ジェンティルドンナのにぃに概念 作:おっき!!!
1
その日はとても暑かった。
梅雨が明け、サラッとした暑さが続く夏の日。
田舎過ぎて車通りが少ない国道の坂道を自転車で駆け上がり、ヒィヒィと息を切らし玉のような巨粒の汗を地面に垂らしながら必死にペダルをこぐ。コンクリートが熱で熱され陽炎が浮かぶ坂の上を見ながら、何故こんな暑い日にこんな事しているのだろうと考える。
この地方は平野であるが、その分囲うようにして山脈が連なっている。日本アルプスだがなんだか知らないが、これがあるせいで湿気が逃げづらい。急な豪雨とその後の湿気のダブルパンチは夏の二大厄災である。
夏休みの最中である今日、高校の部活動が猛暑によって中止になった為一日暇になってしまったのだが、親からお遣いを頼まれてしまったのが運の尽き。仕事で家を留守にした親の代わりに、俺はこの猛暑の中自転車で出かけなければならなくなってしまった。
近年猛暑日の気温更新が続いていく中、この殺人級の暑さはここ近年でも類を見ないと思う。今日は猛暑日気温新記録ではないだろうか。慣れた坂道でも、この暑さでこぐのは正直地獄である。水分を持ってきたとは言え、家から目的地まではまだ半分以上もある。しかし持ってきた水分は既に半分を切っていた。ここを登り切れば下り坂で楽できるとはいえ、避暑地となるような場所は無い為休憩もままならない。クッソ地獄だなおいと、ヒィコラ言いながら必死に頂上まで登る。
せっかく今日は涼しい部屋で勉強を片付けようと思っていたのに、これでは今日一日の体力をごっそり持っていかれてしまう。これは、今日は休息日だな(言い訳)。学生たるもの、勉学や部活も大事だが、やはり詰め込んでは壊れてしまう(逃げ)。たまの休息も必要だな(正当化)。
なんて、思っているうちに何とか坂の上まで登りきった。流石にしんどいと、自転車から降りて手で自転車をおす。足がジンジン悲鳴を上げるが、それを上回るような暑さが全身に降りかかってくる。自転車をこいで風を感じていたのが無くなった為、若干の涼しさがなくなりただただ暑いだけになってしまった。
汗をかき過ぎてカラッカラになりそうな身体に僅かの水分を与え、暫くそのまま歩き続ける。何となく、立ち止まるのも暑いだけだから動き続けようとは思った。動いて風を感じて涼しくなりたいのだ。
ふと、遠目に人影が見える。小さい影と更に小さめな影。近付いて見ると、それが
そしてその前にいる狸は、後ろ足で立って両手を上にあげ、まるで少女を威嚇しているように見える。狸は危険な動物だ。保菌動物であるのもそうだが、臆病な性格故に襲われたと思ったなら問答無用で噛み付いてくる。ウマ娘の方が力は強いとは言え、少女はまだ幼い女の子。恐怖のあまりその場から逃げることができないようだ。遠目から見ても、少女は
俺は不味いと思い、自転車をその場に置き去りにして走り出す。足音に気付いて、狸は俺の方を見るやいなや威嚇をやめてすぐに逃げ出した。俺が少女の元にたどり着いた頃には、既に狸の姿は見えなくなっていた。
何とか追っ払うことができた。しかし、少女の方はまだ動揺を残したままのようだ。俺はしゃがみこんで少女と目線を合わせる。
「大丈夫?怖かったな。もう大丈夫だぞ」
なるべく少女の情緒を刺激しないよう優しく声をかける。少女からの返事は無いが、キュッとぬいぐるみを抱き締める腕に力が籠ったため少なくとも声は届いているようで安心した。しかし、今の動きからしてまだ怖がっているのかもしれない。下手に動くと、少女の恐怖心を更に刺激してしまうかもしれない。
「……どうしてここに?お父さんやお母さんは?」
こんな何も無いところに女の子一人とは異質過ぎる。恐らくお嬢様?らしい気品のある服を着た少女がこんなところにいるという事は、信じられないが迷子としか考えられない。何処からどう迷ったのか気になるところではあるが、まずは少女を元いた場所に帰してあげなければならない。
「もしかして迷子?お兄さんがお母さん達の場所に連れて行ってあげるから、良かったら教えてくれる?」
一向に喋らない少女ではあるが、何か言い淀んでいるような感じだ。何かを躊躇っている?
