誠音とジョン、そしてツイッギーはマンションの一室に来ていた。
「ここで、あってるよな?」
「えぇ、教わった住所通りなら間違いなく」
「にしても、どう話すの?あなたの弟さんは大量殺人鬼ですって言うの?」
時間を、この日の朝に戻そう。
三人がまず足を運んだのは、黒雁街跡地。
白祇重工の社員たちが日差しの下で汗水垂らしながら、懸命に作業をしていた。
目の前で建材を担いで運ぶ、片腕にドリルを装着したガタイの良い硬骨漢に声をかける。
「ん?おぉ!!?坊主じゃねぇか!!久しぶりだなぁ!!!」
建材を置いて駆け寄ってくる漢の名は『アンドー・イワノフ』
工事現場の責任者で、白祇重工の前社長の時代からいるベテラン従業員である。
ちなみに、誠音とは古い付き合いである。
元々"鍛錬"と称してハヤテが白祇重工のバイトをしていて、いつも気絶してぶっ倒れるまで作業をやめなかったのだ。その迎えのたびに何度も何度も顔を合わせることとなったのだ。
「よぉ、アンドー!!相変わらずむさ苦しい野郎だな〜!!」
「へっ!!こいつめ〜最近調子はどうだ?また廃棄のコンクリート建材貰いに来たか?」
「いや…グレースさんいるか?」
「お?アイツに用か?お〜いグレース!!お客さんだぞ〜!!」
重機の上で基盤に齧り付くように作業していた『グレース・ハワード』が顔を上げる。
「やぁ、誠音くん。私に何のようだい?あっ、蒼烈くんは元気かな!!??あの強襲型知能構造体特有の躍動感あふれる鉄の巨体!!!是非ともお姉さんに観察させーーいや、調べさせてくれないかい!!?お願いだよ、変な改造はしないし、ちゃんと元に戻すから!!!!」
「あ〜………お元気そうで」
「え…あの人怖くない?」
「貴女も、義手義足隠しといてください。食われますよ」
彼女を一言で言うのなら、『シャバに出してはいけない生き物』と言ったところだ。
人間相手には危害を加えないのだが、知能構造体もしくはボンプ相手だとタガが外れる。
「ところで、私に何の用だい?」
「沖田さんについてーーミツさんに何があったかを教えてくれ」
「ミツ…?君らミツと知り合いだったのかい?」
そう、"鉄の魔女"と身近なボンプや知能構造体から恐れられているグレース・ハワードは、沖田ミツとは高校時代の級友だったのだ。ミツさんはよく、三度の飯より機械が大好きな親友の話をしてくれたのだ。大学進学後も、定期的に連絡はしており、グレースがラボや整備場に引き籠るようになっても、ミツさんの電話にはすぐに出るため対グレースとして白祇重工の面々から頼られていた。
「けど……数ヶ月前かな。ミツが車に撥ねられて頭に大怪我したって聞いて、幸い命に別状はなかったんだけどーーーー彼女は、病室に入った私と弟くんに……」
『えっと、どちら様ですか…?』
「あの時、彼女に面と向かって言われた弟くんの顔は……絶望そのものだったよ」
「……なるほどな」
事故による記憶喪失。
唯一の身内に忘れられる、それはあまりにも残酷で辛いことだ。
グレース自身も義父が失踪し、義理の妹であるクレタが義父を毛嫌いするようになった経験から家族の喪失については人一倍、気持ちが分かる。
誠音も例外ではない。
自分を育ててくれた祖父をあの夜に失い、その日の悲しみは思い出すたびに胸を締め付ける。
だが、だからと言って。
沖田総司が沖田ミツという、姉であり母であり最愛の人であった人物を失った悲しみに囚われてしまい、此度の辻斬りという凶行に走ったと言うには疑問が残る。
「グレースさん…総司はミツさんの記憶喪失を、まるで誰かに原因があるように言ってやがった。何でもいい。何か心当たりはないか?」
「すまない…思い当たることはないかな」
「とりあえず、あまり話したくねぇ話してくれてありがとよ。この礼は、ちょっと待ってな」
「いやいや、お礼なんてそんなーー「あっ、蒼烈。アサギを連れて黒雁街跡地に来てくれ」ーーありがたく受け取らせてもらうよグヘヘヘヘヘ!!!!」
その後、何も知らずにアサギを抱えてやって来た純朴な強襲型知能構造体。
これから起こる悲劇に合掌する誠音。
誠音の後ろからサムズアップするジョン。
