよりレースの戦術論、栄養学、スポーツ医学などまで、出題範囲は広く、難易度も高い。ここで足切りを食らう受験生も少なくないと聞く。
だが、ボクには「前世の知識」というアドバンテージがある。現代国語や数学は中身が人間の大学レベルだし、受験勉強もちゃんとしてきた以上、苦戦する内容ではなかった。
(……いける。これなら満点も狙える)
カリカリとペンを走らせながら、ボクは確かな手応えを感じていた。
問題は、姉さんだ。
勉強が嫌いなわけではないが、彼女の集中力は「興味のあること」と「それ以外」で極端に差が出る。
心配になって、こっそりと横目で隣の席を見る。
「…………」
姉さんは、寝ていた。
優雅に腕を組み、彫刻のように美しい姿勢で、しかし完全に意識を断絶させていた。
まだ試験開始から10分も経っていないぞ!?
(姉さん!? 起きろ、マークシートが白紙だぞ!?)
心の中で絶叫するが、試験管の目があるため声をかけることも消しゴムを投げることもできない。
さすがの姉さんも真っ白なマークシートでは合格できないだろう。
絶望に目の前が暗くなりかけた、その時だった。
「……ん」
試験終了30分前。
姉さんがゆらりと目を開けた。
そして、まるで魔法のような手つきでペンを走らせ始めたのだ。
迷いがない。問題文を読んでいるのかすら怪しい速度で、次々とマークシートを塗りつぶしていく。
その姿は、追込みウマ娘が直線の最後方からごぼう抜きをする姿と重なって見えた。
「はい、筆記用具を置いてください」
試験官の声と同時に、姉さんはパタリとペンを置いた。
ボクは急いで答案を回収される姉さんの手元を盗み見る。
……全部埋まってる。
しかも、チラリと見えた解答は、ボクが頭をひねって導き出した答えと同じだった。
「ふわぁ……机が硬くて肩が凝ったわ」
「……姉さん、いつ解いたんだ?」
「夢の中で星たちが教えてくれたのよ」
嘘をつけ。
天才だ。腹が立つほどに。
ボクが必死に積み上げた努力の結晶に、居眠りしていた姉さんは鼻歌交じりで並んでみせたのだ。
◆
午後は実技試験、模擬レースだ。
その前に、更衣室で体操服への着替えが行われる。
トレセン学園の指定体操服には、伝統的なブルマタイプと、近年導入された短パンタイプの二種類があり、試験時は選べるようになっている。
「ねえアルタイル」
「ん、どうした?」
ロッカーの前で着替えていると、姉さんが二着のボトムスを両手に持って、真剣な顔でボクに話しかけてきた。
右手には短パン、左手にはブルマ。
「どっちがいいと思う?」
「……データ的には変わらないらしいけど。動きやすい方でいいんじゃないか?」
「そうね。でも、素材の肌触りとか、締め付け具合とか、重要なファクターがあるわ。……アルタイル、ちょっと試着してみて」
「は? なんでボクが」
「私と貴女は双子でしょう? 体型もほぼ同じ。つまり、貴女が着た感想はそのまま私のデータになるのよ」
もっともらしいことを言っているが、その目は怪しく輝いている。
拒否しようとしたが、姉さんは「お願い、一生のお願い(本日3回目)」と拝み倒してきた。
仕方なく、ボクは手渡された方を履くことにした。
渡されたのは――ブルマだ。
「……で、どう?」
履いてみる。
前世の感覚が残る身としては、やはりこの露出度は落ち着かない。太ももがスースーする。
「うん……いいわね」
「何が」
「素晴らしいわ、アルタイル」
姉さんは短パンの方をさっさと履くと、ボクの周りをぐるぐると回り始めた。
そして、あろうことかしゃがみ込み、ボクの太ももからお尻のラインをじっくりと、舐めるように凝視し始めたのだ。
「ちょっ、姉さん!?」
「なるほど……。アルタイルの健康的な脚のラインが、伝統的なカッティングによって強調されているわ。膝裏の筋が美しい……」
「どこ見てるんだ変態!」
「変態じゃないわ、芸術鑑賞よ。……うん、決めた。私は短パンにするわ」
