雷竜×悪魔~過去最大の依頼~   作:アイル123321

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1話

ある日、フィオーレ王国の北方。人里から遥か離れた峻険な山岳地帯に佇む古代遺跡。

ラクサス・ドレアーは、石造りの通路を歩きながら舌打ちした。

 

「……チッ。観測魔力に異変、か。じじぃもめんどくせえ依頼を寄越しやがる」

 

S級魔導士指定の依頼――それは、ギルドマスターであるマカロフが直々にラクサスに託したものだった。「最近、北方の遺跡周辺で魔力の流れが乱れている」という報告を受け、その調査に赴いたのだ。

遺跡の最深部に辿り着いたラクサスは、その光景を目の当たりにして思わず足を止めた。

広間の天井に、禍々しい漆黒の穴が開いていた。

 

「……これは……」

 

ラクサスの表情が険しくなる。その穴の周囲には、空間そのものが歪んでいるかのような揺らぎがあり、周囲の石材や空気中の魔力(エーテル)を猛烈な勢いで吸い込んでいた。

 

「まさか……アニマ、だと……?」

 

かつてナツたちがエドラスへ飛ばされる原因となった、超亜空間魔法「アニマ」。あの騒動は既に解決したはずだった。だが、目の前に広がっているのは紛れもなく、その残滓だ。

 

「古代遺跡の魔力と共鳴して、再発生したってのか……?」

 

ラクサスは即座に踵を返した。これ以上近づくのは危険だ。ギルドに戻って、マカロフたちと相談する必要がある。

 

だが――その時だった。

 

ズッ……ゴゴゴゴゴゴゴッ!!

 

突如、アニマから漆黒の触手が伸び、ラクサスの身体を捉えた。

 

「……ッ!? 野郎……ッ!!」

 

反射的に全身から黄金の雷を爆発させる。触手が焼き切れ、一瞬だけ解放される。だが、アニマはその雷の魔力すら喰らい、さらに巨大化していく。

 

「ふざけんな……ッ! 離しやがれッ!!」

 

再び伸びてきた無数の触手が、ラクサスの四肢を、胴体を、首を絡め取った。凄まじい引力。視界が歪み、空間がガラスのように砕け散っていく。

 

(クソッ……このまま、どこかに飛ばされるのか……!?)

 

脳裏に浮かぶのは、祖父マカロフの顔。雷神衆の三人。ナツやエルザ、グレイたちの顔。そして――ギルドの仲間たち全員。

 

(……すまねえ、みんな、少し離れちまうみてぇだ……)

 

ラクサス・ドレアーの意識は、黄金と漆黒が混ざり合う混沌の中へと吸い込まれ――フィオーレ王国の空から、姿を消した。

 

 

場所は変わって、日本。人里離れた深い山中。

そこには、ライザー・フェニックスとの決戦を控えたリアス・グレモリーと、その眷属たちの姿があった。

 

「……はぁっ、はぁっ……! まだだ、まだいける……!」

 

兵頭一誠が神器(ブーステッド・ギア)を構え、必死に汗を流している。だが、その動きは見るからに限界が近い。

 

「一誠、無理はしないで。あなたが倒れたら元も子もないわ」

 

「で、でも……! 部長を、あんな奴の嫁になんかさせられねえ……!」

 

一誠の必死な形相に、リアスは胸が締め付けられるのを感じた。

彼は、自分のために必死になってくれている。木場も、小猫も、朱乃も、アーシアもみんな。

だが――現実は、あまりにも残酷だった。

 

(……負ければあと数日で、私はあの男の妻にならなければならない。イッセーは転生悪魔になってまだ日が浅い。ライザーには、不死鳥の眷族が十五人もいる。どう考えても、勝ち目なんてない……)

 

リアスは、自分の無力さに歯噛みした。

 

(本当に、これでいいの……? このまま、私の望まない形で生きていくの……?)

 

その時だった。

 

ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴッ!!

 

修行場の空が、一変した。

つい先程まで穏やかに晴れていた空が、突如として禍々しい黄金色に染まり、大気が物理的な圧力を持って震え始めたのだ。

 

「な、何……!?」

 

一誠が驚愕の表情で空を見上げる。

 

「この雷は……私の雷とは、全く違う……!」

 

朱乃が警戒して空を見上げる。それは彼女の雷とは全く異質な、暴力的で、世界そのものを粉砕しようとするかのような圧倒的なプレッシャー。

 

「部長……! あれ……!」

 

木場が指差した先――空に、巨大な黄金の魔法陣が浮かび上がっていた。それは悪魔の魔法陣でも、天使の魔法陣でもない。全く未知の、異質な紋様。

そして――

 

――ドォォォォォォォォォォォォン!!!