コイツらクズだな、と冷めた目で見つめるツイッギー。
そして蒼烈の背後に迫る鉄の魔女。
知能構造体、ボンプ、機械大好きエンジニア(過小表現)、密室、何も起きないはずがなく……
『ア”ァ〜!!???』
□□□
話は現在に戻る。
標識に沖田と書かれたマンションの一室の、インターホンを押す。
少し時間が経ち、三人が痺れを切らしかけたその時、ガチャっとドアが少しだけ開いた。
「あの、どちら様でしょうか…?」
その狭いドアの隙間の中に、誠音にとって見覚えのある人物がいた。
黒い前髪をヘアピンで留め、サイドの長い直毛をフェイスラインに沿って垂らしたアップスタイルの女性が、チェーンをかけたドアの隙間から恐る恐る顔を出していた。
「沖田ミツさんですよね…?私はジョン・ドゥ、貴女の弟さんの通っていた剣術道場の門下生なのですが、入ってもよろしいですか?」
「は、はい…それで、そちらの方々は…?」
「こちらの方々は姉弟子のツイッギーさんと、師範代の市川誠音さんです。誠音さんは…貴女と面識があるんですよね?」
チラリとこちらを見るジョンの視線に応えるように、頭をポリポリ掻きながら口を開く。
「どうも、お久しぶりです」
「ど、どうも…?すみません、実は私、その…」
「あー、記憶喪失になったんだろ?初めましてから始めようぜ」
「はっ、はい…!沖田ミツです、初めまして」
こぢんまりとした清潔感あるリビングのテーブルに案内され、ミツさんは慣れた様子で淹れたばかりの紅茶をカップに注ぐ。だが、かつての姿を知っている者にとっては異質な光景だった。
「……緑茶じゃねぇんだな」
「え?」
「いや、アンタは紅茶より緑茶が好きだって言ってたぜ」
「私、昔はそう言ってたんですか…?そう、なんですか…あの、市川さんから見た私ってどのような人でしたか?」
「あ〜……優しい人だな。俺と総司が喧嘩したら慌てて止めに来て、誰かが腹空かせたらご飯作って、誰かが泣いてたら親身に寄り添って慰めて、アンタが笑うとーーみんな笑ってた」
「あと辛党だったな。火鍋屋の激辛セットじゃ全然辛くないって言って、自家製のタバスコかけて食ってたり…あと、喧嘩を止めるときは俺らが丈夫なのをいいことに、本当に手加減なしでボコボコにしにきやがった。例えば俺とセレッソが喧嘩した時なんか、買ったばかりのフライパンをフルスイングで…意識飛んだぜ、マジで」
「ひぃえぇぇぇ!!?私、なんてことを…!!?」
現在の彼女からは想像もつかないような思い出話に、彼女はあまりの恥ずかしさと受け入れ難い現実にボンプのぬいぐるみに顔を突っ込んでしまった。やはり記憶を失っているようだ。誠音の知るミツさんは、大体そんな感じだった。
咳払いをしながら、ジョンが話を続ける。
「それで…貴女の弟さんについて、話さなければならないことがあるのですが………総司さんと最後に会ったのは?」
「ひと月前です…この家で何とか日常生活が過ごせるようになった途端に、姿を消してしまって」
「治安局には?」
「行ったんですが……市長選挙で忙しいらしくて…」
詳しく調べてみると、本当に捜索願が出されていた。
とはいえ、捜索のための人員は選挙と
「…あのケツアゴ野郎め」
「自分たちが追ってる正体不明の犯人が、実名も写真もある捜索願いの少年と同一人物だったなんて…灯台下暗しってこのことね」
それより、彼女に総司のことを話すべきだろうか。
どうすれば良いか悩んでいたその時、先に沈黙を破ったのはなんとミツさんだった。
「彼、私と話してるとーー辛そうな顔をするんです」
「食事の時、私が箸の持ち方を間違えると…彼は丁寧に正しい箸の持ち方を教えてくれるんです」
「口調は優しいんですけど、どこか無理をしているような顔をして…私が日常を過ごせるようになった途端、彼は何も言わずに何処かへ消えてしまったんです…」
「彼は、
その言葉に、誠音はーー少し安堵したようで、残念そうな顔をした。
もし彼女が総司のことを"総司さん"と呼ばず、"弟"と呼んだのなら……彼女に総司がどうしているのかと言えただろう。
だが、今の彼女にとって…総司は同居してる知人なのだ。
