終末世界で華や散るらん   作:ランハナカマキリ

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今回長めです。


猫の落とし物 下

ビデオ屋のドアが開き、猫又は急いで入ってくる。

 

「ただいーー」

 

彼女の言葉が止まったのは、首元に刀の切先が向けられたからだ。

抜刀した誠音が、さっきを帯びた目で見つめていた。

 

「にゃにゃ…!?」

「質問に答えてもらおうか、猫又。お前と邪兎屋は一体何に巻き込まれた?茶化したらーーこの『機龍・赫』を心臓まで斬り下げることになるぞ?」

「あれは爆薬の輸送列車だと報道されてたよね?なのに、どうして治安局に偽装した奴らが乗ってるの?」

「猫又、僕たちのことを嵌めようとしてないか?」

「あたし…そ、その…」

 

猫又は全てを話した。

 

「これが真相…ニコたちはひとまず工事エリアで委任状を集めて、ヴィジョンの動向を探るって言ってた。そしてあたしの任務は、「パエトーン」に助けを求めることだった。ニコたちと別れたあと、あたしは一人でデッドエンドホロウを抜けて、あんたたちの店に来たんだ。嘘はついてない!ニコも、爆破エリアの住民たちも、絶体絶命の状況に置かれてるんだ!」

「意外だな……てっきり金の返済に困った邪兎屋が、俺らごと始末しようとしてんのかと」

「ニコってアンタらにどう思われてるんだ…?」

 

誠音が唸りながら、答えを捻り出す

 

「俺の師匠の、ジジイの刀を質に売ろうとした子悪人…?」

「うわぁ…」

「それでリードは、お前を列車から逃がして行き方知れず……」

「うん、彼の強さは僕も信頼してるけど…心配だね」

 

「心配する必要はねぇよ…アイツは"約束"を反故にしたまま散らねぇよ……」

 

 

 

数時間前、猫又が去った後の列車内部にて。

 

「血を見せな!!!トカゲぇぇぇ!!!」

 

両手に握った大鉈を、叩きつけるように振り下ろす。

その攻撃を躱し、リードは一気に懐へ潜り込む。

 

壬生道場にはこんな教えがある。

 

『示現流ーー最上段の刀の、初撃は避けろ』

 

それは幕末の京で、最も隊士たちの命を奪った太刀。

薩摩藩秘伝、二の太刀要らずの示現流だ。

 

目の前の男が示現流の名人とは、リードは思っていなかった。

どちらかと言えば、新エリー都という闇渦巻く街で生き抜くために独自に編み出したものであると。

 

必殺の初太刀を避け、二の太刀で斬る。

 

それこそが、この戦闘における唯一無二の勝利条件に見えたーー

 

 

 

 

 

 

ーーはず、だった。

 

「初太刀は躱す、って思ったぜぇ?」

『ーーっ!』

 

この大鉈の、総重量は通常のそれの十倍はある。

振り下ろされた大鉈は下方へと加速し、慣性の法則により剣の急停止はほぼ不可能。

 

だが、この男のーー全身に剣圧が満ちた肉体が、大鉈を急停止させ、上に斬りあげる。

 

曰く、『蜻蛉斬り・宙廻』

 

 

ゾンッッ!!!

 

 

大鉈がリードの胴体に触れーー胴体が二刀両断される前に、天井へ張り付いた。

 

『アンタ……流派は何流っすか?』

「お?我流だぜぇ…?人をぶち殺すのに、一番これが手っ取り早ぇだろぉ?」

『我流で、示現流のような太刀をーー化け物でゲスね』

「それにしても、何で一人で戦ってんだぁ?さっき居た猫のシリオンはどうした?」

『二人で倒したら儲けが減るでゲス。あっしは大儲けしたいんでゲスよ』

 

血が流れるが、思ったほどではない。

彼の服の隙間からは、鎖帷子が見えていた。

 

(鎖帷子…今の一撃でぶった斬られてやすね……鎖帷子(コレ)があるから死地に飛び込めたんですが、次の一太刀は生身でゲスね…)

 

「にしても…避けられたのは初めてだ。しかもその後すぐに、懐に入ってきたのも初めてだぜぇ?やるなぁトカゲぇ?」

『本当は、入った瞬間に逆袈裟かまして終わりだったゲスけど……』

 

男が再び、両腕を上へ伸ばし、大鉈を背中に隠すように構える。

リードもダーダオを逆手に構え、すぐにでも走り出せるように前傾姿勢をとる。

 

列車が大きく揺れ、両者は駆け出す。

 

男は疾く鉈を振り下ろし、リードは二剣で左右に斬り開きーーー

 

 

 

ズババババッ!!!

ザンッッ!!!

 

 

 

男の両腕、胴体、首筋から血飛沫が舞い、リードの肩に大鉈がめり込んでいた。

天井から、リードが床に落ちる。

 

「はっ……俺の勝ちだぁ!!」

『ーーーがっ!?!』

(……こりゃ、逃げが勝ちでゲスね)

 

リードは懐から小さな玉を取り出し、地面に叩きつける。

 

 

ボホォン!!!

