学園で有名な『氷』の美人姉妹を助けたくらいで、俺の平凡な生活は変わらない……と、思っていた。   作:沙悟寺 綾太郎

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第2話

 

「な、なんだよこいつ!!」「ば、化け物だ!!」

 

 数度のパンチ、キック。その全てを俺は避けることなく正面から受け止めた。

 すると、男らはもはや心折れたらしく、硬く握ったはずの拳から力を抜く。

 

 戦意は鈍った。勝機はここにあり。

 俺はゆっくりと口を開いた。

 

「──ふふ、ははっ。この程度か。都会っ子は軟弱じゃのぉ、うちの爺さんの方がまだ生きが良えわ」

 

 やっぱこういう時に方言を使ってやれば、雰囲気出るよねー。ちょっと芝居掛かっているが、まあ、バレないだろう。

 

「雰囲気が、変わった……っ!? こいつ! 何者だ!?」

 

「んじゃ、次はこっちの番じゃけぇ。おめえら歯ぁ、ちゃんと食いしばれや」

 

 右拳を引き、もう片方を開き、前へと伸ばす。何処かで見た拳法のような態勢だ。

 

「ひぃ!! す、すみませんでしたぁぁ!!」

 

 よし、勝った。男達は蜘蛛の子を散らすように逃げ出す。ぶっちゃけ、三対一なのだからまともにぶつかれば、怪我しそうだしな。

 

「えっと。大丈夫?」

 

「ん、全然問題ないですよ、あははは」

 

 唇が切れて、頬は腫れていたが、二人には何の被害もなかったようで良かった。

 

「でも、痛そう……」

 

 二人は姉妹なのだろう。雰囲気や容姿も何処か似通っている。

 

「大丈夫、大丈夫。昔、爺ちゃんにトラクターでぶつかられた時の方が何倍も痛かったんで」

 

 なんならあの時は中学生ながらに死を覚悟したものだ。

 

「それに、ほら? 殴るより殴られる方が気持ち的に楽じゃないすか」

 

 人を殴れば拳が多少は痛いが、罪悪感の方がずっと後まで糸を引く。それよりかは幾らかマシだ。

 

「とりあえず、うちで応急手当てをしましょう?」

 

 大人びた少女。姉? が声をかけてくる。

 

「え、いや、それは悪いですよ」

 

「違う。助けて貰ったのに、何もしない方が悪い」

 

 まだ幼さの残る少女。妹さんの方は中々、ストレートに物を言うらしい。

 

「それに、その制服。おんなじ学校」

 

「え? じゃ、じゃあ」

 

「私とお姉ちゃん。(おおとり)の生徒」

 

 私立鳳学園。俺が入学した中高一貫校だ。

 

「あー、そうなんすね。でも、迷惑だと思うんで、大丈夫っす。こんな怪我、怪我とも思ってないんで」

 

 俺は二人が困っているのなら助けたかったが、助けられたいわけではない。だから、首を横に振った。

 

「なら、とりあえず何処かゆっくり話を出来る場所に行きましょう。ご飯くらいご馳走しないとこちらの気が済まないわ」

 

「うん。それは絶対」

 

「そ、そうすか」

 

 ぐいぐいと来る二人の圧力に屈した俺は、そのまま近くの喫茶店へと連れて行かれた。

 

 そして、驚愕する。

 

「お、おお」

 

「どうかした?」

 

「いや、凄いと思って」

 

 喫茶店。それはうちの田舎にもあった。

 コーヒーはインスタント、壁一面にメニューの走り書きがあって、微妙に埃っぽい店。

 

 そんなイメージだったが、今日この時それはひっくり返された。

 

 コーヒーの芳醇な香り。そして、穏やかで静かな店内には、ドアベルの音だけが響く。

 

「ほら、こっち」

 

「お、おうよ」

 

 通されたのは4人席だった。シートはふかふかで、机はなんとも綺麗な木目。俺のいた田舎とは段違いだ。

 

「さて、話をしましょうか。……名前は?」

 

「あ、真壁です。真壁 喜一って言います」

 

 真っすぐな壁で、真壁。喜び一回で、喜一だ。

 

「真壁君……いえ、喜一君と呼んでもいいかしら?」

 

「え、いいっすけど……」

 

 こんな美女に下の名前で呼ばれるのは、かなり緊張してしまう。

 

「喜一君は、編入生よね?」

 

「そう、ですけど」

 

 即座にそう判断されてしまうほど、俺はそんなに田舎臭いのだろうか? 

