学園で有名な『氷』の美人姉妹を助けたくらいで、俺の平凡な生活は変わらない……と、思っていた。 作:沙悟寺 綾太郎
「な、なんだよこいつ!!」「ば、化け物だ!!」
数度のパンチ、キック。その全てを俺は避けることなく正面から受け止めた。
すると、男らはもはや心折れたらしく、硬く握ったはずの拳から力を抜く。
戦意は鈍った。勝機はここにあり。
俺はゆっくりと口を開いた。
「──ふふ、ははっ。この程度か。都会っ子は軟弱じゃのぉ、うちの爺さんの方がまだ生きが良えわ」
やっぱこういう時に方言を使ってやれば、雰囲気出るよねー。ちょっと芝居掛かっているが、まあ、バレないだろう。
「雰囲気が、変わった……っ!? こいつ! 何者だ!?」
「んじゃ、次はこっちの番じゃけぇ。おめえら歯ぁ、ちゃんと食いしばれや」
右拳を引き、もう片方を開き、前へと伸ばす。何処かで見た拳法のような態勢だ。
「ひぃ!! す、すみませんでしたぁぁ!!」
よし、勝った。男達は蜘蛛の子を散らすように逃げ出す。ぶっちゃけ、三対一なのだからまともにぶつかれば、怪我しそうだしな。
「えっと。大丈夫?」
「ん、全然問題ないですよ、あははは」
唇が切れて、頬は腫れていたが、二人には何の被害もなかったようで良かった。
「でも、痛そう……」
二人は姉妹なのだろう。雰囲気や容姿も何処か似通っている。
「大丈夫、大丈夫。昔、爺ちゃんにトラクターでぶつかられた時の方が何倍も痛かったんで」
なんならあの時は中学生ながらに死を覚悟したものだ。
「それに、ほら? 殴るより殴られる方が気持ち的に楽じゃないすか」
人を殴れば拳が多少は痛いが、罪悪感の方がずっと後まで糸を引く。それよりかは幾らかマシだ。
「とりあえず、うちで応急手当てをしましょう?」
大人びた少女。姉? が声をかけてくる。
「え、いや、それは悪いですよ」
「違う。助けて貰ったのに、何もしない方が悪い」
まだ幼さの残る少女。妹さんの方は中々、ストレートに物を言うらしい。
「それに、その制服。おんなじ学校」
「え? じゃ、じゃあ」
「私とお姉ちゃん。
私立鳳学園。俺が入学した中高一貫校だ。
「あー、そうなんすね。でも、迷惑だと思うんで、大丈夫っす。こんな怪我、怪我とも思ってないんで」
俺は二人が困っているのなら助けたかったが、助けられたいわけではない。だから、首を横に振った。
「なら、とりあえず何処かゆっくり話を出来る場所に行きましょう。ご飯くらいご馳走しないとこちらの気が済まないわ」
「うん。それは絶対」
「そ、そうすか」
ぐいぐいと来る二人の圧力に屈した俺は、そのまま近くの喫茶店へと連れて行かれた。
そして、驚愕する。
「お、おお」
「どうかした?」
「いや、凄いと思って」
喫茶店。それはうちの田舎にもあった。
コーヒーはインスタント、壁一面にメニューの走り書きがあって、微妙に埃っぽい店。
そんなイメージだったが、今日この時それはひっくり返された。
コーヒーの芳醇な香り。そして、穏やかで静かな店内には、ドアベルの音だけが響く。
「ほら、こっち」
「お、おうよ」
通されたのは4人席だった。シートはふかふかで、机はなんとも綺麗な木目。俺のいた田舎とは段違いだ。
「さて、話をしましょうか。……名前は?」
「あ、真壁です。真壁 喜一って言います」
真っすぐな壁で、真壁。喜び一回で、喜一だ。
「真壁君……いえ、喜一君と呼んでもいいかしら?」
「え、いいっすけど……」
こんな美女に下の名前で呼ばれるのは、かなり緊張してしまう。
「喜一君は、編入生よね?」
「そう、ですけど」
即座にそう判断されてしまうほど、俺はそんなに田舎臭いのだろうか?