 

 

その瞬間、凄まじい煙が列車内に溢れ、遅れて窓が割れる音がする。

 

「ーーっ。煙幕かぁ?ヒキョー者め……なら鬼ごっこと行くかぁ!?」

 

男が追いかけようとした瞬間、電話が鳴った。

 

「ちっ、なんだぁ?」

『私よ。地下鉄改修プロジェクトの爆破解体は、明日までに延期する。列車がルートを外れた影響ね…中で何が?"闇討ち十兵衛"?』

 

女は彼の通り名、知られている名前を呼ぶ。

 

「邪魔が入った。スカーフ巻いたボンプと、猫のシリオン、そしてダンダラ羽織を着たトカゲの小僧だ」

『………ダンダラ、壬生狼零番隊ね。厄介な連中が現れたわね…』

「ミブロ…数年前から、ホロウの内外で暴れまくる剣客集団か?」

『そうね……星見雅のような圧倒的な強さは持ってないけど、一番の強みは死を全く恐れてないってとこよ。特に組長の市川誠音…剣の冴えも剣才も、一目置くところだけれど……私の見るところ、彼は天性の喧嘩屋ーーーいや、天性の人斬りね』

「……やけにベタ褒めすんなぁ?もしかしてファンかぁ?」

 

電話の向こうから、クスクスと笑い声が聞こえる。

 

『いいえ?私じゃなく、司教がファンなのよ…』

「へっ…それよりどうする?こっちの人員は減っちまったぜ?俺としちゃ、あのトカゲを追いかけてぇんだが…」

『任務に集中しなさい。もし追いかけるのなら、住民を始末した後にして』

「ちっ、めんどくせぇ…」

 

十兵衛は舌打ちしながら傷口から流れる血を拭い取り、残った大鉈を担いで列車を降りた。

だが、住民たちのいるカンバス通りを目指すのではなく、リードの血の跡が続くホロウ深部へと足を進めた。

 

 

カンバス通り。

ヴィジョンによって外と隔絶され、数多くの住民を残したまま爆破されようとしている死地にて。

 

アンビーは住民の委任状を集めていた。

 

ニコは厄介ごとに巻き込まれたことを逆にチャンスと見て、ヴィジョン・コーポレーションから金を巻き上げるために、住民たちの訴訟代理人になるための委任状をかき集めていたのだ。

まぁ、商才豊かと褒めるべきか、単に金にがめついと言うべきか…

 

「それにしても遅いわね…」

『そんなに心配してくれたのかい?』

「この声は…プロキシ!」

 

アキラと猫又から、これまでの経緯と現在の状況を聞き、彼らはすぐさま脱出プランを立てる。

 

「いい?私たちは列車の奪取、アンタら壬生狼は安全なルートの確保と例の敵を対処して!」

「だとしても、ここに来る偽治安官たちはどうする?住民たちを守りながら戦うのはキツイーーー」

 

ドゴォォォン!!!!

 

すると、モールの壁を突き破りーー偽治安官が数名気絶した状態で転がってくる。

 

『セレッソ副長、周囲に多数の生命反応あり』

「あら、何で人が?」

 

そこには蒼烈とセレッソがいた。

どうやら偽治安官たちから逃げている間に、このカンバス通りまで来ていたようだ。

 

「お、セレッソ」

「マコさん…一体どう言う状況なの?」

 

かくかくしかじか…

 

「なるほど、つまり住民を避難させるために列車がいると」

「本陣にいる偽治安官の数はお前らが倒した30人含めて…大体50人以上か」

「それでリードは、お前らも見ていないのか…」

『うむ…』

「…とっくにやられてるかもな」

 

そう、ホロウの中で音信不通ということはもはや死亡と同意義。

彼の生存確率は絶望的だった。

 

「いや、アイツは生きてる。俺の知るアイツなら、どんな手を使っても生き延びる」

 

一人、誠音だけがリードの生存を信じていた。

 

◀︎

 

『はぁっ、はぁっ……』

 

リードは廃墟と化した駅構内の、小さな診療所跡にいた。

医療器具が置いてある棚から鎮痛剤を手探るように取り出して口に含む。

 

そして、マスクを外してタオルで歯を食いしばり、肩にめり込んでいた大鉈を意を決して引き抜く。

 

「ーーーーっっっ!!!」

 

肩は鎖骨ごとぱっくり斬られており、湧き出す血を抑えるために巻いた包帯がみるみる赤く染まる。

そんな彼は再び鎮痛剤と、止血剤を飲む。

 

リードは思案に耽っていた。

なぜ、あのようなバカな真似をしたのだろうと。

 

 

 

 

 

 

 

 

レイ・リードにとって、人とは金でしか動かない生き物であった。

 

防衛軍の兵士を父に持った彼は、旧都陥落で父を亡くした。

父親を亡くしたことで、母親が寝る間を惜しんで一人息子のために働いたが、無理が集って病に倒れてしまった。日に日に弱っていく母を救うために病院に行くも、多額の治療費を提示された。

五歳のリードは親族に頭を下げ、母の治療費を出してくれるよう頼み続けた。

 

防衛軍からの遺族支援は、手続きの不備を理由に支払われなかった。

この不支払いについて、とある指揮官が遺族支援の金を自らの懐へと入れていたことは、別の話。

 

旧都陥落による混乱によって薬品や治療器具の価格の高騰により、金額は天井知らずの鰻登りであった。

 

しかも、父の貯蓄を目当てに親族が家に押し寄せて、残っていた貯金を全て奪ってしまった。

 

