学園で有名な『氷』の美人姉妹を助けたくらいで、俺の平凡な生活は変わらない……と、思っていた。   作:沙悟寺 綾太郎

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第15話

 

 牧場での昼食は色々とあったが、今回は一番豪華なものにした。

 

「焼肉。肉を焼く、つまり……南無」

 

「ちょ、ちょっとやめてー? なんか嫌な想像しちゃうからさ?」

 

 そう、牧場の食堂。外の席。

 真ん中は、すっぽりと空いていて、コンロと網を張れる変わったテーブル。

 

 通称──BBQテーブル。

 BBQをするためにのみ存在し、詰まるところ人間という生物を最もワクワクさせたテーブルさんである。

 

「本当に、良かったの? ここのお金、全部出してもらって」

 

「大丈夫です。今月の生活費はだいぶ余りそうなので」

 

 両親からの仕送りもあるけれど、中学の頃、親父殿の仕事の手伝いで得た貯金もある。これくらいは、大丈夫だ。

 

 というか、一宿一飯どころではない恩を返すならこれくらいしないとな。

 

「肉、肉、肉。うん、決めた。私は今日、肉を食べるために生まれてきた」

 

 先程から、みょうちくりんに踊る白葉。名付けるなら、肉ダンス? まあ、何にしてもかなりテンションがおかしいぞ。

 

「と、とりあえず色々頼みましょうか」

 

 早くしなければ、業を煮やした白葉がまたもファイナルデストロイキューティーモードになってしまうかもしれない。

 

「そ、そうね」

 

 メニューにあったBBQセットを一つ。ついでに単品のメニューを何品か頼む。

 流石に、肉だけというわけにもいかないので、野菜もいくつか頼んでおいた。

 

「よ、よし。いきます!」

 

 数分で到着した肉を、俺は十分に熱された網へと置いた。

 

 じゅっ、と音が鳴る。同時に芳醇な香りが辺りを包んだ。

 

「さ、流石は和牛……いい音。余裕の音だ」

 

 うちの田舎は畑はあったけど、牛を買っている人は少なかったから、これほどの逸品はそうお目にはかかれない。

 

「私が焼くわ。喜一君と白葉は食べて」

 

 言って、銀花さんは俺に手を伸ばし、トングを渡すように促す。

 が、しかし。

 

「いいえ。俺が焼きます。このトングは、たとえ百万円を積まれても渡す気はありません」

 

 今日は、銀花さんに楽しんでもらうために来たのだ。こんなところで、人のために頑張らせるわけにはいかない。

 

「任せて下さい。うちの田舎じゃ、夏は三日連続BBQ地獄でしたから、焼くのは得意なんです」

 

「……分かった。ありがとう、喜一君」

 

 BBQに舌鼓を打ち、食後のソフトクリームまでを完食し終え、俺たちは次の場所へと向かった。

 

「食後は少し休憩ってことで、これに乗ります」

 

 牧場からバスで少し山を登る。

 そうして、見えてくるのは、道の駅のようなちょっとした施設群。

 

 牧場で作られたチーズや牛乳などの乳製品から、ハムやソーセージ。小物類なども売っているらしい。

 

 が、目的はお土産選びなどではない。その隣にあるものだ。

 

「大人3枚、往復でお願いします」

 

「はーい」

 

 受付で代金を支払い、購入したものは乗車券だ。

 あとは発着所で列に並んで待つ。

 

「ロープーウェイ。乗ったことない」

 

「私もないから、少し緊張するかも」

 

 両隣の二人は、何処か困惑したように俺を見た。

 

「安心して下さい。俺も初めてです」

 

 軽トラの荷台には乗ったことあるけど、ロープーウェイなんてものはなかったからなぁ。

 

 しばらく発着場で待っていると、ものの数分で俺たちが乗り込む番がやってきた。

 

「十五分ほどで山頂に着くそうです。さ、乗りましょう」

 

 ロープーウェイ。ワイヤーでゴンドラを回転させて、主に山の麓から山頂へと人を運ぶ乗り物だ。

 

 もちろん言葉としては知っていたが、体験したことはなかった。そう、それこそが盲点。

 

「た、高すぎんだろっ」

 

 窓の外は、宙ぶらりん。しかも、若干揺れる! 

 おいおい、まじかよ。怖えじゃねぇか。

 

「喜一君、大丈夫?」

 

「だだだだ、大丈夫でごわす」

 

「絶対大丈夫じゃないわね」

 

「喜一、高所恐怖症だったんだ」

 

 そりゃそうだろう、人は飛べない。飛べるのは、鳥と魚と豚くらいだ。

 

「なら、怖くないように手を握っててあげる」

 

「銀花さん……」

 

 優しい。泣いちゃいそう。

 

「なら、私は……乳首引っ張る?」

 

「白葉……」

 

 何だその拷問。泣いちゃいそう……。

 

「白葉。家以外で下品なことは言わない」

 

「分かった。喜一の乳首の話はもうしない」

 

 誰の乳首が、下品だ……なんて思ったが、うん。乳首という言葉が下品であることは、もはや否定しようのない事実だ。

 

「はーい、ゆっくり一人づつ降りてくださーい。足元、気をつけてくださいねー」

 

 係員の指示に従って、そろりそろりと地面に降り立つ。

 すると、既にそこは別世界だった。

 

「凄い、綺麗ね……」

 

