鉄屑少女と空飛ぶ案山子   作:くろゐつむぎ

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幕間4.花と同じ名前について
幕間4.花と同じ名前について(1/1)


「そういえば、君の新しい名前を決めないといけないな」

 

 クチナシがメイガンから新しい体をあてがわれた翌日、朝食を用意してきたメイガンは思い出したようにそう言った。

 

 藁の体で行う初めての睡眠にひどい違和感を覚えたクチナシは、たいそう寝覚めが悪そうに椅子に座っている。メイガン特製の少し焦げたパンを手にした彼もまた、昨日自己紹介をしていないことを思い出してから口を開く。

 

『そういえば、僕の名前はまだ言ってなかったね。僕の名前は――』

 

 クチナシが元の人間の体を持っていた頃の名前を口にしようとした時、メイガンは人差し指をクチナシの口の前で立て、それ以降の言葉を遮った。

 

 突然話を止められぎょっとするクチナシに、メイガンは首を振って語りかける。

 

「いいかい? 前の名前は忘れるんだ。残酷なことを言うようだけれど、そんなものを覚えていたところで、もう虚しいだけだからね」

 

 メイガンの言葉に、クチナシは首を傾げた。彼女の言っていることが今一つ理解できない。メイガン自身もそれを察してか、きょとんとするクチナシにさらに言葉を投げかける。

 

「まあ、ぴんと来なくても仕方ないだろうね。何せ初めての経験だ。そうだな……、君はこの経験を経て、新しく生まれ変わったと思いなさい」

 

 新しく生まれ変わった体には、新しい名前も一緒にあてがわれるべきだ。言葉を変え品を変え、なんとか彼に理解してもらおうとするメイガンだったが、結局クチナシにはちゃんと理解されないまま終わってしまった。

 

 とはいえ、クチナシはクチナシで、彼女が自分のために提案していることだけは分かっていた。だから、新しい名前を付けるということに、なんら反対する気はなかった。

 

 その意思を見せると、メイガンはほっと胸を撫で下ろした。どうやらよほど安心したのだろう。なぜか見ているクチナシの方まで同じように安心してしまうほどの安堵っぷりだ。

 

「さて、それじゃさっそく君の名前を考えようか。そうだな……」

 

 メイガンはそう言いながら、部屋の中を見回した。とはいえ小屋の中はずいぶん質素なものだ。生活に必要なものを最低限詰め込み、空いた隙間に大量の本を積んだような部屋に、新しい名前を付ける発想の源になりそうなものはない。

 

 そうしてメイガンが窓の外に目線を移した時、彼女はぽつりと呟いた。

 

「……梔子《くちなし》」

 

 クチナシも同じように窓の外を見ると、視線の先に白い花が咲いているのが見えた。

 

「……うん、いいな。とてもいい。今日から君の名前はクチナシだ」

 

 新しい名前を考え付き、メイガンは顔を綻ばせた。その顔があまりにもおぞましく、何か悪だくみをするような笑みだったので、クチナシは少し引いた。

 

 そして、彼女のあまりにも安直な名づけにも少しだけ引いた。花には詳しくないが、あの白い花がクチナシという花であるということは、彼女の反応から簡単に察せられる。

 

「いやいや、お花の名前をそのままつけるって、変じゃない?」

「そうなのかい?」

「そうだよ。僕の友達にも、大人の人にだって、お花の名前とおんなじ名前の人はいなかったもん」

 

 事実、クチナシの知る限り、花と同じ名前を持つ人物はいなかった。そのことに何の疑問も抱くことなくあっさりとクチナシと名付けたメイガンに、もはや適当に名付けたのではないかと思いクチナシは頬を膨らませようとした。

 

 そこでクチナシは、藁でできた体では頬を膨らませることができないことに気付いた。体の動かし方は前とおおよそ同じだったものの、細かい部分ではやはり人間の体とは勝手が違う。

 

 自分の思うように体が動かせないことに、クチナシは余計にむっとした。

 

「……それもそうだったね。長いこと一人で住んでいたから忘れていたよ」

「変なの」

「そうだね。確かに変かもしれない」

 

 クチナシの言葉に、メイガンは少しだけ間をおいて反応を返した。自らのことを変かもしれないと自嘲する彼女は、クチナシの方を見ているようで、全く違う何かを見ているような、そんな瞳の色をたたえて息を吐く。

 

 おそらく、彼女の知っている誰かの中に、花と同じ名前を持つ人物がいたのだろう。決して言葉にはしていないが、彼女の持つ雰囲気でなんとなく察せられる。

 

 そして、その人はきっと、彼女にとって大切な人だったのだろうということも、簡単に察せられた。

 

「けれど、私はいい名前だと思うよ?」

 

 ふと、瞳の色が元に戻り、メイガンの眼がクチナシを捉えた。ふっと彼女は微笑むと、そっとクチナシの頭を撫で始める。まだぎこちなさの残る手つきだが、それでも十分なほどに優しさの籠った手つきだ。

 

 ずるいなと、クチナシは思った。たった一日彼女と過ごしただけだが、彼女はクチナシのことをしっかりと考えてくれていることは伝わっている。だからこそ、頭を撫でられる、たったそれだけのことで、彼女のことはなんでも許してしまえる。

 

 適当でも、安直でも、彼女から貰ったクチナシという名前が、大切なものになってしまう。

 

 こうして、以降十数年間連れ添うことになる、彼の新しい名前が決定した。

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