学園で有名な『氷』の美人姉妹を助けたくらいで、俺の平凡な生活は変わらない……と、思っていた。   作:沙悟寺 綾太郎

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第24話

 

 優勝景品として、お菓子の詰め合わせを白葉が授与される一方。

 俺は礼堂先輩から、何故か質問攻めに会っていた。

 

「何か入りたい部活は見つかった? 真壁君」

 

「いえ、入る予定はないです」

 

「へぇ、そーなんだ。てっきり野球部にでも入るのかと思ってた。じゃあ、今日は月乃江さんとデートってこと?」

 

「で、デート……なんですかね、これ」

 

 他の人からだと、そう見えるのか? 

 複雑……ではないけれど、少し誤解させているようで申し訳ない。

 

「えーと、礼堂……先輩は、何故ここに?」

 

「ん? 見回りだよ? どうしても、こういうイベントごとをすると、羽目を外しすぎる子がいるからね」

 

 まあ……確かに納得のいく答え、か。礼堂先輩は表情から、その感情を知るのがあまりにも難しいから、一瞬答えを怪しんでしまう。

 

「えへへ、へ。お菓子……いっぱい」

 

「白葉。お疲れ様」

 

 持ち運びをしやすいように、大きな袋に入れてもらった白葉は満足そうに胸に抱えて、戻ってきた。

 

「じゃあ、次に行こうか」

 

「うん。次は……将棋部。勝てば、またお菓子が貰える」

 

「いいねー、行こう行こう!」

 

 俺と白葉。そして、何故か礼堂先輩を交えた三人は、将棋部。一つ上のフロアへと向かった。

 

「ねえ、喜一。その人、知り合い?」

 

「え、あー、まあ。そうなる、か」

 

 白葉はやや背後をついてくる礼堂先輩にちらちらと視線を送りながら、ぼそりと尋ねてきた。

 

「私、多分あの人苦手」

 

「安心してくれ、俺も苦手だから」

 

 話していて、違和感を感じてしまうし、白葉とは違う意味で何を考えているか、分からないからちょっと怖い。

 

「はい、どうぞ! 将棋部ではなんと、練習対局をやってます!」

 

 ふむ。それは面白そうだ。こう見えて、将棋には少し覚えがある。

 

 都会っ子は見たことも聞いたこともないだろう、じいちゃんとのお年玉を掛けた対局(デスマッチ)を。

 

「どれどれ、やってみようか」

 

「喜一。あとは頼んだ。私、将棋のルール分からない」

 

「おうよ」

 

 俺は机の上に、将棋盤へと向き合う。

 

「よろしく。何枚落とそうか」

 

 正面にやってきたのは、眼鏡をかけた男子生徒だ。首に下げたハート型の名札には、部長と書かれていた。

 

 落とすというのは、上級者が自身の特定の駒を取り除いて対局することだ。

 つまり、ハンデをやるから胸を借りるつもりでかかってこい。みたいなノリ。

 

「あ、ハンデは無しで。久々に普通に楽しみたいので」

 

「ほう。君、経験者か」

 

 きらり、眼鏡が光った。

 

「舐められたものだな。こう見えて、俺は県大会8位なんだが?」

 

「あ、そうなんですねー」

 

 おお、これは中々本格的な駒を使っている。

 よくある楓の木ではなく、斧折樺(オノオレカンバ)だ。

 

 と、俺が駒に熱中していると部長さんは、なんか凄く饒舌に話し始めた。

 

「驚くのも無理はない。こう見えて……」

 

「すみません、そろそろ始めましょう」

 

 話が長い。というか、自慢話の塊だ。俺は遮って、将棋盤を指差した。

 

「……いいだろう、一年生。なら、対等に振り駒から始めよう」

 

「あ、はい」

 

 振り駒。五つの駒を振って、その表裏の数で先手と後手を決める行為。まあ、簡単にいえば、スポーツのコイントスとかに近い。

 

 結果、俺が後手。部長さんが先手で決まった。

 

「では、お願いします」

 

「お願いします」

 

 平手。後手。ならば、相手がどういった打ち筋をするのかを見れるのは明確なメリットだ。

 

 一手、二手。教科書通り、よくある居飛車同士での形で展開が進む。

 

「矢倉か」

 

 角の動き、見覚えのある陣形へと変容する流れから相手のやりたいことが見えてくる。

 

「やはり経験者だな、しかも定跡も知っている」

 

 矢倉囲い。一番オーソドックスでメジャー。基本に忠実とも言える。しかも、それでいて信頼性の高い守りの陣形だ。

 

「……ふむ、悩みますね」

 

 先手番の矢倉に対してならば、俺が知っている、指せる対処としては三つくらいだ。

 

 一つは、矢倉。相矢倉と呼ばれる形。言ってしまえば、ミラーマッチを申し込む戦略だ。

 

