学園で有名な『氷』の美人姉妹を助けたくらいで、俺の平凡な生活は変わらない……と、思っていた。 作:沙悟寺 綾太郎
「皿、洗います」
「……ありがとう、喜一君」
もはやいつも通りに、三人で夕食を食べ終え、テーブルの上の食器を片してゆく。
ご飯を作ってくれた銀花さんは休んでいてもらって、俺と白葉で洗い物をこなす。
「これが終わったら、映画を見る」
隣、拭き終えたスプーンをじっと見つめながら、白葉が呟いた。
「分かってる」
今が八時四十五分だから、確かにちょうどいい時間だ。
というのも、先日銀花さんと学校を休んだ日。二人で映画を見たのに、白葉は何やら思うところがあったようで。
『喜一。次は、白葉ちゃんセレクションを見て』
と頬を膨らませて、拗ねてしまったので、今日の夜は三人で映画を見ることになったのだ。
「ところで、何を見るんだ?」
「それは……」
「バックトゥー・ザ・ジュラシック3。とある天才が作り出した車型のタイムマシーンに乗って、恐竜の楽園へと向かう話……だそうよ」
白葉の代わりに、ブルーレイディスクのパッケージに視線を落とした銀花さんが答えてくれた。
おいおい、大丈夫か? かなりB級の匂いがするぞ? なんか聞いたことあるような名作二つを、足して二で割ったような設定だ。
てか、1からじゃないんかい。
「私が保証する。面白かった、2までは」
「一番、やばいパターンだな……」
ハリウッド映画といえば、1と2が大当たりして、3で転けるイメージが根強い。
スパイ○ーマンとか、ター○ネーターとか。
「大丈夫。調べたところ、こう書いてあった。前作より火薬の量を3倍にしていると」
「それで解決すると思うのは、些か早計かと……いや、割と大丈夫そうだな」
大抵のことは、爆発でどうにかなるよね。うん。火薬も安くはないだろうし。
「見れば分かる。洗い物終了」
最後のフォークを履き終えて、戸棚に戻した白葉はふんすと鼻を鳴らした。
心なしか、その目はいつもとは少し違う。期待に染められていたのだ。
そ、そこまでなのか、この作品は。
「喜一君。隣いいかしら?」
「勿論です。どうぞどうぞ」
「それじゃ、私はこっち」
「どぞどぞ」
映画が始まる。同時に、俺たち三人はソファーに座った。
ああ、これは凄いことになったなぁ。俺がそう思ったのも、銀花さんは俺の左側に。白葉は俺の右側に座ったからだ。
太ももや肩がちょっと触れ合うような密着。テレビよりも二人の横顔の方が気になってしまう。
「喜一君、手いい?」
「は、はい」
銀花さんはあまりにも自然に手を握ってきた。少し冷たくて、けれど肩に当たる銀花さんの熱は確かに伝わってくる。
動悸がすごい。ほんと、最近銀花さんとの距離感がかなりおかしなことになっている気がする。
夜もリビングでよく話すし、白葉のいないところでは妙に甘えてくるようになった。逆に言えば、こうして白葉がいる時に手を握ってくるのが、かなり珍しいくらいだ。
「喜一、ほら見て。爆発が凄い」
「うぉー! うぉ!?」
そのシーンは主人公の乗った車が恐竜の跋扈する時代に到着し、それと同時に車が爆ぜる場面。
いや、えっぐ。なんだよ、トランクに大量の火薬でも積んでたのか? そう思わざるを得ないほどの爆発だ。
が、しかし。俺の意識はそこに集中していなかった。爆発と同時に俺の腕を包み込んだ感覚に驚愕していたのだ。
そう、それは右腕の肘の辺りに走った。
ふにょん。オノマトペで表現するならば、そんな感じだ。
「し、白葉さん」
確認すると、白葉は俺の右腕を両の手で抱え込んでいた。ハグ? みたいな感じだ。
「ん、なに?」
「いえ、そのえーと……」
当たっている!! 凄くたゆたゆしたものが!! という言葉をどう表現したものか。
「喜一。ちゃんと見て。じゃなきゃ、分からなくなっちゃう」
「は、はい」
そこから物語は展開してゆく、アクションとちょっとしたサスペンス。そして、時よりぽよよんと。……あ、間違えた。最後のは物語になんの関係もない。
「……一旦ここいらで休憩にしましょう」
「むむ、今いいところ……でも、確かにトイレ行きたい」
「あら、それなら私は飲み物を入れるわね。喜一君、白葉。何がいい?」
「私はコーヒー牛乳」
「分かった。ほとんど牛乳のコーヒーね。喜一君は?」
「じゃあ俺も同じものを……というか、手伝います」
「ありがとう。お願い出来る?」
そこから一時間ほど経ち、一度トイレ休憩を挟むことになった。何せ、この映画まさかの三時間半尺なのだ。
「ごめんなさいね。付き合わせてしまって。白葉ったら、貴方が来てからずっと楽しそう」
「いえいえ、俺も楽しいです。こうやって二人と映画を見れるのも、一緒にご飯を食べるのだって凄く」
兄弟がいれば、こんな感じなのだろうか。と想像すれば、つくづく一人っ子はどうしたって孤独なのだと実感する。
「喜一君。その……私も、今が凄く楽しいの。今に思えば、ずっと二人きりで寂しかったのかも」
「……銀花さん」
「だから、ね? 喜一君さえ良ければ、これからも一緒に居てくれたら嬉しい」
銀花さんは俺の手を取ると、自分の頬へと当てて、微笑んだ。
「く、くぅ」
あれだ。最近になってようやく分かったことだけど、銀花さんは一度でも気を許した相手に対しては、ほとんど無警戒なのだ。
むしろガンガン甘えてくるし……その、無意識なのかは分からないが、猫のように体をすりすりと押し付けてきたりする。先程も、肩を押し当ててきていたし。
「俺なんかで良ければ、いつまででもそばに居ます」
きっと、不器用なのだろうな。そんな風に俺には思えてしまった。
ずっと頑張ってきて、両親もいない。だから、誰に対しても甘えることが出来なかったのだと。
だからこそ、こんな俺に甘えてくれるというのならば、いくらでもそうして欲しい。
「二人ともー、続き見よー」
「おうよ」
「今行くわね」
けれど、やはり少し怖い。
二人に本当の俺を見せたのなら、きっと今のようにはいかないのかもしれないと思うと。
「……」
「喜一君? どうかした?」
「いえ、少し考え事がしてました」
何故ならば、いつだってそうだった。
努力をすればするほど、誰かのために誰かといたいがために、努力をすればするほど、遠ざかってしまうのだから。
『──お前って、なんでも出来るからって調子乗ってるんだろ?』
俺はただ、みんなと遊びたかった。だから、努力をした。
本当にただ、それだけだったのに。
人より何かが出来るということは、その人を傷つけてしまうかもしれないということ。
だから、俺は誰かを傷つけることになるくらいなら、本当の自分を隠すことに決めたのだ。