紅い月に照らされた街へと向かう街道上で卒業式をすることになった。
満天の星空と紅い月明かりしか光源がないが不思議と皆の顔が良く見える。
子供達はクレアを右端にして横一列に並ぶ、ほぼ年齢順だ。
皆、今から話そうとする俺の話を聞き逃すまいと真剣な面持ちで並んでいる。
普段は真面目な空気を嫌ってすぐに茶化すような子までが真剣そのものだ。
「俺がこの村に来て6か月にもなるか、今まで色んな事があったな。」
俺自身の発した言葉にこの村でこいつらと過ごした様々な思い出が蘇る。
「色んな話をしたり、一緒に魚を獲ったり、作物の手入れもした。」
皆、初めて聞くおとぎ話に目を輝かせ、釣りとは違う魚の取り方に驚き、手入れをする事で作物の出来が大きく変わる事に感心していた。
「フットサルやボール遊び、オセロなんてのも皆楽しかったな。」
村にほとんど無かった娯楽として、身体を使った遊びと頭を使う遊びも覚えた。
オセロは村人全体を巻き込むほどになり今も熱戦が繰り広げられている。
「以前と比べて村での生活は随分変わって来たのを実感していると思う。」
俺が村に来たばかりの時と比べて、生活が充実した所為か皆表情が明るくなった。
「俺はこの村の中で役に立つ事ばかり教えてきたが、俺が教える事は、もう無い。」
俺がそう断言した時、今まで黙っていた子供達から声がかかる。
「先生!私たちまだまだ先生に教えて欲しい事が色々あります。」
「そうだよ!俺たちまだ村の中以外の事良く解ってないし!」
「先生は村の大人たちが知らない事でも色々知ってる凄い人なんだよ!」
子供たちが口々に自分の意見を言うのを、俺は片手をあげて止める。
「俺が教える事だけ学んでも駄目なんだ。」
子供たちは『どうしてそれが駄目なんだ?』と不思議そうな顔をしている。
「お前たち、皆で街に行った時の事は覚えているよな?」
『そりゃあ、一昨日の事だしな。』『楽しかったから忘れるはずありません。』
『今までで一番楽しかったよね。』と皆嬉しそうに口にする。
「街では色んな人に出会ったよな。」
街についてすぐに門番、衛兵と出会い、街に入ってすぐにメロンを落札しようとした人々と、その他大勢の人間に囲まれた。
中央広場に向かってすぐに「聖なる胃袋亭」の大将がメロンを買い占め、その後は食堂に入り店員の女性に食事を見繕って貰い、自由時間では様々な店の人に出会った。
「街の人たちはそれぞれ違う仕事をしてそれぞれの生活を送っている。」
それぞれが街の中でそれぞれの役割を果たして街としての機能が維持されている。
「自分でやってみたい面白そうな仕事って何かあったか?」
子供たちにそう問うと子供達なりに街での出来事を振り返りつつ考え込む。
「衛兵さんって鎧着て格好良かったなぁ。」
「食堂のお姉さん、あたし達が美味しいって言ったら凄い嬉しそうだったよね。」
「服屋さんって売り物を試着してもいいのかなぁ?」
色々な意見が出てそんな生活が出来たらいいなぁと子供達は言う。
「やりたい仕事があるのならやってみたらどうだ?。」
そういう俺の言葉を子供たちは理解できない様だった。
『え?だって街で暮らすなんて冒険者になるしかないし・・・。』
『村の畑の仕事とかあるし・・・。」
子供たちには「村から出て仕事をする」という選択肢が思い浮かばないらしい。
15歳になったら冒険者になるか、村で暮らすかしか無いと思い込んでいる。
「お前たちの夢を叶えるためにもお前たちは学校へ行くんだ。」
俺の言葉に子供たちは困惑する。
「先生、学校って言っても結構なお金がかかるからすぐには無理だぜ?」
「メロンが安定して収穫出来たらいいけど今年はもう終わってるよ?」
「街へ通うにしても馬車でも時間がかかるし・・・。」
学校へ行くと言っても、先立つものが無ければ無理なのは子供達も理解している。
「お前たちが学校へ行くために必要なお金は俺が用意して村長に託してある。」
