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「――、――!」
誰かの声が聴こえる。
朦朧とする意識の中で、それだけがかすかに感じ取れた。
「――さん。――起きて――!」
自分を呼ぶ、少女の声が聴こえる。
ありもしない耳につく、やかましい少女の声。
ほんの少し前まで、隣にいなかったはずの少女の声。
いつの間にか、そこにいるのが当たり前になっていた少女の声――
「起きてください! クチナシさん!」
はっきりと自分の名前を呼ばれて、クチナシは目を覚ました。
半分だけになった体を抱きかかえ、必死になって声を掛け続けていたキンカの頬から、大筋の涙が零れ落ちてくる。
垂れてきた涙に反応してクチナシがほんの少し身じろぎすると、それに気付いたキンカがよりいっそう嗚咽を漏らす。
「やっど……おぎだ……。もう……じんじゃったんじゃないがって――」
泣き崩れて言葉にならないキンカの言葉をゆっくり聴きながら、クチナシは気を失うまでのことをゆっくりと思い返す。
勇者に掴みかかって、その直後に仲間の魔術師に腕と胴体を斬られて、そこからの記憶がない。
全身が酷い気だるさに襲われ、体はほとんど動かせなかった。下半身と左肩がないこともなんとなく感じられた。どうやらあの記憶は間違いではないらしい。
(人間の体でなかったことに、感謝しないとだな)
勇者に元の体を奪われていたからこそ、人の体でなくなってしまっていたからこそ、今こうしてかろうじて生きていられる。
そんな皮肉に、クチナシはおもわず笑ってしまった。
だが、それはそれとして、だ。
『お前……』
クチナシは先に目を覚まし、傍らで泣きじゃくる彼女に声を掛ける。
『言っただろうが。お前程度じゃ、勇者どころか取り巻きの奴らにすら瞬殺されるって』
「……はい」
『どうしてあの時、俺をかばった』
クチナシの問いに、思わずキンカは黙った。
このことは、そもそも最初から言い続けていたことだ。
勇者一行と出くわした時は真っ先に逃げろ。お前ごときがどうにかなる相手じゃない。
事実、彼女が転換した鉄の胸当ては、たった一度の攻撃も防ぎきることなく粉々に破壊されている。
生きるために俺についてきたというのならば、なぜわざわざ死にに行くような真似をした。
「……だって」
しばらくの沈黙の後、恐る恐るといった様子でキンカが口を開く。
「ああでもしないと、クチナシさんが死ぬんじゃないかって……。そう思ったら、体が勝手に動いていて――」
『馬鹿野郎』
キンカの言葉をクチナシが遮る。
満身創痍で力がない中、それでも溢れる怒りが漏れ出てくる。
『これは俺の旅で、俺のやるべきことだ。お前には関係ない話だろうが』
「関係あるっスよ!」
クチナシの言葉に、今度はキンカが反発する。
勇者とすれ違う前、クチナシが同じ言葉を吐いた時とは違う、きっぱりとした口調でキンカがあらんかぎりの大声を出す。
「そりゃ、ウチとクチナシさんはそんなに長い付き合いってわけじゃないっスけど、それでも、クチナシさんのことを見捨てられるほど他人だとも思ってないっスよ!」
『それで死んでもか! 死なないために俺についてきたんじゃなかったのか!』
「初めはそうだったっスけど!」
キンカの言葉が一瞬詰まる。お互い満身創痍で体力がない中叫び過ぎた。
一呼吸おいてから、キンカがぽつぽつと話し始める。
「初めは確かに、ウチが生きるためについていったっスけど、もうそれだけじゃだめなんスよ」
涙ながらに語るキンカ。時に言葉に詰まらせながらも、彼女はなんとか最後まで言い切った。
「ウチは、クチナシさんと一緒に生きていきたいんス。そりゃ、クチナシさんとの旅はしんどかったですし、正直何度も弱音を吐きそうになったっスよ。それでも、一人でただ生きてきただけの今までの人生なんかよりも、ずっと、ずっとずっとずっと楽しかったっス。だから、これからもずっと、クチナシさんと一緒に旅がしたいんです」
一体彼女は何を言っているんだ。とでも言うように、クチナシはキンカの顔を見ていた。
実際、彼女の言葉には驚かされてもいたし、呆れてもいる。
こんな自分の一体どこに、この少女は考え方を改めさせられたのだろう。