斎藤との情報共有が終わった後、彼は会釈をしてそのまま住問班の部屋を出ていった。俺と春野だけが事務室に残っている。これで全ての業務が完了したと言っていいだろう。犯人が逮捕され、俺らのやることも終わっている。
「あ」
春野が声を上げた。
「どうした?」
「斎藤さんに聞くの忘れてました。このブローチ、どうするのか」
そういえばそうだ。二週間も徹夜して探し回ったブローチの処遇を、肝心の依頼主に確認していない。
「今さら聞くか?」
「聞きます?」
俺たちは顔を見合わせた。斎藤に聞かなくても分かる。
「いい感じに戻しといて、ですかね」
「だろうな」
俺はデスクの上にブローチを置いた。青い小鳥の装飾が施された、小さなアクセサリー。昨日の夜は発光しだしたり、青白い手となんかしらの関係がありそうだったりととんでもないものに見えていた。今は何の変哲もないプラスチックの塊にしか見えない。
それでいい。そうでないと困る。馬鹿な話だ。体を通り抜けた得体の知れないものを、暖かいと思った。銀河を見て笑い、腕を溶かされながら綺麗だと言った。俺は疲れていて、怖くて、正常な判断ができていなかった。それだけのことだ。
「これ、どうします?」
春野が椅子に座りながら聞いた。何も考えずに口から言葉が出た。
「光崎に返す」
「え?」
春野が目を丸くしていた。俺も自分の言動に少し驚いていた。が、理屈は通っているだろう。遺品だ。証拠品としての価値はゼロ。俺たちが保管する意味がない。遺族に返却することなど、何もおかしくない。
「でも北島さん」
春野の声が、さっきまでと違った焦った声。冗談を言う前の声じゃない。
「昨日の黒いやつ。ブローチがなかったら——」
春野が言いかけて、止まった。首の痣を無意識に触っている。
「僕たち、終わっていたかもしれませんよ」
それは昨日の夜、踏切の前で春野が言いかけてやめた言葉の続きだったのかもしれない。
「……大丈夫だ」
俺は言った。根拠はない。
「大丈夫って、何がですか」
「全部だ」
「全部って——」
「そもそもな、春野」
俺はブローチを手に取った。プラスチックの、ただの温度。冷たくもなく、熱くもない。それ以上のものは感じない。感じていない。
「昨日のあれが、このブローチのおかげで助かったって確証がない」
「ありますよ。光った直後にあの青白い手が出たじゃないですか」
「ブローチが光ったのと、青い手が出てきたのが同時だったとして、関係があるかは分からんだろ。たまたまタイミングが重なっただけかもしれん」
「たまたま? あの状況で?」
「それに、仮に関係があったとしよう。だとすると、俺たちの首を絞めたのもブローチのせいだ」
春野が黙った。
「助けてくれたかもしれないが、殺しかけてもきた。差し引きゼロだ」
「ゼロでは——」
「差し引きゼロのお守りを税金で管理するのは無駄だろ。公務員は効率を求められる」
屁理屈だった。自分でも分かっている。だが、理屈は通る。通っているように聞こえる。それでいいだろう。
「それに、気持ち悪いだろ。あの手」
昨日の光景を思い出す。無数の青白い手。細くて、白くて、冷たそうで。俺たちの首を絞めながら、同時に守ってくれた。人間の手じゃない。数が多すぎる。
「あれ? 昨日の帰り道ではそんなに嫌ではなさそうだったのに」
春野が首を傾げる。正直な話、そうなんだ。ブローチを持っていても嫌な感じではないが、光崎に返却しておきたい。
「首を絞めてくる女なんて近くに置いておきたくないだろ」
「確かに首は絞められましたけど、よくよく考えたら僕はきれいだと思いましたよ。青白くて透明で。もし付き合ってくれるなら、考えてあげてもいいですね」
「……お前、幽霊の手と付き合うのか?」
「幽霊かどうかは分かりませんけど、きれいな手だったじゃないですか」
「俺は生きてる女の手の方が好きだな。温かくて柔らかい方がいい」
