時系列的には『ホロウの中心で…を叫んだ?』と『非常なる任務』の間の期間です。
修羅の心、鬼知らず
海辺の倉庫の扉が乱暴に開いた。
潮風と共に、一人の男が転がり込むように中へ入る。
「はぁっ…はぁっ…」
男の右腕は肩から先がなかった。
倉庫の中央では、数十人のギャングたちが一人の少年を取り囲んでいる。少年は縄で縛られ、膝をつかされていた。その後ろではオールバックの男が少年が持っていた刀を持っていた。片腕の男はその光景を見るなり顔をしかめる。
「おう、同士よ!急に呼び出して悪かったな〜、ところでコイツか?」
オールバックの男は少年の前髪を乱暴につかみ、顔を上げさせた。
「一週間前に、お前の腕を斬り落としたっていうイカれ野郎は」
少年は何も答えない。
ただ、静かに男を見つめ返していた。
「昨夜、本部近くの路地をうろついてるところを捕まえた。刀を持っていたから間違いなくコイツだと思って捕まえたんだ。どうだ?」
「いや……暗くて顔は見てねぇよ。けどあの日、俺の腕を斬り捨てたのは、血を流す剣を振り回す鬼神みてぇなヤツだった」
失った腕の断面をさすりながら続ける。
「目は紅く染まって、なんか完全にイカれてたぜ。あんな化け物が、こんな簡単に捕まる間抜けなわけがねぇしよぉ…人違いじゃねぇの?」
倉庫のあちこちで笑い声が上がる。
「ギャハハハ!!!違ぇねぇ!」
「ただのガキだろ!」
「ビビりすぎなんだよ!」
だが、その時だった。
「〜〜〜〜〜」
少年の唇がわずかに動く。
何かを呟いている。
「……あ?なんか言ったか?」
オールバックの男が眉をひそめながら顔を近づけた、次の瞬間ーー
ガブリ。
鈍い音と共に、少年の歯が男の首に食い込んだ。
「ぎっ、ぎゃぁぁぁっぁぁ!!!やめっーーーー」
悲鳴は最後まで続かなかった。
喉笛が引きちぎられ、鮮血が噴水のように吹き上がる。
血の雨が倉庫中へ降り注いだ。
口の中で食いちぎった肉を咀嚼して、ごくりっと飲み込む姿は鬼にしか見えない。
「なっ――!?」
誰かが叫ぶ。
その隙に少年は事切れた男の手、その手から落ちた刀へ顔を寄せ、口で柄をくわえる。
四つ目透かしの金色の鍔、口に咥えられた黒い片手巻きの柄巻、赤黒く鈍い光を放つ刀身を月光で照らしながら、鯉口がゆっくりと切られる。
不気味な金属音を響かせながら、少年はゆっくりと立ち上がった。
血に飢えた紅い瞳がギャングたちを見渡す。
その目を見た瞬間、片腕の男の背筋が凍りつく。
思い出したからだ。忘れようとしても忘れられなかったあの悪夢を…
「て、てめぇ……!」
少年は刀を口に咥えたまま…
口元から男の血を滴らせながら…
口角を上げて笑みを浮かべた。
◆◼️◆
六分街にある壬生道場では、朝から激しい打ち合いが行われていた。
ゴッ!! ドガッ!!
「りゃあっ!!」
「オラァ!!」
バギッ!! ゴッ!!
