学園で有名な『氷』の美人姉妹を助けたくらいで、俺の平凡な生活は変わらない……と、思っていた。 作:沙悟寺 綾太郎
「ぐぉぉぉー!!」
卵を解く。全力で。しかし、あくまで器からこぼれない程度の塩梅だ。
具材は小さく刻んだネギ、チャーシュー。それらを卵と米と共に炒める。
極々簡単にして、多種多様なカスタムと味付けに富んだ料理。
そう、チャーハンだ。
「よし、出来ました。どうぞ」
午後七時になった頃、三人分のチャーハンを皿に取り分けて、俺はリビングへと運ぶ。
「むむ、なかなか美味しそう」
「なるほど、喜一君はこういう料理が得意なのね」
うむ。まず、第一印象は悪くないらしい。まあ、銀花さんの作る手の込んだ料理と比べると、かなり簡素な部類だが。
「では、いただく」
「私も、頂きます」
「はい、お上がりよ!」
二人は、スプーンで一口を掬い上げて、口へと運ぶ。
なんだか妙にその時間が長く感じられたのは、俺自身の作ったチャーハンだからだろう。
「ど、どうでしょうか?」
「……うん、なかなか。これはいける」
「ええ。美味しいわ」
「よ、よがっだぁ……」
正直、作っていて不味くはならないと確信はあったが、こうして、言ってもらえると安心感が違う。
いやぁ、マジで良かった。料理も勉強してて良かったー。ありがとう、婆ちゃん。
「それじゃ、俺も……」
一口食べる。うむうむ。想定通りの味であるが、二人に褒められたおかげかかなり美味しく感じる。
しばらくして夕食を食べ終えた俺は食器と使った調理器具を洗う。
「水圧強えー。やっぱ都会、凄い」
「喜一。私も手伝う」
白葉がキッチンに入ってきた。
「大丈夫だぞ? これくらい一人で」
「いい。お姉ちゃんがこういう時はもちろん、私も頑張りたい」
ふすー、と気合の入った鼻息をこぼす白葉。
「いや、うーん、あ。じゃあ、それをタオルで拭いてくれ」
それ、とは洗い終えて水切り台の中に入っていたまな板。
「むむ、喜一は私にまな板を拭け、と。なるほど」
「おーい? 白葉さーん? 深い意味はないですよー?」
どこがまな板だー、白葉はダブルメロンやないかーい。とでも言えば、セクハラで国外追放もあり得そうだ。
俺が食器を洗い、水切り台へ。すると、白葉がそれを拭く。
そんな連帯感の中で、ふと白葉が呟いた。
「ありがとう。喜一」
「え? いきなりどうした?」
「病院。来てくれて、嬉しかった。あのまま、一人だったら多分、泣いてた」
「……そっか」
二人きりの家族なんだもんな。動揺しないはずがない。
きっとあの時やけに落ち着いて見えたのも、俺の前でだから、空元気を見せたのだろう。
「……ほんと、似た者姉妹だな」
一見、真反対にすら見える二人はやっぱり姉妹なのだと感じさせられる。
非の打ち所がないように見えるけど、何処か危うくて。
「そう。私とお姉ちゃんは似てる。けど、私の方が胸大きい」
「えーと、人の感傷に水を刺さないでくれますか?」
ふむ。白葉の方が胸が大きいとな。よし、心のメモ帳にメモメモっと。
全ての食器を片付け終えると、俺はリビングに掃除機をかける。
二人はその間に風呂に入ったようで、寝間着に着替えていた。
「むむぅ、手伝いたい……けど、眠い」
「いいぞ、ゆっくり休め。これくらい大したことないからさ」
先に、うとうとモードになった白葉が自分の部屋に戻り、リビングには俺と銀花さんの二人が残る。
「よし。銀花さん、他にやっておいた方がいいことってありますか?」
「大丈夫よ、ありがとう。お礼に紅茶でも、淹れましょうか」
「いえいえ、それも任せて下さい」
「……ごめんなさい。何から何まで」
気にしないで、と軽く手を向けて、俺は湯を沸かした。
紅茶はティーバッグがある。すぐに出来上がった。
「お待たせです」
自分の分と、銀花さんの分をそれぞれ机に置いて、席に座る。
「熱は測ったんですか?」
「ええ。さっきね」
「どうでしたか?」
「37.5。微熱ね」
やはり、風邪……ではなくとも体調は良くないようだ。夕食の時も、何処かしんどそうに見えていた。