つまり、自分たちの金を奪った張本人たちに、リードは頭を下げていたのだ。

 

だが、その願いを踏み躙るように全ての親族は嘲笑って追い出した。

 

それでも、少年は涙をこぼさず、頭を下げ続けた。

 

わずか五歳の少年にとって、母を救う方法は"ただ、人間の善意に縋る"ことだけ…故に頭を下げ続けることしか思い浮かばなかった。

 

 

金を集めるために、彼は出来うる全てをした。

 

物乞いやドブさらい、果てには危険なホロウにエーテル資源採掘など。

ホロウレイダーの治療から、侵食された腕や足を切り落とす仕事まで。

 

金が、金が必要だったのだ。

 

 

 

ドブさらいをしているリードを、面白おかしそうに見ているものがいた。

 

(けっひひひひ…!あんなに苦労して健気だねぇ?だけど〜?そのお金はぜ〜んぶ俺のキャバクラ代に消えるのよね〜!!)

 

そう、彼ら親族は血汗を流して働くリードの稼いだ金をこっそり搾取して、自分たちの遊興費に充てていたのだ。そのことを知らずに働くリードが、おかしくて仕方がなく、見下すことで自分たちの優位性を感じてそれも楽しんでいたのだ。

 

(さってと〜?これからも俺のキャバクラ代集め頑張ってね〜!!けっひひーードシュッ!!ーーあれれ?俺の体が?)

 

その救いようのない屑の首を、後ろから歩いてきた老人が刀で斬り飛ばした。

老人はドブさらいをするリードに声をかけた。

 

「おい坊主…金が欲しいか?」

「……欲しい」

「なら出してやる。その代わり、お前の親族の居所を教えろ」

 

老人が出してくれたお金のおかげで、母の薬を買うことができた。

だが、あと半年早ければ彼女の命を助けることができたであろう。

彼女の体を病気が蝕み、もはや助かる目処はなかった。

それでも母は薬の効果で穏やかな日々を過ごし、一週間後、眠るように息を引き取った。

 

父の墓の隣に穴を掘って、そこに母の墓を作った。

 

墓前で座っていたリードの前に、あの老人が現れた。

 

「亡くなったのか…残念だな」

「…………何で、僕に金をくれたんですか」

「お前の親族はゴミクズでな……旧都陥落をいいことに、保険金詐欺や医療詐欺まがいの悪行を総ぐるみでやってやがった。それに困った次期市長(上官のボンボン)が俺にゴミ掃除を依頼してきたんだ」

 

首を掻っ切る仕草をしながら、老人はリードを見やる。

 

「お前に渡した金は情報料だ。俺は奴らを皆殺しにして、お前は金を受け取った。金は返さなくてもーー」

「いえ、返しますっす」

 

老人ーー八神佩太郎は怪訝そうな顔をする。

 

「あの金、利子とか返金求められたら面倒です。だから、一生かかっても金を返済します」

「………………なら、うちに来い。一生分働いてもらうぞ」

 

この日から、彼は剣術を学びながらその傍ら医療も学び、その人生を懸けて金を集め続けた。

 

金さえあれば、母は死ななかった。

 

人は、金があれば幸せになれるのだ。

 

だから、金を集める。

 

 

 

 

金、金、金、金、金、金、金…

 

 

 

 

だったのに、何の見返りの補償なしの戦闘をしてしまった。

 

普段の自分なら速攻で猫又を見捨ててとんずらしているはずなのに、気づけば体が動いていた。

 

それに収入も不安定で、日々の生活が限界クラスなオンボロ道場で暮らしている。もっと頭を使えばもっともっと稼げるのに、何故こんな回りくどいことをしてしまっているのか。

 

(誰も死なせたくなかった…いや、自分のためでゲスね。あっしの目の前で死なれるのは、もう嫌なんでゲスよ。全く、守銭奴失格でやすねぇ…)

 

リードは懐からスキットル風の入れ物を取り出し、中から丸薬を三つ取り出して口に含む。

 

"通仙散"…通称"麻沸散"

 

彼自作の、痛みを和らげる麻酔効果をもつ丸薬を噛み砕きながら、彼は立ち上がって歩き出す。

 

(奴はあっしを追ってくる…なら、追いつかれる前に仲間と合流する。もしくはーーー)

 

遠くから、デッドエンドブッチャーの鳴き声が聞こえてくる。

 

リードは声がする方向へと足を進めていった。

 

 

「な、何者ーー敵襲だ!!」

「みんな、行くわよ!!一気にやっちゃいましょ!」

 

誠音たちは二手に別れていた。

邪兎屋たちが偽治安官たちの監視拠点にカチコミしている間、壬生狼零番隊は避難経路となるホロウ内部のエーテリアスを狩り始める。これで迅速にホロウを脱出できる。

 

一方、十兵衛は血の跡を追っていた。

 

「んん〜?」

 

だが、途中で違和感を覚えた。

 

(この血の跡、まるで傷口から血を拭い取って地面に塗ったみてぇな…罠か?)

