鉄屑少女と空飛ぶ案山子   作:くろゐつむぎ

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7.正義の勇者の名のもとに、悪の魔王に死の制裁を(5/5)

 今まで彼の転換術を弱らせていたメイガンの封印術が、クチナシの怒りで壊れたのだ。

 

 彼女の存在が彼の中でどれだけ大きいものになっていたか、彼の叫びが何よりの証拠となる。

 

 構える勇者一行目掛けて、気づけばクチナシは駆け出していた。

 

 両足の裏から放たれた《炸裂》を推進力に、一直線に加速していく彼を誰も捉えられない。

 

 狙いは真ん中で陣取る勇者ただ一人。

 

 《炸裂》の勢いをそのままに、クチナシは勇者に体ごと突っ込んだ。

 

 左手で彼の胸ぐらを掴み、ありったけの力を込めた転換術を勇者にぶつける。

 

『あいつはただ、生きるためだけに俺についてきた!』

 

 隙を突かれて呆ける勇者に、クチナシは思いきり怒鳴りつける。

 

 最大の好機をこうも簡単に手放した魔王に、勇者はさらに唖然とする。

 

『あいつは何も悪いことはしていない。なのにどうして、あいつはお前らに殺されなければならない!』

 

 クチナシが選んだ転換術は、敵を倒すための《炸裂》ではなく――

 

 メイガンから最初に教わった、誰かと対話するための《意思疎通》だった。

 

『先生もそうだ! 先生が俺に魅入られたんじゃない。俺が先生に救われたんだ!』

 

 胸の奥底から吹き出した思いは止まることなく、言葉となって次々と押し出されていく。クチナシはそれを、そのまま《意思疎通》で勇者にぶつけ続けた。

 

『お前らはいつだってそうだ! いつだって俺から大切なものを奪っていく……』

 

 徐々にクチナシの言葉に力がなくなっていく。全身は小刻みに震え、握りこぶしに込められる力はなおも増え続ける。

 

 それができる体であったならば、きっと、彼は泣いていただろう。

 

『ふざけるなよ……。返せよ、返してくれ――』

 

 彼の言葉が最後まで伝えられることはなかった。

 

 クチナシの左肩と胴体が、ケイの風の刃によって両断される。ざくりと小気味のいい音がして、彼の体はばらばらと崩れ落ちていく。

 

 勇者の胸ぐらを掴んでいた左腕もやがて握力を失い、彼の体を追うようにしてぼとりと地に落ちた。

 

「大丈夫ですか、勇者様!」

「勇者様! お怪我はありませんか!?」

 

 勇者の元に、彼の仲間達が駆け寄ってくる。

 

 窮地を脱した勇者だったが、顔色は青いままだ。

 

「……どうかされましたか? 勇者様」

「いや、今の……」

 

 勇者が仲間達の顔を見るが、何が起きたのかを理解しているようには見えない。どうやら先ほどの彼の声は、自分にしか聞こえていなかったらしい。

 

「……いや、なんでもない」

 

 きっと、彼女達に何を言っても信じないだろう。

 

 幼い頃から魔王は悪だと昔語りに教わり続けていたこの世界の人間にとって、魔王と対話できたかもしれないという話など、夢にも思わないだろう。

 

「もしかしたら私達にも感知できない呪詛をかけたのかもしれません。ここは一度王都へ戻りましょう」

「それにしても、魔王というには少し弱すぎるわね」

 

「体も藁でできているみたい。斥候用の人形なのかしら」

「だとすると、まだどこかに本体が残っているということよね。姑息な手を……!」

 

 クチナシの体を一瞥し、三人は思い思いに彼を罵倒する。

 

「もう動く気配はないですし大丈夫かとは思いますが、勇者様、この人形はいかがいたしましょうか?」

 

 ケイが魔元素を火の粉に転換してみせながら勇者に聞く。火や風、水といった、ありとあらゆるものへの転換術を行使できるのが彼女の強みだ。魔王のものだと思われる藁人形も、彼女の手にかかればいとも簡単に灰に変えられるだろう。

 

「……いや、それは別にいいだろ。それよりも一度王都に戻って、今回のことを報告しておこう」

「分かりました!」

 

 勇者が踵を返し、仲間の女性達もそれに続く。

 

 そんな彼らの背後では、クチナシがなおも《意思疎通》をかけ続けようとしていた。

 

 だが、魔元素が足りていないのか、彼らにはクチナシの声は一切届かない。

 

 体ももはや指一本動かせなかった。おそらく体の損傷が激しすぎるせいだ。今までもメイガンとの手合わせの中で体の一部が痛んだり、欠けたりしたことこそあったものの、今日ほどばらばらにされたことはなかった。

 

 藁の体のおかげで、普通の人間では死ぬような傷であっても生き残る可能性があると、昔メイガンに教わったことがあるが、それがどこまでなら許容範囲内なのかは試したことがない。

 

 クチナシの意識が徐々に遠のいていく。

 

 やがて勇者達の姿も見えなくなり、たった一人残されたクチナシは、最後まで届かない《意思疎通》を試みようとしながら意識を手放した。

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