終末世界で華や散るらん   作:ランハナカマキリ

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金・命・約束

『はぁっ、はぁっ……』

 

リードは廃墟と化した駅構内の、小さな診療所跡にいた。

医療器具が置いてある棚から鎮痛剤を手探るように取り出して口に含む。

 

そして、マスクを外してタオルで歯を食いしばり、肩にめり込んでいた大鉈を意を決して引き抜く。

 

「ーーーーっっっ!!!」

 

肩は鎖骨ごとぱっくり斬られており、湧き出す血を抑えるために巻いた包帯がみるみる赤く染まる。

そんな彼は再び鎮痛剤と、止血剤を飲む。

 

リードは思案に耽っていた。

なぜ、あのようなバカな真似をしたのだろうと。

 

 

 

 

 

 

 

 

レイ・リードにとって、人とは金でしか動かない生き物であった。

 

防衛軍の兵士を父に持った彼は、旧都陥落で父を亡くした。

父親を亡くしたことで、母親が寝る間を惜しんで一人息子のために働いたが、無理が集って病に倒れてしまった。日に日に弱っていく母を救うために病院に行くも、多額の治療費を提示された。

五歳のリードは親族に頭を下げ、母の治療費を出してくれるよう頼み続けた。

 

防衛軍からの遺族支援は、手続きの不備を理由に支払われなかった。

この不支払いについて、とある指揮官が遺族支援の金を自らの懐へと入れていたことは、別の話。

 

旧都陥落による混乱によって薬品や治療器具の価格の高騰により、金額は天井知らずの鰻登りであった。

 

しかも、父の貯蓄を目当てに親族が家に押し寄せて、残っていた貯金を全て奪ってしまった。

 

つまり、自分たちの金を奪った張本人たちに、リードは頭を下げていたのだ。

 

だが、その願いを踏み躙るように全ての親族は嘲笑って追い出した。

 

それでも、少年は涙をこぼさず、頭を下げ続けた。

 

わずか五歳の少年にとって、母を救う方法は"ただ、人間の善意に縋る"ことだけ…故に頭を下げ続けることしか思い浮かばなかった。

 

 

金を集めるために、彼は出来うる全てをした。

 

物乞いやドブさらい、果てには危険なホロウにエーテル資源採掘など。

ホロウレイダーの治療から、侵食された腕や足を切り落とす仕事まで。

 

金が、金が必要だったのだ。

 

 

 

ドブさらいをしているリードを、面白おかしそうに見ているものがいた。

 

(けっひひひひ…!あんなに苦労して健気だねぇ?だけど〜?そのお金はぜ〜んぶ俺のキャバクラ代に消えるのよね〜!!)

 

そう、彼ら親族は血汗を流して働くリードの稼いだ金をこっそり搾取して、自分たちの遊興費に充てていたのだ。そのことを知らずに働くリードが、おかしくて仕方がなく、見下すことで自分たちの優位性を感じてそれも楽しんでいたのだ。

 

(さってと〜?これからも俺のキャバクラ代集め頑張ってね〜!!けっひひーードシュッ!!ーーあれれ?俺の体が?)

 

その救いようのない屑の首を、後ろから歩いてきた老人が刀で斬り飛ばした。

老人はドブさらいをするリードに声をかけた。

 

「おい坊主…金が欲しいか?」

「……欲しい」

「なら出してやる。その代わり、お前の親族の居所を教えろ」

 

老人が出してくれたお金のおかげで、母の薬を買うことができた。

だが、あと半年早ければ彼女の命を助けることができたであろう。

彼女の体を病気が蝕み、もはや助かる目処はなかった。

それでも母は薬の効果で穏やかな日々を過ごし、一週間後、眠るように息を引き取った。

 

父の墓の隣に穴を掘って、そこに母の墓を作った。

 

墓前で座っていたリードの前に、あの老人が現れた。

 

