「お前ーー誰だ?」
「はひっ!?」
メイド服を着た緑髪のツインテール。どこからどう見ても普通の少女。
「わ、わた、私はカリンと申します!!家事代行会社で従業員をさせて頂いていております!!」
「お、おぉ?家事代行?なんでホロウなんかに…?」
「誕生日は6月2日。双子座、血液型はRh-、好きなことはお掃除で、市民ナンバーはーー」
「ストップ!!!あーーホロウ災害に巻き込まれたのか…?」
「いっ、いえっ!!」
どうやら、彼女が勤めている家事代行会社はホロウ関係の仕事もしており、彼女は道中逸れてしまったとのことだ。
「そっか…」
「あの、その…貴方様はホロウ調査員ですか?」
「いや、俺はーーただ鍛錬しに来ただけだ」
「え!?こんな危ない場所に!!?」
「おぅよ。限界を越えるためには極限の相手が必要だろっ!!」
シャドウボクシングするハヤテを、少し恐怖の目で見るカリン。
カリンの感じた恐怖は正しい。
大和ハヤテはホロウ災害で孤児となり、目から血が出るほど苦手な勉強をし続けて、何とか治安官学校に入学。候補生になっても血が滲むような努力をし続けた。
彼には才がなかった。
だから才を努力で超えるしかなかったのだ。
日に15時間を超える鍛錬。
素手の拳で巨岩を殴り、巨岩が完全な球体になるまで整形し続けるという鍛錬。皮膚が裂け血が出ても、傷口に塩を塗り再開する狂気。
スクラップ場に通い、廃棄された工事用の知能構造体を重りにスクワットを1000回行う鍛錬。
郊外にある断崖の岩肌に額を打ち込み続ける鍛錬。
ホロウレイダーの集団リンチを5時間耐え続ける鍛錬。
周囲から異常視されるほどの常軌を逸した鍛錬を積み重ね、彼は筆記65点実技100点という成績を収めた。
だが、卒業の一週間前。
教官が女性の候補生に乱暴しているのを目撃し、教官を半殺しに。
同期生たちの嘆願もあったものの、この教官が治安官上層部の親族だったらしく、退学となった。
「ん?嬢ちゃんデッカいチェンソー持ってんな……出会ったのはなんかの縁だな!!一緒に鍛錬するか!!!」
「えっ!?いや、私はーー」
「努力っ!!鍛錬っ!!根性っ!!」
「ひっ……わぁっ……!」
カリンは思った。
相当にヤバい人に出会ってしまった、と。
『GRRRAAAAAA!!!』
「よっっと!!」
飛びかかってきたエーテリアスを交わしざまに避けながら、リードは尻尾で体を支えながらキックし、壁に叩きつける。
そして死角から迫るエーテリアスに、両手に握るエーテル合金製大刀『腑牙』による斬撃が刻まれる。
大刀ーーダーダオは短めの柄と先端が広く幅の広い片刃の刀身が特徴であり、主に重い重量を活かした斬撃ーーつまり叩き斬ることに重点を置いた剣である。
それを二刀流で、自在に操るリードは、道場の古株で壬生狼零番隊の中でも上位に入る実力の持ち主である。
「にしても、電車の方向を変えために制御室へ行くってのは分かるんっすけど…僕まで出張る必要ありましたか?」
「お前が一番暇そうに見えたんだよ…それに、何事も起きないわけがないしな」
「……当たるから怖いんすよね〜、市川さんのカン」
「もう半ば当たってんだろ……」
突っ込んできた自爆型エーテリアス『ブラストスパイダー』を一刀両断し、背後で爆風を感じながら、誠音は刀を鞘に戻す。
『おぉ…剣の腕は相変わらずだね』
「いやぁ〜!!ホロウの外から直接通信できるプロキシに、実戦最強って噂の壬生狼零番隊!まさに鬼に金棒だ〜!!!」
『いやいや〜鬼だなんてお褒めに預かり光栄だ』
「いやいや〜鬼ってほどじゃねぇよ…」
『…』
「…」
ボンプ越しに嬉しそうな様子を見せたアキラと、鞘に入った刀を肩に担いでニッと笑った誠音。
静寂が両者の間に広がった。
『誠音、最初に会った時のことを覚えているかい?ホロウで迷子になっているところを僕が助けたんだよ?』
「妙だな…知らず知らずのうちに女をたらし込みすぎて刃傷沙汰になったお前を助けたのは俺だよな?」
自分が鬼だと思って譲らないみみっちい二人。
リンはアキラの横でやれやれと首を振り、猫又は何か地雷をついてしまったのかと当惑し、リードは他人事だと思ってエーテリアスの残りを掃討していた。
静寂が十秒続いたのち、本題に入ろうとリンが咳払いする。
「えっと、今は列車を止める計画に集中しよ。まずは要点をおさらいしてみて」
今回の目標である爆薬を積んだヴィジョンの無人列車、その操作をするコンピューターの制御室に向かい、進路をトンネル方面へと変更する。列車が減速したのちに、その隙に猫又がイアスをヒョイっと列車の上に投げる。そこからはパエトーンことアキラの出番だ。列車のメンテナンスハッチから運転室に行き、列車を止める。
以上が今回の作戦だ。
もちろん、懸念要素もある。
それがデッドエンドブッチャーだ。
ホロウ内を無作為に徘徊している奴と、いつ遭遇するかわからないのだ。
だが、何か妙な気がした。
