4年前、壬生道場の庭にて真剣の死合が行われていた。
「はぁっ、はぁっ……」
「……次で決めるぞ」
当時15歳だった誠音と、道場師範である佩太郎の死合だった。
腕から血を流し、震える手をぎゅっと握りしめて、上段・火の構えをとる誠音。その構えに対し、あえて何も構えない無型の構えをとる佩太郎。
戦況は佩太郎に傾いていた。
構えの精度、放たれる剣圧、そして刀の質の差。
誠音の握る刀は無銘の刀であるのに対し、廃太郎が握っているのは和泉守兼定。
龍尾剣
龍尾剣
同じ技を繰り出すにしても、武器の優劣で勝敗は決まる。
ギィン!!!
そして、誠音の刀が折れてしまいーーそれでも尚、折れた先端を握って二刀の構えをとる。
「健気っすね…もう勝敗ついてるでしょう?」
「黙って見てなさい、リード」
『うむ、これは武人の戦い。我らが口出しすべきではない』
「……"テロに参加させろ"って理由で死合してんのに…武人もクソもないでしょ」
発端は、佩太郎がこの道場を出てテロ活動に戻ると宣言したことだ。
ここでいうテロとは、エリー共和連邦の建国を認めたくないTOPSユニオンに対して喧嘩を売ること。実質的にエリー市を運営している複合企業体は、企業の手の届かない郊外で新たにエーテル産業を基にして都市を築き上げようとする共和連邦を敵視している。
新エリー都の発電方法…それは零号ホロウからエーテル資源を採取し、零号ホロウ内にある消極的エーテル貯蔵構造体ーー式輿の塔を通じて都市にエネルギーを供給する方法だ。
だが共和連邦は、郊外に点在する手付かずの小型・中型の共生ホロウからエーテル資源を採取し、新エリー都に依存することなく、むしろ安価な値段で新エリー都に電力を供給し、一財源を作り上げた。
それが面白くないのがTOPSの面々だ。
今から30年ほど前、共和連邦の初代総裁や幹部が集まった議事堂が爆破。
死傷者は多数に及び、リーダーを欠いた共和連邦は滅亡も危ぶまれた。
ところが共和連邦陸軍幕僚長の立場を捨て、遊撃隊"鎮魂旅団"を立ち上げたのが佩太郎である。
誠音は、自分も連れて行ってほしいと佩太郎に言った。
あの時の目は、新しい遊び場を教えられてウキウキする子供のようだった。決して誠音が自惚れているわけではないと分かっていた。この男は、自分が存分に咲ける場を求めているのだ。
だが、佩太郎は『だめだ』と一蹴した。
それにキレた誠音が真剣勝負を申し出て、佩太郎はその言葉を待ってたと言わんばかりに刀を抜いたのだ。*1
庭に面した縁側に座るリードは、隣に立っているセレッソと蒼烈を見ながら呟く。この死合を見ているのは彼ら3人だけではない。この壬生道場に在籍し、剣を研鑽する猛者が二名。固唾を飲んで見守っていた。
松の木の上に寝そべりながら、斬り合いをじっと観察するシカの角を生やした青年…
小柄で華奢な体格の、あどけなさの残る無邪気な笑顔を浮かべた少年…
目の前で繰り広げられる死合を、食い入るように見ていた。
結局この試合ーー虫の息となった誠音が平青眼で相討ちを狙ったことで、佩太郎の顔に傷を作るという結果に終わった。廃太郎は誠音を連れて行かず、師範代の職位を与え道場から姿を消してテロ活動に戻った。
シカのシリオンの青年はこの機会に道場を出て各地を放浪していたが、紆余曲折を経て鎮魂旅団に入団したとのこと。
少年は元々ここの正式な門下生では無かったため、気づいたら消えていた。
傷の手当てを終え、全身包帯でぐるぐる巻きにされていた誠音だったが、数時間寝室で寝貸せてたら、その姿がなかった。どこに行ったのかと探していたら、誠音は包帯を勝手に外しながら、庭に植えられた梅の木を眺めていた。
「動くなって言ったんですがね…傷が開いたら追加料金請求しやすよ?」
「……リードお前、ガスマスクつけてる時と付けてない時で口調変わるの何で?」
「話聞いてくださいよ……気分によって変えてるっす」
リードが誠音の上半身に巻いた包帯を見る。
正面から袈裟斬りされ、重傷を負った。あれはマジで命を奪うはずの一撃だった。その攻撃をギリギリで、折れた刀と切先で挟むように衝撃を加えて、佩太郎の顔面に傷をつけた。だが、傷をつけられた直後に本気を出した佩太郎の一撃で道場の壁に弾き飛ばされたのだ。