「………け…か……」
「……え?」
「……お父様と、喧嘩……しちゃった………」
少女の言葉に、それはなんともまあと内心簡潔に感想を述べる。いや、だからといってここまで来るのかと俺は疑問に思った。
車から飛び降りて走ったのだろうかと、
田舎のいい所は人が少なく、自然豊かであるという事だ。特に、俺の出身地は海無し県。しかし川の上流層が数多く流れている為、下流よりもかなり綺麗な川がある。よく部活終わりに汗を流して川遊びに耽っている。流れの激しい場所や深い場所は数あるが、地元民故にそういう危険場所は子供達のネットワークでどんどん後世に引き継がれている為、専らニュースになるような河川事故は外部から来た人達である。何しに来たんだよからのなんで流されるんだよという感想しか湧かないし、あの時言ったよね?という気持ちになる時もある。それで立ち入り禁止なんて看板が立てられた日にゃ、俺達は間違いなく市役所に抗議しに行くだろう。
そんな俺の日常のひとつである川が近くにあったため、俺は彼女を連れて川までやってきた。流れは速いが、脇に流れが無くなる溜まりが出来るため、子供でも安心できる場所だ。
俺は大きめの石を川のほとりに並べ、川に足をつけた。ひんやりして気持ちがいい。近くに居るだけでも涼しいが、足をつけるだけでもかなり快適さが変わる。俺は少女に君もおいでと手招きし、隣の石の上をポンポンと叩く。少し強ばった少女だが、近くまで来ると靴と靴下を脱いでぬいぐるみを抱えたまま隣に座り込んだ。
「冷たっ」
「気持ちがいいでしょ?やっぱ夏は川に限るよねぇ」
川の良さは海とは違いベタベタしないこと。つまり帰る時にシャワーを浴びなくても良いという事だ。砂浜でもないから、変に砂がつくこともない。そこまで海に入ったことは無いが、俺からしたら川で十分なのだ。サーフィンとか、海でしかできないものなら海の方がいいだろうが、それ以外なら川の方がいいだろう。まあだからといって俺の地元に来るのは御免こうむるが。
「……ねぇ、お名前はなんて言うの?」
「……え」
「その
彼女はまだ俺の事をよく思っていないようなので、まずは共通の話題を作ることにした。探すまでもなかったが、彼女が抱いているぬいぐるみに興味があったのだ。そのぬいぐるみはボロボロで何度も何度も直したような跡がある。よっぽど彼女にとって大切な物なのだろう。
「………
「
俺はぬいぐるみの手を取って握手をする。しかしそんな姿に彼女はどなちゃんを抱き締める力を強めた。
「……取っちゃ、や……」
「……取らないよ。仲良くしたいだけ」
取られると思ったようだ。俺は誤解を解くように言うと、握手を続ける。彼女は納得したのか腕の力を緩める。
しかし、かなり力が強いな。ギュムッて感じでどなちゃん今にも引きちぎれそうだった。
「どなちゃん、かなり傷だらけだね。わんぱくな子なのかな?」
彼女に質問してみる。しかし、彼女は再びキュッっと腕に力を込めてしまった。何か、彼女の情緒を刺激するような事を言ってしまったらしい。
「……私の、せいなの……」
「……君のせい?」
「………みてて」
彼女はそう言うと、足元に転がっていた小石を持ち上げる。何をするかと思えば、彼女は片手で簡単に小石を粉々に砕いてみせた。
俺は思わず唖然としてしまった。確かに、同級生の
「………私、他の子よりも力が強いの……。だから、みんなを傷付けないように………って。……けど、どなちゃんを抱きしめてるといつの間にか壊れちゃった……。だから、いつも直してもらってる……、だからこんなに、ボロボロ……」
彼女は普通よりも力が強すぎるのだ。成程、どなちゃんはその力を抑える為に渡されたが、それでも改善されることは無かったのか。
「………なるほどね。だからボロボロなのか……」
「……うん……っ。私の……せいで……。でも、今日お父様とお母様が……、新しいぬいぐるみを買うって……っ。私に……そんなボロボロのぬいぐるみは似合わないって………っ」
涙を堪えきれず、少しずつ目尻から小さな雫が滴る。愚図りながらも、彼女はどなちゃんをギュッと抱きしめる。
御両親との喧嘩したというのはこういうことか。確かに、大切なものを蔑まれるのは俺も嫌だな。
「……君は、どなちゃんが大好きなんだね」
「……うん……っ」
「大事にしてるんだね」
「うん……っ」
「どなちゃんは、君にとってどんな子なのかな?」
「どなちゃんは………っ、いつもっ、私の隣に……っ、いてくれる………っ、……友達……っ」
「……友達、か。どなちゃんは幸せ者だね。……ならきっと、その思いをちゃんと伝えれば大丈夫だと思うよ?」
「……でもお父様、きっと分かってくれない………」
「じゃあ、君はどなちゃんの事諦めるのかい?大好きな友達を捨てちゃうの?」
