波は引いて、氷が溶けた   作:なめなめろう(旧名:ELDERSIGN)

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誕生日

 

 

 パチン、と電気のスイッチを消した。

 

「……おい、リアン。暗いぞ」

「良秀、誕生日おめでとう」

 

 俺がそう言うと共に、俺の背後から蝋燭の刺さったホールケーキを手に持ったアラヤが現れる。蝋燭の暖かな光がアラヤの笑顔をぼんやりと照らし出した。

 

「おかあさん、誕生日おめでとう!」

「……アラヤ」

 

 その姿を見て、良秀は優しく笑った。穏やかで、綺麗な笑顔だった。そしてその赤い瞳の奥には、蝋燭の火が揺らめいていた。

 

「ほら、おかあさん! お願い事を考えてから、一気にふーってロウソクを吹き消すんだよ。はやくはやく!」

「……ああ。わかった」

 

 両手をギュッと握りしめて、良秀は目を閉じた。数秒、あるいは十数秒。真剣に願い事を考えたであろう良秀は、煙草の煙を吐くように、柔らかな息で蝋燭の火を吹き消した。

 

 電気のスイッチを、再びパチンとつける。

 

「記念撮影をしようか。ほら、みんな集まって」

 

 カメラを雲台につけた小さな三脚を立てながら俺がそう言うと、ケーキと良秀を真ん中にしてみんなが集まる。良秀の右隣にアラヤが、その背後にレン、左後ろにはソラが立っている。

 

 俺はカメラを趣味にし始めた。写真にはありのままが写っている。どんな表情で、色で、風景で、時代で。そのわかりやすさと、思い出を形として残せる所を俺は気に入っている。

 

 10秒のタイマーをつけて、シャッターボタンを押す。そして急いでみんなが開けておいてくれた良秀の左隣へと座った。

 

 ピ、ピ、ピ、と鳴る電子音。実は最近、段々と記憶が戻ってきている。そのせいで、どうにもその音が端末機の音に聞こえてしまって、俺は苦笑した。でも、指令よりはずっと幸せな電子音だ。

 

「はい、チーズ」

 

 フラッシュと共にカシャリと音が鳴って、シャッターが切られる。

 

「ほら、リアンおじさん、早く確認しよ?」

「そうだな。少し待っていてくれ」

 

 アラヤに急かされるままに撮った写真を確認する。みんな目は瞑っていないし、綺麗な笑顔が撮れている。いい写真だ。

 

「良き写真だと思われます」

「……これから誕生日の度にこの配置で記念写真を撮ろう。そうすれば、みんなの成長がはっきりとわかっていいんじゃないか?」

「い、いいですね……なら、ずっとみんなでこうやって写真を撮れると、いいなぁ……」

「……ああ。そうだな」

 

 ソラのパーマのかかった頭を撫でる。するとソラは目をギュッと瞑って嬉しそうに笑った。

 

「では、小生はこのケーキを切り分けると致します」

「おかあさんの分は大きめでね!」

「はい、承知いたしました」

 

 レンがケーキを台所へと持っていき、切り分け始める。

 

「実はね、おかあさん。プレゼントがあるの。ちょっと待っててね」

 

 アラヤがトタトタと自分の部屋へと走っていく。そのまま少し待っていると、アラヤは鍵盤ハーモニカを手にして戻ってきた。

 

「いっぱい練習したから、聴いて欲しいな」

「もちろんだ。アラヤ」

 

 吹き口を咥えて、演奏し始めるアラヤ。その曲はハッピーバースデーの曲だった。

 

 たどたどしい手つきではあるが、着実に、一音一音弾いていく。遂には、一度も音を外さずにアラヤは演奏し切った。

 

「どう? おかあさん」

「すごいな、アラヤ。すごく……嬉しい」

「えへへ、なら良かった!」

「アラヤには、きっと音楽の才能があるんだな。綺麗な音だった」

「褒めすぎだよ! でも私、音楽好きだから才能あったらいいなぁ……」

「……お待たせ致しました。ケーキを切り分けましたので、早速頂きましょう」

 

