「いやはや、本当に君達には助けられたな」
フォゾに到着した一行は、仕事の成功を祝うという名目で酒場に駆け込んだ。皆酒のジョッキを手にがははと笑いながら酒を胃に流し込んでいく。
隊長であるメイメイもこの時ばかりは無礼講ということで、護衛達に混じって酒を片手に話をしていた。その途中でクチナシの姿を見つけ、声を掛けにやってきた。
『それはこちらもだ。フォゾへの行きがけに金が手に入るとは思わなかった。これでいくらか旅が楽になる』
「そういえばクチナシ達は旅をしていると言っていたな。どこの出身か聞いてもいいかい?」
『生まれは別のところだが、昔のことだからもうほとんど覚えていないな。ツァマサッキの近くの育ちなんだが、俺にとってはむしろそっちが故郷といえる』
「ツァマサッキの近くって、もしかしてズマフジズ森林かい?」
『よく知っているな。あの近辺にも行商に行くことがあるのか?』
「いや、そういうわけではないんだけどね……」
ツァマサッキは、キンカの住んでいたカカットよりもさらに南、彼らの住む王国最南端の街だ。そして、カカットとツァマサッキの間にあるのが、メイメイが口にしたズマフジズ森林だ。
ズマフジズ森林の中には地図にも乗らないような小さな集落がいくつか点在しているので、森の中で住んでいると言っても怪しまれるようなことはない。
怪しまれるようなことはない。そのはずなのだが、メイメイは明らかにズマフジズ森林という地名に表情を曇らせた。
「ズマフジズ森林って、確か魔王が現れたと《神託》のあった場所じゃなかったかい?」
メイメイは振り返り、後ろにいた他の護衛達に話を振った。
護衛達も彼女の言葉に皆一様に頷き返す。どうやら勇者と魔王が現れたという話は、国内でかなり広まってしまっているらしい。
そして彼女は《信託》があったと口にした。おそらく、魔王の居場所を特定する転換術が存在するのだろう。
でなければ、彼らがクチナシの元へとたどり着くことはなかったはずだ。
「――ってことは、もしかして、クチナシも魔王か勇者様に会ったりしたのかい?」
『……いや、それはないな。出会ったこともないし、それらしき人を見たっていう話も聞いたことがない』
「それは惜しいことをしたな。せっかく勇者様と魔王がいる時代に生まれたんだ。一度くらいは手合わせしてもらいたいね」
「おいおい、いくら隊長でも、さすがに勇者様と魔王とやりあおうってのはさすがに無謀が過ぎるだろうが」
「いいじゃないか無謀でも。むしろあんたは気にならないのかい? 語り草になっている勇者様と魔王が、一体どれくらい強いのか」
「まあ、それは少し気になるよな」
「この目で見れるってんなら、ちょっと見てみたいかも」
「私はぜひとも戦ってみたい。強いやつと闘えるなんてわくわくするじゃないか」
「さすがにそれはないっすね」
「隊長ほどの戦闘狂もそうそういねえよ」
「違いねえ」
勇者と魔王の話題に明らかに興奮するメイメイを見て、クチナシは初めて彼女と出会い、手合わせをした時のことを思い出した。
そういえば、彼女がクチナシとの手合わせを終わらせた理由は「歯止めが効かなくなりそうだから」だったはずだ。
護衛隊長としての立場を忘れて戦闘に没頭しかけ、勇者と魔王にすら喜び勇んで挑みたがる。なるほど戦闘狂と呼ばれても仕方ないなと、クチナシは心の中でほくそ笑んだ。
そんなクチナシをよそに、メイメイの言葉をきっかけにやれ誰が一番強いだの、やれどう立ち回るかだのといった議論が始まった。全員ずいぶん酔っているようで、クチナシそっちのけで議論は際限なく盛り上がっていく。
これでやっと解放された。静かに食事にありつける。そう思ったクチナシが目の前のからあげに手を伸ばした瞬間、突然メイメイが彼に話題を振った。
「クチナシはどうなんだい? やっぱり強いやつと戦えるとなったら、やっぱりわくわくするよな!?」
頬を真っ赤にして大声を出し、やや焦点の合っていない瞳でクチナシを捉え、右手のジョッキは決して離さない。
メイメイ隊長の顔をした酔いどれが、遠慮なくクチナシの肩にもたれかかり、なーなーどーなんだと肘で脇腹を小突き続けている。
『なあ、これは本当に大丈夫なのか? 性格変わってるぞ?』
「隊長はいつもそうだよ。仕事中は頼りになるんだけど、酒が入るといつもこれさ」
「なあなあクチナシはどうなんだってー」
すっかりできあがってしまったメイメイに絡まれ、はてどう答えたものかと逡巡する。だが、結局は素直に答えるべきと思い、考えていることをそのまま口にした。
『……すまん。そういうのはよく分からん』
「なんだよー」
ぶー垂れるメイメイを軽くあしらいながらクチナシは酒を口に運ぶ。今まで口にしたことはなかったからか、独特の風味が慣れない。メイメイのように酔うことができれば少しはいい印象も持てたかもしれなかったから、酒に酔える体でないのが少し勿体なく思えた。
酒場は酒に酔った者達が騒ぎ立てるせいでどこもかしこもやかましかった。悪い気はしないが、今まで静かな環境にいることが多かったからどうにも慣れない。周りが熱気に包まれていく中、自分だけが取り残されていくような感覚に陥る。
もしも自分も彼らと一緒に酒に酔うことができたのなら、そんなことを考える必要もなかったのだろうか。あれだけ理知的に動けるメイメイですら、今は空のジョッキを片手に隣の男とゲラゲラと笑い合っているのだ。もしかしたら、あのように自分も豪快に笑い合えたのかもしれない。
ましてや、元々やかましい人間に酒を飲ませてしまえばどうなるのだろうか――。