リードを俵担ぎしたまま、大鉈と鍔迫り合いする誠音。
ギリギリッと刃が食い込み始める音が響いた瞬間、大鉈をにぎる十兵衛の腹を蹴り飛ばし、間合いを作る。
「何で、僕なんか……いや、僕みたいな自分勝手な守銭奴のために…助けに来たんすか…?」
「…約束を破らせるんじゃねぇよ…お前が先に散ったら、俺らは仲間を先に散らせたことになる…散る時は一緒だぜ…?」
「ーー誠音…さん…!」
重傷のリードを、ゆっくりと床に降ろしながら目の前の敵に向かい合う。
大鉈を持った男ーー恐らく裏社会の掃除屋。
体勢を立て直すために自分たちから距離をとっているが、凄まじい剣圧を放っている。
そして最強のエーテリアスと呼ばれるデッドエンドブッチャー。
武器を無くしたところで、牙と爪を抜かれたライオンのように、その圧倒的な威圧感は消えない。
「萌葱色の髪、その碧い目…ミブロの市川誠音だなぁ?」
「……その得物ーーヤヌス区で治安官三名惨殺した下手人か?たしか…十兵衛?であってるか?」
「はは、あんな雑魚どもを殺しただけで名が広まるとはな…オメェを殺ればもっと名が上がるかぁ?」
「……知らねぇよ」
この会話の間にも、デッドエンドブッチャーは二人に向かって歩き始めていた。
「ハヤテ、リードを連れてホロウを脱出しろ」
「了解…リード、行くぞ!」
「ーーーー誠音、さん…"約束"、守ってくださいっすよ…」
「…あぁ、約束だ」
ハヤテはリードを抱き上げ、先ほど走ってきた道を走っていく。デッドエンドブッチャーは背を向けた二人をすぐに追おうとするも、誠音から放たれる剣圧に足を止める。
十兵衛の剣圧が激しいと評されるものであるなら、誠音の剣圧ーー茂みから現れた狼が放つ、凪ように静かに、それでいて対峙するものには嵐のように容赦なく襲いかかるという殺気を幻視するほどのものである。*1
『GRRRRRR!!!!』
「殿のつもりかぁ?この状況が分かってんのか?」
躙り寄る両者だが、誠音は笑みを浮かべる。
「いや、ここに来てんのは…俺らだけじゃねぇ…」
「食らいなさい!!!」
瞬間、デッドエンドブッチャーの巨体が紫色の球体に覆われる。
撃ったのは我らがニコの親分。
すぐさまアンビーが電流迸る鉈でその巨体を斬りつけ、ビリーが二丁拳銃で援護する。
「デッドエンドブッチャーは任せろ!!!お前はそいつを!!」
「サンキューだ、ビリー。あとでスターライトナイトグッズ抽選に協力してやんよ」
「マジか!!サンキューだぜ!!」
「ビリー、集中して」
助太刀し、デッドエンドブッチャーと戦いながら列車の線路へ誘導する三人。
誠音は十兵衛に対し、中段の構えをとる。
「さぁ…とことん咲こうぜ」
「へっ…一撃で死にな!!」
斬りかかる十兵衛、誠音も十兵衛の急所を狙って刺突。
だが両者はその寸前に刀を持ち直して鍔迫り合い、そして両者がすれ違いざまに斬りつける。
誠音の肩から赤い血がたらっと滴り落ちる。
「ーーにひっ!」
「…何ニヤついてんだテメェ」
ニヤついていた十兵衛の腕から、温かい血が溢れ出す。
あのすれ違い様の刹那に、十兵衛は誠音の肩目掛けて大鉈を振り下ろした。その刃が肩の薄皮を斬る瞬間に身を引き、大鉈を持つ腕に刀の刃を滑らせ、傷をつけた。
「おっ……いいぜぇ!!最高だぜアンタは!!!」
十兵衛が跳躍し、全身を弓のようにしならせて大鉈を振り下ろす。まともに受け止めれば、刀がへし折れるだろう。大鉈を握りしめた左手の、母指球に刀の柄頭で腕ごと押し上げて軌道を変え、大鉈が誠音の髪の毛が数本、ハラリと散るだけとなった。
刀を逆手に持ち替え、十兵衛の腹部に剣光が迸る。
血の飛沫が舞い、床が赤く染まる。
「リードが世話になったみてぇだからな…
「はっ…ははは!!!その殺気、その剣…相手にとって不足なしーー俺も本気で、殺す…!」
腹部の傷を抑えるのをやめ、十兵衛が大鉈を構える。
抜・即・斬
野太刀示現流の極意は、初太刀で敵を仕留める居合抜きにある。
「死に晒せぇぇ!!!!」