そんな状態の彼女に伝えたところで、何も変わらないだろう。
「…悪いがーー「お願いです!!私ーー後悔したくないんです…!!!」
頭を下げて、懇願するミツ。
だが、後悔したくないという人間の頼みを無視できるほど冷たい人間ではない。
誠音はため息を吐きながら口を開き、真実を話した。
数分後…
「キュウ…」
「げ、倒れた…」
どうやら刺激が強すぎたようだ。
気絶してしまったミツをソファに移動させ、その間に部屋を探索する。
まず最初に調べたのはミツの部屋だ。
新しく新調された家具はともかく、古い机や棚を探る。
共に戸棚を調べていたジョンが話しかける。
「言って良かったんですか…?」
「逆に言わなきゃ良いのか?ツイッギーが診てるし、問題ねーだろ」
棚から古びたアルバムを取り出し、誠音は問題ないよな?と自問自答する。
「探索とかはお前の本領だし…何かあったら教えてくれ」
「はいはい、さて…本領発揮ですね」
誠音は、『総司』というパネルが貼られた扉を開ける。
部屋の中には埃が無く、定期的に掃除されていることがよく分かる。
壁に掛けられた木刀はかつて道場へ遊びに来ていた頃、佩太郎から貰ったもの。幾度となく木刀同士で斬り合いをしたのが懐かしい。
「ん?」
机の上のデスクライト、その下に何かあった。
探ってみると指が何かに引っかかった。
引っ張ると、机の下の方からゴトっと音が鳴る。
「ーーーこりゃ……」
下を覗いてみると、隠し戸があった。
総司が作ったのだろうか、と思ったがそれはないなと考えた。昔、古いスパイ物の映画を見たミツさんが、こんな感じの隠し要素に影響されてDIYを始めて困っていると総司が愚痴を言っていたことを思い出した。
隠し戸には一つのファイルが隠されていた。
何度も読まれた末に強く握りしめたのであろう、柔らかくなった表紙の所々は破けており、血が赤黒く滲んでいた。
それは、総司が狙う真の標的に関する証拠だった。
△■■△
別の部屋を探索しに行った誠音を見送るジョン。
新しい家具は記憶を失ってから購入した者だと推測すると、大事なものは古い家具に収納されている可能性が高い。古びた机の引き出しを調べていると、違和感を感じた。
元々治安官だった頃の勘と、ネズミのシリオン特有の人間の三倍以上ある嗅覚が何かを嗅ぎつけた。引き出しの底を叩いてみると、やはり二重構造だった。
「どれどれ…ん?これは……」
それは、小さなカプセル錠だった。
ビニール袋内に密閉されているが、中には何も入っていない。その下にある紙の束を一枚ずつ確認していくと、診断書が出てきた。だが、それは十五歳の少女の診断書だった。
「ん?この名前は…」
その診断書に書かれていた名前をスマホで検索してみると、一つの事件に繋がった。
「……『⚪︎⚪︎通り暴漢事件』
△月□日午後四時前に一人の男が女子一名に暴行を加え、意識不明の重体に。治安官五名が出動し、三名重傷二名軽傷…警告の為の発砲を無視したため、足に二発、腹部に一発撃っても男は止まらず、怒り狂った様子で治安官に飛びかかったため計十六発発砲し、出血多量で死亡。
その後の司法解剖によって男の体内から麻薬の成分がーーーーこの被害者が、この少女…彼女はミツさんの担当クラスの生徒。
それなら診断書を持っているのも納得ーーーん?被疑者死亡で捜査は打ち切られている?」
他の資料ーー女生徒に関する項目も読む。
「被害者生徒は旧都陥落で親類縁者と死別……経済的にも余裕がなく、成績不良で後ろ暗い連中と交流あり……だが、今年からそう言った人間との交友をやめて成績が上向きにーーこれは…」
女生徒の成績関連の資料から、一枚の写真が落ちた。
60点のテスト答案を持って笑う女生徒の隣にミツがピースして立っていた。
恐らく自分の受け持ちの生徒が事件に巻き込まれ、その捜査が急に打ち切られたから自分で捜査を行った。
「それに気づいた麻薬の出元側が、嗅ぎ回ってるミツさんを口封じのために事故に見せかけて……それにしても、彼女は一体どこからこんな物をーーー」
だが、さらに疑問が残る。
彼女は数学教師で頭が回る方とはいえ、ただの一般人。
一体どうやってーー協力者でもいたのか?