「亡くなったのか…残念だな」

「…………何で、僕に金をくれたんですか」

「お前の親族はゴミクズでな……旧都陥落をいいことに、保険金詐欺や医療詐欺まがいの悪行を総ぐるみでやってやがった。それに困った次期市長(上官のボンボン)が俺にゴミ掃除を依頼してきたんだ」

 

首を掻っ切る仕草をしながら、老人はリードを見やる。

 

「お前に渡した金は情報料だ。俺は奴らを皆殺しにして、お前は金を受け取った。金は返さなくてもーー」

「いえ、返しますっす」

 

老人ーー八神佩太郎は怪訝そうな顔をする。

 

「あの金、利子とか返金求められたら面倒です。だから、一生かかっても金を返済します」

「………………なら、うちに来い。一生分働いてもらうぞ」

 

この日から、彼は剣術を学びながらその傍ら医療も学び、その人生を懸けて金を集め続けた。

 

金さえあれば、母は死ななかった。

 

人は、金があれば幸せになれるのだ。

 

だから、金を集める。

 

 

 

 

金、金、金、金、金、金、金…

 

 

 

 

だったのに、何の見返りの補償なしの戦闘をしてしまった。

 

普段の自分なら速攻で猫又を見捨ててとんずらしているはずなのに、気づけば体が動いていた。

 

それに収入も不安定で、日々の生活が限界クラスなオンボロ道場で暮らしている。もっと頭を使えばもっともっと稼げるのに、何故こんな回りくどいことをしてしまっているのか。

 

(誰も死なせたくなかった…いや、自分のためでゲスね。あっしの目の前で死なれるのは、もう嫌なんでゲスよ。全く、守銭奴失格でやすねぇ…)

 

リードは懐からスキットル風の入れ物を取り出し、中から丸薬を三つ取り出して口に含む。

 

"通仙散"…通称"麻沸散"

 

彼自作の、痛みを和らげる麻酔効果をもつ丸薬を噛み砕きながら、彼は立ち上がって歩き出す。そして、先ほど戦った鉈の大男について考えていた。

 

治安局の格好をしているから分からなかったが、あの大鉈と残虐性…郊外の殺し屋に似たような人物がいたのだ。

その名も、"闇討ち十兵衛"

 

狙った相手は決して逃さない。

 

もし逃げられても、見つけるまで…相手が自分から出てくるまで、ターゲットに関係のある人間ーー家族、恋人、友人、子供を一人ずつ残酷な拷問方法で殺していく頭のイかれた殺人鬼。

 

(奴は間違いなく追ってくる…なら、追いつかれる前に殺す。もしくはーーー)

 

"約束"を果たす為には、奴をここで殺さなければならない。

 

遠くから、デッドエンドブッチャーの鳴き声が聞こえてくる。

 

リードは声がする方向へと足を進めていった。

 

 

「な、何者ーー敵襲だ!!」

「みんな、行くわよ!!一気にやっちゃいましょ!」

 

誠音たちは二手に別れていた。

邪兎屋たちが偽治安官たちの監視拠点にカチコミしている間、壬生狼零番隊は避難経路となるホロウ内部のエーテリアスを狩り始める。これで迅速にホロウを脱出できる。

 

一方、十兵衛は血の跡を追っていた。

 

「んん〜?」

 

だが、途中で違和感を覚えた。

 

(この血の跡、まるで傷口から血を拭い取って地面に塗ったみてぇな…罠か?)

 

これは罠である。

だが、彼はそのまま歩みを進める。

 

『ちょっとくらい躊躇してもいいと思うんでゲスがね?』

「へへ、飯を目の前にしたら我慢できねぇたちでな」

 

大きな駅のプラットフォーム、時刻を示す時計台の上にリードがいた。顔は土気色で、肩を抑えながら十兵衛を見下ろしていた。

 

「こいよヒキョー者、楽にしてやる」

『…そいつは困りやす。まだ今月の給料を貰ってないんでね』

 

リードは床に飛び降り、ダーダオを構える。

 

その時、遠くから爆発音が聞こえた。

 

 

 

「何だ、今の爆発?」

 

