とうとうこの村を旅立つ予定の安息日がやって来た。
安息日は村の誰も仕事をしない日である為、元々俺も安息日だけは休日として一人の自由時間を過ごし普段できない洗濯や掃除といった雑事をこなしていた。
村の子供達も各々の家で家族と過ごしたり子供達で遊んだりしており、今日はカチュアも友達と遊ぶ約束があるらしく、午前中から姿が見えない。
今日も誰にも邪魔されず洗濯と掃除をすることが出来るが、今日はいつもとは違い旅立つ為の最後の作業となる、立つ鳥跡を濁さず、だ。
住み慣れた物置小屋を片付け、ここに来た時から左程増えもしていない荷物をまとめてもそんなに時間はかからなかった。
俺がこの日にこの村を出て行くことは村長を通じて村の大人たちには伝わっている。
しかし子供達には内緒にいていた、懐いてくれている子供たちに行かないでくれと言われでもしたら、折角決心した思いが揺らいでしまいそうだったから。
出発は夜になってからと決めていたのでそれまでに一番大事な要件を済ませなければならない、俺はその足で村長の家へと向かった。
途中、不思議と子供達との誰とも会わなかったのは幸いだった。
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「ついにこの日が来てしまいましたな・・・。」
村長がしみじみとそう呟いた、隣の奥さんもうつむき加減だ。
「行く当てのない俺を置いて下さり、本当にありがとうございました。」
俺はそう返した、これは社交辞令ではなく本当に心からそう思った。
ここに滞在できないまま街へ向かっていたら、おそらく入り口で不審者として扱われていただろうことは街に行った際に実感したからだ。
俺の言葉に村長は『何を言われるか。』と続ける。
「農作業も随分と捗りましたし、何より子供達の事は感謝しかありません。」
子供たちが皆見違える様に明るく逞しくなったのは先生のお陰でなんとお礼を言ったら良いか、なにか先生にお礼が出来ればよいのですが・・・と村長は言う。
「でしたら一つお願いがあるのですが。」
「おお、私たちに出来る事なら何でも仰ってください。」
村長が嬉しそうにそう言ってくれた、俺は用意していた革袋を荷物から取り出してテーブルの上に置いて云う。
「これで子供たちを街の学校へ行かせてあげて下さい。」
「!こ、これは・・・・金貨!?こんなに沢山?」
「350枚あります、皆を学校の宿舎にも入れる事も出来るでしょう。」
俺は街で貰って来た学校の入学案内の用紙をテーブルに置いた。
俺がこの村で子供たちに教えられることはもう無いのと、これ以上は学校でキチンと勉強して世の中の事を学んだ方が良いだろうという事を説明した。
「・・・先生、あなた本当に子供たちの事を・・・。」
「・・・先生・・・。」
村長も奥さんも涙で言葉を詰まらせた。
「邪神の復活が迫っている現状、将来に不安もあるでしょうが・・・。」
こちらの世界に来て人々の表情がどこか暗いと思っていたが、その原因は将来への不安だったであろうことは最近の出来事でようやく理解できた。
村を襲った盗賊団たちでさえ邪神の復活を恐れ、それに備えるために犯罪に手を染めていたと言う事実が目の前に突きつけられたばかりだ。
この世界の人々みな多かれ少なかれ邪神の復活に不安を抱いているのだ。
俺が邪神への対抗手段の一つとしてこちらの世界へ呼ばれたと云うのなら、その可能性があるのなら、俺は子供たちの未来のために俺が出来る事をやるだけだ。
その事実と詳細は村長たちには言えないが、子供達も未来を、『俺』を、信じて将来の為に努力をして欲しいとの思いを伝えた。
「・・・解りました、私たちも先生と未来を信じて生きる事を約束します。」
子供たちに先生の本当の思いを必ず伝えます。と二人から深々と頭を下げられた。
それを機に俺は村長宅を辞去した。
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村長宅からハンナさん宅へ戻るとお昼の時間はとうに過ぎていた。
ハンナさんには村長の家で用事を済ませてくると言っていたので、お昼はカチュアと二人ですでに済ませていた。
カチュアは午前中から友達と遊びに出かけていたが、一旦お昼を食べに帰ったあと再び遊びに行ったらしく今は姿が見えない。
「先生、お昼の用意できてますよ。」
「あ、ありがとうございます。」