「一応、言っておくけど、お姉ちゃんは全校生徒全員の名前ほとんど覚えてる」
「ははぁ、そりゃ凄い」
え、全校生徒……俺の元いた中学なら数十人だが、ここは都会だ。きっと百人以上はいるに違いない。というか、入学式にはいた。
「ちなみに、全校生徒で何人いるんでしょうか?」
「四百五十人くらい」
「……まじかよ。入学式に出てたのが全校生徒じゃないのか」
「あれ、新入生だけ」
悲報、田舎育ちの常識は通用しない。一学年、百五十人近くとか想像出来ない。
「えーと、お姉さんは、三年生? なんですか?」
これ以上、質問されればもっと田舎バレするかもしれない。俺は代わりに自分から質問することにした。
「いいえ、二年生。だから貴方とこの子、白葉とは一つ違いね」
「ぶい、私も一年生」
妹さんはピースサインをしながら、ストローでクリームソーダを吸い上げる。
「喜一君は、近くに住んでいるの? それとも編入の時に引っ越してきたのかしら?」
「あ、えーと、越してきました。下宿って形なんですけど」
「そう、寮には入らなかったのね」
「そうですね。その……自主性を重んじているので」
嘘である。本当は彼女が出来たなら一緒に部屋でいちゃつきたいからだ。
「それにしては、妙に大荷物なのね?」
お姉さんの視線が、机の横に置かれた俺のスーツケースへと向けられた。
確かに下宿なら、普通入学するより少し早く入っているだろうしな。
「ちょっと、色々ありまして……」
話の流れで、俺は今の状況を事細かに話した。
「……なるほどね、つまり宿がないと」
「そうなんですよね、あははは」
なんとも、お恥ずかしい話だ。俺は誤魔化すように、コーヒーを持ち上げる。
ミルクと砂糖マシマシ。ほぼコーヒー牛乳だ。
「白葉。2階の角の部屋、空いていたわよね?」
「むむ、あの部屋。私の隠れ家……けど、いい。喜一は気に入った。根性がある」
キメ顔で、親指を立ててくる妹、白葉。物静かな感じかと思ったが、中々に個性が強いタイプのようだ。
「え、えーと、どういう話ですか? それ、もしかして……」
いや、流石にそれは……。と俺は苦笑いする。
「一週間くらいなら、うちに住むといいわ。それだけあれば、部屋も決まるだろうし」
「いや、それは悪いですよ……それに、二人の親御さんだってなんていうか」
年頃の娘が二人いるのに、得体も知らない男を住まわせるなど、考えられない。
「そこは大丈夫よ。元々私とこの子しか住んでいないから」
「え? それって、えーと……」
さては地雷を踏んでしまっただろうか。一瞬不安になる。
「とりあえず、うちに来てもらえるかしら? 来るだけなら、罰は当たらないでしょう?」
「そー、そして住めばいい。ふんす」
そのまま俺はカフェオレを。お姉さんの方がコーヒーを、妹さんがクリームソーダを飲み終えた頃、店を出る。
そうして、駅前を離れた住宅街を歩く。
「あ、忘れていたわ。私とこの子、自己紹介をまだしていなかったわよね」
「そうですね、確かに」
「私は、
なんとぴったりな名前なのだろうか。音の響きも美しいし、美しい銀髪とその容姿を表現するのに、それ以上の名前はないとすら感じる。
「私。月乃江 白葉。ホワイトリーフ白葉ちゃん」
「白い葉、ってことか。なるほど」
なんだ洒落た言い方なんだ。これが都会スペックか……。俺ならストレートウォール……ハッピーワン? よし、却下だ。
「そして、ここが私達の家よ」
「お、おぉ」
閑静な住宅街の中。聳え立つのは、高い塀に囲まれたこの巨大なお屋敷。田舎の方が土地が広いから家は大きいと思うが、これじゃどっちが田舎か分からない。
「あと喜一君。私のことは銀花と呼んでね。苗字だとどっちか分からないでしょう?」
「同じく、私のことは白葉でいい」
「……分かり、ました。一週間、お世話になります!」
正直、誰が想像できるだろう。この展開を、そして、掻き乱される俺の『普通』の日常の行く末を。