誠音は、音の鳴った方角を振り返った。が、目の前から来るエーテリアスの群れに向かって戦い続ける。空中に躍り出た三体を斬り上げ、目の前から向かってくるファールバウティとの間合いを一瞬で殺し、反応する前にコアを刺し潰す。

 

『うぉぉぉぉ…!!!!!』

 

蒼烈が持ち上げた双刃剣が、エーテリアスたちを叩き潰す。その背後ではハヤテが周囲のエーテリアスを殴り潰す。そして、セレッソが素早くエーテリアスの群れの中を駆け抜け、一つ、二つ、三つとエーテリアスを貫いていく。それでも尚、終わりの見えない戦いは続いていく。もうとっくに列車は来るはずなのに、まだ来ない。それでも彼らにできるのは彼らを信じて戦い続けるのみ。

 

獅子奮迅の戦いを繰り広げていても、体力の限界がくる。

 

ここにくるまでにデッドエンドブッチャーとの鍛錬、ホロウ内での多数のエーテリアスの討伐、そして終わりの見えない線路の安全確保で疲れ切ったハヤテに、アーマーハティが襲いかかる。

 

『gurrrrraaaaa!!!!』

「くそっーー」

 

腕を盾に首を守るも、その衝撃で腕の骨からボキッと音が響く。

弾き飛ばされたハヤテに追撃しようと、アーマーハティが飛びかかりーー

 

「伏せて!!!」

 

アーマーハティの背後から一点を突く。鎧に包まれた体を貫く剣、ボロボロに崩れていく身体の向こうで、セレッソは剣を鞘に収めた。ハヤテは言われた通りに伏せたが、先程まで頭があったとこに剣先が突き刺さっていた。

 

「っぶね……っっ!」

 

肝を冷やしながら立ち上がるも、腕の激痛が動きを妨げる。

 

「はぁ…列車は?」

「やべーー骨折れちまった。全然来ねぇ…何かあったのか?」

 

とりあえず、列車の通り道を確保することができたが、肝心の列車が来ない。

 

「変ね…いったんカンバス通りにーー「セレッソ〜!!」ーーニコ?」

「ごめん、列車は来れなくなったの」

 

説明するニコ。彼女の後ろには、アンビー、ビリーにイアスがいる。

どうやら監視拠点を制圧しパールマンを捕まえたのは良いものの、彼の部下が線路を爆破したため列車は通行不可能になってしまった。それに迫り来る追っ手から彼らを逃すために猫又がパールマンを人質に、新エリー都の爆破解体本部での交渉をしに行ってしまったとのこと。

 

「ってことは…もう猫又を止める方法はないのか?」

 

「もし仮にそうだとしても…住民の救助なんて大事、猫又ひとりに背負わせるわけにはいかない。ヴィジョンは人命を踏みにじるようなドクズなんだから、きっと一筋縄じゃいかないわ…でも列車に乗せるプランが失敗した今、どうやってエーテル適性のない住民たちを脱出させたらいいの……ああもう!一瞬で全員にエーテル適性を上げる方法があればいいのに!!」

「ニコ落ち着いて…」

 

憤慨するニコをよそに、イアスーーもといアキラは閃く。

 

『見方を変える必要があるかもしれない…『山もし我に来らずば、我山へ行くべし』という言葉を聞いたことはあるかい?』

「なるほど……アキラ、お前やっぱり冴えてるぜ!」

 

イアスの頭をゴシゴシと撫でるハヤテ。状況が掴めていないニコに、リンが説明する。

 

実は、カンバス通りと新エリー都、このふたつは直線距離で結ぶ分にはそう遠いわけではない。ただデッドエンドホロウの拡張で道が阻まれたから、時間をかけてホロウの中を通らなければならないのだ。実のところ、ホロウ自体を小さくしてしまえば、エーテル適性のない一般人でも列車なしで移動することが可能なのだ。

 

