終末世界で華や散るらん   作:ランハナカマキリ

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刃誅

『今夜0時に『天龍会』に刃誅を下す』

 

そう予告状には書いてあった。

 

「今の時刻は?」

「23時58分です…ですが、周囲に動きはありません」

「そうか…用心しておけ」

 

深夜、子の刻。

ヤヌス区にある暴力団『天龍会』の本部周辺を、治安官が包囲していた。

治安官が数名待機している建物の一室に、朱鳶が入室した。

 

「しゅ、朱鳶班長!!お疲れ様です…こちらコーヒーです!!」

「いえ、結構です…現在の状況は?」

「はっ、建物を包囲するように治安官100名を配置。全員防刃ベストを装着し、近距離戦闘に備えて総員に透明ポリカーボネート製の大盾をーー『巡査長!こちらで動きがーー』

 

次の瞬間ーーーーーーーー和風建築の豪邸を包み込むように、巨大な爆発が起きた。

 

 

 

▲△▲

 

数時間前に戻る。

 

誠音は花びらが零れた梅の木を剪定していた。

剪定とはいっても、枝切りバサミで斬るのではない。抜いた刀で枝を一本一本斬り飛ばすのだ。

 

スパッ!!

 

「………」

 

ただ無言で刀を振りかぶり、枝を斬り飛ばす。

 

スパッ!!

 

青衣たちとはその場で別れた。朱鳶は沖田総司に関して、人相・背格好以外にも聞きたいことがあったようだが、事態は急を要するらしくパトカーに乗って現場に向かった。

 

彼女らの実力は折り紙つきだ。

青衣は見た目こそ子供に見えるがキャリアの長い知能構造体であり、セスも新米であるがあの若さで巡査という立場にいる。そして目を引くのは特務捜査班・班長である朱鳶。完全無欠と称される彼女に解決できなかった事件はないとのこと。

 

恐らく、今夜には方が付く。

 

スパッ!!

 

いくら総司がバケモノじみていたとしても、治安局総員の捜索網からは逃れることは難しい。たとえ金棒を持った鬼でも、大砲持った艦隊には数の差で敵わない。アイツは治安局に捕まり、刑務所に入れられるだろう。

 

スパッ!!

 

助けようとは、思わない。

 

スパッ!!

 

例え、かつての同門であったとしても…

 

スパッ!!

 

例え、この梅の木の下で笑い合った仲だとしても…

 

スパッ!!

 

例え………………まだ、アイツに一勝もできていなくても…

 

 

 

ズバッ!!

 

「………っ!」

 

悩みで剣筋が乱れたせいか、枝の切断面が歪んだ。

 

「くそっ………「ーーさん…マコさん!」…?」

「帰って来てから何か変よ?何かあったの?」

 

後ろには、腕を組んだセレッソがいた。

 

「珍しいわね…マコさんが背後を取られるなんて」

「…何だよ」

「リンちゃんにビデオ鑑賞会に誘われてるのよ。夕飯は向こうで食べてくるわね…あと、地面に散らばってる枝、ちゃんと捨ててよ?」

「おう…」

 

気づけば梅の木の枝は全て斬り落とされ、最後の一本を斬るまで無心で剣を振るっていたらしい。

いや、無心とは言えない程に迷いが占めていた。

迷っているのだ。

 

何故、アイツに無関心なフリをしようとしているのか。

何故、あんなにも人懐っこかったアイツが人を殺しまわっているのか。

何故、自分は何故総司と闘りたいと思っているのか。

 

 

 

『あの剣鬼に勝ちてぇなら、⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎と向き合いな』

 

 

 

「…くそっ」

 

低く漏れた悪態が、静まり返った部屋に沈んでいく。

丸十の店主が別れ際に残した、あの言葉が何度も頭の中で反響していた。

 

誠音はゆっくりと視線を上げる。

部屋の壁際。

古びた刀掛けに、一振りの刀が静かに鎮座していた。

 

この刀こそ、彼の虚鋼刀。

 

ただそこに置かれているだけなのに、部屋の空気までも支配しているような存在感がある。

だが、誠音がこの刀を抜いたことはーー否、抜けたことは一度もない。

 

誠音はゆっくり近づき、柄に手を掛ける。

何度握っても、ひんやりとした感触だけは変わらない。

 

「ふぅ…………ふんっ!!!」

 

深く息を吸い、そして力を込めて刀を抜こうとする。

「……っ!」

ぐっ、と腕に力を入れるが、ぴくりとも動かない。

まるで刀身そのものが鞘と一体化しているようだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

この刀の歴史は深い。

 