「北島さんって、そういうの気にするタイプなんですね」
春野が真顔で言った。
「でも、四十五歳独身って考えると、青白い手でも選択肢に入れた方が良くないですか?」
「……お前、殴っていいか?」
「え? 何でですか?」
春野は本気で分かっていないようだった。
「あ、でも幽霊って戸籍ないから結婚できないですね」
「もういい」
「でも、持ってた方が安全だと思うんですけど」
春野がもう一度言った。俺はブローチを見つめた。八歳の娘が、母親に贈ったもの。小遣いを貯めて買ったんだろう。青い小鳥。安っぽい作りだが、丁寧に扱われているのだろう。大事にされていたのが分かる。
「遺族のものだろ」
俺はブローチを胸ポケットにしまった。
「持ってる理由がない。倉庫に戻す理由も」
「光崎さんに返したら、僕たち死んじゃうかも。また何か来ても」
「その時はその時だ」
俺は肩をすくめた。
「お前がピーポ君で戦ってくれるんだろ?」
「僕、一瞬で首絞められたんですけど。ピーポ君投げつける暇もなかったですよ」
「じゃあ鍛えとけ」
「ピーポ君をですか?」
「お前の腕をだ」
俺たちは事務室を出た。光崎宅を目指す。春野もふらふらと後ろをついてきた。車に乗り込む。相棒はいつも通り、助手席に座った。俺が運転する。青白い手に首を絞められたショックで、社会常識がインストールされてくれていれば良かったんだがな。上司に運転させるんじゃないよ。
光崎宅までは車で十五分ほどだった。春野は助手席で何か考え込んでいる様子だったが、何も言わなかった。俺も何も言わなかった。言うことがなかった。また、見覚えのある住宅街。前はあまり来たくないと思っていたが、目的があると気持ちも変わるものだ。スイスイと車を走らせ、目的地に到着した。光崎宅に着くと、迷わずインターフォンを押した。すぐに応答があり、玄関が開いた。
「北島さん、春野さん。どうされましたか」
「突然押しかけて申し訳ない。お返ししたいものがありまして」
社交辞令も必要ないだろう。俺はすぐに胸ポケットからブローチを取り出した。光崎の視線がブローチに固定された。
数秒、何も起きなかった。光崎は微動だにしない。まるで時間が止まったように、青い小鳥を見つめている。
「……どこで」
声が掠れていた。
「清水刑事が保管していました。事件現場から」
俺は淡々と説明した。
「あなたに返したいと言っていたそうです」
嘘だ。そんなことは俺も知らない。だが、清水の顔を立てるという意味と、家族を失った男へのほんの少しの
光崎の手が伸びてきた。ゆっくりと、確かめるように。指先がブローチに触れた瞬間、光崎の肩が震えた。両手でブローチを包み込む。目を閉じる。そのまま動かない。
俺と春野は黙って待った。
一分。二分。
光崎は目を閉じたまま、何かを聴いているような顔をしていた。遠くの音に耳を澄ませるような、あるいは、もう聞こえないはずの声を探しているような。
やがて、光崎の目から涙が零れた。声は出さなかった。ただ静かに、涙だけが頬を伝っていく。
「……ありがとう、ございます」
光崎がようやく口を開いた。声は震えていたが、表情は穏やかだった。
「清水さんに……感謝を」
「お気持ちは伝わると思いますよ」
俺は言った。死者に思いが伝わるかは分からんが、そうでも思っていないとやってられないかもな。光崎は俺の言葉に頷いた。それから、ブローチを胸に押し当てた。
「少し——」
光崎が顔を上げた。目が赤い。
「聞いていただきたいことが」
光崎の喉が動いた。飲み込むような動作。でも、飲み込めなかったらしい。目が泳いでいる。何かを探している目だった。言葉を探している、というのとは少し違う。もっと遠くの、手が届かない場所にあるものを探しているような。
「……最近の事件のことなんです」
光崎が言った。
「裁判官の。それから権藤さんの」
「ええ」
「あれは——」