「……気づいてるか、アキラ」
『あぁ、ホロウ内のエーテル濃度が活性化してる』
まるで誰かがデッドエンドブッチャーと戦ったようだ。
手傷を負った、獲物を逃した獣というのは兎に角、乱暴になる。デッドエンドブッチャーが通ったであろう道は、破壊された建物や線路の様子が広がっていた。いったい何処のバカがデッドエンドブッチャーを刺激した?と考える誠音ーーその馬鹿が彼の部下であるなどとは微塵も思わないーーだった。
□
「えっと、ハヤテ様…?そちらは行き止まりですよ?」
「ありゃ?確かこっちから来たような…こっちか?」
「あわわ……!あまり無闇に歩かないほうがいいですよぉ!?」
一方、ハヤテとカリンはホロウ内を彷徨っていた。
この際言っておこう。ハヤテは先ほど述べた通り、変態的鍛錬をし続けてきた強戦士だ。
だが、欠点を述べるなら…コイツ、致命的な方向音痴なのだ。
某海賊漫画の三刀流剣士のように、右と言えば真下に行くような方向音痴ではない。どちらかというと三つ道があって真ん中の道を通ればゴールに辿り着けるとして、奇跡的に二つのハズレの道を連続で引き当て、最後に当たりを引くのだ。
もちろんこの線路エリアに辿り着くまでに、裂け目を通ってハティの群れと鉢合わせたり、反乱軍の基地に入り込んだり、ゴールドボンプにロケランぶち込まれたりと、踏んだり蹴ったりな状態だった。
「ん〜?確かにこっちから来たはずなんだが…」
「あの、ハヤテ様?この先は電車がーー」
見ると前方の道を、壊れた列車が塞いでいた。
すると反対側から人の声が聞こえてきた。
「んにゃっ!?いま、誰か喋った…!?まさか電車が!!?しかも可愛い女の子の声だったぞ!?!」
「えぇ?」
可愛い女の子の声と言われて声を漏らして顔を赤くするカリン
「ねぇ、電車さん? あたしたち急いでるの。ちょっとだけでいいから、そこをどいてくれない?」
『猫又、君ね…向こうに誰かいるんだろう?』
『緊張をほぐしたいのはわかるけど、向こうの女の子が怖がるでしょ?』
「あの…皆様は、ホロウ調査協会の調査員様ですか?」
『相手に聞く前に、自分から名乗るのがルールだよ』
「えっ?そ、そうなんですか?ごめんなさい、そのようなルールを存じ上げておりませんでした」
「いや嬢ちゃん、知らねぇやつに名乗るのは良くねぇぞ?」
何やら向こうの男の声が、カリンの情報を引き出そうとしてくる。
「……何コントしてんすか?」
「触れてやるな、リード」
聞き覚えのある声に、ハヤテがいち早く反応する。
「ん!?そこにいんの誠音か!?待ってろすぐ道を開けるぜ!!」
「えっ?今なんてーー」
ハヤテは電車の車体に拳を当てる。
冷たい車体に触れた拳面を押し付け、強張っていた全身の筋肉を弛緩させていく。そして、全エーテルエネルギーを拳に集中させ、電車を内側から破裂させた。
秘奥、
「確かにまぁ、道は通れるようになったぞ?だがな…飛び散る破片のことは考えなかったのか?」
「い、いや、その……誠音なら避けれるかなって……」
「あの技、動かない相手には効果的だが、動く相手には通用しない。この欠点を克服しな」
「ーーっ!!はいっ!!」
額から垂れる血を、手拭いで抑えて止血しながら、誠音は正座し萎縮するハヤテ。
その背後ではカリンと会話するイアスと猫又。
「……えっ?先程からお話させていたのはこちらのボンプ様だったのですか!?あわわ、すみません!ボンプ様のご身分を疑っている訳ではなくて……」
『ボンプってことでいいよ。君も、ただの一般人には見えないけどね…』
「すみません……その、弊社は幅広い分野でビジネスを展開していまして、中にはホロウ関連の業務もあるんです…」
二人の会話を盗み聞きしていたリードは、興味深そうに聞き耳を立てていた。
「……あんたたちはどう思う?この子が電車を壊してくれたから、もう迂回する必要もないよね?」
『まあ……無理なお願いでもないしね』
『うん、あたしもお兄ちゃんと同意見だよ。彼女を出口に連れていくのはいいけど、一応知らない人なんだから、お互い内緒にしたいこともあるでしょ?』
「カリンちゃん、あたし達についてきてもいいぞ!その代わり、余計なお喋りはなし。それでいい?」
「はっ、はい!」
「じゃあ、壬生狼さんたち〜?この子連れてってもいい〜?」
話を振られた誠音たちは、その問いに頷く。
「別にいいっすよ。"旅は道連れ、世は情け"って言いますもん。それに、彼女の所属しているところは僕の知ってるところなんで」
「相変わらず情報通だな……連れてきたの俺だし、誠音はどうなんだ?」
「別に、子守りの相手が一人増えただけで、大した問題はねーよ」
「よし、それじゃあ先を急ごう!!」
再び歩き出す一行、制御室に向かう道中、突如現れた旅のお供を出口まで案内することとなった。
◆
一方、セレッソと蒼烈はデッド・エンド・ブッチャーの監視をしていた…
ガキッン!!!