この刀は市川家が代々所有していたが、百年前にホロウの中に消え、紛失してしまったと思われていたものだ。だが、彼の祖父ーー市川康誠がホロウ最深部で、瓦礫の山の上に突き刺さり、神々しく陽の光を浴び、侵食しエーテル結晶に覆われた刀を発見した。

 

その刀を丸十の店主に渡し、鍛え直し、新しく打ち直してもらった。

 

錆びた刀身から黒錆びが剥がれ、侵食したエーテル物質が玉鋼と一体化した究極の一振り。

 

言葉に表せなかったその刀身の美しさに、彼は目を奪われた。

 

これ以下の刀を作りたくない…

 

この美しさを忘れたくない…

 

その為に、丸十の店主は自分の目を焼いて自ら盲目になったのだと言う。

 

だが、一度鞘に収めて、異変が起きた。

鞘から刀を抜こうとしても、抜けなかったのだ。

 

この刀の持ち主ーー彼の祖父も、この刀を抜けなかった。

とはいえ、強度は申し分ないため祖父は鞘に納まったまま鈍器として使っていたとのこと。

 

結局、その刀は内戦終結後に佩太郎へ預けられ、長い年月を刀掛けの上で静かに眠り続けた。

 

「……絶対に、抜いてやらぁ!」

 

誠音は刀掛けから刀を取り出し、柄と鞘を掴み、渾身の力を込めて引き抜こうとする。

再び柄を握り、全身の筋肉が軋む。

 

「ぬぅぅぅぅぅっ!!」

 

ミシッ……!

 

床板が悲鳴のような軋み声を上げはじめるのだが、刀は動かない。

 

「ぐっ……!!」

 

額から汗が滴り落ち、腕が震え、歯が砕けそうなほどに食いしばる。

 

それでも、一ミリも動かない。

 

ミシッ……!!

 

「ぐっ……!!」

 

鞘を足で踏んで引き抜こうとしたり、台所から油を持ってきて中に流し込んで抜こうとするも引き抜けず、ミブロに鞘を抑えてもらって刀に結んだ縄を肩に背負って全体重をかけて引っ張り、もう鞘を破壊しようと漬物石で勢いよく叩きつけるも漬物石の方が粉微塵に…

 

その後、数十分ほど抜けない刀と格闘するも、刀は抜けなかった。

 

「はぁっ…はぁっ………くそっ!」

「ンナ……ワタンナンナ…?(抜けないよ〜…諦める?)」

「諦めて、たまるか…!!」

 

それでも誠音は諦めなかった。

紐を変え、角度を変え、寝転びながら引き、逆さになって引き、机へ固定し、椅子へ挟み、ビデオ屋に行って車で引っ張ってもらったり、近所の錦鯉に来ていた白祇重工のクマのシリオンたちに協力を仰いで引っ張ってもらい、日が暮れても飯時になっても刀を抜こうと必死になったが……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

………徹夜で抜こうとした結果、結局抜くことはできなかった。

 

「くそっ…が……」

 

誠音は力尽きた。

そのまま床へ大の字に倒れる。

目の下には濃い隈、息は絶え絶えで今にも死んでしまいそうな様子だった。

 

「ンナナ〜!!(衛生兵〜!!)」

 

ミブロが慌てて部屋を飛び出す。

その数分後、寝癖だらけのリードが大きな欠伸をしながら現れた。

 

「ふぁ〜ぁ……朝っぱらから何の騒ぎっすか………って、力尽きたみたいっすね」

 

半ば呆れたように笑う。

が、返事はなく、誠音は完全に気絶していた。

 

「しゃーないっすね…よいしょっと!」

 

リードは慣れた様子で誠音の両足をひょいと掴む。

そのままズルズルと床を引きずり、廊下を通り、男子用寝室まで運ぶ。

 

「おい…放せ……俺は、あの、刀…を……」

「残念ながら今日は、強制休養っっす!」

 

布団へ放り投げられた誠音は、小さく呻き声を漏らし、すぐに寝た。

リードは苦笑しながら布団を掛ける。

 

「やっぱアンタは、ほんと化け物っすね」

 

▲▲▲

 

4年前…

道場の縁側で、一匹の三毛猫が少年の膝の上で気持ちよさそうに丸くなっていた。

 

「な〜お〜…」

「いい天気だねぇ〜」

 

少年ーー沖田総司は、その柔らかな毛並みを優しく撫でる。

庭では、上半身裸の誠音が黙々と木刀を振っていた。

 

「843っ!844っ!845っ!!」

 

風を裂く音だけが静かな道場に響く。

しばらくして総司が口を開いた。

 

「市川さんと僕は似てるんですよ」

「……あ?」

 

誠音は素振りを止め、怪訝そうな顔を向ける。

 

「何言ってんだ?いきなり…」

 

総司は猫の喉を撫でながら続けた。

 