 

これは罠である。

だが、彼はそのまま歩みを進める。

 

『ちょっとくらい躊躇してもいいと思うんでゲスがね?』

「へへ、飯を目の前にしたら我慢できねぇたちでな」

 

大きな駅のプラットフォーム、時刻を示す時計台の上にリードがいた。顔は土気色で、肩を抑えながら十兵衛を見下ろしていた。

 

「こいよヒキョー者、楽にしてやる」

『…そいつは困りやす。まだ今月の給料を貰ってないんでね』

 

リードは床に飛び降り、ダーダオを構える。

 

その時、遠くから爆発音が聞こえた。

 

 

 

「何だ、今の爆発?」

 

誠音は、音の鳴った方角を振り返った。が、目の前から来るエーテリアスの群れに向かって戦い続ける。空中に躍り出た三体を斬り上げ、目の前から向かってくるファールバウティとの間合いを一瞬で殺し、反応する前にコアを刺し潰す。

 

『うぉぉぉぉ…!!!!!』

 

蒼烈が持ち上げた双刃剣が、エーテリアスたちを叩き潰す。その背後ではハヤテが周囲のエーテリアスを殴り潰す。そして、セレッソが素早くエーテリアスの群れの中を駆け抜け、一つ、二つ、三つとエーテリアスを貫いていく。それでも尚、終わりの見えない戦いは続いていく。もうとっくに列車は来るはずなのに、まだ来ない。それでも彼らにできるのは彼らを信じて戦い続けるのみ。

 

獅子奮迅の戦いを繰り広げていても、体力の限界がくる。

 

ここにくるまでにデッドエンドブッチャーとの鍛錬、ホロウ内での多数のエーテリアスの討伐、そして終わりの見えない線路の安全確保で疲れ切ったハヤテに、アーマーハティが襲いかかる。

 

『gurrrrraaaaa!!!!』

「くそっーー」

 

腕を盾に首を守るも、その衝撃で腕の骨からボキッと音が響く。

弾き飛ばされたハヤテに追撃しようと、アーマーハティが飛びかかりーー

 

「伏せて!!!」

 

アーマーハティの背後から一点を突く。鎧に包まれた体を貫く剣、ボロボロに崩れていく身体の向こうで、セレッソは剣を鞘に収めた。ハヤテは言われた通りに伏せたが、先程まで頭があったとこに剣先が突き刺さっていた。

 

「っぶね……っっ!」

 

肝を冷やしながら立ち上がるも、腕の激痛が動きを妨げる。

 

「はぁ…列車は?」

「やべーー骨折れちまった。全然来ねぇ…何かあったのか?」

 

とりあえず、列車の通り道を確保することができたが、肝心の列車が来ない。

 

「変ね…いったんカンバス通りにーー「セレッソ〜!!」ーーニコ?」

「ごめん、列車は来れなくなったの」

 

説明するニコ。彼女の後ろには、アンビー、ビリーにイアスがいる。

どうやら監視拠点を制圧しパールマンを捕まえたのは良いものの、彼の部下が線路を爆破したため列車は通行不可能になってしまった。それに迫り来る追っ手から彼らを逃すために猫又がパールマンを人質に、新エリー都の爆破解体本部での交渉をしに行ってしまったとのこと。

 

「ってことは…もう猫又を止める方法はないのか?」

 

「もし仮にそうだとしても…住民の救助なんて大事、猫又ひとりに背負わせるわけにはいかない。ヴィジョンは人命を踏みにじるようなドクズなんだから、きっと一筋縄じゃいかないわ…でも列車に乗せるプランが失敗した今、どうやってエーテル適性のない住民たちを脱出させたらいいの……ああもう!一瞬で全員にエーテル適性を上げる方法があればいいのに!!」

「ニコ落ち着いて…」

 

憤慨するニコをよそに、イアスーーもといアキラは閃く。

 

『見方を変える必要があるかもしれない…『山もし我に来らずば、我山へ行くべし』という言葉を聞いたことはあるかい?』

「なるほど……アキラ、お前やっぱり冴えてるぜ!」

 

イアスの頭をゴシゴシと撫でるハヤテ。状況が掴めていないニコに、リンが説明する。

 

実は、カンバス通りと新エリー都、このふたつは直線距離で結ぶ分にはそう遠いわけではない。ただデッドエンドホロウの拡張で道が阻まれたから、時間をかけてホロウの中を通らなければならないのだ。実のところ、ホロウ自体を小さくしてしまえば、エーテル適性のない一般人でも列車なしで移動することが可能なのだ。

 

だがホロウの規模を効率的に縮小させたいのなら、低級エーテリアスをおよそ3000体倒さなくてはならない。もちろん、一部の巨大なエーテリアスのエーテル活性は標準的なエーテリアスの数千倍、またはそれ以上に達するのだ。それを避けるためにヴィジョンは爆破を計画したのだが、その爆破に必要なエーテル爆薬を巨大なエーテリアス退治に使わせてもらう。

 

『じゃ、ここからは二手に分かれよっか。お兄ちゃんはここに残ってイアスをお願い。セレッソたちとありったけの爆薬を列車に積んどいてくれる?』

『わかった。いいね、セレッソ』

「えぇ、いいわ。アンタたちもそれでーー待って、マコさんとハヤテは?」

『…実は先ほど"急用ができた。あとで合流する"と言って、二人は最深部へ』

「スゥーーーー………誠ォ音ォォォォ!!!!!!!