ハンナさんの手料理がテーブルに用意されていた、パンにチーズを乗せたものと野菜のスープ、ヤギの乳だ。そういえばここに来た当初に食べた料理はゆでたジャガイモだけだった事が思い出される。
家族二人で慎ましい生活を病弱な体に鞭打って耐えてきたハンナさんだったが、今は病気も治り収入も上向き人並みの生活レベルに変化していた。
「先生、今まで本当にありがとうございました。なんとお礼を言って良いか・・・」
「お礼なんて、俺もここに置いてもらって助かりましたし、お互い様ですよ。」
俺がこの村を出て行く事は村の大人たちに伝えてはいたが、学校の件はつい先程村長に話しただけだ、ハンナさんにもこのタイミングで言っておくことにした。
この村で子供たちに教えられることはこれ以上ない事、これ以上は街の学校で勉強して色んな事を学んだ後で将来どういった道に進むか決めて欲しいと言う事。
その費用は村長に託してあるので近日中に学校に行ける事を伝えた。
「!? 先生!そんな費用まで!?」
「これから先の旅にこんな大金は必要ないんです。」
「子供たちの事をそこまで・・・。本当になんとお礼を言ったら・・・。」
ハンナさんが肩を震わせ涙声でそう云うも、その先が言葉にならない。
こんな大金を持っていても使い道がないし、子供たちの為に使うのが一番いいと思ったからそうしたのであって気にしないで下さい。と、宥めるしかなかった。
食事を終えた俺は努めて明るく『ちょっと準備があるので出かけてきます。』とハンナさんに伝えて外に出た。
『マサキ、帰ってきたか。』
外に出た俺はアカツキ様から呼び止められた。アカツキ様も準備があると言う事で朝から別行動をとっていた。
『あ、はい。準備は終わったんですか?』
『うむ、これをまた処分しておいてくれ。』
アカツキ様の視線の先の物置小屋の隅には大小様々な魔石が置かれていた。
アカツキ様はどうやらこれを集めていたらしい、20個程はあるそれらを言われるままにトートバッグの中へ直し込んだ。
『あの、これ村の人に上げても良いですか?』
『最終的に先日の様に処分して呉れれば構わん。』
うん、これも村の人への良い置き土産になりそうだな。
『このあとはどうするのだ?』
とりあえずまだ時間もあるし、村人と遭っても感謝されたり泣かれたりされるのも対処に困るので、この村に来て関わった石像や祠に手を合わせて回るつもりだと云う。
『ふむ、なかなか良い心がけだ、』
アカツキ様も同行すると言う事で二人して山へ向かう事となった。
山の渓流の傍らの石像に手を合わせ今までのお礼を伝える、アカツキ様が言うにはこの石像はかなりの神格を取り戻しつつあり今では渓流全体を見守っているらしい。
山の旧街道を上りこの世界へ来て最初に出会った像にも手を合わせた。
カチュアが熊に襲われそうになった時に助けてくれた正体不明の足音の主はこの像の神様だったそうだ、改めてそのお礼を伝え手を合わせる。
メロンを盗んだ盗賊団が壊そうとした祠の神様の元へも行った。
力を失いかけていた際にレイスが祠に棲み着き目障りだった所へ俺がやってきて結果的に追い払った事になった事を逆に感謝されていた様だ。
最後にアカツキ様と出会った石造りの遺跡へいこうとすると
『あそこはわしの場所じゃ、今更行かずとも良い。』
と言われ遺跡には向かわずに、村へ戻る事となった。
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村へ戻るとすでに夕刻、ハンナさん宅のドアを開けるとカチュアが出迎える。
「先生、お帰りなさい!」
「ただいま、カチュア。」
もう夕ご飯だよーと背中を押され、夕食の準備の整えられたテーブルに着く。
これがカチュアと過ごす最後の晩餐となるのか、そう思うと寂しさが胸にこみあげてきたが顔に出さない様なんとか抑える。
「カチュア、今日は何して遊んだんだ?」
「えへへー、内緒。」
カチュアが嬉しそうにそう言う、その内緒の中身を知る事は無いのだろう。
ハンナさんも努めて何事もなかったかのように普通に接してくれているが、明日の朝には俺が村を後にした事を知ってカチュアは悲しむのだろうなと、胸が痛んだ。
最後の晩餐は至って普段と変わらない雰囲気の中で終了した。
夕食後、いつもの様にお休みの挨拶をしていつもの様に物置小屋に戻る。
あと1時間ほどすればいつもの様にカチュアもベッドに向かう頃だろう。
いつもと違うのはその後に俺が物置小屋から出て村から旅立つと云う事だ。
