そう言うと、勇者は光の剣を無数に展開した。光の剣は四方八方に分散し、クチナシをありとあらゆる角度、場所から切り刻もうと振るわれた。それをクチナシは《炸裂》で躱し、時に撃墜することで無理やり突破する。
これだけならば対処はできる。そう考えたクチナシは剣を一度に処理しようと、転換した種を全て周囲にばらまいて、それを一挙に爆発させた。空中で待機していた辺り一面の剣は爆発に巻き込まれて、その役目を果たすことなく粉々に砕け散っていく。
『しまっ――』
そして、クチナシは自分の失敗に気付いた。
剣を《炸裂》で潰した時、その爆風の影響はクチナシ自身にも及ぶ。《炸裂》による飛行は見た目以上に繊細な調整が必要となっている。そのためクチナシが行った光の剣の一斉処理は、自分がその場から動けなくなるという弱点を抱えていた。
そして、そのわずかな隙を待っていましたと言わんばかりに、ケイが作り出した水の玉がクチナシ目掛けて飛び込んだ。水の玉はクチナシを捉え、まとわりつき、離さない。
「捉えた!」
ケイが叫ぶ。クチナシが爆発で水玉を弾けさせて脱出を図るよりも前に凍りつかせ、そのまま中のクチナシごと地面に叩きつけるために急降下させ始める。
《炸裂》でなんとか水玉から脱出したクチナシだったが、自爆同然の行動に体は傷つき、また急降下の慣性を打ち消す余裕もないまま、彼の体は地面へと叩きつけられた。痛みを感じず、息が詰まることもない体だが、地面に激突した衝撃で一瞬意識を手放しかける。
「クチナシさん!」
思わず叫んだキンカの声を感じ取り、すぐさま立ち上がろうと身を起こす。
その隙を許す勇者達ではない。クチナシを封じ込めた水玉が急降下したのとほぼ同時に駆け出していたアイが、今はクチナシの目の前で剣を構えている。
間に合わない。クチナシが立ち上がるよりも先に、彼女の剣がクチナシの体に届く方が早い。
だが、クチナシが驚愕したのはそこではなかった。
『馬鹿野郎。どうして来た!』
目の前の少女にだけ伝わる《意思疎通》を使い、クチナシは思わず叫んだ。
クチナシの目の前では、キンカが庇うようにして立ちはだかる。
アイが駆け出すのと時を同じくして、キンカもまたクチナシの方へと走り出していた。身体能力を転換術で底上げできないキンカだったが、クチナシとの距離が彼女よりも近かったため、脚の速さで優るアイとクチナシの間に滑り込むようにして、割って入ることに成功した。
剣の切っ先をクチナシに向けるアイ。
その刃が届かないよう間に入り、両腕を広げて立ち塞がるキンカ。
思わぬ横やりが入り、ほんの一瞬アイの動きが止まった。
だが、止められたのはほんの一瞬だけ。
魔王にとどめを刺すまたとない好機に、柄を強く握りしめて言う。
「どけ」
「どくもんか」
二人の視線が合う。
倒すべき宿敵を阻む小さな害悪に、ありったけの敵意を向けるアイ。
今にも泣き出しそうになっているのをこらえながら、精一杯の意地を見せるキンカ。
もう、それ以上の問答は必要なかった。
「どけええええええええええ!!!」
「どくもんかあああああああ!!!」
二人の雄たけびと共に、魔元素が泉のように湧き上がる。
アイは魔元素を剣に込め、目の前の二人をまとめて倒すために力を溜めこんでいく。
キンカは魔元素を鋼の胸当てに転換させ、これから放たれる一撃を守り切るためにさらに硬度を増していく。
そして、アイの渾身の一撃が放たれる。
彼女の剣は、あっさりとキンカの左胸を刺し穿った。
『……は?』
その瞬間、時間がゆっくり流れるような錯覚に陥った。
くるくると回りながら宙を舞うキンカの体が遠くへと離れていく。
何の役にも立たなかった胸当てが粉々に砕け、破片が雨粒のようにまき散らされていく。
キンカの体が勢いを失い、やがて放物線を描いて地面に落ちる。
そのまま二、三回ほど転げまわり、完全に動かなくなる。
その一連の流れを、クチナシはただ茫然と《感知》で感じ取ることしかできなかった。
「――よし、まずは一人――」
キンカの胸を穿ったアイは一度距離を取り、剣を構え直して叫ぶ。その声もなぜか少しだけ遠くから聞こえたように感じた。もっと多くのことを話しているはずなのだが、クチナシの頭に上手く入ってこない。
「――大したことはなかったわ――」
(当たり前だろう。キンカはただのガキだぞ? お前らに勝てると本気で思ってたのか?)
「――向こうに気を取られているわね。今なら隙だらけなんじゃない――」
(あいつはただ生きたかっただけだぞ? それがなんであんなところで転がっている?)
「――油断しないで気を引き締めましょう――」
(あいつが一体何をした? ああならなければならない理由はなんだ?)
「行きましょう、勇者様!」
(『それじゃ行きましょうか。クチナシさん』)
鎖で互いの体を繋ぎ、決して離れまいと泣きそうな顔で空を飛んだ。
生まれて初めての綺麗な服に目を輝かせ、大喜びで袖を通した。
隙間風の吹く小屋の中で、自分の過去を黙って聴いていた。
いつの間にか、彼女が隣で歩いていることが、彼にとっての普通になっていた。
『お前ら……』
それがどれだけ大切なものだったかを、失ってから気付くという皮肉。
『お前らああああああああああ!!!』
その瞬間、クチナシの中で何かが弾けた。