正直、何で生きてるのかわからない状態だった。
「お前、何でジジイに着いて行かなかったんだよ。あのジジイがお前の才能を欲しがらねぇわけねぇし」
「……誘われるのを待ってたんですけど、なんかあの人から誘われなかっただけっすよ。一応言っときますけど、僕は出て行くつもりっよ。こんなオンボロ道場に残ったって、ディニー1枚も得しないじゃないっすか。元々学校近くのアパートからここに通ってますし、ここ駅からも遠いから時間の無駄なんすよ」
「そうか…じゃ、元気でな。風邪ひくなよ」
「ーー引き止めないんすか?」
質問するリードに振り返り、誠音は口を開く。
「……リード、これだけは覚えとけ。このオンボロ道場で一緒に剣の腕を磨いて、一緒にジジイの悪夢みてぇなしごきに耐えて、同じ飯を食った…大事な家族だ」
「その家族が選んだ道を、黙って見送るのが家族ってもんだろ?」
家族、リードにとってはひどく懐かしいーー幸福を感じる言葉だった。
「……気が変わったっす。ここに残ります」
「ーーーーーえ、マジでか!??」
愕然とする誠音が、面白くて本音を隠して返答した。
「こういう弱小派閥に最初から所属してたら、いつか成り上がった時の実入りが多いってのが世の理ってもんっすから」
「たっく……計算高ぇのもそこまで行ったら大したもんだな」
その後、リードは壬生道場の古株として剣を振るうようになった。
金集めには貪欲で、金にならない依頼には消極的。そんな利己的なリードは誠音に叱咤されることが多かったものの、誠音はリードの本質を見抜いていた。
自分たちを捨て石にしようとする依頼主から金品を盗み、道場の水道や電気を止められた時にはさりげなく倉庫に防災グッズを補充し、悪質レビューを書かれないように救助した人間の処置を的確に行い、いざという時は偶然を装って仲間を庇ったりする。
ある日、リードが怪我をして帰ってきて、仲間の前では何事もないように振る舞っていたことがあった。だが誠音だけはすぐに気づき、その夜に彼の部屋に救急箱を持って現れ、傷口を縫ってやったのだ。
「いっつ…!誠音さん下手くそっすね……!??」
「無茶しやがって……俺より先に散るなよ…"仲間を自分より先に散らすな"…これは、家族の約束だ。だから約束しろ、リード」
「…はいっす」
場面は、抵抗する十兵衛を逃すまいと組み伏せているときに戻る。
リードは、迫り来るデッドエンドブッチャーの足音を聞きながらニッと笑みを浮かべた。
(参ったなぁ…誠音さん…アンタのせいっすよ)
(アンタのせいで、どんな大金よりもーー)
(家族との信頼の方が…それに応える方が何倍も幸福だってことに、気づいちまったんすよ…!)
デッドエンドブッチャーの足音が駅構内に響き渡り、巨大な影に覆われる。
必死にリードの拘束から逃れようとする十兵衛の大鉈が脚に食い込み、そこから生温かい血が溢れ出す。薄れゆく意識の中で、デッドエンドブッチャーの咆哮と十兵衛の怒号が聞こえてくる。
(誠音さん……僕は、家族のために散ることができて…幸せでした……!!)
リードは目を閉じ、自分たちを叩き潰そうと振り上げられた道路標識の斧の影が彼を覆いーー
ガッキャァァァン!!!!
叩きつけられる寸前ーー斧が砕け散った。
振り下ろされる斧ーーその斧を構成する緻密なエーテル結合を点穿撃で貫き、粉々に砕け散る。
摘むように力を込めた右腕を降ろしながら、デッドエンドブッチャーとの間に立ちはだかっていた男が、振り返らずにニヤリと笑みを浮かべた。
「リード…お前ーーカッコいいじゃねぇか!!」
「ーーーハヤテ、くん…何で、ここに…?」
「匂いだよ…お前の薬と血の匂いが漂ってきてな…」
その瞬間、十兵衛を押さえ込む力が緩んだ。
「っーー隙ありっ!!」
その隙を逃さずに両腕で大鉈を振り上げる十兵衛、だがその刃がリードに届く寸前ーー火花が散った。
「テメェは……!」
「リード、やっぱお前は…いい奴だ!」
そこには、鍔迫り合いしながらリードを俵担ぎする誠音がいた。