光崎が止まった。唇が震えている。五秒。十秒。長い沈黙だった。光崎はブローチを手で包みこんで、それから手の中で遊ばせて。
「私が」
声が掠れた。
「私のせい、なんです」
最後の方は、ほとんど聞こえなかった。話が明確ではない、主語がないのか。何を言いたいのかは分からんが、混乱しているのだろう。
「え?」
春野が身を乗り出した。
「光崎さん、今なんて」
「法条さんも。熊沢さんも私が——」
光崎の口が動いていた。でも、声が詰まっている。自分の両手を見ていた。掌を上に向けて、ブローチ見つめている。勇気が出ないのだろうか。
「熊沢さんの……ご両親が」
「え?」
「ついさっき、テレビで。インタビューに答えていて」
俺は黙った。権藤昇を殺した熊沢剛の両親。地方の小さな雑貨店。「大変だけど、息子がこんなこと考えてたなんて」——斎藤が言っていたのはそんな内容だった気がする。
「お母さんが、泣いていて」
光崎の声が震えている。
「すみません。すみません、って」
息子が殺人を犯した、その母親が頭を下げている映像なのだろう。マスコミが殺到して、インタビューをして。大量のカメラの前で頭を下げたのが容易に想像できる。
「法条さんの事務所の。前の、事務員さんも」
順序がめちゃくちゃだった。光崎は時系列を追っていない。自分の中に溜まったものが、蓋を外した順に漏れている。
「いい人だったんです、って。まさかこんなこと、って」
光崎が息を吸った。浅い、短い呼吸。
「私は……あの人たちを知らないんです。会ったこともない。顔も」
光崎の言っていることは色々とおかしい。自分のせいで事件が起きたと言いたいようだが、犯人と接点がないと主張している。
数秒、光崎の呼吸が止まった。緊張からなのか、上手く呼吸が出来ていないようだ。それから、深く息を吸った。長く吐いた。吐息が震えている。
「……すみません」
光崎がまた目を拭った。もう泣いてはいなかった。目を拭う動作だけが残っている。癖になっているのか。春野が口を開きかけた。俺は目で制した。待て。
「清水さんのことは、あの人は私たちのために」
光崎がブローチを握った。関節が白くなるほど強く。
「でも私は、その後も、やめられなかったんです」
光崎のしどろもどろの供述にしびれを切らしたのか、春野が身を乗り出して質問をした。
「やめられないって何をですか?」
光崎は春野を見なかった。自分の手を見たまま、口を開いた。
「法条さんも。熊沢さんも私が——」
光崎の口が動いた。
「私が殺させたんです」
「殺させたって……どうやって? 面識ないんですよね?」
春野が訊いた。確かにその通りだ。だが、光崎は答えれない。口を開いて、閉じた。もう一度開いた。自分でも説明できないのか、説明する言葉を持っていないのか。
俺は黙って見ていた。光崎はもう、自分の考えを言葉に出来ない。ならばこちらが推測して、手助けしてやる必要があるだろう。今までの俺らが持っている情報を手繰り寄せるしかない。
前にやった聞き込み調査である男が言っていたな。都市伝説の投稿を見た妻や近所の人が怒りっぽくなると。そして
斎藤から聞いた時は、それ以上踏み込まなかった。感化されただけ。しかし、その「だけ」が、事件全体を貫いている。
「投稿か」
俺は言った。光崎の肩が動いた。
光崎一家殺人事件。三年前の事件の詳細を書いた投稿が、ネット上に書き込まれている話題の都市伝説。アカウントは現れては消え、消えては現れる。
「あれは、あんたが書いていたのか」
光崎が頷いた。小さく。さっきの光崎の発言は「私が殺させた」と言っていたな。都市伝説の投稿を見た人間が攻撃的になるという話もあった。ということはこれを使って殺人教唆をしていたということか? まさかな、そんな馬鹿なことが。そんなことが出来るのであれば、黒魔術じゃないか。
「あれを読んだ人間を操れる、なんてな」