 

轟音と共に、修行場のすぐ近くの森に巨大な黄金の雷柱が突き刺さった。

大地が揺れ、爆風が吹き荒れる。木々が吹き飛び、山そのものが悲鳴を上げているかのようだった。

 

「みんな、行くわよ! 何が落ちてきたのか確認する!」

 

リアスたちは武器を手に、雷が落ちた場所へと駆け出した。

 

 

森を抜けた先にあったのは、巨大なクレーターが穿たれた凄惨な光景だった。

直径数十メートルはあろうかという大穴。その中心に、一人の大男が横たわっていた。

逆立った金髪に、黒いファーのコート。鍛え上げられた逞しい身体。右目には、雷のような形の傷跡。

そして――意識を失っているはずなのに、周囲を威圧するほどの凄まじい「魔力」が漏れ出している。

 

「これは……人間……?」

 

リアスが警戒しながら近づく。だが、その「気配」は尋常ではなかった。

 

「部長、これ……ヤバいっスよ……! こいつから感じる気配、ライザーのやつより……いや、比べ物にならないくらいヤバいですよ…!」

 

一誠が冷や汗を流しながら後退する。

 

「朱乃、これを見て。あなたの雷とは質が全く違う……もっと暴力的な魔力よ」

 

「ええ……。まるで、雷そのものがこの男の血肉になっているかのようですわ。それに……」

 

朱乃が真剣な表情で続ける。

 

「この方の周囲だけ、異常なほど空気中の魔力濃度が高いんです。まるで、この方自身が魔力の源泉であるかのように……」

 

リアスは男の顔を見つめた。酷く消耗しているが、普通の人間ではないことは一目でわかった。

 

「……とりあえず、私たちが滞在している別荘に運びましょう。このまま放置して、万が一暴走でもされたら山が消えてしまうわ」

 

「で、でも部長……こんな危険な奴を……」

 

「大丈夫よ、裕斗。それに……」

 

リアスは男の表情を見つめた。鋭い顔立ちだが、どこか憂いを帯びた表情。

 

「なんとなく、この人は信じていい気がするの。……何かに必死で抗おうとして、力尽きたような感じがする……」

 

 

数時間後。グレモリー家所有の別荘。豪華な客間のベッド。

ラクサスがゆっくりとその目を開けた。

 

「……あァ……?」

 

視界が揺れる。頭を割るような痛み。身体中の魔力が、まるで絞り尽くされたかのように枯渇している。

 

(……ここは……どこだ……?)

 

知らない天井に人とはどこか違う気配。

バチッ……バチチチチチッ!!

ラクサスの身体から、反射的に黄金の雷光が迸った。

 

「――ッ!?」

 

部屋中の空気が一瞬で帯電し、リアスたちの髪が逆立つ。それは殺意ではない。ただ「目覚めた」だけで、周囲がこれほどの圧力に晒される。

 

「うわっ……! な、何だこれ……!?」

 

一誠が思わず後退する。反射的にブーステッド・ギアを発動させて、構えてしまう。

 

「落ち着いて! 敵じゃないわ!」

 

リアスが叫ぶと、ラクサスの雷光が静まる。だが、その眼光は鋭いまま。

ラクサスは即座に上体を起こし、周囲を警戒した。

目の前には、紅い髪をなびかせた少女が立っていた。その後ろには、警戒心を隠しきれない少年や剣を持った少年、拳を握っている小柄な少女に、微笑みながらも魔力を練っている女性がいる。そして涙目で震えているシスター服の少女がいる。

 

(……ガキばっかりだが、普通の人間じゃねえな。妙な気配を纏ってやがる……)

 

「ここはどこだ。……お前らが、俺を運んだのか」

 

低く、重い声。それだけで部屋の空気が張り詰める。

 

「そうよ。ここは私――リアス・グレモリーの別荘。……答えてもらえるかしら。あなたは何者? 人間でありながら、あんな暴力的なまでの魔力を持って、何をしにここに現れたの」

 

ラクサスは首の骨を鳴らし、ぶっきらぼうに答えた。

 

「……ラクサスだ。魔導士ギルド『妖精の尻尾(フェアリーテイル)』のS級魔導士、ラクサス・ドレアーだ」

 

