波は引いて、氷が溶けた   作:なめなめろう(旧名:ELDERSIGN)

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もう終わりだと思ってましたか? すみません、もう少しだけ続きます。まだ一人、救っていない子がいるので。



余談

 

 

 頬がヒリヒリする……。ぶたれたところが痛い……。

 

 ボクは当てもなく道をトボトボと歩いていました。孤児院のみんなはボクのことが好きじゃない。なんとかみんなと話そうとしても、ボクのこの変な喋り方と面白くない話のせいで全然仲間に入れてくれないんです……。

 

 さっきも邪魔って言われて殴られて……孤児院にボクの居場所はありません。だから本当はダメだけど、孤児院から勝手に飛び出して……はぁ……戻りたくないなぁ……。

 

 なんだか全部が嫌になって、道のすぐ側にあった花壇の縁に腰掛けます。花壇には青い花がたくさん咲いていて、とっても綺麗でした。確か……この花はトリカブトの花だった気がします。

 

 わぁ……子どもたちが楽しそうに遊んでる……いいなぁ……。

 

「君、大丈夫か?」

「……え? ボ、ボクですか?」

 

 声をかけられた方を向くと、綺麗な白髪のお兄さんが立っていました。

 

「ああ。子供が一人で悲しそうな顔をしていたからね。それに、頬が腫れているよ。君、名前は?」

「ソ、ソラって言います……」

「ソラか」

「あ、貴方の名前はなんて言うんですか?」

「ああ、こちらから名乗るべきだったな。名前はリアン、と言うんだ」

「リ、リアンさん……いい名前ですね」

 

 リアンさんは不思議な雰囲気の人です。すごく大人っぽくてかっこいいのに、片手にはけん玉を、もう片手にはうんちの絵が書いてある絵本を持っていました。そんな大人は今までで一度も見たことがありません。

 

「どうしてけ、けん玉と絵本を持っているんですか?」

「これか。少し手持ち無沙汰だったから練習していたんだ。絵本はさっきまで公園で読んでいた。好きなんだ、絵本が」

「珍しいですね……大人なのにそんなことをしているのは」

「そうかもしれないな。でも、大人だからといってやってはいけない、なんてことはないんだ」

 

 そう言い放ってリアンさんはけん玉をやり始めました。すごく華麗な手捌き。あっという間に三つの皿に玉を乗せて、穴に剣を刺します。

 

「すごい……とってもお上手なんですね」

「人並み以上に器用なんだ。特にこういうものはね」

「ボ、ボクも練習したらできるかなぁ……そしたら少しは人気者に……」

「……そういえば君は、どうしてこんなところで悲しそうな顔をしていたんだ?」

「そ、それは……」

 

 ボクはたどたどしい言葉で孤児院でどんなふうに生活しているのかを一つずつ話していきました。生まれた時から家族がいなかったこと、何をしても仲間外れにされること、それを大人たちも見て見ぬ振りをしていることを。

 

「だ、だからボク……孤児院に戻りたくないんです。あそこはボクの家になってくれないから……」

「そうか。……今まで、よく頑張ってきたな」

 

 リアンさんの大きな手がボクの頭を撫でました。思い返すと、こんなふうに頭を撫でられて褒められたことなんて、人生で一度もなかった気がします。あったかい……

 

「ソラ。あそこにアイスクリーム屋さんがあるだろ? 一緒に食べないか?」

「いいんですか? で、でも……迷惑じゃ……」

「安心していい、ここで君がアイスを食べたくらいで嫌いになったりなんかしないよ。むしろ俺が提案しているからな」

「じゃあ、食べたい、です」

 

 アイスクリーム屋さんにはいろいろな種類のアイスがありました。どれもこれも美味しそうで目移りします。

 

「好きな味はあるか?」

「い、いえ……ボク、アイスなんて食べたことなくて……どれを食べればいいのかすら全然……」

「そうか。なら一番人気のあるフレーバーを食べよう。ここのアイスクリーム屋はなんでも美味しいけど、初めてならそうするべきじゃんか?」

「そうですね!」

 

 そうして注文したのはナッツのたっぷりかかったアイスクリーム。ナッツにはキャラメルがまとわりついていてすごく美味しそう……。

 

 パクッと一口。ナッツと冷えた塩味のあるキャラメルソースのパリパリカリカリ食感。それに濃厚なバニラと牛乳のアイスが混ざってあまじょっぱい。こんなに美味しい食べ物初めて食べた……。

 

「どうだ?」

「すっごく美味しいです……こんなに美味しいの、初めて食べました!」

「それはよかった」

「でも、こんなに美味しいと、た、食べるのが勿体無いですね」

「なら、俺の方も半分あげよう」

 

