『クソっ!』
「えっ……ぇぇぇぇぇええええええあああああああ!?」
突然クチナシはキンカを抱え、咄嗟に背後で発動させた《炸裂》を推進力に一気に前進した。
あまりにも急な出来事にキンカは思わず悲鳴を上げて、慣性と風で体をもみくちゃにされながらも、なんとかクチナシと離れないようしがみつく。
やがていくらか距離を取ったところでクチナシは停止し、抱えていたキンカを離す。乱雑に扱われるものだから、キンカはその場にしりもちをついた。
「ちょっとクチナシさん! 一体何があったっていうんスか!」
抗議の言葉を挙げるキンカだったが、クチナシの視線の先、先ほどまで自分達がいた場所の方を見て絶句した。
先ほどまでは何もなかった場所に、キンカの腕ほどの太さの蔦が地中から幾本も生え、辺りを探るようにゆらゆらと揺らめいていた。そうして二人が揺らめく蔦を見ている間にも、地中から新しい蔦が次々と生えてくる。
「なんスかあれ!?」
『植物の魔獣か。どうやらここら一帯の主のようだな』
それが単なる植物ではない、魔獣の仕業であることは間違いなかった。魔獣がそこに何もないことを確かめると、今度は蔦をクチナシ達目掛けて伸ばし始めた。
鞭のようにしなりをあげて襲い掛かる蔦に、キンカが鋼の盾を転換して対応する。蔦と盾がぶつかりすさまじい衝撃音が響き渡った。
威力はそこまで大きくなかったようで、盾は傷もへこみもついていない。それを見てキンカは安堵のため息を漏らす。
「な、なんとかなったっスね」
『馬鹿、立ち止まるな!』
襟を引っ張られ、後方にぐいっと引っ張り上げられたキンカは、突然首を絞めつけられ潰されたヒキガエルのような声をあげる。そしてその一瞬後で、取り落とした盾に蔦が高速で巻き付き、覆い尽くされ見えなくなった盾がぎりぎりと締め上げられていくのが見えた。
クチナシに引っ張り上げられていなければ、今頃キンカも、盾と一緒にあの蔦の中に取り込まれていただろう。キンカが飲み込んだ息が、自分を乱雑に扱うクチナシへの抗議を押し殺した。
『あの蔦は獲物を捕らえるためのものだろう。おそらく、本命はあっちだ』
クチナシが顎でしゃくってみせた方に視線を向けると、二枚貝のように合わさった二枚の葉が、餌を求めるひな鳥のように口を大きく開けていた。
『蔦で捕まえて、葉で獲物を捕食する。といったところか。あと、当然だが蔦も葉も一つだけじゃないからな』
キンカが辺りを見渡すと、二人を襲った蔦と同じものが、いつでも襲い掛かれるよう先端をこちらに向けている。それに紛れて、葉の口も大きな口を開けて、獲物が捕まるのを今か今かと待ち構えていた。
「嘘でしょ。植物は水だけ飲んで大きくなるんじゃなかったんスか!?」
『植物の中には小さな虫を捉えて栄養にするものがあるそうだ。それが魔獣化して、他の魔獣達を食い荒らせるほどに成長したんだろうな。どうりで今まで魔獣をほとんど見かけなかったわけだ』
「関心してる場合っスか!」
『まあ、ここら一帯の魔獣を一掃できるくらいには強いのだろうから、多少厄介ではあるが……』
話している間にも、幾本もの蔦が二人に襲い掛かる。それをクチナシは《炸裂》で捌き、キンカは新しく作り上げた盾で防ぎきる。
『要はあいつさえぶっ飛ばしてしまえばいいんだろ? 魔獣に絶え間なく襲われ続けるよりは楽だし、なにより話が早くて助かる』
クチナシは蔦の攻撃の合間に《炸裂》の種をいくつも転換し、蔦の触手目掛けてそれらを発射した。待機している蔦に種が近づくと、種は轟音をあげながら爆発し、蔦を使い物にならないほどに損傷させていく。
キンカも手にした盾を鉈に作り替え、近づく蔦に容赦なく振り下ろした。切り落とされ短くなった蔦は攻撃を止め、地中に戻っていく。
「やった!」
二人の反撃に怯んだのか、蔦は彼らから距離を置き、様子を窺うように動きを止めた。
だが、魔獣は決して、二つの獲物を諦めたわけではない。
クチナシに爆破され、キンカに切り刻まれ、ぼろぼろになった蔦の断面から、また新しい蔦の先端が生えてきた。それどころか、蔦が突然枝分かれを始め、捉える触手の数をさらに増やしていく。
気付けば蔦の触手は、長さも数も、先ほどまでの倍以上に増えており、うごめくその姿はもはや壁のようになっていた。葉の口も数と大きさを増やしており、いつかの猪の魔獣くらいならば一口で丸呑みできそうなほどにまで膨れ上がっていた。