「……魔導士ギルド? フェアリーテイル……?」

 

リアスは眉をひそめ、後ろの朱乃と顔を見合わせた。

 

「聞いたことがないわね。この人間界の魔術結社にも、冥界の記録にも、そんな名前の組織は存在しないはずよ」

 

「……なんだと?」

 

ラクサスの瞳に鋭い色が混じる。

 

「知らねえだと? フィオーレ王国最強のギルドだぞ。……まさかここはイシュガルじゃねぇのか?」

 

「ふざけているの? フィオーレ王国なんて国、世界のどこにも存在しないわ。ここは日本の、とある山の中よ」

 

ラクサスは沈黙した。

 

「日本」「フィオーレが存在しない」――その言葉を咀嚼するように、部屋の隅々、そして窓の外に広がる山並みに視線を走らせる。

 

大気中のエーテルは驚くほど薄い。

だが、全く感じないわけではない。

となると、ナツたちから聞いた話を信じるならエドラスでもない。

 

ラクサスは自分の掌を握りしめた。こっちの世界に来た影響か、アニマに吸い込まれる時に放った雷の影響か、魔力がかなり消耗している。エーテルが薄いこの世界で、いつになったら回復しきれるか……。

 

(……クソッ。この世界には、俺の「常識」が一切通用しねえのか……)

 

苛立ちと焦燥が、ラクサスの胸を締め付ける。

 

「……俺のいた世界は『アースランド』と呼ばれてる。かつて仲間が、魔力が枯渇しかけた『エドラス』っていう別の世界に飛ばされた話を聞いたことがあったが……」

 

ラクサスは窓の外、沈みゆく太陽を睨みつける。

 

「……今の話を聞く限り、ここはそのどちらでもねえらしい。国どころか、世界の仕組みそのものが違うようだな。……笑えねえ冗談だ。アニマの野郎、とんでもねえ置き土産を残しやがった」

 

リアスは男の言葉に戦慄した。

この男が狂言を吐いているようには見えない。あの時感じた圧倒的な魔力に見合うだけの、重い「真実」が言葉に乗っていた。

 

「……異世界、から来た。まさかそんなことが……。でも、あなたが落ちてきた時の雷も、私たちの知る魔術や魔力とは異なっている……。確かに異世界から来たってことを考えれば辻褄が合うわね」

 

リアスは一歩歩み寄り、改めてラクサスを見る。

 

「……ラクサス。混乱しているでしょうけど、今のあなたには行く宛がないはずよ。……ひとまず、ここに留まって状況を整理したらどうかしら? 私はリアス・グレモリー。……これでも、この世界の『悪魔』の中ではそれなりの地位にいるつもりよ」

 

そう言って、リアスと眷属たちは背中から悪魔の翼を展開した。

漆黒の、禍々しい翼。

 

「悪魔、だぁ?」

 

ラクサスは怪訝そうに眉を寄せた。

 

「……何だこの餓鬼ども、普通のガキではないなと思っていたが。……なるほどな。どいつもこいつも、妙な気配を纏ってやがるわけだ」

 

ラクサスの視線が一誠に向けられた瞬間、一誠の全身が硬直した。

木場も無意識に剣の柄を握り直し、小猫は珍しく警戒の色を隠せていない。

 

「……悪魔に異世界、か」

 

ラクサスは小さく笑った。それは自嘲とも、諦観とも取れる笑み。

 

「……ギルドに戻る方法を探さねえとな」

 

そう呟いて、ラクサスは再びベッドに身体を預けた。魔力の消耗は想像以上に酷い。

 

「……しばらく、厄介になる。その間、この世界のことを教えてもらうぜ」

 

リアスは頷いた。

 

「ええ、構わないわ。それに……」

 

リアスは一誠たちを見た。彼らは未だにラクサスから目を離せないでいる。

 

「あなたほどの力を持つ存在が、この世界で野放しになるのは危険だもの。監視……という言い方は悪いけれど、お互いのためにもここにいてもらった方がいいわ」

 

「……フン。好きにしろ」

 

 

翌日。

 

別荘のリビングに、リアスたち眷属が集まっていた。ラクサスはソファに座り、リアスが淹れた紅茶を飲んでいる。

 

「……で、この世界には悪魔、天使、堕天使ってのがいて、三つ巴で争ってるのか」

 