「ーーいや、今は"どうやって"の問題ではない…いったい誰が麻薬の出元だ?」
資料を詳しく読んでいると、いつの間にかに入室した誠音がファイルを投げ渡した。
「出元は分かった……紅傘製薬だ」
「なっ……あの、"ブラッドパラソル"ですか…」
紅傘製薬社長、ルーディン・レッドローズは安価なコストでの抗侵食薬の大量生産で一大財産を築き上げた男。だが、裏社会に身を置くものなら彼のもう一つの異名だって知ってる。
『ブラッドパラソル』
ルーディンは犯罪組織やヤクザ、ホロウレイダーに増産した抗侵食薬を横流しし、見返りとしてライバル企業や邪魔者を殺すよう依頼するーー血濡れた傘を持った男なのだ。
特に、天龍会とは会社設立時からの蜜月の関係。
「最近…その製薬会社の連中が、そのカプセル錠ーー『天昂薬』を開発した。抗侵食薬の中に、麻薬をほんのちょっぴり混ぜたもんらしい。天に昂るように売れてるらしいぜ?天龍会の縄張りにある売買所では特にな」
「…なるほど、謎が解けました」
ジョンは推理を展開する。
最初に、ミツの教え子が薬でハイになった暴漢に襲われて重傷。
次に、治安局の捜査が止められたのでミツが自分で捜査していたが、ブラッドパラソルに勘づかれ、天龍会のチンピラに事故を装って始末させようとした。
だが、ミツは死んではいないものの記憶喪失となり、総司を忘れる。
その結果、怒りと悲しみに支配された総司は行き場のない怒りを天龍会とブラッドパラソルにぶつけることにした。
「天龍会本部の爆破は、ブラッドパラソルが足がつくことを恐れたんでしょうね。金で雇った傭兵にエーテル火薬で吹き飛ばさせた、ついでにこれも辻斬りの仕業にするように治安局へ犯行予告も送った……この予想なら、説明がつきます」
「ついでに勢力の均衡も崩せば薬も飛ぶように売れて一石二鳥ってか……」
これで総司の狙いが分かった。
リビングに戻ると、目を覚ましたミツさんがツイッギーに渡されたハーブティーを飲んでいた。
部屋から出てきた二人と目が合うと、静かに喋り出した。
「……ひとつ、聞かせてください。貴方達は総司さんをどうするつもりなんですか…?」
「俺はーーー」
その時、ビデオ屋から緊急の電話が鳴った。
電話の主はリンだった。
「もしもーー『誠音さん!!総司さんが!!待ち伏せてた敵に襲われてるの!!!お兄ちゃんがイアスにリンクして追ってるけど、イアスが持ってるのは撹乱用の爆弾くらいだし…お願い!!お兄ちゃんと総司さんを助けて!!!』ーーおう、すぐに行く」
電話を切り、急いで玄関に向かう。
だが、収縮していた十文字槍を引き伸ばしたジョンが立ち塞がった。尻尾の先には鉄製の鏃がつけられており、返答次第では心臓を貫く位置にあった。
「……彼を助けに行くんですか?正気ですか?」
「退けよ。これは隊長命令だ」
「沖田総司は、もう貴方の知ってる沖田総司じゃありません。彼は既に三桁近い人間を殺した殺人鬼…身体能力も剣才も、
ジョンは冷酷に見えるかもしれない。
だが自分たちのことを一番に考え、誰よりも思いやりのある人物でもあると誠音は知っている。
「あの、総司さんに何がーー「ミツさん、記憶失ってるアンタに言うのは少し酷だけどよ……アイツがアンタを酷い目に合わせたクズどもを血祭りにあげて帰ってきたら、アンタは嬉しいか?」
「………いいえ、全然。理由は分からないんですけど…本当に言った通りに総司さんが帰ってきたら、叱ります。貴方も無茶して大怪我したら、二人まとめて叱ります」
その返事は、記憶の中にあるミツさんが答えるであろう回答だった。
「ジョン、お前の言うことは合ってる。けどよ…」
誠音は腰に差した刀を二本とも手に取る。
一つは機龍・赫、もう一つは抜くことができない虚鋼刀。
今の誠音が、総司と相対したら間違いなく死ぬ。
「アイツは、総司は……同じ道場で剣を学んで、ジジイのクソ不味い飯を食って、あの梅の木の下で剣を交えた、家族だ。見殺しにできるかよ…!」
ジョンの隣を突っ切りながら、誠音は外に飛び出していった。
マンションの玄関を通り過ぎると、隣の建物との境目からジョンが現れた。
「意地でも止める気か…?いいぜ、かかってーー「はぁ……勘違いしないでください。止めに来たわけではないんですよ。ただ、無茶苦茶しそうなんでね、貴方一人で行かせたら」
「…そーかよ」
「そーなんです」
性格が真逆で、経歴も何もかも異なる二人は、笑っていた。
「相手は大量殺人鬼、治安局も総員で捜索にあたっています。それでも本気で行くんですか?」
「はっ…上等、上等!!」