光崎は少し悩んだ顔をして、また頷いた。なんということだ。おそらくこの推理の大部分は合っているということなのだろう。いつもの俺なら、こんな馬鹿げた話。小馬鹿にして、無視するのだが。だが、黒い影や青白い手の存在がその気持ちを押しつぶしてくる。だから、この話を軽んじることが出来ない。
「それってお金くれって書いたら、見た人からお金もらえるんですか?」
春野が言った。確かに気になるところだ。操れる、そんな馬鹿げた力がどこまで通用するのか。その内容が気になる。
「……分かりません」
光崎が首を振った。
「自分でも、どこまでが私のせいで、どこからがあの人たち自身の——」
ふむ、判断が難しい。光崎の言い分としては自分でコントロールできないものらしい。俺は少しだけ、この段階では光崎の言っていることを疑っている。ただの妄言、精神がおかしくなっているだけという可能性が捨てきれない。
だが待て。コンビニの前。光崎が震える声で言っていた。位牌の前に何かがいた。人のような、でも人じゃない。死んだ家族の声が聞こえたと。
あの時は、光崎は極度のストレスが引き起こした幻覚を見ていたのだと処理した。そう言って、光崎を帰した。
そして昨日、俺たちも見た。黒い影が襲ってきて、ブローチが光って、青白い手が現れた。あれを幻覚と呼ぶには、俺等の首に残った痣が生々しすぎる。
「光崎さん、前に言ってましたよね。位牌の前に、何かがいたと」
光崎の目が見開かれた。覚えていると思わなかったのだろう。あるいは、あの話を酔狂で済まされなかったことに驚いたのか。
春野が俺と光崎を交互に見ている。知らない話だ。当然だろう。あの夜は俺と光崎の二人だった。
「……はい」
光崎の声が掠れた。
「あれと、関係があるってことですか。今の話は」
光崎はしばらく黙っていた。ブローチを握る手が震えている。
「あの夜に会ったものから——力を、受け取りました」
力。光崎はそう言った。
「私の言葉が、人に作用する。そういう力です。細かいところは私も分かっていなくて。自分でも止められない」
声が途切れた。都市伝説の投稿の話だろう。書いた言葉が、読んだ人間に作用する。そういうことか。
「それって」
春野が言った。俺と光崎を見て、それからブローチを見た。
「魔術みたいですね」
「……そう呼ぶのが、一番近いと思います」
光崎が首を振った。
「でも、光崎さん」
春野が首を傾げた。
「それ、やめればいいんじゃないですか? 書き込まなければ、誰も死なないですよね」
光崎は答えなかった。ブローチを手に取った。握りしめた。目を閉じた。
十秒。二十秒。
俺は待った。春野も、珍しく黙って待った。
三十秒。
「……やめようとしたことがあります」
光崎の声が、さっきまでと違った。平坦さが消えていた。代わりに、何かが滲んでいた。
「三ヶ月くらい。何も書かなかった」
「それで?」
「美咲が、朝、いつも——」
光崎の声が詰まった。
「いつも……何か……作ってくれて……」
その先が出てこなかった。光崎は自分の言葉を待っているようだった。口が開いたまま、数秒。
「何を作っていたのか。確信を持って……思い出せないんです」
声が小さくなっていた。
「でも、ニュースになると」
声が震えている。
「ネットやテレビで、家族の名前が出ると。一瞬だけ」
光崎が息を吸った。何かを言いかけて、首を振った。
「最近は、それも……駄目になってきて」
俺は何も言わなかった。光崎の右手を見ていた。ブローチを握る指が、白い。こいつは妻と娘を殺した
「光崎さん」
春野が言った。間があった。春野は光崎を見ていた。こいつにしては珍しく、言い淀んでいる。
「人が死んでますよね。それでもその、魔術はやめられないんですか」
光崎は答えなかった。答えないまま、光崎はブローチを見つめていた。表情が消えていた。のっぺらぼうみたいだ、と俺は思った。
「……はい」
五秒くらいの沈黙の後で、光崎が言った。