「僕も市川さんも親がいないでしょう?僕は姉が親代わりで、市川さんはお祖父さんが親代わり。あとそれに、僕ら二人とも剣術が好きじゃないですか。あと八神さんの漬けた漬物を文句言わずに食べるところです。他の人は吐いたり、気絶したり…不思議ですよねぇ〜」

 

誠音は露骨に顔をしかめた。

 

「俺だってあんな暗黒物質(ダークマター)を喜んで食ってるわけじゃねぇよ……」

 

総司はくすっと笑う。

 

「もちろん違うところもありますけどね」

 

指を一本立てる。

「僕はレバーが好きで、市川さんは嫌い」

二本目。

「僕は魚が苦手、市川さんは好き」

三本目。

「僕は猫派、市川さんは犬派」

 

膝の猫が「にゃあ」と鳴く。

 

「あと僕は女の子にモテる。市川さんはーーあれ?市川さんもラブレター貰ってましたよね?」

「……あんなもんよりも、果たし状が来た時のほうが百倍嬉しいだろ?」

 

総司は呆れたように笑う。

 

「酷ですねぇ…恋心を踏みにじられる女の子の身にもなってくださいよ」

「お前は人のこと言えねぇだろ」

 

誠音はため息を吐く。

 

「夜になっても帰ってこねぇから、真夜中にお前の姉さんが『総司見ませんでした!?』って道場に押し掛けてきて、起こされる俺らの身にもなれっての」

 

総司は悪びれもせず笑った。

 

「いやぁ、女の人っていい匂いがして眠くなるんですよねぇ〜向こうも僕を愛玩動物みたいに可愛がってくれますし、ウィンウィンですよ!」

「はぁ……」

 

誠音は額を押さえる。

 

「正直ぶん殴りてぇ…けど、お前はめちゃくちゃ強ぇから見逃してやる」

「あはは!僕は市川さんより後に道場へ入ったのに、今じゃ僕に一勝もできてませんしね〜」

 

総司は声を上げて笑った。

 

「うるせぇ……!まだ四十敗、十二分けだ!」

 

誠音は反論するが、その反論に対し総司は首をかしげた。

 

「え?四十一敗、十一分けの間違いじゃないですか?」

 

ぷちっ!!

 

誠音の額に青筋が浮かぶ。

 

「ならーー」

 

木刀を一本、総司へ放り投げた。

 

「今日を初勝利の日にしてやるよ…!」

 

総司は飛んできた木刀をひょいと受け止める。

しかし、そのまま縁側へ置き、庭の隅へ歩いて一本の布団叩きを手に取る。

その様子に誠音が目を丸くする。

 

「あ、おい!木刀でやれよ!」

 

総司は布団叩きを肩に担ぎ、いつもの穏やかな笑みを浮かべた。

 

「僕はこれで十分ですよ〜」

 

一歩踏み出す。

 

「じゃあ、行きますよ…!」

 

誠音は口元を吊り上げる。

 

「はっ……上等だ!!」

 

蝉の鳴き声が響く夏の日。

これが総司と最後に打ち合った日となった。

 

 

■△

 

「…………夢か。」

 

誠音はゆっくりと目を開けた。

天井が見える。

見慣れた寝室の天井だった。

数秒間ぼんやりと見つめてから、大きく息を吐く。

 

「ふぁぁぁ……」

 

思い切り背筋を反らせ、両腕を天井へ伸ばす。全身の骨がボキボキッと小気味よく鳴った。欠伸を一つ漏らし、ベッドから降りる。昨日から今日の朝まで、刀を抜こうとして徹夜したせいか、身体は鉛のように重かった。

 

寝癖だらけの髪を適当に掻きながら庭へ向かう。

居間のちゃぶ台の上に置いてあった携帯端末を手に取り、そのままインターノットを開いた。画面いっぱいに表示された見出しを見た瞬間、誠音の表情が固まった。

 

『天龍会本部が大爆発!!多数の死傷者か!!』

 

「……なに?」

思わず声が漏れる。

昨日治安局へ届いた襲撃予告通り、天龍会本部は襲撃された。犯行時刻は夜の24:00ちょうど。何者かが屋敷に侵入し、所持していた爆弾を投げいれ、爆発を起こした。予想以上の爆炎により組員の八割近くが焼死、残りは意識不明の重体とのこと。

 

インターノットの記事には、炎に包まれた和風建築の豪邸の写真が何枚も掲載されている。

 

『ヤベェ……ヤベェよ……』

『辻斬りのやつ、マジで予告通りやりやがった……』

『俺、獅子組のメンバーなんだけど……自首した方がいいかな……?』

『次はどこだ?』

『オワタ^o^』

『治安局止められねぇのかよザコ乙』

『怖すぎ…足洗おうかな』

 

次々と流れるコメント。裏社会の誰もが恐怖し、戦慄していた。

人類最後の都、新エリー都。

治安局、防衛軍、TOPS企業連合、反乱軍…あらゆる陣営が様々な利害と駆け引きによって均衡が保たれ、表面上は平穏が保たれている。だが、この辻斬りの行った凶行によって、新エリー都という一枚のガラス細工にヒビが入り始めていたのだ。

 

犯罪組織は、恐怖する。

もしも、次に狙われるのは自分たちではないか?なら大人しくしてはいられない。今すぐにでも活動を活性化させ、物資・人員をかき集めなくては…!