 

セレッソは深呼吸し、ここ最近で最も怒りを込めた渾身の叫びで件のバラガキの名前を叫んだ。

 

▶︎

 

一方、リードは血を流しながら地面に膝をついていた。

 

「その状態で、こんなに暴れやがって…大したもんだな」

『はぁっ、はぁっ……』

 

リードの左手に握ったダーダオは真ん中から折れ曲がり、右手に握ったダーダオも刃こぼれしてしまいもはや包丁以下の切れ味しかない。肩に巻いた包帯は赤黒く染まりきってしまった。戦闘で傷口が開き、たっぷりと血を吸った包帯と服によって全身が重い。肩につけていたショルダーアーマーは重さゆえに外したが、それでも体が重い。

 

『……労災が下りたら、5億ディニーを、連中からぶんどってやる…』

「ヒキョー者だと思いきや、金にがめつい守銭奴ってところか?なぁお前、取引しねぇか?」

『……取引…?』

「俺の任務は、スラムの連中どもをぶち殺したあとに関係者を皆殺しにして口封じすることだ。どうだ?こんなところで死にたくないだろ?ここから出て、黙っててくれりゃ俺から金やるよ」

 

十兵衛がリードの目の前で蹲み込み、彼の返答をニヤニヤしながら待っている。

リードは俯いたまま、目の前の男に問いかける。

 

『それを…やってーーアンタに何の徳があるでゲスか?』

「……俺の顧客は、かなり裕福な連中や犯罪組織なんだ。そいつらにお前を紹介すりゃ、俺は紹介料として金をたんまり貰える。特に一番の上客はーー」

 

ぐさりっと、リードの懐に隠し持っていた鉄針が、十兵衛の肩に刺さる。

そして尻尾を足に絡めて体勢を崩し、地面に組み伏せる。

 

「ーーっっ!!テメェ!!!」

『…なるほど……新エリー都の都市伝説ーー犯罪組織の一大兵力…その真偽の裏はとれやした。もうアンタに用はないでゲス…気づいてやしたか?ここにアンタを誘い込んで、何が目的だったか」

 

『GRRRRRAAAAAAA!!!』

 

天井を突き破り、巨大な怪物が現れる。

デッドエンドブッチャーだ。

 

「て、てめぇ…まさか、はなから俺をコイツの所に…!」

 

急いで距離を取ろうと足を動かそうとしーー

 

(なっ…!?コイツ、なんて力だ!?どこにそんな体力が残ってるんだ!!?)

 

十兵衛の体を掴み、逃げ出せないよう渾身の力を込めて踏み伏せ続ける。十兵衛は大鉈でリードの背中を斬りつけて隙を生み出そうとするも、リードは全く動かない。むしろ自分の腕を掴んでいた十兵衛の左腕にへし折れたダーダオを突き刺し、死んでも相討ちにするという覚悟がそこにあった。

 

デッドエンドブッチャーの足音が迫ってくる。

 

「ーーっ!相討ち狙いかぁ…!このヒキョー者がっ!!!」

(そうっすよ、あっしはヒキョー者で守銭奴……誠音さん、"約束"は守れなさそうっす…)

 

 

 

 

 

 

 

4年前、壬生道場の庭にて真剣の死合が行われていた。

 

「はぁっ、はぁっ……」

「……次で決めるぞ」

 

当時15歳だった誠音と、道場師範である佩太郎の死合だった。

腕から血を流し、震える手をぎゅっと握りしめて、上段・火の構えをとる誠音。その構えに対し、あえて何も構えない無型の構えをとる佩太郎。

 

戦況は佩太郎に傾いていた。

 

構えの精度、放たれる剣圧、そして刀の質の差。

 

誠音の握る刀は無銘の刀であるのに対し、廃太郎が握っているのは和泉守兼定。

 

龍尾剣

龍尾剣

 

同じ技を繰り出すにしても、武器の優劣で勝敗は決まる。

 

ギィン!!!

 

そして、誠音の刀が折れてしまいーーそれでも尚、折れた先端を握って二刀の構えをとる。

 

「健気っすね…もう勝敗ついてるでしょう?」

「黙って見てなさい、リード」

『うむ、これは武人の戦い。我らが口出しすべきではない』

「……"テロに参加させろ"って理由で死合してんのに…武人もクソもないでしょ」

 

発端は、佩太郎がこの道場を出てテロ活動に戻ると宣言したことだ。

 

ここでいうテロとは、エリー共和連邦の建国を認めたくないTOPSユニオンに対して喧嘩を売ること。実質的にエリー市を運営している複合企業体は、企業の手の届かない郊外で新たにエーテル産業を基にして都市を築き上げようとする共和連邦を敵視している。

 

新エリー都の発電方法…それは零号ホロウからエーテル資源を採取し、零号ホロウ内にある消極的エーテル貯蔵構造体ーー式輿の塔を通じて都市にエネルギーを供給する方法だ。

 

だが共和連邦は、郊外に点在する手付かずの小型・中型の共生ホロウからエーテル資源を採取し、新エリー都に依存することなく、むしろ安価な値段で新エリー都に電力を供給し、一財源を作り上げた。

 

それが面白くないのがTOPSの面々だ。

 

今から30年ほど前、共和連邦の初代総裁や幹部が集まった議事堂が爆破。

死傷者は多数に及び、リーダーを欠いた共和連邦は滅亡も危ぶまれた。

 

ところが共和連邦陸軍幕僚長の立場を捨て、遊撃隊"鎮魂旅団"を立ち上げたのが佩太郎である。

 