「であっ!!」
「せぇいっ!!」
道場内では、ミブロ陣営の面々が汗を飛び散らせながら鍛錬に励んでいる。
木刀と木刀が激しくぶつかり合う。
拳が防御を打ち砕こうと迫り、模擬槍が腹を狙って突き出される。
そんな中、唯一稽古に参加していない人物がいた。
リードである。
「今日も暑いっすね〜」
縁側に腰掛け、呑気に日向ぼっこをしている姿からは、先日まで生死の境をさまよっていたとは思えない。しかし、軽く伸びをした途端ーー
「いっっ!?」
肩に鋭い痛みが走った。
傷はまだ完全には塞がっていない。
命こそ取り留めたものの、闇医者からは剣を振れば傷口が開くので絶対安静、と厳命されていた。
荒事とは無縁の生活。
最初こそ喜んでいたリードだったが、いざ何もするなと言われると落ち着かない。
仲間たちが鍛錬する姿を見ているだけというのは、思った以上に退屈だった。
その視線の先では、二対一の組み手が行われている。
籠手の代わりにグローブをはめた青年ーーハヤテ。
そして二本の木剣を構える眼帯の少女ーーツイッギー。
二人の相手を務めるのは、壬生道場の師範代・誠音だった。
「合わせろ、ツイッギー!!」
「言われなくとも!!」
二人が同時に飛び込む。
ハヤテの拳が一直線に顔面を狙い、ツイッギーの双剣が左右から挟み込む。
だがーー
「甘ぇ!!」
誠音は裏拳でハヤテの攻撃を逸らしながら、木刀でツイッギーの二刀を受け止めた。
「ぐっ!!」
「離れるわよ!!」
二人は即座に距離を取る。
しかし休む暇もなく、今度は誠音を挟撃する形で攻め込んだ。
前後からの同時攻撃。
普通の相手なら防ぎ切れない。
だが誠音は違った。木刀を回転させて拳を弾き、振り向きざまに双剣を受け流す。
「腕を上げたな――」
誠音の口元が吊り上がる。
「だが、俺が強ぇ!!!」
木刀が唸りを上げる。
ハヤテは両腕で受け止めるが、衝撃で体勢を崩した。
そこへ肘打ちが顎を狙って飛ぶ。
「っ!!」
辛うじてかわした瞬間、背後から迫るツイッギーへ回し蹴りが炸裂した。
「ぐっ!!」
吹き飛ばされながらも立ち上がるツイッギー。
ハヤテも食らいつく。
二人の連撃が嵐のように降り注ぐ。
その連撃の最中、誠音はハヤテの攻防をしっかりと観察していた。
(腕、手刀、張り手、拳、防御ーー首の防御がガラ空き!!)
首元へ刀を突き立てーー刀が止まった。
真剣白羽取り、あえて隙を見せたおかげで誠音の木刀を、ハヤテは掴んだ。
「掴んだーーツイッギー!!」
「だから、うるっさい!!!」
宙に跳ねた彼女が、空中で回転しながら剣を振り下ろす。
狙う先は誠音ではなく、彼の握る木刀。
(今、誠音を狙っても、寸前で弾かれる…!)
(俺が作ったこの隙、誠音はツイッギーの攻撃を警戒している…!!)
((だからこの虚を突く一撃は、通じる!!))
バキィッ!!
誠音の木刀が真っ二つに折れ、ハヤテは両手で誠音の右腕を掴み、そのまま背負い投げの要領で投げた。床に激突する寸前、空中で身体を捻って着地した誠音。
だが、間近に迫るハヤテの拳とツイッギーの木剣ーー
回避することはできても、頬にできた青あざと、腕にできた斬り傷が、両者の戦果となった。
「よしっ!!」
「っしゃぁ!!」
ハヤテとツイッギーが叫ぶ。
しかし、誠音は折れた木刀を握り締め、ニヤリと笑った。
その笑みに、二人は嫌な予感を覚える。
「いいぜ…本気出すぞゴラァ!!」
「ちょーー」
「ま、ストっーー」
言い終わる前だった。
誠音の姿が消える。
次の瞬間。
ゴッ!!
「へぶっ」
ハヤテが崩れ落ちる。
さらに…
ゴンッ!!
「な――」
ツイッギーも白目を剥いて倒れた。
二人が反応すらできない速度で放たれた峰打ちが、二人の意識を遠い場所に飛ばしてしまった。
誠音は肩を鳴らしながら倒れた二人を見下ろした。
「よし…次やるぞ!!」
縁側から見ていたリードは、引きつった笑みを浮かべる。
「いや、無理っすよ……」
昼過ぎ。
「パス! パス!」
「こっちだー!」
木刀の音ではなく、子供たちの歓声が道場に響いている。
ランドセルを背負った小学生たちが庭を駆け回り、サッカーやかくれんぼに興じていた。
どうやら彼らの遊び場だった空き地が工事で潰されてしまったらしい。
自分たち以外はほとんど出入りがなく、敷地もそこそこ広い壬生道場は、子供たちにとって格好の遊び場だった。
「ねー、おじさん!!」
「またエーテリアス役やってー!!」