「はあ!?ボクに試着させた意味は!?」
「だって、私がブルマを履いたら、アルタイルのその素晴らしい脚を拝めないじゃない。貴女がブルマを履く、私がそれを後ろから眺める。これが宇宙の真理よ」
「意味が分からない! 脱ぐぞこんなもん!」
「ダメよ! もう申請出しちゃったもの!」
「いつの間に!?」
結局、ボクはブルマ、姉さんは短パンで実技試験に臨むことになってしまった。
周りの視線が痛い。いや、一番痛いのは、背後から「眼福だわ……」と呟きながら熱視線を送ってくる姉の視線だ。そのせいで周りからの視線が痛いのだから、120%姉さんのせいだろう。
この恥ずかしさは、走って振り払うしかない。
◆
実技試験、芝1000m。
ゲートに入ると、流石の姉さんもふざけた態度は消え失せた。
……いや、消えてはいないか。「早く終わらせて布団に帰りたい」というオーラが全身から溢れている。
だが、その瞳の奥には冷たい星が宿っている。
(負けない)
ゲートが開いた瞬間、ボクは飛び出した。
作戦は「逃げ」。
姉さんの脚質は「追込」だ。
後ろで様子を見ている間に、セーフティリードを広げる。追いつけない距離まで突き放す。
泥臭くてもいい。恥をかいてもいい。
ボクは、あの一等星より前でゴールしたい。
風を切る。
心臓が早鐘を打つ。
500m通過、ペースは順調。
第4コーナーを回り、最後の直線へ。
先頭はボクだ。視界の端にも、まだ誰も映っていない。
(いける……!)
そう確信した、刹那。
ヒュンッ、と。
音が聞こえた気がした。
風の音ではない。何かが空気を切り裂き、空間を跳躍してくるような音。
背筋がゾクリとする。
来る。
あの、ふざけた天才が。
「――ごめんあそばせ、アルタイル」
涼やかな声が、真横で聞こえた。
振り返る暇もなかった。
視界の端を、流星が駆け抜けていった。
速い。
理屈抜きに、速い。
地面を蹴るというより、重力から解放されたかのようなストライド。
ブルマ姿のボクを散々からかっていた時のだらしない表情はどこにもない。
ただひたすらに美しく、残酷なまでに完璧な走り。
ボクは歯を食いしばり、必死に腕を振った。
待て。行くな。
伸ばした手は、姉さんの背中に触れることすらできず。
2バ身。
決定的な差をつけられて、姉さんはゴール板を駆け抜けた。
◆
「はぁ……はぁ……つ、疲れたぁ……」
ゴールした後、ボクは芝生の上に膝をついた。
全力を出し切った。作戦も完璧だった。
それでも、勝てなかった。
悔しさが喉の奥からこみ上げてきて、視界が滲む。
「……アルタイル」
頭上から声が降ってきた。
見上げると、涼しい顔をして――息すら大して切れていない――姉さんが立っていた。
ああ、本当に嫌になる。
才能の差というやつを、これでもかと見せつけられた気分だ。
悔しがるボクに向かって、姉さんは両手を広げた。
「おんぶ」
「……は?」
「ゴール前でちょっと本気出しすぎて、足がもつれそうなの。休憩室までおんぶして」
「ふざけるな! 自分で歩け!」
「やだ。動けない。してくれなきゃここで野宿する」
そう言うや否や、姉さんはボクの背中にのしかかってきた。
重い。物理的にじゃなくて、その存在が重い。
汗ばんだ体が密着する。
姉さんの心臓の音が、ボクの背中越しに伝わってくる。
トクトクと、ボクよりずっとゆっくりとした、強い鼓動。
「……次は、負けないからな」
ボクは悪態をつきながらも、仕方なく姉さんの膝裏に手を回し、背負い上げた。
「ふふ、期待してるわよ、私の可愛い彦星様」
「うるさい。あと、ボクのフトモモを見るな」
「減るもんじゃないでしょ。……あ、やっぱりその角度もいいわね」
「落とすぞ!」
レース後のターフ。
長く伸びた二人の影は、一つに重なる。
こうして、ボクたち双子のトレセン学園生活は、ボクの敗北と、姉の勝利と、そして少々のセクハラと共に幕を開けたのだった。