そこでキンカの姿が見えないことに気付き、クチナシは辺りを見回した。確か酒場には一緒に入って、その後テーブルに運ばれてくる料理の数々に目を輝かせていたはずだ。料理を置いて一人で外に出て行くことはないだろう。
「クチナシさん!」
《感知》で探そうかと思った瞬間、ふとキンカの声が聴こえてきた。声のした方に振り向くと、そこにはキンカの顔をした見慣れぬ町娘が立っていた。
彼女の髪の色のようなダークブラウンのブラウスに黒のコルセット、ブラウスと合わせられた同じくダークブラウンのスカートにはフリルがあしらわれ、子供用とは思えない上品さを醸し出している。
彼女はクチナシの前に立つと、いつかどこかで夢見たようにスカートの裾を摘まんで広げてみせ、手を離すと同時にその場でくるりと一回転してみせる。
ふわりと広がったスカートが優雅な花のようで、クチナシは思わず彼女に見とれてしまう。
「会長さんが追加報酬だってこれをくれたんスけど、どうっスかね、変じゃないっスかね……?」
『……ああ、いいんじゃないか?』
「おいおい、そこはもっとちゃんと褒めてやれよ! べっぴんさんが泣くぞ?」
見惚れて反応が遅れたせいで、ずいぶんと薄い反応になってしまった。
そんな彼に、メイメイがジョッキを片手に横からちゃちを入れてくる。それに乗っかって、他の護衛達もそうだそうだと一斉にクチナシを囃し立てた。
もはや収拾がつかないほどに盛り上がる中、会長がワイングラス片手にキンカの元にやってきた。
「あ、会長さん。洋服ありがとうございました! ……でも本当によかったんスか? これ多分めちゃくちゃいいやつっスよね? なんか触り心地が全然違うんスけど……」
「さっきも言ったが、働きは期待以上、あんたらのおかげで盗賊団はまとめてしょっ引くことができたおかげで、こっちも懸賞金がたんまり入って潤ってんだ。追加報酬ってことで遠慮なく貰ってくれや!」
どうやら会長は相当キンカのことを気に入っているらしかった。上機嫌になっている会長は、さらに商人としての心構えをキンカに教え始める。
「それにな、きっちり仕事をした奴にそれ相応の報酬を払う。それが俺のような、上に立つ人間の義務なんだ」
「そういうもんなんスか。てっきり、そういうのは踏み倒すのが大人のやり方だと思ってたんスけども」
「そういう奴もいるにはいるな。だが、そいつらは踏み倒した金額分、あるいはそれ以上、テメーの信用を代わりに支払ってるんだよ。信用ってのもまた商品の付加価値の一つ、時には商品そのものになっちまうことだってある。別にいい人ぶりたいわけじゃない。俺達商人は得をするために、正規の報酬を支払っているだけだ」
「ってことは、その信用に価値がなくなった時は……」
キンカがぼそりと呟いた質問に、会長は笑って返した。言葉にしなくとも、それがなによりの答えになる。
「目先の利益に惑わされず、長期的にものを見てこそ、商人としての真価が問われるってものよ」
「べ、勉強になるっス……」
なるほどとうなずくキンカに機を見計らったのか、会長はさらに話を続けた。
「ま、そいつはちょっとした俺の願望と、先行投資も兼ねてるんだがな」
「先行投資?」
「ああ、嬢ちゃんもよく覚えときな。相手と何か交渉するとき、この際商人相手であろうがなかろうが関係ねえ、そん時はまず相手に『自分はお前と同等ないしはそれ以上の関係だ』ってことを分からせてやらないと、そもそも交渉の席にすらついちゃくれねえんだ」
「それって、どういうことっスか?」
「俺みたいな会長って立場や、もしくはなんかでかいことをやったっつー経歴、実績、その他諸々だな。さっきの信用の話みたいなもんだ。自分にはお前と交渉するに値する付加価値があるってことを示さなきゃいけねえんだよ」
「は、はあ……」
「それでまず最初に気を配るべきは、身なりだな」
「身なり、っスか?」
「服なのか布なのかも分からねえようなもん着たみずぼらしいガキと、いいとこ育ちだってぱっと見でも分かるような服装の子供。どっちの話が聴かれやすいかってことだよ。だからまずは、身なりだけでもとりあえず整えとけってことだ」
「なるほど、そのための先行投資ってことっスか。……ん? 先行ってことは、つまり……?」
「察しが良くて助かる。……キンカ、ここからは提案、というか交渉だ」
何かに引っかかるキンカの表情にご満悦な会長は、そのまま彼女にとある提案を持ち掛ける。
「あんた、ウチの商会に入る気はねえかい?」