子供たちに囲まれたジョンが、眼鏡を押し上げながら眉をひそめる。
「……自分、まだ三十ですけど」
縁側で寝転がっていたリードが口を挟む。
「この子たちにとっちゃ、三十は十分おじさんっすよ」
「リード兄ちゃんの言う通りだよー!」
「おじさーん!」
「おじさん!」
追撃のように飛んでくる声。
ジョンの額に青筋が浮かんだ。
「ほう、言いましたね?」
嫌な笑みを浮かべるジョンに、子供たちが一斉に後ずさる。
「失禁するくらい泣かせて差し上げますよ…」
「うわー! 怒った!」
「逃げろー!」
子供たちは蜘蛛の子を散らすように逃げ出した。
ジョンも全力疾走で追いかける。
「待てクソガキども!!」
「大人気ないっすよー!」
リードのツッコミも虚しく、鬼ごっこが始まった。
そんな光景を見ながら、気絶から目が覚めたばっかのハヤテとツイッギーが眺めていた。
「アイツら……どっちがガキだよーーいっつ!!?」
ハヤテが呆れた顔をした瞬間、傷口に激痛が走った。
「ちょっ、セレッソさん乱雑ーーアタタタッ!?」
隣ではツイッギーも悲鳴を上げている。
二人の傷口に脱脂綿を押し当てているのは、セレッソだった。
「この程度で騒がないでくれない…?」
無表情で傷口をぐりぐりと、脱脂綿を押し続けていく。
「痛い痛い痛い!!」
「消毒なんだから、我慢して」
「だから痛いって!」
「はぁっ…ほんと痛がりなんだから」
セレッソはため息を吐いた。
その言葉に、ハヤテとツイッギーは顔を見合わせる。
誠音に峰打ちで気絶させられた挙げ句、今度はセレッソの消毒責め。
今日は厄日かもしれない。
すると、ピンポ〜ンと。インターホンの音が道場に響いた。
ちょうど蒼烈と一緒に糠漬けを漬けていた誠音が玄関を見る。来客の予定もないし、防衛軍関連の人間が来るなら前もって連絡があるはず。誠音は目を細めながら手を洗う。
子供達を追いかけることをやめたジョンと、糠床を運んでいた蒼烈が各々の武器を取り出していた。蒼烈の武器は壁にかけてあった双刃刀『陰陽』を構え、ジョンはベルトに引っ掛けていた伸縮式仕込み槍『トリシューラ』を構え、その十文字槍の穂先を玄関に向ける。
「敵、でしょうか?」
『…モシ、敵ナラバ我ラノ全力デ叩キ潰スノミ』
「……私が出るわ」
彼らを制止しながら、セレッソが玄関へ向かう。
そしてガラガラっと扉を開ける音がしたのち、話し声が聞こえてすぐに大声が聞こえた。
「マコさ〜ん、治安官がきてるけど〜?」
「治安官…?誰が来てる?」
「え〜っと…青衣さんと、少し前に治安局のPR動画にでてたーーえっと、誰だっけ?うーん…すいません、名前なんでしたっけ?「あ、都市秩序部捜査課班長の朱鳶です」あ〜はいはい………チョロそうなケツとタッパのデカい女が来てるわよ〜」「ちょっ!!?何で名前聞いたんですか!!?」
▷▼◀︎
『粗茶デスガ…青衣殿ニハ白湯ヲ』
「うむ、気が利くな…」
「そんなに怒らないでくださいよ……痴安官さん」
「漢字が違いません?いま侮辱しましたよね?」
差し出された湯呑みを受け取る、緑色の髪をツインテールにした少女のような知能構造体『青衣』と、赤毛のメッシュの入った黒髪をポニーテールにした高身長な女性治安官『朱鳶』は和室の畳に座って蒼烈の入れた茶を飲んでいた。
「うむ…美味い。よい水を使っているのが分かるぞ」
『衛非地区ノ山々、ソコノ湧水ヲ使用シテオリマス』
「それにしても…誠音坊はますます剣の腕が上がっているようであるな。穏やかな海のように凪いでいるように見えるが、その眼の奥では轟轟と燃え盛る闘志を感じる」
「あ〜……やっぱ青衣さんには分かっちまうか」
蒼烈は大きな機体を縮こませながら、目の前にいる自分より長生きしている知能構造体に敬語で話す。壬生道場の門下生・食客らにとって、青衣とは古い付き合いだ。特に誠音は、バラガキだった自分が道を踏み外さず、それでいて自分に正直に生きてこれたのは青衣の影響が大きい。
「それにしても、この間のヴィジョンの一件だが…間接的にとはいえ情報を提供してくれた貴殿らには感謝しておる。かつて道場破りを繰り返していた悪童が立派な真面目不良に成長して、我は感心であるぞ」
「先輩、それ褒めているんですか?」
「………それで?ただ昔話しに来たわけじゃないだろ?」
縁側に座って縁柱に背を向けて寄りかかっていた誠音が、青衣の機械仕掛けの目を見る。
「うむ…先月の新聞を見たか?」
「新聞?えっと……ちょっと待ってろ」