「正確には『争っていた』ね。今は三大勢力で停戦協定を結んでいるわ。……でも、過激派による小競り合いは今でも続いているけれど」

 

ラクサスは紅茶のカップを置き、リアスを見た。

 

「……なるほどな。で、お前はその悪魔の中でも名家の令嬢、ってわけか」

 

「ええ。グレモリー家は純潔の悪魔の血を引く名門よ。……でも、それゆえに色々と面倒なこともあるの」

 

リアスの表情が僅かに曇る。

ラクサスはその変化を見逃さなかった。

 

「……お前ら、何か抱えてんだろ」

 

「……え?」

 

リアスが目を見開く。

ラクサスは一誠たちを見渡した。

 

「昨日会った時から思ってたが……お前ら全員、妙に張り詰めた空気を纏ってやがる。特にそこの赤髪の嬢ちゃん、お前だ」

 

リアスの肩が、ビクリと震えた。

 

「……何の話かしら」

 

「とぼけんな。俺は『妖精の尻尾』で何年も魔導士をやってきた。依頼に向かう前の緊張、戦いを控えた焦燥、大切なもんを失いそうな時の恐怖……そういう『顔』は、嫌というほど見てきたんでな」

 

ラクサスは立ち上がり、窓の外を見た。

 

「……俺は他人の事情に首を突っ込む趣味はねえ。だが、世話になった礼くらいはしたいと思ってる」

 

「……礼?」

 

「ああ。俺を拾って、こうして匿ってくれた。その礼だ」

 

ラクサスは振り返り、リアスを見据えた。

 

「……もし、お前らが何か『戦わなきゃならねえ理由』を抱えてるってんなら――その力になってやってもいい」

 

リアスは息を呑んだ。

この男は、出会って一日しか経っていないのに、自分たちの「事情」を見抜いている。

一誠が堪らず口を開いた。

 

「……部長は、数日後に婚約者と決闘するんです! 負けたら、部長は望まない結婚をしなきゃいけない! でも、相手は不死鳥の一族で、眷属も十五人いて……今の俺たちじゃ、勝てるかどうか……!」

 

「イッセー……」

 

リアスが一誠を止めようとするが、一誠は続けた。

 

「……俺、部長を助けたいんです! でも、力が足りなくて……!」

 

その必死な表情に、ラクサスは僅かに目を細めた。

昔戦った、「九鬼門」のテンペスターを思い出す。

 

「……不死鳥、ね。面倒くせえ相手だな」

 

ラクサスはリアスを見た。

 

「……で、お前はどうなんだ。戦う気はあるのか?」

 

「……当然よ。私は、自分の人生を他人に決められるつもりはないわ」

 

リアスの瞳に、強い意志の光が宿る。

ラクサスはその目を見て、小さく笑った。

 

「……いい目だ。そういう目をした奴は、嫌いじゃねえ」

 

ラクサスは拳を鳴らした。

 

「……いいぜ。俺が、お前らを鍛えてやる。ただし――」

 

ラクサスの瞳が、鋭く光る。

 

「――俺の修行は、死ぬほどキツいぞ。ついてこれるか?」

 

一誠が即座に答えた。

 

「当たり前です! 俺、絶対に部長を守ってみせる!」

 

木場も剣を構えた。

 

「僕も、部長のためなら何でもします」

 

アーシアも少し涙目になりながらも強い瞳で頷く。

 

「わ、私にできることなら、が、頑張ります!」

 

小猫も小さく頷いた。

 

「……頑張り、ます」

 

朱乃も微笑んだ。

 

「ふふ、これは楽しみですわね」

 

リアスは、眷属たちの顔を見て、そしてラクサスを見た。

 

「……ありがとう、ラクサス。お言葉に甘えさせてもらうわ」

 

ラクサスは窓の外を見た。

 

(……ギルドに戻る方法は、まだ見つかってねえ。だが、それまでの間――)

 

ラクサスの脳裏に、祖父マカロフの言葉が蘇る。

 

『ラクサス。強さってのは、誰かを守るためにあるもんじゃ』

 

(……じーじ。俺は、まだ仲間を守り切れる力を持っちゃいねえ。だが――)

 

ラクサスは拳を握った。

 

(――少しでも、あんたに近づけるように……この世界でも、やれることをやるさ)

 

「……じゃあ、明日から始めるぞ。覚悟しとけ」

 

ラクサス・ドレアーの、新しい「依頼」は――かつてないほど奇妙な形で、幕を開けた。

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