 

治安局は、焦り始める。

ここまで人死を出してなお捕らえられず、市民からの治安局の信頼が崩壊するかもしれない。一刻も早く、奴を捕らえなければならない…!

 

TOPS企業連合は、頭を悩ませる。

民衆が辻斬りを英雄視し始めたら?表に出せない裏の仕事は、ほとんどが辻斬りが刃誅を下したギャングに依頼していた…今度は凶刃が自分たちに向かうかもしれない…!

 

市政は、辻斬りを危険視している。

このまま蛮行を見過ごしてしまえば、暴力を犯してもいいという社会的心理が市民に芽生えてしまう。新エリー都が、混乱と暴力の街になる…!

 

だが、誠音が引っ掛かったのはそこではない。

「……違う。」

小さく呟く。爆発が起きた現場の写真が写った画面を見つめたまま考える。今までの辻斬り事件、犠牲者は全員、現場が筆舌に尽くしがたい鬼哭啾々な状態になるまで斬られていた。

 

それなのに、今回は爆破。

まるで手口が違う。

 

「……なんでだ?」

 

足が付くのを恐れた?

違う。

あれだけ堂々と斬り殺してきた奴が、今さら証拠を気にするとは思えない。

それに、もう一つの疑問が浮かぶ。

 

「なんで今回は……犯行予告なんて送った?」

 

今まで一度もそんな真似はしなかった。突然現れ、鏖殺し、消える。

それが沖田総司の犯行手順だった。

なのに今回はわざわざ治安局へ予告状を送り付けた。

 

まるで……『今から犯行するから見てね〜』とでも言いたかったみたいに…

 

誠音は腕を組む。

考えれば考えるほど分からない。

目的が見えないのだ。

 

新しい刀ーー虚鋼刀を手に入れたから試し斬りがしたかったのか?

それとも単純に人を斬りたかったのか?

 

それだけなら、同じ剣を握る者として多少は理解できる。

 

だが。

総司の犯行にしては荒っぽいような爆弾による爆破。

今まで行いもしなかった治安局への予告。

今までの犯行との違い…その全てが繋がらない。

 

(そもそも……あいつの目的は、一体ーーー)

 

プルルルルルル……

固定電話が鳴った。

静かな部屋へ響く電子音。

誠音は反射的に受話器を取る。

 

「もしもーー『久しぶりですね、市川さん』

 

聞き覚えのある声ーー沖田総司だった。

誠音の瞳が大きく見開かれ、空気が一気に張り詰めた。

 

「総司っ……おまーー『あ、何も言わないでください。』

 

自分の言葉を遮られた。

その様子がおかしいのか電話の向こうで、総司はくすりと笑った。

 

『僕は今、ルミナスクエアの川沿いにあるカフェにいます。午前十時頃に会いましょう』

 

受話器を握る誠音の手に、自然と力が入る。

電話の向こうで微かにカップを置く音が響く。

 

『市川さんに話したいことがあります……あと、貴方の友達のパエトーンも連れて来てください。仕事の依頼ですよ〜?』

 

誠音は黙ったまま、電話の向こうにいるライバルを睨みつけていた。




Q.現代の沖田総司の実力は?
A.デッド・エンド・ブッチャーには辛勝するくらいの実力だけど、ゾーンに入ると星見雅と同じくらい強くなる。

Q.幕末の沖田総司と比べてどっちが強い?
A.死線を潜った回数と強さの純度的には幕末の沖田総司が上回ってる。けど戦闘テクニックと技の工夫では現代の沖田総司が少し上回る。総合的に見たら、幕末の方が強い。

Q.幕末の猛者の実力ってどのくらいですか?
A.幕末組と現代組の武器・防具を揃えた上で。単純な戦闘力ではS級下位くらいだけど、中村半次郎とか芹沢鴨とかの突出した力と剣才、高杉晋作とか大村益次郎とかの圧倒的な頭脳・軍略、土方歳三・近藤勇の類稀な成長性・精神性など…これらの要素を持ってる連中は虚狩りに並ぶ…という設定です。
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