「桜? むむ、いつも見てるのとちょっと違う」

 

「今年は開花時期が少し遅いらしくて、ちょうど咲き頃なんですよ」

 

 芝生の広場と物見台を囲んで咲き誇るのは、山桜だ。

 

 特にこの辺りのものは、人の手によって、管理こそされているものの、元々、ほとんど自生しているものだ。

 

「喜一、お姉ちゃん。私あっちでソフトクリーム買ってくる」

 

 降りて、数分。一瞬にして、小さなキッチンカーを発見するとは、流石は白葉。

 まあ白葉なら、花より団子を選ぶことは何となく分かっていた。

 

 花弁は従来の桃色ではなく、白が多い。そこに少しの薄桃色が刺している。

 

「では、俺たちは向こうのベンチで一休みといきましょうか」

 

 お腹が少し重い。流石に和牛は軽くなかったぜ。

 

「喜一君。貴方が私に見せたかったものって、これなのかしら」

 

「いえ。これも見せたいものの一つではありますけど、少し本質的には違います」

 

「そう、なのね」

 

 標高が高いからか、少し冷えた。俺は自販機で暖かいお茶を二本……白葉の分も買うか悩んだが、今からソフトクリームを食べるようだし、その後でいいだろう。

 

「お茶、どうぞ」

 

「ありがとう」

 

 木製のベンチ。俺は上に落ちていた花びらを手で払ってから、座る。銀花さんも隣に腰を下ろした。

 

「大したものじゃないんです。銀花さんに見て欲しいものは」

 

 俺が見て欲しかったもの。それは、咲き誇る桜花たちでも、可愛いモルモットやうさぎでも、ロープーウェイから望む山峰たちでもない。

 

「銀花さんには、ただ今、目の前にあるものを見て欲しかった」

 

「……目の前にある、もの?」

 

「はい。上を向くのは、疲れるものなんですよ。だからって……見下すのも違いますけど」

 

 銀花さんは、頑張っている。それこそ途轍もなく、俺が見てきた誰よりも。

 だからこそ。

 

「銀花さんには頑張らないといけない理由があって、覚悟があって……ほんとに、凄い人だと思いました」

 

 銀花さんは、何処か複雑そうな顔をしていた。少し不満そうな、自分で自分をまだ許せていないような、そんな目だと感じた。

 

「でも、たまにはこうして、見てあげて欲しいんです。大きな目的や目標じゃなくて、自分の周りを取り囲む、なんでもない景色を」

 

 頑張ることは、凄い。崇高で美しい。けれど、それは同時に歪なものでもある。

 

「頑張ることと、無理をすること。誰にも頼らないこと。その三つは、やっぱり似ているようで違うから」

 

 どれだけ頑張っても、努力を積み上げても、崩れる時はあまりにも脆い。そして、それが起こりうる限り、人は一人では決して生きられないのだ。

 

「すみません。何だか回りくどいというか……えーと、ですね? つまり何が言いたいのかというと、です」

 

 一度、呼吸を挟む。

 それから、言った。

 

「──今、目の前にあるものは銀花さんが頑張ってきたからここにあるんです。だから、少しくらい、自分の登ってきた階段を眺めても、罰は当たらない」

 

「階段……」

 

「俺が二人をここに連れて来られたのも、銀花さんの力になりたいと思ったのも、きっと銀花さんがずっと頑張ってきたからなので」

 

「……そう、なのかしら」

 

「ええ、間違いなく。だから、ありがとうございます」

 

 いつだってお礼を言うのは、俺の方だ。二人と今ここにいられることも、助けてくれたのも、感謝でしか伝えられない。

 

 銀花さんは、どこか遠くを見るような目で、桜を眺めていた。

 そうして、ぽつんと水面に雫を落としたような、声で言った。

 

「……私が甘えても、迷惑じゃない?」

 

「勿論です。こんなに可愛くて、綺麗な人に頼られて、嫌がる奴なんていないですよ」

 

「私は……誰かに、頼ってもいいのかしら」

 

 その言葉は、銀花さんが自分自身に問うたものだったのだろう。

 答えるか、少し悩んだ。けれど、今ここで言わなければ、後悔するような気がした。

 

「俺は、頼って欲しいです。だって、銀花さんはもう、俺にとってただの他人じゃないですから」

 

 ちょうどよく、風が吹いた。少し冷たい山の風、けれど冷たくはなかった。

 

 俺も自分の言葉が、少し恥ずかしいものだったことも分かっていたし。

 

 銀花さんもきっと俺の羞恥心が感染したようで、少し耳が赤くなっていたから。

 

「喜一君……貴方って、本当に一年生?」

 

「はい。辺鄙な田舎で育って、この街にやってきたぴちぴちの十五歳です」

 

「ほんとかしら? 私には貴方が、凄く……いえ。やっぱり何でもない」

 

 銀花さんは頭上より、降りてきた一枚の花びらを手で受け止める。その満足そうな横顔は、あまりにも美しくて俺は目を逸らした。

 

「……また一緒にここに来ましょう? 白葉と私と、喜一君の三人で」

 

「はい、勿論です」

 

 そうして、俺は役割を終えた。

 今に思えば、あっという間だった二人との一週間。最後の一ページ。

 

 俺は姉妹の元を離れ、平穏な生活へと戻る。

 

 そう、今この時まではそう思っていたのだ。

 

 

 

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