 

「一応、言っておくけど、お姉ちゃんは全校生徒全員の名前ほとんど覚えてる」

 

「ははぁ、そりゃ凄い」

 

 え、全校生徒……俺の元いた中学なら数十人だが、ここは都会だ。きっと百人以上はいるに違いない。というか、入学式にはいた。

 

「ちなみに、全校生徒で何人いるんでしょうか?」

 

「四百五十人くらい」

 

「……まじかよ。入学式に出てたのが全校生徒じゃないのか」

 

「あれ、新入生だけ」

 

 悲報、田舎育ちの常識は通用しない。一学年、百五十人近くとか想像出来ない。

 

「えーと、お姉さんは、三年生? なんですか?」

 

 これ以上、質問されればもっと田舎バレするかもしれない。俺は代わりに自分から質問することにした。

 

「いいえ、二年生。だから貴方とこの子、白葉とは一つ違いね」

 

「ぶい、私も一年生」

 

 妹さんはピースサインをしながら、ストローでクリームソーダを吸い上げる。

 

「喜一君は、近くに住んでいるの? それとも編入の時に引っ越してきたのかしら?」

 

「あ、えーと、越してきました。下宿って形なんですけど」

 

「そう、寮には入らなかったのね」

 

「そうですね。その……自主性を重んじているので」

 

 嘘である。本当は彼女が出来たなら一緒に部屋でいちゃつきたいからだ。

 

「それにしては、妙に大荷物なのね?」

 

 お姉さんの視線が、机の横に置かれた俺のスーツケースへと向けられた。

 

 確かに下宿なら、普通入学するより少し早く入っているだろうしな。

 

「ちょっと、色々ありまして……」

 

 話の流れで、俺は今の状況を事細かに話した。

 

「……なるほどね、つまり宿がないと」

 

「そうなんですよね、あははは」

 

 なんとも、お恥ずかしい話だ。俺は誤魔化すように、コーヒーを持ち上げる。

 ミルクと砂糖マシマシ。ほぼコーヒー牛乳だ。

 

「白葉。2階の角の部屋、空いていたわよね?」

 

「むむ、あの部屋。私の隠れ家……けど、いい。喜一は気に入った。根性がある」

 

 キメ顔で、親指を立ててくる妹、白葉。物静かな感じかと思ったが、中々に個性が強いタイプのようだ。

 

「え、えーと、どういう話ですか? それ、もしかして……」

 

 いや、流石にそれは……。と俺は苦笑いする。

 

「一週間くらいなら、うちに住むといいわ。それだけあれば、部屋も決まるだろうし」

 

「いや、それは悪いですよ……それに、二人の親御さんだってなんていうか」

 

 年頃の娘が二人いるのに、得体も知らない男を住まわせるなど、考えられない。

 

「そこは大丈夫よ。元々私とこの子しか住んでいないから」

 

「え? それって、えーと……」

 

 さては地雷を踏んでしまっただろうか。一瞬不安になる。

 

「とりあえず、うちに来てもらえるかしら? 来るだけなら、罰は当たらないでしょう?」

 

「そー、そして住めばいい。ふんす」

 

 そのまま俺はカフェオレを。お姉さんの方がコーヒーを、妹さんがクリームソーダを飲み終えた頃、店を出る。

 

 そうして、駅前を離れた住宅街を歩く。

 

「あ、忘れていたわ。私とこの子、自己紹介をまだしていなかったわよね」

 

「そうですね、確かに」

 

「私は、月乃江 銀花(つきのえ ぎんか)。さっきの自己紹介風に言うと、月の入江で、月乃江。銀の花で銀花ってところかしら」

 

 なんとぴったりな名前なのだろうか。音の響きも美しいし、美しい銀髪とその容姿を表現するのに、それ以上の名前はないとすら感じる。

 

「私。月乃江 白葉。ホワイトリーフ白葉ちゃん」

 

「白い葉、ってことか。なるほど」

 

 なんだ洒落た言い方なんだ。これが都会スペックか……。俺ならストレートウォール……ハッピーワン? よし、却下だ。

 

「そして、ここが私達の家よ」

 

「お、おぉ」

 

 閑静な住宅街の中。聳え立つのは、高い塀に囲まれたこの巨大なお屋敷。田舎の方が土地が広いから家は大きいと思うが、これじゃどっちが田舎か分からない。

 

「あと喜一君。私のことは銀花と呼んでね。苗字だとどっちか分からないでしょう?」

 

「同じく、私のことは白葉でいい」

 

「……分かり、ました。一週間、お世話になります!」

 

 正直、誰が想像できるだろう。この展開を、そして、掻き乱される俺の『普通』の日常の行く末を。

 

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