学園で有名な『氷』の美人姉妹を助けたくらいで、俺の平凡な生活は変わらない……と、思っていた。 作:沙悟寺 綾太郎
「んじゃ、今日はここまで。お前ら、早く終わったからって、寄り道するなよー」
四限の古文の授業後。帰りのホームルームがが終わり、俺たちは堅苦しい空気解放された。
入学して、はや二週間が経ち、学校に慣れ始めたところで早速イベントがやって来た。
今日は、その準備日ということで昼までの授業なのである。
その名も──部活祭だ。
「真壁ー、この後暇か?」
「暇、だな」
大野木に声を掛けられた俺は頷く。
残念ながら、俺は新生活のスタートダッシュに失敗したらしく、クラスには大野木くらいしか話し相手がいない。つまりは遊び相手も同じ。
……友達百人は流石に厳しそうだ。
「んじゃ、ちょっと顔貸してくれるか?」
「おう」
廊下に出て、階段の方へと向かう。その途中で俺は尋ねた。
「どこに行くんだ?」
「校舎裏。あまり聞かれたくない話がある。ほんとはグラウンドの方がいいんだけど、部活祭の準備でごった返すだろうからな」
「部活祭……」
うちの学園は、一年に三つの祭りがある。
一つは、秋の文化祭。もう一つは、夏の体育祭。そして、最後。春の部活祭だ。
「そもそも、部活祭って何をするんだ?」
一応、文化祭と体育祭に関しては調べたが、どうにも部活祭だけはよく分からなかった。恐らくは、この学校固有のイベントなのだろう。
「うーん、なんて言えばいいのかな。ほら、一学期の初めに普通の学校なら部紹介があるだろ?」
「お、おう」
直接見たことはないけど、存在は知っている。
「うちのそれは体験型なんだよ。部活ごとにちょっとした出し物をして、どんなことをする部活なのかとか、どんな雰囲気なのかをそれを通じて新入生に伝える。そんなイベントだ」
「なるほどなぁ」
階段を降り、昇降口を出る。すると、外では多くの生徒たちが、テントや折り畳みの机など様々なものを運んでいた。
「やっぱりやってるな。んじゃ、ちょっと待っててくれ」
校舎の裏に到着するなり、俺を待たせて、大野木は何処かへと走り出した。
ものの数分で帰ってきた大野木の手には、グローブが二つ……いや、片方は分厚い。ミットだ。
「えーと、何をさせるつもりだ?」
「この前のスイングで分かったんだ。お前、投手やってたんだろ? それもかなり上手いと見た」
「……は?」
上手い? 俺が? 冗談はやめて欲しいものだ。クラブに参加はしていたけれど、ほとんど大会にだって、出たこともないのに。
「隠さなくたっていいぞ。何か理由があって、野球辞めたんだろ?」
「……まあ、それはそうだが」
チームの人数が足りなくなって、解散しただけだけど。
「そんなお前に、頼みがある」
やけに真剣な顔で、大野木は頭を下げた。それこそ、一世一代の、一生に一度のお願い。そんな風情だ。
「それと野球が関係ある、と?」
「ああ。うちの学校の都市伝説はこの前話したよな?」
「……ああ、一昨年の生徒が三股してたってやつか」
あれはかなりインパクトの強い話だったな。ほんと。
「違……くわないが、ホームランの話だ」
「あー、そっちね」
確かグラウンドからテニスコートのフェンスを超えるホームランを打ったらモテモテになれる、だったはず。
「俺さ──好きな奴がいるんだ」
「……!?」
キ、キタァ!! これはあれじゃないか!? ホームランを打ったら告白する的な!?
