「……本当に、これでよかったんですか?」
あの勇者様が、罪人ごときに敬語を使っている。
きっと誰かがこれを聴いていたら、まず自分の耳を疑うだろう。だが、言葉選びは間違いなく勇者の意思で行われ、敬うべき相手だと認識したうえで彼は彼女に話しかけていた。
「ああ、これでいいさ。完璧だ」
そんな彼に、メイガンは相変わらずの態度で返した。
今まさに首を落とされようとしている時ですら、彼女の顔には薄気味悪い笑みが貼りつけられている。
「あなた今から殺されようとしているんですよ? それのどこが完璧なんですか」
「何もかもが、さ。まあ安心しな。私は死なないからさ」
「……信じてるんですね、彼のこと」
「羨ましいかい?」
振り返ることもせず、メイガンは鼻を鳴らす。
勇者の顔色など見るまでもなく読み取れると言わんばかりに、やけに自信たっぷりな態度を崩さないまま、それでいてからかうような声色の彼女の言葉に、勇者もふっと笑った。
「正直、少し」
そんな様子の勇者に、メイガンはさらに笑って返す。
「君にだって仲間はいるじゃないか。あの子達じゃ不満なのかい?」
「いいえ、そんなことは全く。ですが、なんといえばいいんでしょう」
自分のことを勇者様と呼び慕う三人の仲間の顔を順番に思い浮かべ、勇者は首を振った。
「まあ、今は俺のことはいいでしょう。そろそろ雑談も終わりにしますよ」
結局、勇者は何も語ることなく話を区切り、手にした剣を構え直す。
それを見計らってか、ふとメイガンが別の話題を切り込んだ。
「ところで、君は私にこれでいいのかとたずねたが、君もこれでよかったのかい? 君はこれから、この国も、仲間も、一切合切すべての期待を裏切ることになるんだよ?」
「今更ですね。俺も後悔は全くしていません」
メイガンの問いに、勇者は迷いなく答えた。
「はっきり言うけれど、私は何年も前からずっと魔王と通じていた。少なくともこの国の法律では裁かれるべきであることは間違いないんだよ。そんな私の言葉を、よくもまあ信じる気になったね」
「何が正しくて、何が間違っているのか、あなた達のせいでよく分からなくなってしまいましたからね。だからもう、自分が正しいと思ったことを信じてみたくなったんです。それに――」
一度言葉を区切り、勇者は開き直ったように言った。
「そういえば、俺はもともと、この国の人間でもなんでもなかったですから」
勇者のその言葉についに耐えきれなくなり、メイガンは周りを気にすることもなく大声で笑いだした。
「この背徳者め。それじゃ、せいぜいやり残しがないようにね」
「ええ、二度目の人生、せいぜいやり切ってみせますよ」
そう言うと、勇者は手にした剣を天に掲げた。
メイガンと勇者の間で何かやり取りがなされていることは、集まった観衆達もなんとなく察している。やり取りの内容や、メイガンが笑い出した意味を訝しむ者も少数いたが、勇者が剣を構えたころには、その疑問は頭から抜けていった。
観衆の視線は、勇者の手にする光の剣に集められている。
そして視界の隅、光の剣の切っ先の延長線上、青空の果てに、鳥ではない何かが飛んでいるのが見えた。
こちらに向かって近づいているらしいその何かは、どうやら二人の人間のようだった。一人は大人くらいの体格で、両手から魔元素を爆発して推進力の確保を一手に担っている。もう一人は小さな子供くらいの大きさで、空を飛ぶ相方の背中から振り落とされまいと必死にしがみついていた。
二人の姿かたちがはっきりと目視で確認できるくらいに近づいたところで、子供の人影が自身の魔元素を使い、大人の人影の右腕に鋼鉄製の筒と杭を転換する。
転換した謎の武器の重量と、なおも推進力を与え続ける背後の爆発で、二人はさらに加速をしながら落下していく。
その場にいた誰もが、まさかと我が目を疑った。
その障壁は勇者にしか破れない。勇者の存在は唯一無二だ。王国内随一の実力を持つ勇者に匹敵する者などいるはずもない。
だが、ここに、勇者と同格の実力者がもう一人存在した。
急降下する二人が鋼鉄の杭を障壁に向けて突き出すと同時に、ひときわ大きな爆発音が響き渡り、空気の震えが肌で感じ取れるほどの衝撃が四方八方に襲い掛かる。
そして、障壁はあっけなく粉々に砕け散った。