鉄屑少女と空飛ぶ案山子   作:くろゐつむぎ

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6.魔王の過去語り(15/15)

 メイガンの《魂魄操作》によってクチナシの行動は大きく制限されていたが、魔元素量の多いクチナシに本気で抵抗されてしまえば、最悪の場合今この場で封印が解かれていてもおかしくはなかった。

 

 だからこそ、その抵抗する力をあらかじめ失わせるために、メイガンは不必要に勇者達を煽ってみせたのだ。

 

 力の向きや方向を操作する《方向転換》で、重力の向きを操作して空を飛んでみせたのも、勇者達に格の違いを見せつけるとともに、魔元素を必要以上に大きく消耗することが理由だ。

 

 でなければ、そもそも戦闘中、メイガンは空を飛ぶ必要は全くなかった。

 

「なんだいなんだい。せっかく君達の流儀に従って遊んでやったっていうのに、一体何が不満だっていうんだい」

 

 文句を垂れるメイガンに苦い顔をしながら、ケイは懐から取り出した無骨な手錠をメイガンの両手にはめた。

 

「はめた者の転換術を阻害する手錠よ。あなたにはこれをつけたまま王都まで来てもらうわ。話はそちらで聴かせてもらう。もちろん、道中、並びに王都で抵抗、逃亡を図ろうものなら、その場で処断するのでそのつもりでいなさい」

 

「当然、逆らうつもりはないよ。さ、そうと決まれば早く王都に行こうじゃないか。勇者様には話したいことがたくさんあるんだ」

 

 嬉しそうに話すメイガンに、勇者達は苦い表情を崩さなかった。去り際にメイガンはちらと小屋の方、玄関に無造作に置かれたクチナシに目をやった。

 

 話を聴くとは言っているが、メイガンを殺さない保証はどこにもない。たとえ彼女が魔王を追う最大の手掛かりだったとしても、だ。

 

 だからメイガンは、クチナシに最後の別れのような言葉を送ったのだ。

 

 何もできない自分が悔しくて、涙の一つも流せない瞳で、クチナシはとうに見えなくなったメイガンの背中をじっと見続けていた。

 

 それから、長い時間が経った。

 

 晴れた日も、雨が降る日も、風の強い日も、クチナシは軒先に倒れたまま動けないでいた。そのせいで、考え事をする時間だけはたっぷりとあった。

 

 ――幸せになりなよ。クチナシ

 

 メイガンの言葉が、脳裏に焼き付いて離れない。

 

 幸せってなんだ。どうやってなれっていうんだ。

 

 先生がいない幸せを、どうやって思い描けというんだ。

 

 勇者とはなんだ。正義の名目さえ掲げれば、その行動は全て正当化されるのか。

 

 悪をくじくという、名目さえ掲げれば――。

 

 そうしてひと月ほど経った時、メイガンの言った通りクチナシの封印は解けた。体が動かせることを確認しながらクチナシは一人立ち上がる。

 

 やることは決まっている。先生を追いかけるのだ。

 

 彼女が生きている可能性に賭けて、王都へ向けて出発しよう。

 

 そうやってクチナシは、一人王都へ向かう旅を始めたのだった。

 

 

     ○   ○   ○

 

 

「――以上が、俺が旅を始めるに至った経緯で、俺が勇者様に会いに行かなければならない理由だ」

 

 クチナシがそう締めくくると、小屋の中はまた静寂に包まれた。

 

 相変わらずの虫の音の中、クチナシとキンカはしばらく黙りこくっていた。

 

「そんなことが、あったんスね……」

『ああ、そんなことがあった』

 

 短く言葉を交わす二人だったが、会話はすぐに途切れてしまう。

 

『……それで、あれだけ聴きたいと言ってせがんできた俺の話は、どうだった?』

 

 ついに沈黙に耐えきれなくなり、クチナシはひざ元でうなだれるキンカにたずねた。

 

「……ごめんなさい」

 

 キンカの口から出てきたのは、まさかの謝罪だった。がっくりとうなだれたまま、彼女はいつもの無邪気さをどこかへ置いたまま口を開く。

 

「クチナシさんの話を聴いて、何か気の利いたことを言えればいいんスけど、何を言えばいいのかさっぱり分かんないんス」

 

 キンカは膝を抱え、クチナシの胸元で小さくうずくまる。

 

 慰めようにも、励まそうにも、彼が抱えている問題が大きすぎて、キンカの手に負えないことが分かってしまった。

 

 キンカが今日ほど無力感に苛まれたのは、生まれて初めてのことだった。

 

 そんなキンカを見て、クチナシはため息を吐いた。

 

『気にするな。俺はもう、十分に貰っている』

「え、ウチ、なんかしましたっけ……?」

『何もしなくていいって言ったんだよ』

 

 ――だからこそ、今日君が私の話を聴いてくれたことは嬉しく思っているのだよ?

 

 いつかメイガンが自分の研究をクチナシに話した時も、同じことを思っていたのだろうか。

 

 メイガンはクチナシに、そして、クチナシはキンカに、それぞれの思いの欠片を手渡した。

 

 たったそれだけのことで、すっと心が軽くなる。そんな気がした。

 

 問題は何一つ解決していないが、それでも、ほんの少しだけ救われた。そんな気がした。

 

「クチナシさん?」

 

 黙ってしまったクチナシの顔をキンカが振り返って覗き込む。くりくりとした金の瞳が、今は不安げな色を帯びてしまっていた。

 

『ほら、明日も早いんだ。村に置いて行かれたくなかったら、いい加減さっさと休んでおけ』

 

 クチナシはキンカの頭をはたいて、彼女をベッドへ行くように促した。明日は朝から村を出る予定だ。終わりが近づいてきたといっても、二人の旅はまだ終わってはいない。

 

 キンカは促されるままにベッドに横になると、クチナシとは反対の方を向いて、小さくうずくまるようにして毛布にくるまった。

 

 早く休めと言われても、先ほどの話が頭をよぎるせいで全く眠れる気配がない。何もしなくてもいいと言われても、それでも彼のためにできることを探してしまう。

 

 結局、夜がさらに少しだけ更けたころ、虫の声と風の吹き抜ける音の他にもう一つ、小さな女の子の静かな寝息が追加されたのは、それからもうしばらく経ってからのことだった。

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