アドマイヤベガの双子の妹に転生しましたので、姉と一緒に頑張ります 作:雅媛
桜が舞う四月。
トレセン学園の講堂は、心地よい緊張感と、これから始まる新生活への期待に満ち溢れていた。
きっちりと整列した新入生たちの制服姿は壮観だ。
だが、ボクの心境はそんな晴れやかな空気とは裏腹に、どんよりと曇っていた。
「……ねえ、アルタイル。このスカート、長すぎない?」
「規定の長さだ。文句を言うな」
「私の計算だと、あと3センチ短くした方が貴女の太ももの絶対領域における黄金比が完成するはずなの。もう少し折って短く……」
「やめろ。あと整列中にボクのスカートをめくろうとするな」
隣でブツブツと不穏なことを呟く姉、アドマイヤベガの手をはたき落とす。
周囲の新入生たちが「あの双子、またやってる……」と遠巻きに見ている気配が痛い。
先日の入試以来、私たちは良くも悪くも有名人になってしまっていた。
さて、ここでお知らせがある。
なんとボク、アドマイヤアルタイルは、この新入生代表として挨拶をすることになってしまった。
理由は単純だ。入試の総合成績である。
実技試験では確かに姉さんに完敗した。あの末脚は、今のボクにはどうあがいても届かない。
だが、筆記試験はボクが首席だったらしい。なお姉さんが三席だったとか。
そして面接試験。
ボクは中身が大人なので模範的な受け答えをして満点を取ったが、姉さんは面接官に向かって「椅子のクッション性が足りない。改善を要求する」と真顔でクレームを入れ、さらに「志望動機? 星が導いたのと、妹がいるから」と答えて減点されたのだ。
結果、トータルスコアで僅差の逆転。
ボクが首席入学となり、新入生代表の座が回ってきたというわけだ。
「……はぁ。胃が痛い」
「大丈夫よアルタイル。貴女ならできるわ。なんたって私の自慢の妹だもの」
「そう思うなら、頼むから式の間はおとなしくしていてくれよ。……絶対だぞ?」
「ええ、もちろん。私は星のように静かに見守っているわ」
姉さんはふわりと微笑んだ。
その笑顔は女神のように美しく、そしてどこまでも信用ならなかった。
◆
「新入生代表、アドマイヤアルタイル」
司会の声が響き渡る。
ボクは意を決して、「はい」と短く返事をした。
背筋を伸ばし、壇上へと続く階段を登る。
何百人もの視線が背中に突き刺さる。理事長やトレーナーたち、来賓の大人たちが並ぶ壇上。
緊張しないと言えば嘘になるが、前世での社会人経験を考えれば、これくらいどうということはない。
マイクの前に立つ。
一呼吸置いて、ボクは口を開こうとした。
カツ、カツ、カツ。
不意に、ボクの背後から足音が聞こえた。
まさか。
いや、そんなはずはない。
恐る恐る横を見ると、そこには当然のような顔をして並び立つ、我が姉アドマイヤベガの姿があった。
(……なんで!?)
ボクは目で訴える。
姉さんは涼しい顔で、マイクスタンドの横に立った。
会場がざわめく。先生たちも「えっ、二人?」と顔を見合わせているが、誰も止めに入らない。
どうやら「双子だから、二人で代表なのだろう」という勝手な解釈がなされたらしい。違う、そうじゃない。そんなわけがない。というか先生たち、止めろよこの姉を。
「……姉さん、降りて」
「嫌よ。双子座(ジェミニ)はいつだって二人で一つでしょう?」
マイクに入らないギリギリの声量で姉さんが囁く。
ダメだ、この人には常識が通じないんだった。
今ここで揉めて乱闘騒ぎを起こすわけにもいかない。ボクは腹を括り、原稿を読み上げることにした。
「暖かな春の日差しに包まれ、私たち新入生一同は、夢への第一歩を踏み出します」
ボクの声が講堂に響く。
順調だ。無難な挨拶文。これを読み終えれば、ボクの役目は終わる。
「トレセン学園の栄ある歴史に泥を塗らぬよう、切磋琢磨し、互いに高め合いながら――」
「――そう、星々が引かれ合うように」
突然、マイクに別の声が混入した。
姉さんだ。
彼女はボクの肩に手を回し、身を乗り出してマイクに顔を寄せていた。
「私たちは運命に導かれ、この地に降り立った。……隣にいる我が半身、アルタイル」
おい、台本にないぞ。
ボクがギョッとして姉を見るが、彼女の瞳はトロンとした熱を帯びており、完全に自分の世界に入っていた。
「見てください、この凛々しい立ち姿を。まるで夜空を切り裂く一筋の流星のようでしょう? でも、その実態は毎朝私が起こしてあげないと布団から出られない甘えん坊さんなの」
「ちょ、姉さ――」
何デマ言ってるんだ! 逆だろうが!!