 そういってまだアイスを一口も食べていないリアンさんが、丸いアイスクリームを綺麗に半分に割ってボクの容器に乗せました。

 

「そ、そんな! わ、悪いですよこんなの!」

「食べ盛りだろう? それに、俺は何回も食べたことがあるから」

「……リアンさんは、どうしてボクなんかにこ、ここ、こんなに親切にしてくれるんですか?」

 

 リアンさんにとってボクはただ道のそばで座っていた子どもです。今まで関わりもありません。ボクみたいな子は沢山いるはずなのに……。

 

「……どうしてだろうな。ただ、なんとなく君のことが気になったんだ」

「それは……ボクが子どもで、悲しそうだったから?」

「それもあるが……君だから気になったんだろうな。不思議と胸が痛んで、そう思ったんだ」

「リ、リアンさん……」

 

 その言葉は、ボクにとって一番嬉しい言葉だった。ボクだから。他の誰かではなく、ボクだからこそ、リアンさんは心配してくれたんだ。

 

 ボクは……リアンさんが好きになりました。ボクに世界で初めて親切にしてくれた人だから。こんな人がボクの親だったらな……。

 

「もうこんな時間か」

「行ってしまうんですか、リアンさん」

「ああ。これ以上ここにいると待たせてしまう人がいるからな」

「そうですか……」

 

 リアンさんがすっと立ち上がる。楽しかった時間も、もう終わりなんですね……。

 

「ソラ」

「な、なんでしょう」

「近くに大きな公園があるだろう。辛い時は、お昼時にその公園に行ってみるといい。大体俺がいるはずだ」

「また……会ってもいいんですか?」

「ああ。だから、今日はもう帰りなさい。暗くなってしまう。子ども一人じゃ危ないだろう?」

「わ、わかりました……」

 

 その言葉を最後に、リアンさんは去っていきました。リアンさんのいた証は、その場に残された空になったアイスの容器だけです。

 

 どんどんと離れていく、黒いスーツを着こなしたリアンさんの後ろ姿。それに向かってボクは小さく呟きました。

 

「リアン……お父さん」

 

 本当にちっぽけで、大きすぎるボクの夢。それでも、口にしたくなってしまった。その言葉は、都市の騒がしさの中にかき消されていきました。

 

 

 ◇◇◇

 

 

「ただいま」

「遅かったな。何かあったのか?」

 

 家に帰ると、リョウシュウが椅子に座りながら、アラヤの服の穴を縫っていた。

 

「少し、気になる子がいたんだ。その子と話していたらこんな時間になってしまった」

「ほう? どんなやつだ?」

「孤児院にいる子なんだ。そしてその孤児院にも馴染めていない。けど、少し話しただけでとても良い子だとわかるような子だった」

「じゃあなんで馴染めてないんだ?」

「若干の吃音のせいだろう。それのせいで話を聞いてもらえないらしい」

「……で、リアン。お前はその子を養子にしたいんだな?」

「ん、そんなにわかりやすかったか?」

「まあな。アラヤが倒れていたレンを見た時と同じ顔をしていた」

 

 そういうリョウシュウの顔は完全に母親の顔をしていた。

 

「はあ……どいつもこいつも困ったやつだ。見捨てられないんだな。まあ、でもいいんじゃないか? この家もまだまだ、む・お・さ、だったからな」

「もーお母さん……縮めかた下手すぎ!」

「……アラヤ。これはなんて言ってるんだ?」

「無駄に大きくて寂しかった、だよ……」

「流石は主様ですね。小生には一つもわからず……」

 

 これが親子の絆か。それで言うなら、俺もわかっていいはずなんだが。

 

「それで……アラヤたちも大丈夫か?」

「うん。リアンおじさんが好きになった子ならメチャかわだろうから!」

「小生も主様と同じ意見でございます。そもそもこの身も主様、良秀殿に拾って頂いたもの。どうして文句があるでしょうか」

「そうか。それは、有難いな」

 

 ソラが孤児院に馴染み、孤児院が彼女の居場所になったのなら、それでいい。けれど、もしまた疎外感に苦しみ彷徨って公園に来るなら、その時はまた今日のように話そう。そして、ソラが望むなら、ここを家にしてあげよう。人には、居場所が必要だから。

 

 記憶を失い、リョウシュウと再会して暖かな家庭で生活をする。そんな日々を送っているからこそ、強くそう想った。

 

 

 

 今日も都市には冷たい風が吹く。けれど、その風は家の中には入れない。リョウシュウ達の家の窓からは、暖かな光と笑い声が漏れていた。いつまでも。そしてこれからも。

 

 

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