学園で有名な『氷』の美人姉妹を助けたくらいで、俺の平凡な生活は変わらない……と、思っていた。 作:沙悟寺 綾太郎
「では、行ってきます」
「行ってくる」
「ええ。行ってらっしゃい」
朝食を食べ終え、俺と白葉は家を出る。
部活祭の日。当日、一年生の参加は必須だが、部に所属していない二、三年は自由参加だそうで、銀花さんは参加しないらしい。
「喜一。今日、一緒に回ろう」
「それは全然構わないんだけど……実際、どんな行事なんだ?」
通学路を歩きながら、色々と想像をしてみる。
部活の紹介を本題とするならば、運動部はやはり部員とともに競技を試すことになるのだろうか? でも、逆に文化部はどうするのだろう。
「部活祭は、美味しいものが食べられる。家庭科部と調理部が出店を出してるから」
「ほうほう、なるほど?」
家庭科部と調理部って何が違うんだ?
そんな疑問を感じたのも束の間、すぐに学校が見えてくる。
「おお、なんか派手な感じになってるな」
「うん。いつもこうなってる」
祝! 部活祭開催中! と色とりどりの文字で書き連ねられた看板が校門の上にデカデカと張り出されていた。
「喜一、行こ?」
「おう」
俺と白葉は門を抜けて、とりあえず校舎の中へと入った。
「手芸部ー、編み物販売してまーす」「演劇部、お昼に公演やりまーす。どうぞ、見てってください!」
なんとも賑やか。壁と窓枠には紙の飾りが連なって、楽しげだし、廊下を歩く生徒も、看板を手に行き交う生徒たちに声を掛ける客引きも、何処か浮かれて楽しそうだ。
「白葉はどこに行きたいんだ?」
「むむむ、迷う」
白葉は何故だか、事前に配布されていた校内の地図を制服の胸元から取り出す。
……え、すっごい。
「まずは、手芸部の出し物から行く」
「はいよ」
手芸部が使っているのは、二階隅の教室。普段は、空き教室だが今日は展示と小物の販売のために解放されている。
「いらっしゃいませー……あっ」
「お邪魔します」
軽く会釈して、入ってみると、壁際の隣。少女と目があった。
少女の前の机には、フェルトのぬいぐるみが数多く並んでいた。
「えーと、おはよう。真壁君」
「ああ。茅田さん、手芸部だったんだ」
「うん。手芸が……好き、なので」
何処となく、距離を感じるというか。
「敬語無しでお願いしていい? どうも、苦手で」
なんか同い年に敬語を使われると首の辺りがむずむずする。
「あ、ごめん。つい……あはは、どうしても出ちゃって」
ふむ。こうして、話してみると普通にいい子っぽいな。てか、初対面の時の状況の方がおかしかったのだろう。
「喜一。見てこれ。可愛い」
「すまん、呼ばれた……また」
「う、うん。ゆっくり見ていってね」
白葉に呼ばれ、俺は向かいの机へと向かった。
「……えーと、なんだ、これは?」
犬、猫、クマ、ウサギ。色々と
「多分、ドラゴン」
だとしても、なんとも歪だな。くちばし……いや、そもそもくちばしなのか? なんか口に細長いのがついている。
短い手足にずんぐりむっくりした胴体。そして、へんてこな口。お飾りのような羽。なんとも既視感が凄いのだが、すんでのところで思い出せない。
そうして、じっと見つめて十秒。ようやく。
「あっ、思い出した。あれじゃん、好きなものを発表するドラゴンか」
一時期、某動画サイトで大バズりしたやつ。久々に見た。
「そう。すごく可愛い」
「まあ、確かに可愛い……のか?」
可愛いと思わなくもないが、なんか個人的には微妙だ。
「買うか?」
値段は実に五百円。出来もかなりいいし、全然リーズナブルではある。
「……ぐぬぬ、今月は漫画を買わないといけないから、お小遣いない」
白葉はがま口の財布を開いて、少ししょんぼりとした。けれど、すぐにそんな空気を振り払う。
「それにお姉ちゃんにプレゼント買う! だから、我慢!」
「お、おー!」
優しい子だ……ちょっと泣きそう。白葉はあまり行動が読めないと思っていたが、銀花さんに対する感情は、結構分かりやすい。