 レンが切り分け終わったケーキを持ってきた。レンの切り分けたケーキは、良秀のものが一回り大きく、それ以外は恐ろしいほど正確に等分されていた。……レンの分が一回り小さいことを除けば。

 

 レンの側に行き、アラヤ達に聞こえないように耳打ちする。

 

「レン。俺のケーキと交換しよう。俺のを食べなさい」

「リアン殿。申し出は嬉しく思いますが……」

「気を利かせてくれたんだろう? 大丈夫だ。そもそも、俺は甘いものが好きじゃない。最近は生クリームだって胃もたれするんだ。俺を思いやるつもりで交換してくれないか?」

「……承知いたしました」

 

 レンの分のケーキは、いちごの乗っていない小さなケーキだった。レンもまだ子供だ。こんな風に子供は気を使うべきじゃない。次ケーキを切り分ける時は俺が切るとしようか。

 

「リアンおじさん達、何してたの?」

「気にしなくていい。明日の天気について話してたんだ」

「なーんだ。それなら私知ってるよ。明日は晴れ! だから明日は公園で遊べるんだよ」

 

 アラヤは無邪気に笑った。

 

「じゃあ、ケーキ食べよう!」

「そうだな。じゃあ、手を合わせて……」

 

 いただきます、というみんなの声。それに合わせてアラヤとソラがケーキを頬張った。

 

 白くて美しいショートケーキ。スポンジはふわふわと柔らかく、口の中で溶け、生クリームは軽くて幾らでも食べれそうだ。クリームの中にもいちごが入っていて、少し酸味の強いいちごのおかげで、甘さに飽きがこない。我ながら、いいケーキを選んだ。

 

 目の前を見ると、良秀もケーキを美味しそうに食べていた。

 

「……愛しい娘」

「なんだ」

「最近、少しずつ記憶が戻ってきたんだ」

「そうか……」

 

 良秀の瞳が揺れる。少しの動揺と僅かな不安。恐らく、蜘蛛の巣での日々を思い出したのだろう。

 

「それで、一つだけ心残りがあったことを思い出したんだ」

「お前がか?」

「意外そうだな」

「……蜘蛛の巣にいた頃は、お前は指令の操り人形だと思っていた。やること全てが指令通りだったからな。だから、望みがあったことさえ、あまり想像できないな」

「否定はしない。それでも確かに、心残りはあった」

 

 良秀のケーキを見つめる。てっぺんに赤いいちごがまだ残っていた。その赤色は良秀の目の赤さにそっくりだった。

 

「娘。お前が蜘蛛の巣を出て行ったあの日。あの時も、今日と同じ誕生日だった。だから、今日みたいにケーキを用意していたんだ」

「…………」

「あの日は渡せなかった。でも、今日は渡せたんだ」

 

 ケーキの甘さが染みる。幸せの甘さだった。俺には勿体無いほどの。

 

「良秀。誕生日おめでとう。そして、ありがとう、誕生日を祝わせてくれて」

「は。今更、そんなことを聞くことになるなんてな」

 

 良秀が笑う。爽やかで、晴れやかな笑顔だった。こんな笑顔は、蜘蛛の巣にいた頃は一度も見たことがなかった。

 

「リアン。今ならわかる。お前も確かにずっと俺のことを愛してくれていたんだと。だから……」

 

 良秀が手に持っていたフォークをビシッと前へと突き出した。

 

「今度は俺が祝ってやる。父の日、期待してろ」

「……ああ」

 

 父の日、か。そんな日もあったな。

 

 少しだけ先の未来に想いを馳せる。そうすると自然と胸が高鳴った。かつては、ずっと良秀が子供のままならいいと、終わりが来なければいいと思っていた。なのに、今は未来を想像して幸せになれるのか。

 

「……いや、もう俺は十分受け取った、娘。だから、俺の分までアラヤに渡してあげなさい」

「言われなくても渡してるさ。アラヤは私にとって、マジ切、だからな」

「マジ切、か」

 

 その言葉の響きが面白くて、俺たち二人は静かに吹き出した。

 

 何気ない会話。たわいのない日々。そんな日常の、よくある毎日の中の、とある幸せな一日だった。

 

 





良秀、誕生日おめでとう。そして、SAIKAIをありがとう。
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