アドマイヤベガの双子の妹に転生しましたので、姉と一緒に頑張ります 作:雅媛
トレセン学園での日々は、想像以上に過酷で、そして充実していた。
ルームメイトとの距離感も掴めてきたし、姉の夜の奇襲もエアグルーヴ先輩という最強の番人のおかげで未遂に終わることが多くなった。
そして迎えた五月。
ボクたち新入生にとって最初の試金石となる「選抜レース」が開催されることになった。
これは正式な公式レースではないが、トレーナーたちが有望な新人をスカウトするための重要なアピールの場だ。
当然、誰もが目の色を変えて挑んでくる。
「……ふん。退屈な余興だこと」
パドックで、隣を歩く姉さんが気だるげに呟いた。
彼女は今回、第3レースに出走する。
対するボクは、その次の第4レース。
つまり、ボクたちは今回は直接対決をしない。
「姉さん、気合入れろよ。トレーナーたちがたくさん見てるんだから」
「分かってるわよ。……でも、今日は星の配置が悪いわ。なんだか空気が淀んでる気がする」
「湿度の話か? 今日は快晴だぞ」
「違うわ。……ふかふかじゃないのよ、空気が」
謎の供述を繰り返す姉さんを送り出し、ボクは観客席へと向かった。
姉さんの実力なら、本来選抜レースレベルでは負けるはずがない。
だが、ボクは知っている。
ボクの双子の姉であるアドマイヤベガというウマ娘は、極端に「ムラっ気」があることを。
◆
第3レース。芝2000m。
ゲートが開いた。
姉さんのスタートは、やや出遅れ気味だった。
まあ、これはいつものことだ。彼女は後方から一気に捲るスタイルなのだから。
しかし。
「……あちゃあ」
第3コーナーを回ったあたりで、ボクは思わず天を仰いだ。
姉さんの位置取りが悪い。
内枠スタートが災いしたのか、完全にバ群に包まれてしまっている。
前も横も塞がれ、出るに出られない状態。
いわゆる「ドン詰まり」だ。
(あそこで強引にこじ開けるか、大外に回るという選択肢もないわけじゃないけど、今日の姉さんは……)
姉さんの顔は、明らかに「やる気スイッチ」がオフになっていた。
『あーあ、狭いわ。暑苦しいわ。ぶつかったら痛いし……もういいかしら』
そんな心の声が聞こえてきそうだ。
結局、直線に入っても姉さんは馬群から抜け出せず、そのままズルズルと後退。
結果はまさかの8着。
ゴール後、姉さんは全く悔しそうな素振りも見せず、「あー、空気が悪かった」とでも言いたげにさっさと引き揚げていった。
「……やらかしたねぇ」
ボクはため息をつく。
才能は一級品でも、メンタルと運が噛み合わないとこうなる。
これぞ、我が愛すべきポンコツ姉貴だ。
「フハハ! どうしたアルタイル! 姉の無様な敗北に心を痛めているのか?」
背後から、芝居がかった声がした。
テイエムオペラオー。
次の第4レースでボクと同じ枠に入っている、自称・覇王だ。
彼女は自信満々にボクの前に立った。
「だが安心したまえ! 次のレースでは、このボクが完璧なる勝利という名の芸術を披露してあげよう! キミは特等席でボクの背中を拝むといい!」
「……背中、ね」
ボクは小さく笑った。
姉さんの敗北は、ある意味でボクに火をつけた。
「双子の妹」ではなく、「アドマイヤアルタイル」としての強さを見せつける絶好の機会だ。
それに、目の前のこの「覇王」。
史実を知るボクだからこそ、彼女がどれだけの怪物になるかを知っている。
だからこそ──今のうちに、叩いておく。
「悪いけど、オペラオー」
「何だい?」
「特等席で背中を拝むのは、貴女の方だ」
◆
第4レース。芝2000m。
ファンファーレが鳴り響く。
ゲート入り直前、オペラオーが不敵に笑いかけてきたが、ボクは無視して前だけを見据えた。
ガシャン!
ゲートが開く。
好スタート。
ボクは迷わず先頭を奪いに行った。
脚質は「逃げ」。
姉さんのように後半に賭けるなんてリスキーな真似はしないし、姉さんと違ってスタートは得意な方なのだ。
最初から最後まで、誰にも影を踏ませない。
1000m通過、58秒台。
ハイペースだ。
背後でざわめきが聞こえる。
『おい、飛ばしすぎだろ』『あんなの最後まで持つわけがない』
そんな声が聞こえてきそうだが、関係ない。
(持つんだよ。……ボクが、持たせるんだ!)
第3コーナー。
後続との差は5バ身、6バ身と広がっていく。
オペラオーが中団から上がってくるのが気配で分かる。
やはり速い。さすが未来の七冠ウマ娘
だが、届かせない。
第4コーナーを回り、最後の直線。
心臓が悲鳴を上げ、肺が焼けるように熱い。
だが、脚はまだ動く。
視界の端、猛然と追い込んでくるオペラオーの姿。
「──っらぁ!!」
ボクは最後の力を振り絞り、さらにスパートをかける。
逃げる。逃げる。
孤独な先頭こそが、ボクの居場所だ。
ゴール板が目の前を通過する。
歓声が爆発した。
1着、アドマイヤアルタイル。
2着、テイエムオペラオー。
その差、4バ身。
完全なる独走劇だった。
◆
「はぁ……はぁ……」
ウイニングランを終え、地下道へ戻ると、そこには不機嫌そうな顔をした姉さんが待っていた。
「……派手にやったわね、アルタイル」
「姉さん……見てたのか?」
「ええ。悔しいけど、見事な逃げだったわ。……私の負けね、今日は」
姉さんは素直にボクの勝利を認めた。
だが、その目は笑っていなかった。
やはり、彼女もアスリートなのだ。妹に先を行かれたことが、面白くないのだろう。
「でも、次は負けないわよ。……あと、オペラオーとかいう子、レース後にくやしそうな顔してたわよ。『まさかここまでとは……!』って」
「そうか。まあ次も負けないけどね」
ボクは汗を拭きながら答える。
これで、周囲の評価も変わるはずだ。
「天才アヤベの妹」ではなく、「大逃げのアルタイル」として。
「……ねえ、アルタイル」
不意に、姉さんがボクの袖を引いた。
「ん?」
「勝ったご褒美に、今日は私の部屋に来ていいわよ」
「は?」
「特別に、私の布団で一緒に寝ましょう。……あ、でもエアグルーヴに見つかると面倒だから、こっそり来てね」
……この人は、どこまで行ってもブレないな。
「遠慮しとくよ。今日はドーベル先輩とお茶する約束があるから」
「なっ……!? アルタイルの裏切り者! 鬼! 薄情者ー!」
姉さんの喚き声を背中に受けながら、ボクはロッカールームへと歩き出した。
心地よい疲労感と共に、ボクのトレセン学園での第一歩は、確かな足跡を刻んだのだった。