誠音は、自分も連れて行ってほしいと佩太郎に言った。

あの時の目は、新しい遊び場を教えられてウキウキする子供のようだった。決して誠音が自惚れているわけではないと分かっていた。この男は、自分が存分に咲ける場を求めているのだ。

 

だが、佩太郎は『だめだ』と一蹴した。

 

それにキレた誠音が真剣勝負を申し出て、佩太郎はその言葉を待ってたと言わんばかりに刀を抜いたのだ。*1

庭に面した縁側に座るリードは、隣に立っているセレッソと蒼烈を見ながら呟く。この死合を見ているのは彼ら3人だけではない。この壬生道場に在籍し、剣を研鑽する猛者が二名。固唾を飲んで見守っていた。

 

松の木の上に寝そべりながら、斬り合いをじっと観察するシカの角を生やした青年…

 

小柄で華奢な体格の、あどけなさの残る無邪気な笑顔を浮かべた少年…

 

目の前で繰り広げられる死合を、食い入るように見ていた。

 

結局この試合ーー虫の息となった誠音が平青眼で相討ちを狙ったことで、佩太郎の顔に傷を作るという結果に終わった。廃太郎は誠音を連れて行かず、師範代の職位を与え道場から姿を消してテロ活動に戻った。

シカのシリオンの青年はこの機会に道場を出て各地を放浪していたが、紆余曲折を経て鎮魂旅団に入団したとのこと。

少年は元々ここの正式な門下生では無かったため、気づいたら消えていた。

 

傷の手当てを終え、庭に植えられた桜の木を眺める誠音にリードは声をかけた。

 

「動くなって言ったんですがね…傷が開いたら追加料金請求しやすよ?」

「……リードお前、ガスマスクつけてる時と付けてない時で口調変わるの何で?」

「話聞いてくださいよ……気分によって変えてるっす」

 

リードが誠音の上半身に巻いた包帯を見る。

正面から袈裟斬りされ、重傷を負った。あれはマジで命を奪うはずの一撃だった。その攻撃をギリギリで、折れた刀と切先で挟むように衝撃を加えて、佩太郎の顔面に傷をつけた。だが、傷をつけられた直後に本気を出した佩太郎の一撃で道場の壁に弾き飛ばされたのだ。

 

正直、何で生きてるのかわからない状態だった。

 

「お前、何でジジイに着いて行かなかったんだよ。あのジジイがお前の才能を欲しがらねぇわけねぇし」

「……誘われるのを待ってたんですけど、なんかあの人から誘われなかっただけっすよ。一応言っときますけど、僕は出て行くつもりっよ。こんなオンボロ道場に残ったって、ディニー1枚も得しないじゃないっすか。元々学校近くのアパートからここに通ってますし、ここ駅からも遠いから時間の無駄なんすよ」

「そうか…じゃ、元気でな。風邪ひくなよ」

 

「ーー引き止めないんすか?」

 

「……リード、これだけは覚えとけ。このオンボロ道場で一緒に剣の腕を磨いて、一緒にジジイの悪夢みてぇなしごきに耐えて、同じ飯を食った…大事な家族だ」

「その家族が選んだ道を、黙って見送るのが家族ってもんだろ?」

 

家族、リードにとってはひどく懐かしいーー幸福を感じる言葉だった。

 

「……気が変わったっす。ここに残ります」

「ーーーーーえ、マジでか!??」

 

愕然とする誠音が、面白くて本音を隠して返答した。

 

「こういう弱小派閥に最初から所属してたら、いつか成り上がった時の実入りが多いってのが世の理ってもんっすから」

「たっく……計算高ぇのもそこまで行ったら大したもんだな」

 

その後、リードは壬生道場の古株として剣を振るうようになった。

金集めには貪欲で、金にならない依頼には消極的。そんな利己的なリードは誠音に叱咤されることが多かったものの、誠音はリードの本質を見抜いていた。

 

自分たちを捨て石にしようとする依頼主から金品を盗み、道場の水道や電気を止められた時にはさりげなく倉庫に防災グッズを補充し、悪質レビューを書かれないように救助した人間の処置を的確に行い、いざという時は偶然を装って仲間を庇ったりする。

 

リードが怪我をして帰ってきて、仲間の前では何事もないように振る舞っていたことがあった。

だが誠音だけはすぐに気づき、その夜に傷口を縫ってやったのだ。

 

「いっつ…!誠音さん下手くそっすね……!??」

「無茶しやがって……俺より先に散るなよ…"仲間を自分より先に散らすな"…これは、家族の約束だ。だから約束しろ、リード」

「…はいっす」

 

 

 

 

(参ったなぁ…誠音さん…アンタのせいっすよ)

 

 

 

 

 

 

(アンタのせいで、どんな大金よりもーー)

 

 

 

 

 

 

(家族との信頼の方が…それに応える方が何倍も幸福だってことに、気づいちまったんすよ…!)

 

 

デッドエンドブッチャーの足音が駅構内に響き渡り、巨大な影に覆われる。

 

必死にリードの拘束から逃れようとする十兵衛の大鉈が脚に食い込み、そこから生温かい血が溢れ出す。薄れゆく意識の中で、デッドエンドブッチャーの咆哮と十兵衛の怒号が聞こえてくる。

 

(誠音さん……僕は、家族のために散ることができて…幸せでした……!!)