「もう、やめられないです」
声は静かだった。俺は周囲に目線を外した。どうにも出来ないだろう。荒唐無稽な話ではある。俺と春野くらいしか信じるやつもいないだろう。
「北島さん」
春野が小声で言った。何か言いたそうな顔をしている。俺は首を振った。もう、これ以上はどうにも出来ない。
「それでは、今度こそ失礼します」
俺は頭を下げた。
「え、帰るんですか?」
春野が意外そうな顔をした。
「もっと聞かないんですか?」
「お前、まだ聞きたいことあるのか」
「ありますよ」
春野が指を折り始めた。
「発動条件。効果範囲。英語で書いたらどうなるか。あ、僕英語苦手なんですけど」
「それ全部聞いてどうすんだ」
「知りたいじゃないですか! 魔術なんてそんなものが実在していたなんて! こんな面白いこと人生にはなかなか——」
俺はすぐさま春野を黙らせるためにヘッドロックをした。北島さん痛い痛い、と喚いているが面白半分に仕事をする若造にはこれくらいやってもいいだろう。
「あの、投稿だけじゃなくて——」
「すみませんね、こいつが」
俺は光崎に会釈した。ウキウキの春野を黙らせるのに必死で、光崎の言葉を遮ってしまった。光崎が何か言いかけていたのをもう一度促す。
「で、何でしたっけ。投稿がどうとか」
「……いえ。大したことではないので」
光崎は俯いたまま、続けた。
「北島さん」
「はい」
「私は……逮捕されないんですか?」
「されたいんですか?」
光崎は答えなかった。
「裁判で魔術の効果を立証出来ないんでね。それに、魔法使いを逮捕したってニュース、見たことあります?」
光崎が顔を上げた。
「今は令和ですからね。魔女狩りなんて流行らないんですよ」
光崎の口元が動いた。笑ったのかどうか、分からなかった。
「俺たちにできることは、何もありません。公務員は法令主義なんで」
「……そうですよね」
「ええ」
俺は続けた。
「捕まりたかったら、人でも殺すのがおすすめですよ。自分の手で」
俺のヘッドロックから抜け出した春野が「北島さん」と小声で言った。さすがに引いている。しまった、言い過ぎだ。魔術云々などというふざけた話だったから、つい調子に乗ってしまった。光崎の表情を窺う。家族を殺された男に、殺人を勧めるような冗談。怒られても文句は言えない。
光崎は黙っていた。
数秒の沈黙。
「……ありがとうございます」
光崎が頷いた。何に対する礼なのか、俺には分からなかった。
光崎宅を出た。門を閉める時、光崎がまだ玄関に立っているのが見えた。ブローチを胸に当てて、こちらを見ている。俺は軽く会釈して、歩き出した。夕日が沈みかけている。
「北島さんに初めて暴力振るわれましたよ!」
「仲良くなったな、俺ら」
「昭和の友情すぎますって、今は令和ですよ!」
遺族が頑張って、話をしてくれているんだから面白半分に聞くのは良くないだろ。どうせいつもの流れで失礼なことを言うのが目に見えていた。警視庁捜査一課に対してもやった前科者だからな、お前は。優しさってやつだ。教育的指導。愛ゆえの痛み。いつか感謝するだろう。今すぐ感謝してもいいぞ。
「ところで北島さん」
春野が歩きながら言った。
「信じてるんですか? 魔術の話」
「さあな」
俺は曖昧に答えた。
「俺たちも襲われたからな。何かあるのは確かだろ」
「ですよね」
春野が頷いた。
「でも、どうしようもないですよね」
「ああ」
「逮捕できないし、証拠もないし」
「そうだな」
「じゃあ、終わりですね」
春野があっさり言った。終わりだ。俺たちにできることは何もない。光崎を止める手段がない。なのに、胸の奥に何かが引っかかっている。
「そういえば、北島さん」
春野が言った。
「光崎さん、最後なんか変じゃなかったですか」
「……さあな」
俺は答えた。変だったかもしれない。でも、それを追及する理由も、権限も、俺たちにはない。
夕日が沈んでいく。長い一日だった。