「明日は、念の為休んで下さい。俺も休んで看病しますから」
「それは……ダメよ。だって、休んでしまったら、それを取り戻すのに時間が……」
「大丈夫です。銀花さんは完璧ですから。完璧なものは、多少の遅れをとっても完璧なままです、じゃなきゃ、完璧とは言えないでしょ?」
「で、でも、喜一君まで休む必要は……」
「銀花さんがきちんと休んでいるか、確認するために休むんですよ」
銀花さんなら、きっと家に一人きりならなんやかんやと家事や他のことをしてしまうだろう。
「……何か、妙な感覚ね。人に、こうやってお世話を焼いてもらうのは」
「あ、すみません。やりすぎ……ですかね?」
何分、こういったことには疎いから、どうしても過干渉気味かもしれない。
「いいえ。むしろ……その、安心する。白葉の前では、あまり頼りないところを見せられないから」
「お姉ちゃんならではって感じですね」
強がり。というよりは、姉としての矜持のようなものなのだろう。俺は一人っ子だから、分からないけれど。
「……暖かいわね」
銀花さんは、両の手で紅茶の入ったマグカップを包むように握る。
「そりゃ、淹れたてですから。銀花さんに飲んでほしくて、茶葉の栽培から何から何まで、丁寧に淹れました」
「ふふ、なにそれ。喜一君は冗談が上手ね」
「真面目そうに見えて、結構ユーモアがあるんです」
もちろん、自認的な話だ。なんなら、田舎じゃ同年代なんてほとんどいなかったし。
「けど、紅茶の話ではないわ。こうして、誰かに何かをしてもらうのが、凄く暖かく感じる」
その表情は何処か切なげで、儚くて。だからこそ、銀花さんの抱え込んだものの重みが目立っていた。
「俺は……もう少ししたらこの家から引っ越すことになると思います。けど、いつでも声をかけてください。これくらいはいつだって」
だから、無理に一人で頑張らなくて良い。辛ければ、しんどければ、俺が肩でも背中でも貸すから。
「……喜一君が、病院で私のことを普通の女の子だって言ってくれたの、凄く嬉しかったの」
「そう言ってくれるなら、恥ずかしい言葉を言った甲斐がありました」
普通、女の子に面と向かって、大事な人だとか言うのは、思っていたより照れ臭かった。
「ふーん、喜一君は素でああいうことを言うのかと思った」
銀花さんは笑う。何処か憑き物が落ちたような、眩しいくらいの笑顔だった。
「銀花さんが可愛くなければ、言えませんよ。あんなこと」
「か、可愛い……私が?」
「ん? ええ。可愛いですよ?」
「し、白葉じゃなくて?」
「銀花さんが、です」
もちろん、白葉も可愛い。が、だからと言って、銀花さんが可愛くないわけがない。
というか、白葉と銀花さんを比べることは出来ないけれど、その他大勢と比べれば、それこそ圧倒的に可愛いし、綺麗だ。
「ふ、ふーん。そ、そう……」
銀花さんは何処か落ち着かない様子で、そっぽを向く。心なしか、頬と耳が赤い。熱があるからだろうか。
「とりあえず、明日はゆっくり休んで貰いますから、俺にして欲しいことがあったら、なんでも言って下さい」
「あ、ありがとう。でも、喜一君は編入したばかりだし……」
「あー、すみません。この前に言ったこと。実は嘘なんです。この学校に入学が決まった時点で、あらかじめ勉強していたので、まだ余裕があるんです」
というか、去年の12月に入学が決まって以降、高校一年のカリキュラムは大体学んでいる。
そもそも、割とギリギリまで親父殿がゴネるせいで、中学三年のうちに高校レベルの単元のほとんどは履修済みだ。
「そ、そうなの、ね」
「ええ。なので、なんでも言って下さい。銀花さんは人に甘えなさすぎですし」
「……なら、その」
銀花さんは小さく呟いた。
「はい、なんでしょう? 俺に出来ることならなんだって」
ばっちこい。体くらい余裕で張ってやる。
「その、えーと……今日なんだけど、私が眠るまで──手を、握っていてくれないかしら」
「……え?」
それは、あまりにも想定外で。甘える子猫のような声だった。