「そ、それで?」
「打ちたいんだよ。ホームラン。そうすれば、告白する勇気が湧いてくる、はずなんだ」
「ま、まじか」
口では困ったような反応をしたが、その実、俺のテンションは爆上がりだった。
そうそう、青春といえばこういうやつだよなぁ。いいぞ、いいぞ。
「だから、俺がホームランを打つまで……その、投手をしてくれないか?」
ぶん、勢いよく大野木は頭を下げて、強く頼んできた。
「ちなみに、誰が好きなんだ?」
「……まあ、他の奴らに言うよりは編入生のお前にバレる方がマシ、か」
大野木は頭の後ろをぼりぼりと掻いてから口を割った。
「絶対誰にも言うなよ。その……茅田、だ」
「茅田? ……あ、あー、この前の」
茅田 優子。確か、この前に月乃江姉妹と一緒に出かけたのをナチュラルにストーキングしてきたメガネの子だ。
「むむ、なんか意外だな」
「そうか? 茅田とは小学校からの付き合いでな……色々とあったんだよ」
その色々な部分を詳しく聞きたいところだが……まあいい。
「事情は分かった。けど、逆に分からないな、なんで俺に投手を頼むんだ? 野球部のやつの方がいいだろ、コントロールいいだろうし」
野球部の誰かでも、それこそボールを放るだけなら誰だっていいはずだ。
「俺は中等部までで野球を辞めたんだよ。だから、野球部に頼むのは、正直気まずい」
なるほど。確かにそれはちょっと気まずいかもな。とはいえ、だからと言ってわざわざ俺に頼る必要もなかろう。
「それに、ホームランを打つために投げてもらうんじゃ違う。そんな数打ちゃ当たる戦法に意味ないだろ? 真っ向から戦って、打ちたいんだよ、いや打たなきゃいけないんだ」
「ふむふむ」
つまり、ホームランを打つのが目標ではあるが、そのアシストとしてボールを投げてもらうのではなく、れっきとした勝負の結果のホームランがいい、と。
「だから、お前に頼んでる。相手が実力者ならホームランを打った時、胸を張れる」
「……なんで、そう思ったんだ?」
過大評価すぎないか? 俺、田舎の草野球チーム出身だぞ?
「それは、お前のバッティングフォームが……」
大野木がそう言い掛けたところで。
「あ、喜一いた」
ひょっこり、間後ろから声がした。
「うわっ!? 白葉っ!?」
背後。振り返ると、頬を膨らませた白葉がいた。
「む、驚きすぎ。……そっちは、誰?」
白葉の無感情ながらも、不満げな目が大野木へと向いた。
「あ、と。こいつは友達の大野木。大きい野の木で大野木だ」
「……そう」
うーん、あんまり興味はなさそう? だな。
「ど、ども」
流石のコミュ強大野木さんも戸惑っていた。
「喜一。お昼、一緒に食べる。早く行こ」
「あ、ちょーと待ってくれ」
「だめ、待たない」
ぐいぐいーと腕を引っ張られる。
「ぐわぁー、お、大野木。すまん」
勝てそうにない。かなりのパワーだ。
「お、おうよ。んじゃ、後でまた連絡する。今日の、三時半くらいからなら会えるか?」
「大丈夫だー」
またな、とドーナドーナされてゆく俺に大野木は手を振った。なんか気を遣わせたようで悪いな。
「……喜一」
しばらくして、白葉は立ち止まる。校舎の裏から、グラウンドの付近に着いた時だ。
「あ、はい。なんでしょうか?」
「喜一は言った。私とお姉ちゃんのことを『友達以上』だって」
「確かに、言ったけど……」
だからって、ここまでする必要はなかったのではなかろうか。
「むむ、言葉の意味、分かってる?」
「分かってる、つもりだけど?」
「なら、一緒にいて。友達よりも、私たちと。そうしてくれるなら、喜一にいっぱい
「……言葉を返すようで、悪いんだけど、それこそ言葉の意味、分かっています?」
それは、男に言うような言葉ではないだろうに。誤解を招いてからでは、遅いぞ?
「知ってる。喜一が一番したいこと……それは」
「そ、それは?」
うん、俺にも俺が一番したいことなんて分からない。が、とりあえず聞いてみようではないか。
「ふふふ、喜一は誤魔化すのが下手」
「お、おう」
白葉は何か意味ありげに笑う。
そして、満を辞して、言った。
「喜一が一番やりたいこと……いや、ヤりたいこと。それは──ズバリ、姉妹丼!」
……。
………。
へ?