台所に行き、漬物壺のカバーに使っていた新聞ーー糠床の匂いが染み付いたそれを持ってきた。
古くなった新聞用紙を広げて、一番目立つ画像とフォントに目が止まる。
「えっと…あ、コレか?」
『八分街の悪夢!!血の気もよだつ殺害現場!!』
その新聞の一面には、凄惨な殺戮現場と捜査する治安官たちが写った写真が貼られていた。
写真には海辺の倉庫が写っており、規制線の張られた倉庫内部には遺体を運び出す白い防護服の人影と、大量のハエが死体の山に集っていた。
「……酷ぇな」
「酷い、という言葉に収まらぬ。過剰なほどに斬り刻まれた死体と、壁天井にまで飛び散った大量の血……最初はギャングの内部抗争だと思われていたのだが、これに似た事件があちこちで起こり始めたのだ」
『人ニ出来ル所業デハナイ…獣ノ仕業ト言ッテモ過言デハナイ』
「この事件を皮切りに、現時点で六件の同様の事件が発生。どの事件現場でも、金品略奪の痕跡は発見されず、死体を嬲ったような痕跡も残されていません」
朱鳶が持ってきた資料を見ると、目を覆いたくなるような写真がズラリと並んでいた。ちなみに気の弱い治安官がこの写真を見ただけで失禁して気絶したそうだ。
「快楽殺人鬼ではないっすね。純粋に殺しを楽しんでるのか、それとも何か目的があるのか……物騒っすね〜僕の肩を斬り裂いた"闇討ち十兵衛"然り、平和な新エリー都はどこにいったのやら」
誠音の後ろから新聞を覗き込んだリードが呟く。
「レイ殿の言う通りであるな…事態を重く見た治安局上層部もパトロールを強化しているのだが、そのパトロールが始まった時期からこの切り裂き魔ーー否、"辻斬り"の発生頻度が急上昇していてな。ここ数ヶ月で新エリー都の犯罪組織の約三分の一が、文字通り"沈黙"したのだ」
「にしても、六件にしては写真が多いような気も……本当は六件よりも多いでしょう?隠蔽したんですね。まぁ、こんなにも人死にが増えれば治安は悪化しますし、何より選挙を間近に控えたブリンガーとしてはメンツを保ちたいところですしねぇ?」
子供達を家に帰らせて、彼らの真横から写真の束を掴んで数えながら、ジョンが口を挟む。
その言葉に朱鳶はムッと顔を顰める。
「怒らないでくださいよ、捜査課班長殿?」
「……メンツの問題ではありません。治安官として市民のために犯人逮捕に尽力しているだけですよ。元都市秩序部監察官、ジョン・ドゥさん」
「はぁ…朱鳶よ。この程度の挑発に乗るでない。ジョンも可愛い後輩を揶揄うでない」
「ところで、青衣さんよぉ……まさか俺たちが下手人だと思ってねぇだろうな?」
誠音の一言にピリッ…と、空気が重くなる。
誠音はすでに機龍・赫の鯉口に手を伸ばしている。
朱鳶は腰の拳銃に手を伸ばそうとするも、青衣に制止される。
「先輩ーー「よせ、主らではないことは百も承知。我らは協力を求めに来たのだ」
「協力?」
「現場は地獄絵図という言葉に言い尽くせないほどに凄惨であった。犯人の証拠がないか、隈なく捜索したのだが床や壁、天井まで血で染まっていた。だが、壁向こうで隠れていた悪党を串刺しにした時、この血痕が残されていたのだ。」
青衣が差し出したのは一枚の写真。
その写真に写っているのは、壁に突き刺さった刀傷だった。刀を突き刺したことで血濡れた鍔が壁に押し付けられ、鍔の形の血痕が残ったーー現場に残された唯一の証拠だ。
その鍔の外周はほぼ楕円形で中央に十字状の桟、四隅に大きな透かし穴があり、中央の茎孔が横長。そして鬼の醜草の花ーー紫苑の花の彩飾が彫り込まれていた。
「科学捜査班の調査によれば、この辻斬りに使われているのは全て同じ刀。この四つ目透かしの鍔が鍵になると思い新エリー都中の刀剣を扱う店をあちこち回ったものの、未だ手がかりは掴めていない。お主らは我らよりも刀剣を扱う店について詳しいはず…この鍔に心当たりはないか?」
「無ぇ、な。けど………」
誠音は写真を見つめた後に、道場の刀掛けに目を遣る。
そこには一本の刀があった。
朱色の鞘に収められた銀色の鍔と、藍色の紐を摘巻にした柄、そして梅の花一輪の意匠が刻まれた縁頭が…見る者の目を奪う。
「ーーーあの人なら、なんか知ってるかもな」
Q.現在(ゼンゼロ時系列)から、幕末は何年前ですか?
A.大体、千年前です。
Q.治安局との関係は?
A.ホロウレイダーの集団のような零番隊を目の敵にする人も多いが、信用できる外部協力者と思う人もいる。例えるなら、京都見廻組と新撰組のような?