その事実に子供たちが驚愕する、そして口々に学校へ行けるの?と騒ぎ出す。
「なんなら3年位学校の宿舎に入る事も出来る位の額は準備した。」
小さな子は宿舎に入るよりは片道1時間かけても馬車で通学した方が良いかもしれないが、今14歳のクレア、バーツ、ロディは勉強に費やす時間が確保できる宿舎で生活した方が良いだろう、そう子供たちに説明した。
『今までは冒険者になるか、村で作物を育てて暮らすのが当たり前だったろう。』
『他に色々な仕事がある事を知って、それらの仕事が選択できる状態で、あえて冒険者や村で過ごす事を選ぶならそれはそれでいい。』
『お前たちには自分で本当にやりたい仕事を見つけて欲しい。』
俺が教える事はもう無い、これ以上は学校で学ぶべき事なのだ。
そして俺が村を離れなければならない理由をこれから子供たちに説明する。
「お前たちが希望の職に就けても、この世界が終わってしまえば意味が無いんだ。」
『!?』
『・・・そうか、先生が出て行くのって。』
数年後に迫っていると云う『邪神の復活』を阻止、または過去の様に撃退して再封印して平和な世界を取り戻さなければ、子供たちの将来も世界の未来も無くなるのだ。
「先生が村を出て行くのって俺たちの将来の為なんだな・・・。」
「先生、いつも私たちの事を考えてくれてたのよね・・・。」
「別れるのは辛いけど笑って見送らなければいけないよね・・・。」
「私、先生が邪神をやっつけてくれるって信じてるから!」
沈みがちな子供達の言葉を掻き消す様に、一際大きな声で宣言したのはカチュアだ。
「先生は私が山で熊に襲われた時も、ママが病気で倒れた時も助けてくれた!」
普段大人しいカチュアの言葉に他の子供達も黙って耳を傾ける。
「メロンの育て方も教えてくれたし色んな遊びも教えてくれた。」
「村に盗賊が来た時も狼さん達を使って守ってくれた最強の『百狼』だもん!」
「私、泣かない!先生は世界の人達を助けに行くんだから、絶対泣かない!」
泣かないと言うカチュアの瞳は今にも大粒の涙がこぼれ落ちそうに潤んでいる。
それでも必死に涙をこぼさない様我慢している、その様子を見ている俺の方が泣きそうになってしまっている。
「そうだな、世界の人たちを助けに行かなければいけないんだ・・・。」
カチュアの涙に自分がやらなければいけない事が再確認できた。
「よし、俺からの最後の課題だ。」
今にも涙が出そうだった自分の心を誤魔化す様に俺は子供たちに言う。
「課題?」
「課題ってどんな事なんですか?」
「これからお前たちは村に戻って家の人に『村の学校は卒業した、これからは街の学校で勉強して自分のやりたい仕事を見つける』という事を報告するんだ。」
俺はここでお前たちが村に戻るのを見送る、お前たちは振り返らずにそのまま村へ戻って言われた通りに報告するんだ、それが最後の授業、課題だ。
「・・・解りました、最後の課題、お受けします。」
クレアがそう宣言する。
「先生お体にお気をつけて下さい、」
「先生、辛くなったら戻ってきても良いんだぜ。」
「言われた通りにやりたい事を必ず見つけます。」
「先生、風邪ひかないでね。」
「先生、今までありがとうございました。」
「先生、俺、衛兵さんになるよ。頑張るよ。」
皆、口々に最後のお別れを告げる、泣きそうになり言葉が出ない子もいる。
村を目指して歩いていく子供たちの後姿を見送り続ける、今生の別れと言う訳でもないのだがその後ろ姿がだんだんと滲んでくる、子供たちに先んじて俺が泣くわけにいかない。
一番小さなルチーナが転ぶのが見えた、おそらく泣いていて足元を見ていなかったのだろう。それを同い年のマルロが手を曳いて立たせるのが此処からも確認できた。
ペンチがルチーナと手を繋ぎ何事か囁くのも見える。
子供たちはしっかりした足取りで村を目指して歩く、その子供たちから距離を置いて数匹の狼達が見守っているのも確認できた。この村はどこよりも安全だ。