「……えっ」
面食らったように、彼女はクリクリとした潤んだ目を大きく見開いた。
「お互い大好き同士が離れるなんて、お兄さん辛いな。きっと、どなちゃんも大好きな君と離れたくないと思うよ」
「……でも、ボロボロにした私じゃ、……きっとどなちゃんに嫌われちゃってる……」
「……どなちゃんは君の為にこんなにボロボロになってくれたんでしょ?たとえ君が自分のせいだって言っても、どなちゃんはそれでも君の隣にいてくれたんでしょ?だったら、君がどなちゃんの事が大好きなように、どなちゃんも、君の事大好きなんだと思うな」
「……でも、それは……っ、私がいつも連れて行ってるから……っ」
「だとしてもだよ。寂しくないように、いっつも君のそばにいてくれたんでしょ?友達なら、そうやって自分の事を頼ってくれるなら嬉しいと思うのは当然だと思うよ。お兄さんも、友達に頼られたらなんか嬉しいし」
「……でもっ、私のせいで………ボロボロに……っ」
「友達の事を守れるなんて、どなちゃんはとっても良い子だね。お兄さん見直しちゃうな。そんなにボロボロになっても、君の事を守ってくれてる。どなちゃんって勇気ある子だね」
こんなにボロボロになるまで使われているのは、ぬいぐるみにとってかなり有難い事なのではないだろうか。どんな壊れ方をしたか知らないが、直してもらうまでしてこのぬいぐるみが彼女にとって大切なものであるのは明白だ。
「お兄さんだったら、ボロボロのぬいぐるみがあったら捨てちゃうな。直してもらうなんてことしないよ。でも、君は直して貰ってまた大事に使ってる。そんな君にぬいぐるみはきっとありがとうって言ってるよ。大切にしてくれて嬉しいって」
なんやかんや使ってたものには愛着が湧く。俺も長年使っていたものは捨てられなくてずっと部屋に置きっぱになっている。俺の場合それを片付けてすらいないのだからかなりクソすぎるが、俺のように長年使っていたものに愛着が湧く人は多い筈だ。
「それにね、お兄さんは別にぬいぐるみの声が聞こえるわけじゃないけど、どなちゃんの表情を見れば分かるよ。どなちゃんは、ずっと君と一緒にいたいって表情してる」
「………っ」
見よこの曇りなき眼。黒く艶やかな瞳をしている。そしてこの熊に有るまじきおちょぼ口。……なんでおちょぼ口?キス待ち顔?ぬいぐるみなのに?
改めてどなちゃんを見てみるとなんだかよく分からなくなってしまったが、まあ。こんなに大切にしてくれるならぬいぐるみ冥利に尽きるというものだろう。
「だから、その気持ちをちゃんとお父さん達に話してごらん?大切だから捨てたくないって。友達と離れたくないって。そうすれば、きっと分かってくれるよ。人間何事も、口にしなきゃ相手には伝わんないからね」
「……でも、お父様きっと許してくれない………っ」
「そうなったら、どなちゃんは俺が預るよ。捨てられないように俺がどなちゃんの面倒見るからさ」
「……ほんと?」
「おう。ホントホント。もっとどなちゃんと仲良くなりたいからね」
このぬいぐるみ持って帰った日にゃ、親から不思議がられるがまあいいでしょう。
キラキラと、嬉しそうに瞳を輝かせる彼女。見つけた解決策に彼女は嬉しそうにぬいぐるみと見つめ合うと、正面からギュッとどなちゃんを抱きしめる。
「………お兄ちゃん、ありがとう……」
「……女の子が泣いているのは流石に気分が悪いからね。可愛い子には、笑顔が一番似合うよ。ごめんね。なんだか、色々言っちゃった」
「……うぅん。どなちゃんと、ちゃんと仲良くなれたと思うから。私の方こそ、ごめんなさい。色々、迷惑かけちゃった」
「君ぐらいの歳の子は歳上にいっぱい迷惑かけるのがいいんだよ。俺も、親にはまだまだ迷惑かけてばっかだから」
ポンポンと頭を軽く撫でる。俺は一人っ子だから、妹がいるならこんな感じなのだろうか。恥ずかしそうにしながらも、気持ち良さそうに撫でられる彼女は、ふと何か思い出したように口を開いた。
「………私の、名前」
「名前?あぁ、そう言えばどなちゃんしか聞いてなかったね。聞かせてくれる?」
「私の名前、
「俺は━━━━━」
「宜しくね、にぃにっ」
「宜しく、ジェンティルドンナ。……長いから渾名で呼んでもいい?」
「うんっ。……渾名付けられるの初めて。にぃにに呼んで欲しいっ」
ジェンティルドンナ。どなちゃん。………ドンちゃん?思わず太鼓のマスコットが頭の中に浮かんでしまった。
「ジェンティルドンナとどなちゃん。似た名前でドンちゃんってどうかな?」
「っ、うんっ。どなちゃんとお揃いっ」
安直過ぎるというかそれでいいのかと思うが、ジェンティルドンナ改めドンちゃんが気に入っているのなら、全然おっけです。