眼前に迫った大鉈を、誠音は身を退くことで回避し、攻撃を避けーー
大きく振りかぶった大鉈を、手の内で回転させながら再び誠音の首目掛けて振り下ろす。
間合いに入った回転する大鉈が二つ、誠音に迫る。
蜻蛉斬り・回宙
「俺の勝ちだぁ!!!」
「……」
大鉈の刃が、誠音の首に迫りーーー
フッと、誠音の姿が消えた。
気づけば、誠音は目の前ーー間合いの内側に立っていた。
虚狼
(なっ!?いつの間にーーー)
急いで頭上から大鉈を振りかぶろうとしたその瞬間、勝負は決した。
十兵衛の誤算は、誠音の覚悟。
"仲間を自分より先に散らすな"
リードと結んだ約束、その約束を全うするという覚悟。
そして、天然理心流の極意。
"己が死すとも、相手を斃す"
下から上に、下腹に突き刺した剣先で喉元まで斬りあげる。
相討ち覚悟の捨て身型7手『陰撓』
天然理心流・龍尾剣
喉から赤い血が迸る。床に溜まった赤い水溜りに跪く十兵衛、だがその顔には歓喜が浮かんでいた。誠音には分かっていた。それは全力で強い奴と戦えたことへの、達成感からくる笑みであると。刀についた血を払い落としながら、チャプチャプと血の水溜りに足を入れる。
「はは…強いな……楽しかったぜ…」
「待て、最期に話してもらうぞ。お前の雇い主は誰だ」
「ーーーははっ。言うわけねぇだろ…この業界、雇い主をバラすやつは速攻で処される。命惜しさに、情報を吐く雑魚共と、同じにして欲しくねぇぜ…さあ!殺しな!!!」
「生き恥晒すより、潔く散るーーーお前のことは忘れねぇ」
首を差し出した十兵衛が目を閉じる。
誠音は刀を最上段に構え、振り下ろした。
ザシュッ!!
◆
「速報!速報です!ーーあの『ヴィジョン・コーポレーション』に重大な人命軽視が発覚しました!情報を受け、本局の記者は治安局の部隊の後に続いて、デットエンドホロウ入口付近の爆破解体本部に駆け付けました。現在、治安部隊は現場を封鎖しており、治安局を装った不審者を多数確保したとのことです!」
その数十分後、爆破解体本部には本物の治安局と白祇重工が押し寄せていた。ホロウ外で別行動をとっていたジョンが独自の伝手で治安局に情報を流し、ニコがホロウを出てすぐに白祇重工に連絡したことでメディアを多く集めてもらったのだ。
さすがは競合他社、行動が早い。
そしてパエトーンたちは、ベソをかく猫又を連れて近くの食べ放題に行くことに決めた。猫又は邪兎屋をデッドエンドホロウに誘導して彼らを"不慮の事故"に遭わせようとしていたが、どうやら和解したようだ。
誠音は、ホロウを出たハヤテとリードを追うために、パエトーンたちとは別の出口からホロウ外へと出た。すると携帯から着信音が…電話の相手はジョンであった。
『もしもし…?あ、やっと繋がった…こっちは大変だったんですよ?治安局の妹に情報提供した後に、別の方法で匿名の情報を提供して…』
「こっちも大変だったんだよ…セレッソたちと連絡は?」
『あー、一足先にホロウを出て、その後にハヤテくんと合流して…リードくんを病院まで運んだそうです。彼重傷ですよ?全治三か月じゃないですかね…』
「そういや、ツイッギーは?あいつ昨日の夜から見てねぇんだが」
『…猫又さんからの依頼の前に、冷蔵庫開けっ放しになってたって報告したでしょう?アレの原因が彼女でした。どうやらオーバーヒートした義手を冷やしたかったらしく…近くの401にいたのを連れ戻してきました。今は私と一緒に残党狩りに勤しんでいます』
「……んで?首謀者には逃げられたのか?」
『どうでしょうね…波止場に逃げた一団をツイッギーさんとボコしてみたんですが……これもダミーでしたね。こいつらの言う『サラ長官』は別の方法で逃げたようです』
そう、今回の主犯はパールマンだけではない。秘書の皮をかぶって、偽治安官たちに指示をしていたあの女…サラ。彼女とはまた一波乱ある気がする。
「…面白くなってきそうだ」
誠音は、遠くなっていくサイレンの音を聞きながら、ニヤリと笑った。