 

リードは目を閉じ、自分たちを叩き潰そうと振り上げられた道路標識の斧の影が彼を覆いーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ガッキャァァァン!!!!

 

 

叩きつけられる寸前ーー斧が砕け散った。

 

点穿撃(うがち)

 

振り下ろされる斧ーーその斧を構成する緻密なエーテル結合を点穿撃で貫き、粉々に砕け散る。

摘むように力を込めた右腕を降ろしながら、デッドエンドブッチャーとの間に立ちはだかっていたハヤテが、リードに振り返る。

 

「リード…お前ーーカッコよかったぜ!!」

「ーーーハヤテ、くん…何で、ここに…?」

「匂いだよ…オメェから薬と血の匂いが漂ってきてな…」

 

その瞬間、十兵衛を押さえ込む力が緩んだ。

 

「っーー隙ありっ!!」

 

その隙を逃さずに両腕で大鉈を振り上げる十兵衛、だがその刃がリードに届く寸前ーー火花が散った。鍔迫り合いしながら、リードを俵担ぎする誠音がいた。

 

「何で、僕なんか……いや、僕みたいな自分勝手な守銭奴のために…助けに来たんすか…?」

「…約束を破らせるんじゃねぇよ…お前が先に散ったら、俺らは仲間を先に散らせたことになる…散る時は、一緒だぜ…?」

「ーー誠音…さん…!」

 

重傷のリードを、ゆっくりと床に降ろしながら目の前の敵に向かい合う。

大鉈を持った男ーー恐らく裏社会の掃除屋。

体勢を立て直すために自分たちから距離をとっているが、凄まじい剣圧を放っている。

そして最強のエーテリアスと呼ばれるデッドエンドブッチャー。

武器を無くしたところで、牙と爪を抜かれたライオンのように、その圧倒的な威圧感は消えない。

 

「萌葱色の髪、その碧い目…ミブロの市川誠音だなぁ?」

「……その得物ーーヤヌス区で治安官三名惨殺した下手人か?たしか…十兵衛?であってるか?」

「はは、あんな雑魚どもを殺しただけで名が広まるとはな…オメェを殺ればもっと名が上がるかぁ?」

「……知らねぇよ」

 

この会話の間にも、デッドエンドブッチャーは二人に向かって歩き始めていた。

 

「ハヤテ、リードを連れてホロウを脱出しろ」

「了解…リード、行くぞ!」

「ーーーー誠音、さん…"約束"、守ってくださいっすよ…」

「…あぁ、約束だ」

 

ハヤテはリードを抱き上げ、先ほど走ってきた道を走っていく。デッドエンドブッチャーは背を向けた二人をすぐに追おうとするも、誠音から放たれる剣圧に足を止める。

 

十兵衛の剣圧が激しいと評されるものであるなら、誠音の剣圧ーー茂みから現れた狼が放つ、凪ように静かに、それでいて対峙するものには嵐のように容赦なく襲いかかるという殺気を幻視するほどのものである。*2

 

『GRRRRRR!!!!』

「殿のつもりかぁ?この状況が分かってんのか?」

 

躙り寄る両者だが、誠音は笑みを浮かべる。

 

「いや、ここに来てんのは…俺らだけじゃねぇ…」

「食らいなさい!!!」

 

瞬間、デッドエンドブッチャーの巨体が紫色の球体に覆われる。

撃ったのは我らがニコの親分。

すぐさまアンビーが電流迸る鉈でその巨体を斬りつけ、ビリーが二丁拳銃で援護する。

 

「デッドエンドブッチャーは任せろ!!!お前はそいつを!!」

「サンキューだ、ビリー。あとでスターライトナイトグッズ抽選に協力してやんよ」

「マジか!!サンキューだぜ!!」

「ビリー、集中して」

 

助太刀し、デッドエンドブッチャーと戦いながら列車の線路へ誘導する三人。

誠音は十兵衛に対し、中段の構えをとる。

 

「さぁ…とことん咲こうぜ」

「へっ…一撃で死にな!!」

 

斬りかかる十兵衛、誠音も十兵衛の急所を狙って刺突。

だが両者はその寸前に刀を持ち直して鍔迫り合い、そして両者がすれ違いざまに斬りつける。

誠音の肩から赤い血がたらっと滴り落ちる。

 

「ーーにひっ!」

「…何ニヤついてんだテメェ」

 

ニヤついていた十兵衛の腕から、温かい血が溢れ出す。

 

あのすれ違い様の刹那に、十兵衛は誠音の肩目掛けて大鉈を振り下ろした。その刃が肩の薄皮を斬る瞬間に身を引き、大鉈を持つ腕に刀の刃を滑らせ、傷をつけた。

 

「おっ……いいぜぇ!!最高だぜアンタは!!!」

 

十兵衛が跳躍し、全身を弓のようにしならせて大鉈を振り下ろす。まともに受け止めれば、刀がへし折れるだろう。大鉈を握りしめた左手の、母指球に刀の柄頭で腕ごと押し上げて軌道を変え、大鉈が誠音の髪の毛が数本、ハラリと散るだけとなった。

 

刀を逆手に持ち替え、十兵衛の腹部に剣光が迸る。

血の飛沫が舞い、床が赤く染まる。

 

「リードが世話になったみてぇだからな…本気(マジ)だぜ?今日の俺は」

「はっ…ははは!!!その殺気、その剣…相手にとって不足なしーー俺も本気で、殺す…!」

 

