学園で有名な『氷』の美人姉妹を助けたくらいで、俺の平凡な生活は変わらない……と、思っていた。 作:沙悟寺 綾太郎
「……どうかしたの? 二人とも」
昼食。折角だからと、俺と白葉、銀花さんの三人は一度家に帰ってから、近くの洋食レストランへと向かった。
住宅街の中に、ひっそりと佇む隠れ家的な店だ。
「え、えーと、なんでもないです。はい」
眼前にはジューシーなハンバーグ。
ナイフを入れれば、肉汁と芳醇な香りが溢れ出す。けれども、俺の頭の中は、他のことでいっぱいだった。
そう、それこそ、先ほど白葉がズバリと言い放った言葉。
──姉妹丼、である。
というか誰だよ、そんな言葉を白葉に吹き込んだ奴。一度ぶん殴ってやりたい。
「ねえ、白葉。喜一君はどうしたの? 何か……考え事をしているみたいだけど」
「あれは、自ら背負った
「いや、違うから……」
一応、言っておくが姉妹丼に興味なぞ……ない、わけもないが、あれはエッチな作品での話であって、現実にそんなものが存在するわけない。
「ちなみに、そのカルマっていうのはなんのこと?」
「ズバリ、姉妹丼のこと」
「し、白葉さん!?」
いや、誤解が酷すぎる! これじゃあまるで俺が二人とそういうことをしたいみたいじゃないか!
……いや、否定し切れないかもしれないが。
「……姉妹、丼? あれかしら、北海道のシャケとイクラを使った丼、いとこ丼の親戚のような」
「そ、そうですそうです! うちの田舎にあった、あれが食べたくてですね? いやぁ、ラムとマトンのどんぶりなんですよー」
おっと、これは僥倖。銀花さんは姉妹丼の本当の意味を知らないらしい。
ちなみに、ラムはだいたい一歳未満の子羊のお肉、マトンは生後二年以上、要するに大人の羊のお肉だ。
「へえ、そうなのね」
よし。銀花さんはなんの疑いも持っていない。これは勝ったか?
そう俺が安心しそうになったのも、束の間。白葉は口元を手で覆って、銀花さんの耳に近づけた。
「お姉ちゃん、姉妹丼っていうのは……」
むむむ、これはまずい。ともなれば最終手段だ。
「白葉さん、ハンバーグ一切れとブロッコリー交換しよう」
銀花さんにその意味が伝わる前に、俺は白葉へとすかさず、トレードを申し込む。
白葉は自称、肉食系女子だそうだから、これなら誤魔化せると見た。
「む、それは良いトレード」
「はいはい、どうぞどうぞ」
メインのハンバーグを譲り、付け合わせのブロッコリーを受け取る。
別にブロッコリーが好きなわけではないが、白葉の口を塞ぐにはそれしか思い浮かばない。
「話を戻すと、姉妹丼っていうのは……」
「白葉? 口の横に米粒がついてるぞ。取ってやろう」
「ん……」
そんな風に、白葉が『姉妹丼』という言葉の意味を銀花さんに伝えようとするたびに何かと理由をつけて、止め続けた。
「ありがとうございました。またのお越しをお待ちしております」
店主の丁寧な挨拶に会釈を返して、店を出る。
味は勿論のこと、接客や気遣いまで素晴らしい店だった。レビューをつけるとするならば、間違いなく星5だ。
「さて、私と白葉はこのまま、夕飯の買い物に行ってくるわね」
「あ、はい。すみません、お付き合い出来なくて」
「いいのよ。喜一君はいつも助けてくれるし、友達関係も大事だもの。楽しんできてね」
「ありがとうございます」
俺は二人と駅で別れた。というのも、俺にはやることがあったからだ。
「んー、東公園……ってどこだ」
平たく言えば、俺は大野木と話の続きをすることになっていたのだ。
待ち合わせの時間は、午後三時半。調べながらだったからか、俺が大野木の指定した公園に到着したのは、五分ほど遅れた頃だった。
「すまん、遅れた」
「いや、俺こそすまん。ここの場所、分からなかったんだろ? もっと詳しく教えるべきだった」
公園の土のグラウンド。その脇にあるベンチに大野木は座っていた。
その手にはミット。こうして見てみれば、皮の状態で分かる。かなり大事に使ってきたのだろう。年季は入っているのに、何処にもほつれや傷みは見当たらない。
「んじゃ、軽くキャッチボールでもしようぜ」
「……おう」
まあ、一つ言いたいこともあったが、基本的には問題ないだろう。
大野木に続いて俺はグラウンドへと向かった。
久々だ。というか、本当に野球チームにいた頃以来だ。構えた人に対して、ボールを放るのは。