 そしてもう一つ、中飛車。矢倉は、真ん中の筋が弱くなりがちだ。そこに重きをおいて、しっかりと攻め切る。

 

 そして、最後の選択肢。

 俺は、一瞬の迷いを絶った後で選び取る。

 

「雁木囲い、か」

 

「はい。一番、慣れているので」

 

 あれは、小学生の頃。うちの爺さんもとい……クソジジイに幾度となく、お年玉を亡きものへとされた俺からすれば悪魔の戦術である。

 

 ……ちなみに、俺もよく矢倉を指していたが、ジジイのこれに勝ったことはない。

 

 ぱちん、ぱちん。

 手は進み、次第に盤面は熱を帯びる。それに当てられたように、周りにギャラリーが集まってくる。

 

「くっ……」

 

「……ここかな」

 

 優勢だ。相手の攻めはしっかりといなしつつ、こちらの攻めの手はきっちりと効いている。

 

「あの人、めっちゃ強くない?」「な、なあ、これもう詰んでないか?」

 

 流石に将棋部のブースに来るだけあって、皆戦況は読めているらしい。だからこそか、部長さんの動揺がやや垣間見える。

 

「くっそ……なんだよ!」

 

 随分と苦しそうだった。奥歯はぎりぎりと音が鳴りそうだったし、額には汗が浮かんでいた。

 

 そうしながらも、懸命に指された一手。

 それは。

 

「これ……」「ああ、多分」

 

 その瞬間、ギャラリーが息を呑んだ。

 ──悪手。それも、決定的な。

 

 指を離すと同時に、部長は酷く後悔を滲ませた。

 

「……あ、ああ」

 

 絶望。努力によって培われた大きな自信が、ぽきりと音を立てて崩れるような。

 

『──お前ってさ、手加減とか出来ねえの?』

 

 その顔を見るなり、フラッシュバックしたのは紛れもなく俺が、最も苦しんだ言葉だった。

 

「っ……!?」

 

 同時に気分が悪くなった。

 胸の奥に大きな何かが蠢いて、鉤爪のように掻き回しながら、引っかかる。

 徐々に、息さえも出来なくなってくる。

 

 ──ああ、やっぱりだめだ。

 

「……すみません。投了でお願いします」

 

「は? 何を言って」

 

「すみません」

 

 俺は動悸が始まった胸を押さえながら、立ち上がる。

 

「喜一? 大丈夫?」

 

「すまん、また後で」

 

 俺はギャラリーを割って教室を飛び出した。

 向かう先は、トイレだった。

 

「……はあ、やっぱダメだな。俺は」

 

 個室の扉を閉めて、そのまま背を預ける。

 いつからだろうか。勝つことに、何も意味を見出せなくなったのは。

 

 スポーツも、将棋も。ありとあらゆる人と競うことにおいて。

 

「良くないのは、分かってるんだけどな」

 

 知っている。本気でぶつかってくる人に、こちらが本気を出さないのは、ただただ失礼であることは。

 

 けれど、どうしたってこうなってしまう。自らの手で、相手を傷つけてしまったの知った時、途端に気分が悪くなる。

 

 俺はじっと天井を見上げて、息を吐く。すると、扉がノックされた。

 

「喜一。気分は、どう?」

 

「白葉、か。ここ、男子トイレだぞ?」

 

「今は誰もいない。大丈夫」

 

「……そっか」

 

 鍵を開けて、扉を開く。すると、白葉が不安そうに俺を見上げていた。

 

「私が、頼まなかったら、こんなことにはならなかった?」

 

「いや、ちょっと人に酔っただけだから。それより、荷物取りに行かなきゃな」

 

「あ、それならだいじょーぶ。私、持ってきといたから」

 

 入り口から顔を出したのは、礼堂先輩だ。

 その手には、俺の学生鞄があった。

 

「喜一。ちょっと休もう。何か食べながら」

 

「そうだな、もうちょっとでお昼過ぎだし」

 

「さんせー。私もお腹空いたかなー」

 

 まだ着いてくるのか……この人は。

 俺はため息を噛み殺しながら、廊下へと出た。

 

 そう、その時だった。

 

「──さっき、詰んでたよね? 6七金打ちから、計十七手詰め。君も、気づいてたんでしょ?」

 

 俺にしか聞こえないくらいの潜めた声。

 

「見せて欲しいなー、君の本気。編入試験でダントツ一番。史上最高得点の498点を叩き出した真壁君の、ね?」

 

 一瞬、耳を疑った。

 何故? この人は何処でそれを聞いたのだろうか?

 

 分からない。けれど、確かに俺は今のこの瞬間に理解した。

 この人は、きっと俺の平穏な日常の──()なのだと。

 

 

 

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