ドンちゃんどなちゃんと嬉しそうにどなちゃんに言い聞かせるドンちゃん。笑顔ではしゃぐ彼女の横顔に、思わず可愛いと思ってしまった。……いや馬鹿だろ俺。ドンちゃん見た目からして小学生だぞ。流石にまずい。
「……じゃあドンちゃん。早速ご両親に気持ちを伝えなきゃね。俺が連れていくよ」
「………うん。にぃにも、一緒に居てくれる?」
「勿論。どなちゃんとドンちゃんの仲が引き裂かれないように頑張るよ」
ドンちゃんの足を拭いて、靴下と靴を履かせる。再び全身を熱が焼いてくるが、今回はドンちゃんとどなちゃんが居るので泣き言など言ってられない。
自転車の荷台にドンちゃんを乗せる。2人乗りは本来いけないことだが、田舎にそんな事を注意する人は少ないので若気の至りという事で許して欲しい。
「しっかり掴まっててね」
「うんっ、にぃにっ」
ドンちゃんがギュッと汗を吸ったTシャツ越しに俺の腰にしっかりと腕を回す。かなり力強く固定されたせいで一瞬腹が圧迫されたが、何とかドンちゃんが悲しまないように堪える。……確かに、これならぬいぐるみをボロボロにする力が出せそうだ。
それからドンちゃんの御両親と無事に合流することができ、ドンちゃんは泣きながらもぬいぐるみの事を御両親に話していた。
遠目からその様子を見ていると、ドンちゃんがこちらに向かってくる。その後ろから御両親も着いてくる。
「にぃにっ、お父様達分かってくれた!!分かってくれたよ!!」
「そっか、良かったなドンちゃん。どなちゃんも喜んでるように見える」
「うんっ、ありがとうにぃにっ。にぃにのお陰だよ!!」
可愛い。推せる。
フリフリの似合う女の子がこんな屈託のない笑みを浮かべてる姿はなんともまぁ形容しがたい。
「君が〇〇くんか。ドンナが大変お世話になった」
「いえいえ。俺は当然の事をしたまでです。無事娘さんと再会できて良かった」
ドンちゃんのお父さんが話しかけてきた。高そうなスーツを着こなす如何にも敏腕社長って感じの人だ。どうやら一代で国有数の名家まで上り詰めたらしい。
「君には何かお礼をしなくてはな。改めて御両親を交えて話をしよう」
「………俺の事よりも、ドンちゃんと。娘さんとちゃんと話してくれましたか?」
「……あぁ。ドンナの気持ちも考えず、私は親として有るまじきことをしてしまったと反省しているよ。ドンナにはあまり構ってあげられていないからか、無意識の内にドンナの事をおざなりにしてしまった。言い訳に聞こえるかもしないが、君に迷惑をかけた。本当に申し訳無かった」
「俺は気にしてませんよ。ドンちゃんの願いを叶えてあげるのが当初の目的でしたし、それが達成された以上俺は何も望みませんから」
「……しかし、それだと君には……」
「ドンちゃんから落ちた信用を取り戻すのは大変でしょう?俺は気にしてませんから、本当に大丈夫ですよ」
ドンちゃん家族はしっかり話し合いをして、当初の目的であるどなちゃんとお別れしないように話は落ち着いたらしい。
これで一件落着、となれば良かったのだが。ドンちゃんの父親は少しばかり俺に気を使うようになってしまい、夏休みが終わるまでの間、ドンちゃんと一緒に過ごせるよう色々と取り計らってくれたようだ。
しかし俺にも部活がある。俺は野球をやっているのだが、今年最後の夏となる。県ベスト16すら入った事がない弱小校ではあるが、それでも今年はかなりいい所まで出場できた。試合の度に俺と遊べないドンちゃんが応援に駆けつけてくれたのは素直に嬉しかったし、俺が出塁するとまるで自分の事のようにキャッキャ喜んでくれていた。結局高校始まって以来のベスト8に入ることができた。敗戦試合は県屈指の強豪校であった為かなり手痛くやられてしまったが、それでもベスト8はかなり嬉しかった。
「にぃにっ、にぃにっ!!」
「ドンちゃんっ。応援ありがとう。ドンちゃんの声すっごく届いたよ」
「にぃにすっごくかっこよかった!!」
「ありがとう。ドンちゃんが来てくれるって思ったら自然と力が湧いてきたよ。ドンちゃんのおかげ。どなちゃんも来てくれてありがとうっ」
「にぃに……っ」
「負けちゃったけど、まあ悔いはないかな。あっという間の3年間だったけど、楽しかったし充実した。ま、これで暫くはドンちゃんと遊んであげられるからね。また遊びたい日教えてね」
「遊んでくれるの?嬉しいにぃにっ!!」
それから部活動に区切りがついたのをいいことに、毎日のようにドンちゃんと遊ぶようになった。俺は数日だと思っていたがまさかの毎日である。ドンちゃんが俺と一緒に居たいと父親にお願いしたようで、かなり恐縮していた父親が極力ドンちゃんの言うことを聞くようになったらしく、家族そっちのけで俺はドンちゃんとは遊び尽くした。金持ちとはいえ、流石に色々とお金出され過ぎて申し訳ないと思っているのだが、ドンちゃんの母親があの人にはいい薬になったとその御礼です的な事を言われて半ば無理やり感が否めない形で俺にその感謝が還元されているようだ。