だが、そんなボクの内心など全く無視して姉さんは自分に酔いながら話を続ける。
「そして、注目すべきはこの制服の着こなし。少し大きめのブレザーに包まれた華奢な肩。そこから伸びる首筋のラインは、白鳥座(キグナス)も嫉妬するほどの美しさ……」
「姉さんやめろ!」
会場のざわめきが大きくなる。
「え、何あれ」「公開告白?」「シスコン?」という困惑の声が聞こえる。
しかし姉さんは止まらない。
恍惚とした表情で、講堂を埋め尽くす全校生徒に向かって演説を続けた。
「ああっ、神よ。なぜ彼女をこれほど愛らしく造形したのか。双子として生まれたこと、それこそが私がこの世に生を受けた最大の奇跡であり祝福。アルタイルの匂いを嗅ぐとき、私は宇宙(コスモ)を感ふごぉッ!?」
ボクは反射的に、姉さんの口を両手で塞いだ。
物理的なシャットダウンだ。
姉さんは「むぐー! むぐぐー!」と抵抗するが、ここで離すわけにはいかない。たぶんどんどんろくでもない話になっていくのは容易に想像できた。
このままではボクの社会的な尊厳が死んでしまう。姉さんの社会的な尊厳はもう死んでいるだろう。
「……えー、以上を持ちまして、新入生代表の挨拶とさせていただきます! ありがとうございました!!」
ボクは姉さんの口を塞いだまま、裏声に近い早口で叫ぶと、強引に彼女を引きずって壇上を降りた。
会場からは、一瞬の静寂の後、パラパラとした拍手と、耐えきれないような笑い声が湧き上がった。
最悪だ。
ボクの華麗なるデビューは、シスコン姉のポエムによって粉砕された。
◆
式が終わり、生徒たちが三々五々教室へ移動していく中。
ボクは校舎裏のベンチで燃え尽きていた。
「……終わった。何もかも」
「素晴らしいスピーチだったわよ、アルタイル。私たちの愛が全校生徒に伝わったはずだわ」
「伝わったのは姉さんが変態だっていう事実だけだよ!」
隣で満足げに星を見上げている姉さんに怒鳴る気力もない。
もういい。明日から「変態の妹」として生きていこう。
そうやさぐれていた時だった。
「あのっ! すみません!」
元気の良い、よく通る声がかけられた。
顔を上げると、そこには一人のウマ娘が立っていた。
栗毛の髪に、真面目そうな瞳。委員長タイプを絵に描いたような少女。
ボクは彼女を知っている。
「……ナリタトップロード」
思わず名前を呟くと、彼女は目を丸くした。
「えっ、私の名前、知ってくれてるんですか? 嬉しいです!」
彼女はパァッと顔を輝かせ、ボクの手を取ってブンブンと握手をした。
熱い。物理的にも精神的にも熱い子だ。
「さっきの挨拶、すごかったです! あんなに堂々と、姉妹の絆を語れるなんて……私、感動しました! 双子ならではの以心伝心ってやつですね!」
「……え?」
「やっぱり、代表になる人は違いますね。私も負けてられません! これから同じクラスになるナリタトップロードです。仲良くしてくださいね、アルタイルさん、ベガさん!」
彼女の目には一点の曇りもなかった。
どうやら彼女の純粋すぎるフィルターを通すと、あの変態ポエムも「美しい姉妹愛」に変換されてしまうらしい。
良い子すぎるだろ。眩しくて直視できない。
「フハハハハ! 待て待てーい!」
トップロードさんの輝きに圧倒されていると、今度は頭上から高笑いが降ってきた。
現れたのは、これまた派手なオーラのウマ娘。
「見つけたぞ、双星の煌めき! いやはや、退屈な式典が君らのおかげで一気にオペラ座の喜劇へと変わったではないか!」
テイエムオペラオー。
世紀末覇王となる予定の麗人。
彼女は芝居がかった仕草でビシッとボクと姉さんを指さした。
「新入生代表のアドマイヤアルタイル、そして乱入者のアドマイヤベガ! その常識に囚われぬパッション、このテイエムオペラオー、嫌いではないね!」
「……うるさいわね」
姉さんが不機嫌そうに呟く。
姉さんは変態な時はハイテンションだが、基本それ以外はローテンションで見た目クールなのだ。基本ボクとモフモフ以外には無関心なのだ。
「誰よ、貴女。私のアルタイルとの語らいを邪魔しないでくれる?」
「フハハ! 冷たい反応! だがそれもまた良し! 星は孤高であってこそ輝くものだからな!」
オペラオーは全くめげていない。むしろ楽しそうだ。
彼女はボクの前に顔を近づけ、ニヤリと笑った。
「だが、いずれその輝きも、覇王であるこの私の輝きの前には霞むことになろう。精々磨いておくことだ、ジェミニの星々よ!」
「……言ってくれるな」
ボクは立ち上がり、埃を払った。
トップロード、オペラオー。
そして隣にいる、最強の天才にして最大のポンコツ、アドマイヤベガ。
前世の知識があるからこそ分かる。
ここが、この世代の中心だ。
本来なら、双子の片割れを喪った悲劇のヒロインが立つはずだった場所に、今、ボクたちが二人で立っている。
「望むところだ。……ボクたち双子が、一番星を取るから」
ボクが宣言すると、トップロードさんは「はいっ! 私も全力で挑みます!」と拳を握り、オペラオーは「フハハ! 楽しみだ!」と高笑いした。
姉さんはといえば、「……ふーん。まあ、アルタイルがそう言うなら、私も本気を出してあげなくもないわ」と、ボクの髪をいじりながら興味なさそうに言った。
姉さんは、オペラオーをじっと見つめ、ボソッと言った。
「その髪飾り……結構、手触りよさそうね。あとで貸しなさい」
「……へ?」
覇王の顔が初めて引きつった。
ボクはため息をつき、姉の腕を引く。
「行くぞ、姉さん。教室へ」
「えー、ちょっと触るくらい良いじゃない。減るもんじゃなし」
「減るんだよ、相手の威厳とかが!」
騒がしい春。
最強のライバルたちとの出会いは、やはりドタバタと共に過ぎていった。
けれど、悪くない。
悲壮感のないこの世界で、ボクたちはきっと、どこまでも走っていける。
――ただし、この姉の奇行を止められるのなら、だが。