『ところで、向こうの木の影から魔獣が数頭、こちらの様子を窺っているようなんだが、あれは放っておいていいのか?』
「なんだ、やっぱり気付いていたのかい? やっぱり便利だなあ。クチナシの《感知》は。私も今から習得してみようか」
『見た目以上に魔元素の消費が激しいから、護衛には向かないんじゃないか? 第一、メイメイには《百目鬼》があるんだから、今更
「《百目鬼》も万能じゃないんだよ。あくまで視覚の強化だから、こういう視界の悪い場所での見張りはどうしても《感知》に劣ってしまう。とはいえ、クチナシがそういうのなら止めておこうかな」
メイメイはため息とともに、残っていたコーヒーを一気に飲み干した。
そして空になったマグカップを手にしながら、魔獣がいる方に視線を送りつつ口を開く。
「ま、そういうのは置いておいて、だ。せっかくだし、あの魔獣の対処はクチナシにお願いしてみようかな」
『任された』
そういうが否や、クチナシは手のひらに《炸裂》の種を数個転換すると、魔獣がいる方向へ見向きもせずにぶん投げた。この場で種の存在を知覚できるのは、《感知》を持つクチナシと《百目鬼》を使うメイメイだけ。魔獣達はクチナシが何をしたのかも分かっておらず、警戒してこちらの様子を窺うばかりだ。
そのままその場に留まっていた魔獣達の頭上に種が降り注いだ瞬間、クチナシは種を一気に起爆する。
けたたましい爆発音とともに、仲間が次々と吹き飛ばされていく。運よく難を逃れた魔獣も、一体何をされたのか分からないまま、一目散に森の中へと逃げていってしまった。
『二匹死亡の四匹負傷。残りは全部逃げていったか。もうあいつらが寄ってくることもないだろう』
「なるほどね。お見事」
魔獣の群れを一瞬で片づけたクチナシに、メイメイは静かに手を叩いて褒めたたえる。最後に加えた護衛が、ここまで場慣れしているのは本当に想定外だった。ヒカガミ商会の会長ではないが、いい買い物をしたとメイメイはほくそ笑んだ。
だが、ここで想定外の事態がもう一つ。
「なんだ!? 敵襲か!?」
「隊長! 何かありましたか!?」
爆発音に反応して、馬車の中で眠っていた護衛達が一斉に目を覚まし、外に飛び出してきた。急ぎではあったものの各々しっかりと自分の武器を手にしており、臨戦態勢はしっかりと整えている。
「大丈夫か新入り。何があった?」
『いや、その、魔獣の群れが出たんだが……』
「なあ、なんか妙に静かじゃないか? これほんとに敵襲か?」
「うわ、なんだこのぐちゃぐちゃになった魔獣の死骸。隊長―、これやったの隊長ですか―?」
結局、護衛達全員がわらわらと外に出て、状況の確認に周囲の警戒にとせわしなく動き出してしまっている。実際にはもうクチナシが解決した問題であるにも関わらず、だ。
クチナシの転換術は確かに強い。だが、それ以上にうるさい。
その弊害がこんなところに出てきてしまうとは思っていなかった。
さすがにこういう事態は初めてなのだろう。騒ぎを起こした当の本人であるクチナシといえば、状況の説明が上手くできずに困惑してばかりだ。
そんな様子が、どこかおかしくて仕方ない。
「あっはっはっはっはっはっはっはっは!!!」
ここで、事の顛末を見ていたメイメイが、ついに堪え切れずに笑い始めた。
とはいえ、このままではいつまでたっても収拾がつかない。明日も護衛として旅をしなければならないのだ。休める者はしっかりと休まなければならない。
「さて、皆には私から説明しないとだね……」
あと、クチナシは夜間の見張りから外すことにしよう。笑い過ぎて思わず出てきた涙をぬぐいながら、メイメイはマグカップを置いて立ち上がった。