まあ、俺の姿を見る度、ドンちゃんがにぃにっと言いながら走って抱き締めてくる姿には癒されるので良しとするが。可愛い妹が出来たと思うと変な悩みも吹っ飛んでしまう。
「にぃにっ、会いたかった!!」
「昨日の今日なのに……、そんなに寂しかったの?」
「……うんっ、にぃにとずっと一緒にいたかった」
「……今度うちにお泊まりに来なよ」
「ホントっ!?嬉しいっ!!」
「山の中は特に虫が多いから、肌が露出してる場所まで届く草が生えてるところには行かないようにね」
「うんっ、わかった!!……あ、蝶々っ。待ってぇ〜」
「って言ってるそばからっ。草むら入るなー!!」
「この前川来たけど川で遊んではなかったね。今日は暑いからきっと気持ちいぞ」
「川で遊ぶの初めてっ。……ねぇにぃに。この水着、似合う………?」
「可愛いよ。赤色と黒色のフリフリフリがついた水着。ドンちゃんに合ってる。やっぱドンちゃんは赤色と黒色が似合うね」
「ホント?嬉しいっ。……えへへっ、今日の為に選んだんだよ」
「嬉しいなぁ、ドンちゃんの可愛い格好が見れて」
「もっと私の可愛い姿見せてあげるねっ」
「……ドンちゃん。力を制御する為に特訓してみない?」
「……特訓?」
「力加減を覚えれば案外いけるんじゃないかと思ってさ。手、出してごらん」
「うん。……え、にぃにっ」
「こうやって手を繋いでたら、きっとドンちゃんも力加減を身につけられるよ」
「っ、うんっ。じゃあ、これからずっと手繋いでようねっ」
「ちゃんと力加減を覚えるんだよ?分かってる?」
「にぃにっ、明日お泊まりしたい……。ダメ?」
「ダメじゃないけど……、御両親にちゃんと言わないと駄目だよ?」
「うんっ、言ってくる!!」
「〇〇、ドンナちゃんとお風呂入ってあげなさい」
「え?俺が?」
「あんた初めての女の子に一人でお風呂入らせるつもり?相手は小学生とは言え預かってる大切な子なんだから何かあったら大変でしょ?」
「いや、だからって……」
「うじうじ悩むな男でしょ!!変に意識してるからそうなるのよ!!相手はまだ小学生なのよ?……ねぇドンナちゃん。ドンナちゃんもアイツとお風呂入りたいわよね〜?」
「なっ、ドンちゃんに聞くのはずるいだろ!!」
「えっ!にぃにっ、にぃにと一緒に入りたい!!………ダメ?」
「………駄目じゃ、ない……っ」
「はっ、うちの息子ちょっれー。早く孫見せてよね」
「気が早すぎるわくそばばあ!!」
「だァれぇがくそばばあじゃぁああ!!」
「……痒いところはないかな?」
「うんっ、にぃに洗うの上手!!メイドさん達みたい!!」
「え、ホント?そかそか、そりゃ嬉しいなぁ」
「これからもずっとにぃにに髪の毛洗ってもらいたいっ」
「……ははは、それは俺がメイドさんになれってことかな?」
「……うぅん。に、にぃには……私の………ゴニョニョ……」
「ん?何か言った?」
「んーんっ、なんでもないっ。じゃあ次は身体洗ってっ」
「はいよお嬢様。えーと、肌傷付きにくいボディタオルはっと……」
「んーっ、にぃにっ。私の身体は手で洗うんだよっ。メイドさん達はタオルなんて使ったことないよ!」
「……え、流石に冗談だよね……?」
「………にぃに、一緒に寝よ?」
「……ちょっと待って。今悶々としてヤバいからちょっと待って……」
「………んっ、にぃに……おやすみ……」
「ド、ドンちゃんっ。流石に上にのしかかられると身動き取れないんだけど……って力つっよっ?!」
「………ぐぅ……すぅ……、にぃに……すき………」
「………だいぶ懐かれちゃったな。ハハッ、よしよし。おやすみドンちゃん。どなちゃんもおやすみ」
「にぃにっ、にぃにっ」
「にぃにっ!!」
「にぃーにーっ!!」
「にぃににぃにっ」
「にぃにっ!にぃにっ!」
色んな場所に行った。色んなことをした。高校3年最後の夏、恋人を作って甘酸っぱい青春の一枚を増やそうと思っていたが、なんともまあ可愛らしい恋人さんが出来てしまったようだ。まあ恋人ではないんだが。
夏休み最終日。ドンちゃんとお別れの日がやってきた。ドンちゃんは終始愚図って駄々を捏ねていたが、俺はまた会えるとドンちゃんをギュッと抱き締めてあげる。ドンちゃんもかなり強い力で俺の事を抱きしめてくれた。
「………にぃにっ、離れたくないよぉ………っ」
「……ありがとうドンちゃん。俺も離れたくないけど、ドンちゃんも学校行かなきゃいけないでしょ?また長期休み、今度は俺がドンちゃんに会いにいくよ。それまでどなちゃんと一緒に待っててくれる?」
「………ホント?」
「ホントホント。だから、また元気でね?」