腹部の傷を抑えるのをやめ、十兵衛が大鉈を構える。

 

抜・即・斬

 

野太刀示現流の極意は、初太刀で敵を仕留める居合抜きにある。

 

「死に晒せぇぇ!!!!」

 

眼前に迫った大鉈を、誠音は身を退くことで回避し、攻撃を避けーー

大きく振りかぶった大鉈を、手の内で回転させながら再び誠音の首目掛けて振り下ろす。

 

間合いに入った回転する大鉈が二つ、誠音に迫る。

 

蜻蛉斬り・回宙

 

「俺の勝ちだぁ!!!」

「……」

 

大鉈の刃が、誠音の首に迫りーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

フッと、誠音の姿が消えた。

 

気づけば、誠音は目の前ーー間合いの内側に立っていた。

 

虚狼

(なっ!?いつの間にーーー)

 

急いで頭上から大鉈を振りかぶろうとしたその瞬間、勝負は決した。

 

十兵衛の誤算は、誠音の覚悟。

 

"仲間を自分より先に散らすな"

 

リードと結んだ約束、その約束を全うするという覚悟。

 

そして、天然理心流の極意。

 

 

"己が死すとも、相手を斃す"

 

下から上に、下腹に突き刺した剣先で喉元まで斬りあげる。

 

相討ち覚悟の捨て身型7手『陰撓』

天然理心流・龍尾剣

 

喉から赤い血が迸る。床に溜まった赤い水溜りに跪く十兵衛、だがその顔には歓喜が浮かんでいた。誠音には分かっていた。それは全力で強い奴と戦えたことへの、達成感からくる笑みであると。刀についた血を払い落としながら、チャプチャプと血の水溜りに足を入れる。

 

「はは…強いな……楽しかったぜ…」

「待て、最期に話してもらうぞ。お前の雇い主は誰だ」

「ーーーははっ。言うわけねぇだろ…この業界、雇い主をバラすやつは速攻で処される。命惜しさに、情報を吐く雑魚共と、同じにして欲しくねぇぜ…さあ!殺しな!!!」

「生き恥晒すより、潔く散るーーーお前のことは忘れねぇ」

 

首を差し出した十兵衛が目を閉じる。

誠音は刀を最上段に構え、振り下ろした。

 

 

ザシュッ!!

 

 

「速報!速報です!ーーあの『ヴィジョン・コーポレーション』に重大な人命軽視が発覚しました!情報を受け、本局の記者は治安局の部隊の後に続いて、デットエンドホロウ入口付近の爆破解体本部に駆け付けました。現在、治安部隊は現場を封鎖しており、治安局を装った不審者を多数確保したとのことです!」

 

その数十分後、爆破解体本部には本物の治安局と白祇重工が押し寄せていた。ホロウ外で別行動をとっていたジョンが独自の伝手で治安局に情報を流し、ニコがホロウを出てすぐに白祇重工に連絡したことでメディアを多く集めてもらったのだ。

 

さすがは競合他社、行動が早い。

 

そしてパエトーンたちは、ベソをかく猫又を連れて近くの食べ放題に行くことに決めた。猫又は邪兎屋をデッドエンドホロウに誘導して彼らを"不慮の事故"に遭わせようとしていたが、どうやら和解したようだ。

 

誠音は、ホロウを出たハヤテとリードを追うために、パエトーンたちとは別の出口からホロウ外へと出た。すると携帯から着信音が…電話の相手はジョンであった。

 

『もしもし…?あ、やっと繋がった…こっちは大変だったんですよ?治安局の妹に情報提供した後に、別の方法で匿名の情報を提供して…』

「こっちも大変だったんだよ…セレッソたちと連絡は?」

『あー、一足先にホロウを出て、その後にハヤテくんと合流して…リードくんを病院まで運んだそうです。彼重傷ですよ?全治三か月じゃないですかね…』

「そういや、ツイッギーは?あいつ昨日の夜から見てねぇんだが」

『…猫又さんからの依頼の前に、冷蔵庫開けっ放しになってたって報告したでしょう?アレの原因が彼女でした。どうやらオーバーヒートした義手を冷やしたかったらしく…近くの401にいたのを連れ戻してきました。今は私と一緒に残党狩りに勤しんでいます』

「……んで?首謀者には逃げられたのか?」

『どうでしょうね…波止場に逃げた一団をツイッギーさんとボコしてみたんですが……これもダミーでしたね。こいつらの言う『サラ長官』は別の方法で逃げたようです』

 

そう、今回の主犯はパールマンだけではない。秘書の皮をかぶって、偽治安官たちに指示をしていたあの女…サラ。彼女とはまた一波乱ある気がする。

 

「…面白くなってきそうだ」

 

誠音は、遠くなっていくサイレンの音を聞きながら、ニヤリと笑った。

*1
リードは刀を抜いた佩太郎の口がニヤついていたことから、ただ誠音と喧嘩がしたかっただけではないかと睨んでいる。現在もそう思っている。

*2
因みにだが、星見雅の剣圧というのは果てしなく"力強く"、雷光の様に"疾く"、巨大な山のように"巨大"である。




猫の落とし物編はこれにて終了。数話ほど間話を書いたら、オリジナルエピソードを書こうかなと考えています。いつになるかは未定です。
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