というか、本当に仲が良い。
「喜一は何がいいと思う?」
「あ、うーん。そうだなあ」
白葉が銀花さんを想って贈るものなら、きっとなんだって喜んでくれるだろう。けど、どうせなら普段から使ってもらえる方が白葉としても嬉しいかもしれない。
「それなら、こういうのはどうだ?」
ちょうどいいものがあった。俺は指差す。
「……ハンカチ?」
「そうだよ。消耗品かもしれないけど、贈った側としても使ってもらえる方が良くないか?」
種類も色々あるし、どれも綺麗だ。
「むむ、確かに私が贈ったものをお姉ちゃんが使ってくれるのは嬉しい」
「だよな」
少し悩んだ末に、白葉は白い花柄のものを選んだ。こちらも一枚五百円。
「よし、買ってくる」
「なら、俺も買うか」
「ん、喜一も?」
「ちょっといいのがあったからな」
右手の平に白葉の欲しがっていたドラゴンを隠しつつ、左手でマグカップを持ち上げる。
白葉が銀花さんのためにお小遣いを使うのだから、俺が白葉のために使ってもバチは当たらないはずだ。後で、渡すとしよう。
「真壁君、こっちにどうぞ」
レジらしき机の前には数人が並んでいて、混み合っていた。すると、茅田が声を掛けてくる。
「真壁君って、お兄さんみたいだね」
「そう、か?」
「だって、このぬいぐるみも月乃江さんに買ってあげるんでしょ?」
「……まあ、そうだな」
「やっぱりお兄さんみたいだよ。私、弟はいるけど、上にはいないからちょっと憧れるかも」
「俺は一人っ子だから、そういうのあんまりピンと来ないな」
俺は財布から千円を出して、そのまま茅田へと手渡す。
「あ、真壁君。実は入部してくれたら30%引きだけど、どう?」
「……ちゃっかりしてるんだな」
勿論、答えはノー。
俺と白葉はそのまま、部屋を出た。
次に向かう先は、その隣。パズル研究会だ。
「ただいま、クロスワードタイムレースをしていまーす」
「喜一。見て、景品」
「ん?」
五つの机が簡易的なステージのように、黒板の前に配置された教室。恐らくは、クイズ大会のようなものに参加する生徒が座る先だ。
テレビで見るクイズ番組のようなセットの中、白葉の視線の先にあったもの。
それは。
「お菓子詰め合わせか」
しかも、かなりの量だ。食べ切るには一ヶ月はかかる。
「私、参加する。喜一は?」
「俺は……いいかな」
「そっか。じゃ、行ってくる」
白葉は荷物を俺に預けて、すっと係員をしていた生徒へと話しかける。
少し驚きながらも、参加を拒否されることはなかったようで、そのままタイムレースは開始された。
幸いなことに、他の四人もすぐに決まった……というか、決まっていたようだ。
「では、問題の書かれた用紙を配布します。解けた方は、手を挙げてください」
五人の挑戦者が横並びに机に掛け、配られるクロスワードの合計時間を競う。
それが、クロスワードタイムアタックだそうだ。
「では、開始!」
司会の声と同時に、タイムアタックの火蓋が切られた。
「出来た」
「はあ!?」
うん。ほんと読んで字の如く、瞬く間に。
白葉は問題を解き終えたようで、誇らしげに手を挙げる。
「そ、そんな簡単に」
司会は白葉の答案用紙を受け取ると、目線を右へ左へ向けて答えを確認する。
「ぜ、全問……正解です……」
「むふふ、当然。私こういうの得意」
あー、ほんととんでもないな。薄々、勘付いてはいたが、やはり。
「……天才、か」
クロスワードは、思考の瞬発力と知識の量を競うゲーム。どちらが足りなくとも成立しない。
天才という言葉が、事実であるかは置いておいても、普通ではあり得ない速度だ。
「──いやぁ、凄いよね。月乃江さん」
「ええ、本当にそう……ん」
ふと声を掛けられたから、何も考えずに返したが。
「……おはようございます、礼堂先輩」
「おはよう……えーと、君の名前聞いてなかったよね。私」
そう、いつの間にやらギャラリーの中。
俺の隣にいたのは。
礼堂 美桜。生徒会の副会長にして、先日そこしれない何かを感じた少女であった。