次は俺が会いに行くとドンちゃんに約束し、ドンちゃんを乗せた車が見えなくなるまで手を振り続けた。
存外、俺もドンちゃんと離れ離れになるのは辛かったようで、暫く気を落としてしまった。両親もまあそうよねと言いながら、普段よりも優しく接してくれたのだが、なんだかとても恥ずかしかった。
しかし、高校最後の年となれば、必然的にやってくるのは今後の進路である。大学受験の勉強はしてきたが、別段大学に行きたいと思ってるわけではないし、就職を考えるにも少し早いと思い、自分の中で何をしたいのか全く分からなかった。
それが年末まで悩んでしまい、ドンちゃんと再会した時もそのことでずっと悩んでいた。
それを察したドンちゃんの父親がウマ娘のトレーナーにならないかと提案してくれた。
「………トレーナー、ですか?」
「ああ。君にとっても悪い話ではないはずだ。難関とは言え、トレーナー道は必ず君の為になると私は思っている。ドンナも高等部から中央トレセン学園に入学する予定だ。是非、君にはドンナの担当トレーナーになれるよう努力して欲しい」
「……え、中央?……まぢもんの最難関じゃないですか。……しかも、受験登録締め切ってますよね?流石にもう間に合いませんよ……」
「いや、知り合いに頼んで推薦枠を確保した。そこに君を入れてもらう」
「それ職権乱用では?流石にしないですよね?冗談とかの範疇ですよね?」
「バレなければ問題ではないのだ。君には是非トレーナーになって欲しい。その為ならば、私はどんな罪でも被ってみせよう」
「なんちゅう覚悟してるんですか!?覚悟見せるところ全く違うと思いますけど!?」
「兎も角、私は君への感謝の気持ちの一環としてやるのだ。私のお節介を、何も考えずに受け取って欲しい」
親バカ発動で俺はトレーナーを目指すことになった。ドンちゃんの担当トレーナーになれるよう、受験は全て破棄。トレーナー一本を目指して勉強する羽目になってしまった。ドンちゃんの父親が講師役を分野毎に用意してくれたお陰で、ど素人だった俺が見る見るうちに知識を蓄えていく。スポーツ科学は自分の身体でも実践できる為かなり面白いと思ってしまった。
それからトレーナー育成専門学校に入学。推薦枠とかいう訳の分からない枠組みで入学した俺を周りは良く思っていなかったようだが、俺が初めての試験で首席を取って以降1位を取り続けたことで無理やり実力を認めてもらうことになった。……首席取り続けるのがこんなに大変なんて知らなかった。
そして2年間学校に通い無事卒業。文句無しで俺は中央トレセン学園に就職した。なんだかあっさり過ぎてかなりビビっているのだが、取り敢えずまずは両親とドンちゃん家族に連絡。両親は無茶苦茶喜んでくれた。帰ったらお祝いよと張り切っている。ドンちゃん家族はあれだけやったんだから当然だと言わんばかりのテンションでおめでとうと言ってくれたが、ドンちゃんがものすごく喜んでくれていたのがかなり嬉しかった。
中央トレセン学園は都心部にある。トレーナー寮もある為無理にバカ高い家賃を払って都心部の賃貸を借りる必要が無いのは有難い。ドンちゃんの父親が問答無用で用意しようとしていたのを止めるのが大変だったが。……あの人変な所ではっちゃけるよな。
トレーナーになったものの、新人トレーナーはサブトレーナーとして先輩トレーナー方の下で下積みをするのが通常である。ドンちゃんがトレセン学園に入学するまではまだまだ数年かかる為、下手にウマ娘契約するより他の経験を積んでいった方がいいと考え、考え方などを共感できそうな先輩トレーナーを見つけ、サブトレーナーとしてチームに入れて貰えるよう頼み、まずはトレーナーとしての第一歩を踏み出した。
時に辛く苦しいこともあったけど、何とかお試しで先輩トレーナーの担当ウマ娘を担当させて貰えるまで成長し、遂に独立を果たす。
そして━━━━━。
✿✿✿✿✿✿✿✿✿✿✿✿✿✿✿✿✿✿✿✿✿✿
桜が舞い散る春の季節。新品下ろしたての学生服に身を包んだウマ娘、ジェンティルドンナは学園内を歩いていた。
今年入学した彼女は、入学試験レースで他のウマ娘を寄せ付けない圧倒的な力を見せつけ学園のトレーナー達から今一番注目を集めているウマ娘である。気品に満ちた立ち振る舞いや仕草。デビュー前なのにも関わらずその美しい身体はシニア級に引けを取らない作りをした筋肉や骨格で出来ており、デビュー前のウマ娘の中で頭一つ以上飛び抜けた実力を持っているのは誰の目にも明白であった。
そんな彼女は現在、忙しなくキョロキョロと何かを探しているようだった。無論困ったような仕草をする彼女を、担当したいと思うトレーナー達が放って置くわけが無いが、彼女は言い寄ってくるトレーナー達をバッサリと切り捨てるだけだった。