だがホロウの規模を効率的に縮小させたいのなら、低級エーテリアスをおよそ3000体倒さなくてはならない。もちろん、一部の巨大なエーテリアスのエーテル活性は標準的なエーテリアスの数千倍、またはそれ以上に達するのだ。それを避けるためにヴィジョンは爆破を計画したのだが、その爆破に必要なエーテル爆薬を巨大なエーテリアス退治に使わせてもらう。

 

『じゃ、ここからは二手に分かれよっか。お兄ちゃんはここに残ってイアスをお願い。セレッソたちとありったけの爆薬を列車に積んどいてくれる?』

『わかった。いいね、セレッソ』

「えぇ、いいわ。アンタたちもそれでーー待って、マコさんとハヤテは?」

『…実は先ほど"急用ができた。あとで合流する"と言って、二人は最深部へ』

「スゥーーーー………誠ォ音ォォォォ!!!!!!!

 

セレッソは深呼吸し、ここ最近で最も怒りを込めた渾身の叫びで件のバラガキの名前を叫んだ。

 

▶︎

 

一方、リードは血を流しながら地面に膝をついていた。

 

「その状態で、こんなに暴れやがって…大したもんだな」

『はぁっ、はぁっ……』

 

リードの左手に握ったダーダオは真ん中から折れ曲がり、右手に握ったダーダオも刃こぼれしてしまいもはや包丁以下の切れ味しかない。肩に巻いた包帯は赤黒く染まりきってしまった。戦闘で傷口が開き、たっぷりと血を吸った包帯と服によって全身が重い。肩につけていたショルダーアーマーは重さゆえに外したが、それでも体が重い。

 

『……労災が下りたら、5億ディニーを、連中からぶんどってやる…』

「ヒキョー者だと思いきや、金にがめつい守銭奴ってところか?なぁお前、取引しねぇか?」

『……取引…?』

「俺の任務は、スラムの連中どもをぶち殺したあとに関係者を皆殺しにして口封じすることだ。どうだ?こんなところで死にたくないだろ?ここから出て、黙っててくれりゃ俺から金やるよ」

 

十兵衛がリードの目の前で蹲み込み、彼の返答をニヤニヤしながら待っている。

リードは俯いたまま、目の前の男に問いかける。

 

『それを…やってーーアンタに何の徳があるでゲスか?』

「……俺の顧客は、かなり裕福な連中や犯罪組織なんだ。そいつらにお前を紹介すりゃ、俺は紹介料として金をたんまり貰える。特に一番の上客はーー」

 

ぐさりっと、リードの懐に隠し持っていた鉄針が、十兵衛の肩に刺さる。

そして尻尾を足に絡めて体勢を崩し、地面に組み伏せる。

 

「ーーっっ!!テメェ!!!」

『…なるほど……新エリー都の都市伝説ーー犯罪組織の一大兵力…その真偽の裏はとれやした。もうアンタに用はないでゲス…気づいてやしたか?ここにアンタを誘い込んで、何が目的だったか」

 

『GRRRRRAAAAAAA!!!』

 

天井を突き破り、巨大な怪物が現れる。

デッドエンドブッチャーだ。

 

「て、てめぇ…まさか、はなから俺をコイツの所に…!」

 

急いで距離を取ろうと足を動かそうとしーー

 

(なっ…!?コイツ、なんて力だ!?どこにそんな体力が残ってるんだ!!?)

 

十兵衛の体を掴み、逃げ出せないよう渾身の力を込めて踏み伏せ続ける。十兵衛は大鉈でリードの背中を斬りつけて隙を生み出そうとするも、リードは全く動かない。むしろ自分の腕を掴んでいた十兵衛の左腕にへし折れたダーダオを突き刺し、死んでも相討ちにするという覚悟がそこにあった。

 

デッドエンドブッチャーの足音が迫ってくる。

 

「ーーっ!相討ち狙いかぁ…!このヒキョー者がっ!!!」

(そうっすよ、あっしはヒキョー者で守銭奴……誠音さん、"約束"は守れなさそうっす…)

 

彼が誠音と結んだ約束、それはーーこの守銭奴が、生涯で唯一守りたかった誓いであり、オンボロ道場の陣営に在籍している理由だった。

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