「ーーっ!蒼烈、援護!!」
『承知!!』
監視をしていたのだが………
「逃すな!!絶対に捕えろ!!!」
「目撃者は絶対に逃すなぁぁぁ!!」
後方から、治安局の格好をした完全武装の男たちが、銃やロケットランチャーを撃ちまくりながら追いかけていたのだった。
なぜこうなったのか、セレッソ達がデッド・エンド・ブッチャーを遠くの安全地帯から見張ろうと、古い列車基地にやってきたのだが…そこで、件の連中と偶然、鉢合わせてしまったのだ。
「厄介なことになったわね………!」
『セレッソ副長!!前方からも来ます』
だんだら模様のマントを翻しながら、セレッソは剣を構える。
蒼烈も、双刃剣を地面に突き刺しながら、背中のマフラーから蒸気を吐き出す。
「背中は任せるわ…!」
『任された!!』
飛んでくる銃弾を、剣で弾き飛ばしながら、セレッソは男たちを斬り捨てていく。
蒼烈は自分目掛けて飛んでくるロケット弾や手榴弾を余すことなくその身で受け止めるも、その体に一切の傷はついていない。
「う、嘘だろ…!効いてねぇ!!?」
『我、壬生狼の盾なり。動かざること巨岩が如し!!』
振り上げた双刃剣、それが自分たちに向かって落ちてくるのに反応できなかった男らが、鉄塊に叩きつけられる。
一方、前方から来た偽治安官たちは銃を構えて引き金を引くも、発射された銃弾を余すことなく弾き飛ばしながら、セレッソは駆けていく。
「あ、あの女を止めろ!!」
「盾持ってるやつは前に出ろ!!止まったところを蜂の巣にしてやれ!!」
盾を持ったものたちが行手を阻むと、セレッソは左手で刃の中央を握る。
左手に装着したガントレットが、彼女の手の切創を防ぐ。
「覚悟しなさい……!」
そして、彼女は左腕を振りかぶって、黄金の翼を模した持ち手を、盾持ち達に勢いよく叩きつける。
これは中世ヨーロッパの剣術において、高い技術力が求められる技。
だが、この技は、騎士の剣術の中で最も高い攻撃力を誇る。
『
偽治安官の盾が粉微塵に打ち砕かれ、地面が爆ぜるように偽治安官らは悲鳴をあげる前に弾き飛ばされた。
「…まだ来るわね、迎撃態勢!!」
彼女は雄牛の構えをとりながら、剣先を追ってくる敵に向けた。
一方その頃、列車内にて。
ひとりの男ーー治安官の帽子を深くかぶり、パツンパツンの治安官の制服を窮屈そうにきた男がいた。
「キッツイぜ〜…袖を引きちぎってもいいよなぁ?ホロウ内だから目撃者もいねぇだろうしよぉ?」
『万が一に備えて、身元がバレるような真似はやめることね?』
片手に握っていた携帯から、清涼な女の声が響く。
「身元がバレるぅ?おいおい、バレたところで俺の悪名が増えるだけで損はないぜぇ?」
『……それもそうね。連中がカンバス通りの人間を"処理"したら、今度は
「あいよ……それにしても、あのでぶっちょダルマはどうする?アイツも殺すか?」
『そうね…貴方の自由にしなさい』
携帯は切られ、男は持ってきたカバンの中から巨大な鉈を二本、バットのように振り回しながら取り出す。
「早く俺の相棒に、血を味合わせたいぜぇ…!ぶははははっ!!」