勿論それは、担当契約そのものを断られたと言ってもいい。彼女の周りには、その通告をされた屍となったトレーナー達でいっぱいになった。そんなトレーナー達に見向きもせず、スタスタとその場から立ち去るジェンティルドンナ。
そんな姿を見て、気を利かせた1人のウマ娘が彼女に声をかける。
「━━━━━何かお困りでしょうか?」
ふとジェンティルドンナが後ろをむくと、煌びやかな
ジェンティルドンナが入学するまで、トレーナー間でデビュー前の最も注目されていたウマ娘の一人。
「……確か、ヴィルシーナさん。でしたわね?」
「はい。ヴィルシーナです。名前を覚えていただけて、光栄です」
人当たりのいい笑顔を向けたヴィルシーナは、ジェンティルドンナに近づくと優雅にスカートの両裾を軽く持ち上げて会釈する。
「改めて、私はヴィルシーナと申します。ジェンティルドンナさん、何かお困り事でも?」
ジェンティルドンナはどうしようかと考えたが、休憩時間も限られておりなるべく早く目的を達成したかった為、ヴィルシーナに悩みを打ち明ける。
「……実は、トレーナー棟の場所を探しておりますの。場所が分からなくて、案内してくださる?」
「構いませんよ。私も丁度其方に用がありましたので。御一緒させて頂きますね」
微笑んだヴィルシーナはジェンティルドンナの隣を歩く。優雅な立ち振る舞いをする2人が並ぶと、最早それは一枚の絵になる。何方も、所謂名家と呼ばれる家出身。教養もさる事ながら、醸し出す雰囲気も他のウマ娘達とは一線を画している。
「……トレーナー棟にはどんなご用事で?」
ヴィルシーナが質問してくる。
学園は広い。幾つものレースコートや建物が存在する敷地内を、入学したての生徒が全て把握できているわけではない。
トレーナー棟は大雑把に言えば、トレーナーが個室を与えられた仕事部屋が集まったトレーナー棟を指す。
そんな場所に用があると分かれば、自ずと目的は決まってくる。
「私の専属トレーナーになってくださる方に会いにいくだけですわ」
「……えっ、専属トレーナーですか?」
流石。もう既に。ヴィルシーナの頭の中には驚愕と納得の言葉がいくつも過ぎる。ジェンティルドンナのような実力者ならば、この時期に専属トレーナーがつくのも必然と言えるだろう。
「……ええ。私の為にトレーナーを目指し、私の為に中央トレセン学園でトレーナーをしておりますの。……可愛らしいでしょう?」
「それはまぁ、なんともまぁ」
ジェンティルドンナは嬉しそうに、しかしその表情は少しウットリとした表情をしている。その表情に、ヴィルシーナは顔を少し赤らめていた。
ジェンティルドンナの表情は、言ってしまえば恋する乙女のような表情をしていたのだ。思春期とは言え、そう言った浮ついた話に弱い年頃であるヴィルシーナはついつい自分事のように恥ずかしがってしまった。
話の限りでは、入学前から親交があるように思える。そんなジェンティルドンナを思ってここまで来てくれたなんて、なんとドラマチックなのだろうとヴィルシーナは感銘を受けるのだった。
「……貴女は、トレーナーと契約を?」
「……っ、は、はい。中等部の頃から面倒を見てくださるトレーナーさんがいらっしゃいますの。高等部に上がったと同時に、正式に契約を結びましたわ」
「……それはおめでとうございます。いつか、レースの場で鎬を削りあえることを願っておりますわ」
「ありがとうございます。しかし、貴女は今トレセン学園内で最も注目を集めているウマ娘。無論私も日々の練習を怠るわけではありませんが、いつか貴女を追い越してみせますわ」
「……ほほほ、構いませんわ。何時でもお相手お待ちしております」
暫く歩いていると、漸くトレーナー棟に着いたらしい。廊下壁に何処が誰のトレーナーの部屋なのか案内板がかけられていた。
「こちらがトレーナー棟です。お相手のトレーナーさんの部屋は見つかりましたか?」
「ええ。ありましたわ。お陰で辿り着くことができました。お礼を申し上げます」
「いえいえ。困った時はお互い様ですわ。それでは御機嫌よう」
そう別れの言葉と共に2人は歩き出す。
しかし方向は一緒になることなど別段珍しくない。2人は気にすることなく隣同士で廊下を歩く。
そしてピタッと2人の足は1つの扉の前で止まる。そう。
「「……え?」」
思わず2人の間抜けな声が重なった。無理も無い。数多あるトレーナー室の中で、まさか同じ場所に用があるとは思わなかった。トレーナー室を宛てがわれているトレーナーは一室1人が通常。つまり、ジェンティルドンナとヴィルシーナは同じトレーナーに用があるという事だ。
「……どういうことですの?」
「……それ、私のセリフなのですが?」
「ここには〇〇トレーナーが居るはずですわよね?」
「ええ。
「……は?