「悪いけど、俺の本職はキャッチャーじゃないんだ。だから、手加減してくれると頼む」
「それは大丈夫だ。俺は大したことないから」
今なら、ちょうど良い。事情も噛み合っているし。
とりあえず軽く肩を温めるべきだろうと、俺はボールを軽く放った。
「よし、ナイスボール。胸元ドンピシャだな」
パシン。大野木のミットにボールが収まり、小気味の良い音が鳴る。
「おだてないでくれ。あと、期待もするなよ?」
返ってきたボールを受け取って、もう一度振り被る。
次はどうしよう、変化球でも投げてみようか。大野木は謙遜していたけれど、かなり取るのが上手いように感じたし。
俺は指先に伝わるボールの感覚を確かめながら、ゆっくりと腕を上げる。
「次、変化球。行くぞ」
「おう」
縫い目に指を沿わせ、俺は投じる。
球種は、緩やかで山なりの軌道を描くカーブだ。
フォームはいつも通り、のはずだった。
「ありゃ?」
ボールが指先から、まるで逃げるような感覚がした。
「お、どうした!?」
ボールは大野木のはるか上、とてもジャンプ程度では届かない場所を通過して飛んでゆく。
「……すまん。手が滑った」
「いや、おーけー。大丈夫だ」
俺の投げたボールは、がしゃんとフェンスに当たって、そのまま下へと落ちた。
「……微調整だな」
やっぱり、感覚が少し違うな。
「真壁、ボール行くぞ」
「どうだ? 大したことないだろ?」
「いやいや、悪くない。高一にしてはボールも速い方だし、コントロールもかなりある」
再び、返球を受け、ボールを握る。褒めてくれるのは嬉しいが、ちょっぴり大袈裟だ。
「……ちなみに、茅田の何処が好きなんだ?」
「な、なんだよ急に」
「ちょっと気になったんだよ」
気になったというのも、そもそも好きというのはどういう感情なのだろうかという点だ。実はいまいち理解しきれてはいない。
中学時代は同級生の友達すらほとんどいなかったからか、少しそういうところは希薄だ。
「口じゃ言えないな、茅田の良いところは。多すぎる。けど、まあ……しんどい時、支えてくれたってのが一番大きかった気がする」
何処か悲しそうな顔をする大野木。真意は測れないけれど、かなり入れ込んでいるのが見て取れた。
「あと、可愛いんだよ。茅田は。ぶっちゃけ誰よりも」
「お、おう」
どうやら俺が想像していたよりもずっと、本気で好きらしい。というか、ゾッコンだ。
「それよか、お前の方はどうなんだ? 月乃江姉妹とは」
「え、え?」
「一応、言っとくけど、お前の親の付き合いでって設定、多分結構無理があるぞ?」
「……マジ?」
大野木はこくんと頷く。
「今日のあれは、正直付き合ってるようにしか見えないな」
「……マジか」
それは誤解だから解きたいところではある。
あるのだが……そのためには入学から本日に至るまでの経緯を話す必要があるよな……。
「まあ、言いふらすつもりも邪魔するつもりもないし、何か理由があって隠してるんだろうから、俺からは何も聞かないけどな」
「そりゃどうも。にしても……楽しいもんだな、キャッチボールって」
ふと、思ったことをそのまま口から吐き出す。
「そうか? 普通だろ」
「いやいや、たのしーぞ。これは結構」
一面を雪に覆われた田舎の世界では、俺は一人ぼっちだった。
遊ぶ相手もいなくて、ボールを投げるにしても、コンクリートの壁に円を書いた的。それだけが俺の友達だったのだ。
「大野木、いつまでにホームランを打ちたいんだ?」
「……それは、来週の水曜日。茅田の誕生日までにだ。俺はそこで、告白したい」
「なるほど、な」
ロマンチックなことを考える……いや、ロマンチックなのか? うーん。
とはいえ、まあ、特別な日であることは間違いないか。
が、問題があるとするならば、グラウンドを使える時間に限りがあることだろう。
朝と放課後。それくらいしかない。
「……頼む。真壁。お前に投げて欲しいんだ」
大野木は、焦っているように見えた。確かに時間はあるようであまりない。一週間くらいだ。
「難しいことを言ってるのは……分かってる。でも、俺は……」
何か、追い詰められているのか。そんな雰囲気が大野木からは立ち昇っている。
「……分かったよ。付き合う」
「まじか、助かる!」
そうして、始まったのは、大野木一世一代の告白計画だった。
と、同時に、俺は少し面倒臭いことに巻き込まれることになるのは、今の俺には分かり得ないことだった。