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ついにその時はやって来た。
俺は慣れ親しんだ物置小屋に別れを告げ、アカツキ様と共に村の入口へと向かう。
何度も通った慣れた道だ、ある日は水たまりが出来る場所に子供らと一緒に土を盛ったりしたし、脇の柵が外れているのを紐で縛り直した事が思い起こされる。
入り口に着くと予想はしていたものの、村の大人の面々が集まっていた。
「先生、ついにお別れなんですね。」
「今まで本当にお世話になりました。」
「死に別れるんじゃないんだからそんなに暗い顔するんじゃないよ。」
口々に別れの挨拶が向けられる、やばい俺も泣きそうになってしまう。
「あ、そうだ、これ村の為に役立てて下さい。」
おれはトートバッグから革袋を取り出し、村長へ手渡した。
「これは一体?・・・魔石!?こんなに沢山?」
「今から出て行こうとするアンタにこそ必要なモノなんじゃないかい!?」
雑貨屋の婆さんが声を上げ、他の村人達も同調する。
街へ行けば稼ぐ方法はいくらでもありますからと、無理やり納得して貰った。
「とにかく、邪神の復活を停めるなり遅らせるなりの方法を探してきます。」
「先生が野生の狼の群れを操るのを知らなければ不可能と思えたのですが。」
「そうだね、アンタが言うならやれそうな気がするよ。」
「・・・むしろ先生にしか出来ないと思えます。」
村人が口々に言う、なにしろ入り口には旅立ちを見守る狼の群れが待機している。
この説得力は非常に大きい、俺しかやれない事をやる為の旅立ちなのだ。
「では、行ってきます。」
村人たちに別れを告げアカツキ様と共に街道に歩を進める。
寝ている子供たちを起こさない様、大声を上げる事のない静かな見送りだ。
すすり泣く声も聞こえたが振り返る事はしない、今後の旅路においても。
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5分程進んだ頃だろうか、後方で幾つものは知ってくる足音が聞こえてきた。
『!?この足音はまさか!?』
俺はその足音に心当たりがあった、というかいつも俺の周りで聞こえていた音だ。
「先生ー!」
「追いついた!」
「待ってー!」
「お前ら!なんでここに!?」
振り返ると12人の子供たちが走り寄って来た、4歳のマルロとルチーナまで。
「大人達の目を盗んで皆で追いかけてきたんだよ。」
「なにも言わずに出て行くなんて酷いよ先生!」
「そーだそーだ、最後くらいお別れ言わせてくれよ!」
「本当に行っちゃうの?」
子供たちが口々に言う。
「・・・お前らの顔を見たら決心が鈍りそうだったんだよ。」
「それ位で鈍る様な半端な覚悟だったのかよ?先生!?」
「・・・バーツ、お前言う様になったなぁ。」
まさか教え子に一本取られようとは・・・、成長したなお前ら。
「私たち、先生が決めた事なら引き止めたりしないから!」
「そうです、先生が出来るって言うなら絶対できます!」
「先生ほど凄いビーストテイマー見たことないって皆言ってるぞ。」
「俺たちの先生の旅立ちを見送らせてください!」
やばい、涙が出そうだ。と言うか止められない。
「先生、これ!」
カチュアが俺に何か差し出して来た。見ると木切れで作った小さな像に紐が付けてあるモノ、十字架の様にも見える像の首飾りの様だ。
「お守り、今日皆で作ったの。」
「糸を12本撚って紐にしたの、皆の思いを込めて12人分。」
「これ首から掛けて僕たちの事を思い出してね、先生。」
・・・そうか、そうだよな。覚悟を決めたのは俺だけじゃないんだ。
お前たちもちゃんと覚悟を決めてたんだな。・・・流石俺の生徒たちだ。
こいつらに何も言わずに行こうとした俺が間違っていた。
「ありがとう、大事にするよ。」
カチュアから首かざりを受け取り首にかける。そして涙をぬぐった。
この中途半端なままでお別れをする訳にはいかない、そう思えた。
「よし、じゃあ今からここで卒業式を行う。」
「そつぎょうしき?」
子供たちは不思議そうにその言葉を口にする。
「学校で学ぶべき事は全て学んだ、という事を正式に認める式の事だ。」
子供たちは俺が思っていた以上に成長してくれていた、その事実をこんな行動で証明してくれたのだ、俺がそれを認めないでどうするというのか。
俺と12人の子供しかいない道の上だが、ここで卒業式を行おう。