「あっ……」
クチナシが考え事をしている時に、ふと、キンカの胸のあたりから何かが落ちた。
キンカはその落とし物を拾い上げようと手を伸ばした。わなわなと震える指先でそれを拾い上げると、まじまじとそれを見つめている。
『おい、何があった』
「いや、その、違っ……」
クチナシに問い詰められ、キンカは青ざめた表情でしどろもどろになっていく。拾い上げた落とし物はクチナシに見られないよう、後ろ手に隠している。
先程までの彼女の様子とは打って変わって、明らかに動揺しているのが見て取れた。
『……見せろ。お前一体、何を隠した?』
「えっと、あの、その……」
クチナシに促され、キンカは真っ青な顔をして、クチナシから隠そうとしたものを彼の目の前に差し出した。
キンカの手には、ぐにゃりと折れ曲がった硬貨が数枚と、見るも無惨に破れてしまった財布が握られていた。
「手切れ金、使っちゃいました……」
その言葉を聴いて、クチナシはもう一度彼女の服装を見た。
アイの攻撃を受けて貰い物の服はあちこち痛み、地面を転げまわったせいで全身土と砂に塗れている。
そして、ちょうどアイの攻撃が直撃したキンカの左胸の辺りには、大きく破れめくれあがった胸ポケットがあった。そして、彼女はその中に、手切れ金を大切にしまい込んでいた。
そうして、いつかクチナシが手渡した手切れ金は、アイの攻撃を防ぐ最後の盾となってキンカを守ったのだ。
『……ふっ』
思わず、笑いがこみ上げてきた。
なるほど、確かにキンカは手切れ金を使っている。
残った右腕で額を抑え、クチナシは静かに笑い始める。
「ク、クチナシさん……?」
彼の笑いの意図が分からず、キンカが困惑する。
だが、そんなこともおかまいなしにクチナシは笑い続けた。
そういえば彼女は、妙なところで律義なところがあった。手切れ金だってそうだ。それのおかげで命が助かったことを喜べばいいものを、彼女はクチナシとの旅を止めさせられることばかり憂いている。
当のクチナシは、手切れ金の存在など、すっかり忘れていたというのに。
『なら、もう俺と一緒に旅をする義理はないな。幸い王都もすぐそこだ。お前の能力ならそれなりにやっていけるだろ。俺と一緒にいたことについてはさっきも言った通り、俺に脅されていたとでも言えばなんとでも誤魔化せる。ヒカガミに戻って商会に顔を出すのもいいな。お前の好きなところへ行って、好きなように生きればいい』
「で、でもっ……」
反駁しようとするキンカだが、語尾が力なく抜けていく。
『その前に、一つ聞いておきたいことを思い出したから、今のうちに聴いておく』
そんなキンカに、クチナシは一つ問いかけた。
最初に出会ってから、キンカがクチナシに言い続けてきた言葉。今まで彼がどうしても受け入れられなかった言葉の真意を、どうしても今のうちに聴きたかった。
『お前、俺のことをいい人だって言ってたよな? あれ、どういう意味で言っていた?』
最初に出会った時からずっと、本心から口にしていたキンカの言葉。
その真意を、彼女は改めてクチナシに語った。
「だってクチナシさん、ウチが旅に着いていくの反対してた理由って、大体全部ウチを危ない目に合わせないようにするためだったじゃないっスか」
さらりと言ってのけたキンカの言葉に、クチナシは反応を返すことができなかった。そんなこと意識したことすらなかったから、予想外の答えにただただ茫然とするしかなかった。
そんな彼に、キンカは構わず言葉を続ける。
「ウチの事が本当に邪魔だったんなら、人目のつかないところでウチを殺しちゃうか、どこか適当なところに置き去りにしてしまえばよかったんスよ。フィジー湿地帯とか、まさに打って付けだったじゃないっスか」
彼女の言う通り、あの時キンカを植物の魔獣との戦闘中に置き去りにしていたら、きっといい身代わりになっていただろう。クチナシは危険を回避し、邪魔者もいなくなり、また一人の旅に戻ることができたはずだ。
言われてみれば確かにそうだ。だが、そんなことそもそも考えたこともなかった。
「でも、クチナシさんはそうしなかった。ウチが旅を諦めたくなるようなことはしても、本当に見捨てるようなことはしなかった」
ひとしきり言い切ったキンカは一呼吸おいて、にっと笑った。
年相応の無邪気な笑顔を、満面の笑みを、惜しげもなくクチナシに向ける。
「だから、クチナシさんはいい人っス。神話に出てくる魔王だなんてとんでもない。絶対に、誰が何と言おうと、クチナシさんはいい人だってウチが保証するっス」