「……っ、もしかして……っ。この前言ってた2人目の担当って……っ」
2人の間にバチバチと火花が飛び散る。表情はお互いに睨みを効かせ、相手を威嚇し合う。
近付いて分かったが、何やら室内が騒がしい。少なくとも2人以上の声が廊下まで漏れ出している。
流石に周りに迷惑がかかると思い、ヴィルシーナはジェンティルドンナから視線を切ってドアノブを握る。
「……ちょっとトレーナーさんっ。一体なんの騒ぎで━━━━━」
「━━━━━トレっち、だぁーい好きっ」
「……やめなよヴィブロス。トレーナーさんが困ってるでしょ……?」
「え〜?そんな事ないよねー?ねぇ〜、トレっち?」
「……いや、できればどいて欲しいんだけど……」
「え〜?なんでなんで〜?本当は嬉しい癖に〜」
「いや、ほんと……仕事、できない………」
「ほら、迷惑になってる……。トレーナーさんだって忙しいんだから。我儘言っちゃ駄目だよ……」
「むむーっ、シュヴァちも本当はしたいけどできないから嫉妬してるー?」
「っ、ぼ、僕は別に……っ、てっ!?ヴヴヴヴィブロスッ!!」
「どうしたのー、シュヴァち……っ、お、お姉ちゃんっ!?」
「ヴィブロス、シュヴァル。……これは、どういう事かしら?」
この部屋を宛てがわれたトレーナー。椅子に座る彼の上に跨るツインテールの生徒と、その隣でアワアワとしている少し気の弱そうな生徒。前者がヴィブロス、後者がシュヴァルグラン。ヴィルシーナの妹達である。
お互い尻尾をピンと上向きに上げておりかなり驚いているようだ。
「お、お姉ちゃんっ。お昼は用事があるって……」
「……ええ。用事は済ませたわ。だからトレーナーさんとお話しようとしていたのよ。
「……ひぃ〜、シュヴァち〜っ」
「……諦めなよ、ヴィブロス。素直に叱られよう。僕も一緒に怒られるから……」
「シュヴァち〜っ」
「お説教は後よ。トレーナー、どうやらお客様らしいのだけれど」
「……お客様……っ、てっ!?」
ヴィルシーナの後ろからヌルッと姿を現したジェンティルドンナに、トレーナーは思わずまずいといった表情を浮かべる。
ジェンティルドンナの表情は硬い。トレーナーを見つめる視線はとても冷たい。まるでゴミでも見るような視線だ。
「……ド、ドンちゃん……っ」
「ドンちゃん?」
「ドンちゃん?」
「ドンちゃん〜?」
「………っ、あまり人前でその呼び方はやめていただけませんこと?」
「あ、ああごめん。
「……ええ。そうなのですけど。……その前に幾つか、答えて下さいませんこと?ヴィルシーナさんやそこのお2人と、どのようなご関係で?」
「……か、関係?えっと、サブトレ時代からヴィルシーナの事を任されてて、そのまま独立する時に着いてきてくれた……的な?2人はヴィルシーナの妹達だから自然と仲良くなった……かな」
「……そう。ヴィルシーナさんと担当契約を結んだそうだけど………?」
「……あぁ。連絡もしないで勝手な事したとは思っているが、ヴィルシーナも担当2人を持つっていう事には賛同してもらっている。契約については問題ない」
「……やはり。2人目というのは、ジェンティルドンナさんですね?」
「そう。俺は元々彼女の専属トレーナーになるように言われてここに居るんだ。あ、別にヴィルシーナの事が邪魔だとか思ってないぞ。しっかり最後まで面倒見るつもりだから」
「……そんな心配していません。トレーナーさんなら、きっと最後まで私達の事見ていてくださると思っておりますので」
「うんうんっ、来年再来年はシュヴァちと私で順番に担当してもらうから宜しくね?」
「……その、よ、宜しくお願いします」
トレーナーの周りにヴィルシーナ姉妹が集まる。トレーナーの表情はジェンティルドンナのフォローを考えているのかかなり深刻そうな表情をしているが、ヴィルシーナ姉妹達は顔を少し赤く染めている。
なんとも甘酸っぱい雰囲気が流れる中、俯いたジェンティルドンナはプルプルと肩を震わせながらギューッと拳を強く握り締めている。トレーナーには分かった。ジェンティルドンナはかなり怒っているのだと。
「……ほほほ、そうですのね。私の知らぬ間に、いつの間にか担当をお持ちでしたのね」
「……ど、ドンナ」
「……そう。私が今日という日をどれほど待ち侘びていたか。貴方に理解できるかしら……」
「……いや、あの……、ど、ドンナ?」
「……なのに貴方は、私以外の生徒と宜しくやっているだなんて……」
怒りのあまり耳や尻尾、果てには髪の毛が逆だっている。小さい時、ジェンティルドンナが珍しく怒った姿を見た事あるが、そんな昔の事など比較にならないようなオーラを醸し出している。
ジェンティルドンナはばんッと右足を踏み出して床にヒビを作った。かなり頑丈に作ってあるはずの床に傷をつけた事にヴィルシーナ姉妹はかなり驚いている。
やがて顔を上げたジェンティルドンナは、目尻に涙を浮かべながら、キッと恨めしそうにトレーナーを睨む。トレーナーは記憶の片隅にある手のつけられなかった彼女の怒り心頭な一面を思い出した。
「にぃにの………バァカァア!!」
「信じらんない!!信じらんない!!にぃには私だけのにぃになのに!!なのになのになんで他の子の事担当してるのっ!?」
「にぃにの浮気者!!にぃになんてっ、にぃになんて………っ」
「大っ嫌い!!」
ジェンティルドンナの悲痛の叫びが、開けっ放しのドアから外に漏れ、学園中に広がることとなった。
ジェンティルドンナとトレーナーの特別な3年間は少し問題を抱えたままこうして始まっていく。
波乱万丈なトゥインクルシリーズのゲートが、爽快な音とともに開かれるのだった。