俺はその姿が見えなくなってもしばらく動けずにいた。
──────────────────────────────
子供たちが村の入り口に近づくと其処には大勢の村人たちが待っていた。
「か、母さん?どうしてここに?」
「なんで皆要るんだよ?」
親たちの目を盗んでひそかにマサキを見送りに行ったと思っていた子供達はその光景に困惑した。
「無事に先生に最後の挨拶は済ませたようだね、」
村長が代表して子供達に語りかける、どうやら最初から子供たちの思惑はバレていたらしい、そして黙って子供たちのやりたいようにやらせてくれたようだ。
「先生から聞いているとは思うが、お前たちは街の学校へ行く事になる。」
その為の手配もお金も全て先生が用意してくれた、村長の言葉に子供たちは頷いて答える。
「先生、俺たちが学校へ行けるよう手配してくれただけじゃなくて、学校へ行って勉強する事が無駄にならないように邪神の復活も何とかするって言ってたんだ。」
大人たちはその言葉にお互いの顔を見合わせ、口々に言葉を交わす。
「そうか、先生を引き止められない理由は皆理解してくれたんじゃな?」
「・・・いつまでも私たちの先生でいて欲しいと我儘は言えない。」
「世界の為って言われちゃあな、俺達も先生信じて勉強するよ。」
「先生なら邪神だって倒せるもん、先生しか出来ないもん!」
カチュアが自分に言い聞かせるようにそう云うと、涙を流しながらうなずく母親と目が合った、その途端
「ママ!」
カチュアが叫んで駆け出すのと同時にその瞳から大粒の涙が溢れだして止めることが出来なかった。カチュアが母親に抱き留められたのを合図に他の子供達も自分の親の音へ泣きながら駆け寄る。
「おいおい、なんだよ皆泣いたりしてみっともねぇな。」
バーツが茶化す様に親に抱きしめられている子らに言う。
「そういうお前だって泣いてるじゃないか?」
ロディにそう突っ込まれて初めて自分が泣いているのに気づくバーツ。
「あ、あれ?おかしいな。自分じゃ泣いてるつもりないんだけど?」
それを笑うロディの目にも涙が溢れており、二人してお互いを笑いあう。
「さあ、みんな先生の最後の課題、忘れたの?」
クレアも涙を流しながら努めて明るく皆にやるべき事がある事を思い出させる。
「私、村の学校を卒業して、これからは街の学校でしっかり勉強します。」
クレアがマサキの課題をしっかりこなしそう母親に宣言した。
「そして先生みたいな立派な大人になりたいと思います。」
そう宣言したクレアに子供達が一斉に反応する。
「あ、それ俺だって言おうと思ってたのに先を越された?」
「ちょっ、ずるい!私だってそれ考えてたのに!?」
結局子供たちは皆『町の学校で勉強して先生みたいになる。』と宣言する事でマサキから言われた最後の課題を修了させることになった。
────────────────────────
『もうあの村に心残りは無いんじゃな?』
紅い月明かりの元、街へと続く街道を歩きながらアカツキ様からそう問われた。
無いと言えば嘘になるが、村に留まっていては子供たちの将来や夢は邪神の復活で確実に無かった事にされてしまう、それは絶対に防ぎたい。俺はその思いをアカツキ様へ伝えた。
俺がこの世界に飛ばされて来たのも、最初に訪れたのがこの村だったのも、子供達との交流も、全てが俺がこの決心に至るまでの必要不可欠な事柄だったと思える。
そして俺の傍らにはかつて強大な力を誇った『神様』が俺の力が必要だと一緒に行動してくれているのだ。この事実が邪神の復活を阻止、または引き延ばす事が出来る証明の様に思えてくる。
もちろんそれは俺の希望的観測でしかないのだが、なんの根拠もなく邪神を何とかする事が出来るなどと考えるよりははるかにマシだ。
全ての神に感謝し自分で出来る事を惜しまずやり続けていれば、あと一歩足りないというような場面で力を与えてくれる存在もあるに違いない。
そう信じて俺は進み続ける事にした。