学園で有名な『氷』の美人姉妹を助けたくらいで、俺の平凡な生活は変わらない……と、思っていた。 作:沙悟寺 綾太郎
「お待たせしましたー」
校舎の前に作られた簡易なテントの中では、窪みの並んだ鉄板の上では焼き目のついた美味しそうな球体が鉄の串に突かれていた。
八個150円。圧倒的なコスパを誇るたこ焼きは、調理場の出し物らしい。
実にコスパのいいたこ焼きを二人分買い、一つを白葉へと渡す。
「いいの? お金払ってない」
「まあ、これくらいはな」
色々あって先程は心配をかけてしまったし、そのお詫びのようなもの。
「あれ、私の分は?」
え? と、きょとんと顔から力を抜く礼堂先輩。……いや、何故俺が礼堂先輩にまで奢ると思った。
「先輩は自分で買って下さい」
「えー、ケチだなー。そんなんじゃモテないよ?」
「大丈夫。最悪、売れ残ったら私が貰ってあげる」
白葉さん……それは有難いけど普通、男が言うセリフじゃないですかね?
と思っていると、礼堂先輩は俺と白葉を交互に見た。
そして、俺へと耳を貸せと手招きしてきた。
「……ちょい、ちょい。真壁君」
「はい?」
「君らって、本当に付き合ってないんだよね?」
「まあ、そうですね」
まあ、同じ家には住んでいるが。
「なのに、こんなに距離近いんだ?」
「まあ、そうですね」
まあ、部屋も隣同士だしな。
なんてことを一つでも言えば、もっと面倒臭い追求を受けることになるのだろうな……。
「喜一。あーん」
「いや、俺も買ってるぞ?」
「……あーん」
あ、はい。そういうことね。そんなのは関係ないんですね、はい。
「あ、あーん」
「ひょい」
竹串に刺さったたこ焼き、口内にIN。
「あっづ!!!」
はふはふとかいう次元じゃないぞ! これ!
暴力だ、暴行的な熱さだ!
「あはははっ! すっごい顔!」
「へんはいも! たべてくだはいよ!!(先輩も食べてくださいよ)」
喰らえ。二重の意味でな。
俺は自分のたこ焼きから一つを持ち上げて、礼堂先輩へと差し出した。
「いやーん、ちょっと真壁君積極的すぎない? お姉さん照れちゃうなー」
うるせえ、食いやがれ。そして、その楽しそうな口が火傷まみれになることを願う。
というか、照れているという割にはずっと目は暗いままなんだよな。
「む、ダメ」
「あれれ?」
俺が礼堂先輩へと差し出したたこ焼きは横から飛び出してきた白葉によって
「ほむほむ。うん、これはなかなかいける」
「なっ!? 熱くないのか?」
「喜一は大袈裟。こんなの大したことない」
うせやろ? そんなわけなくね?
と、ようやくたこ焼きを飲み込んだ俺が、じっとその顔を見ていると。
「し、白葉?」
「……大丈夫。だ、だ、たいじょ、ぶ」
見る見るうちに、白葉の顔が赤くなる。照れなどではない、もっと直接的にだ。
「水! 水飲むか!?」
「うぐっ、いる」
先程買ったペットボトルの蓋を開けて、すぐに白葉へと差し出した。
「……ぷはぁ、死ぬかと思った。たこ焼きは危険」
焼きたてだしな。というか、俺もそうなってたのだから、そう強がることもなかったろうに。
とちょうどその時。
『ただいまよりー。第一グラウンドにて野球部のイベント、ホームランレースを行います。ご参加希望の生徒は、グラウンド横のテントに受付をお願いします』
「おっと、もうこんな時間か」
確か、ホームランレースが始まるのは昼の一時からだ。アナウンスが始まったということは、三十分前くらいか。
「なに? 真壁君、出るの?」
礼堂先輩はふーん、と何か企んでいそうな含み笑いを浮かべた。
「まあ一応、約束なので」
大野木に誘われたのだ。それに、こういうイベントごとは楽しまなければ損だし。
まあ、この人がなにを期待しているのかは、分からなくもないが、それはない。さっきも見ただろう。俺が何故、人を相手に本気を出せないのかは。
「……喜一、体調はもう大丈夫?」
「もちろん。それは大丈夫なんだ。ただ……」
問題がある。
「右手……めちゃくちゃ筋肉痛なんだよなぁ」
連日の投球。かなり久々だったから、びりびりと痛みがある。まあ、我慢ならできるだろうけど。
「まあ、とりあえず受付に行くか」
ようやくたこ焼きも冷めてきて、いい感じの温度になった。俺はぱくぱくと残りを食べてから、グラウンドへと向かった。
「おお、結構いるなぁ」
流石は、祭りというだけある。既に受付には十人以上の生徒が並んでいた。
「よ、真壁。来たか」
「うっす、大野木」
俺が最後尾に並んだと同時に、隣に大野木がやってきた。肩にはバットケースをぶら下げている。……かなりやる気だな。
「真壁。このホームランレースのルールは聞いたか?」
「いや、まだ知らないな」
どうせ、やる時になったら教えて貰えるだろうとたかを括っていた。
「そっか。なら、ちょうど待ち時間あるし、説明しとくぜ?」
「おお、ありがたい」
大野木が言うには、ルールは単純にして明快だった。
一つ、一人当たり五球。
二つ、打った飛距離の最高記録で報酬が変わる。
三つ、一番、飛距離を出した人はとびっきりの報酬が待っている。
「とびっきりの報酬って、なんなんだ?」
「あー、それがな? 年度別に違うんだ。一昨年は、大人気ゲーム機。去年は確か……ロボット掃除機、だったか」
確かにかなり豪華ではあるが、とんでもない落差だな。ゲーム機を期待して、ロボット掃除機なんて渡されたら、その上に跨ってレーシングゲームさながらにドラフトでも始めてしまいそうだ。
「それじゃーそろそろ始めまーす。抽選で順番を決めますのでー、一人ずつ呼ばれたら打席に入ってくださーい」
「お、始まったな」
「なあ、大野木」
「ん、なんだ?」
「言いたくないかもしれないかもだが、なんでお前は野球を辞めたんだ?」
薄々違和感があった。
「あー、そのことか。別に隠してる訳でもないんだけどな」
大野木はそう言いながらも、何処か言いずらそうだった。
「言いたくないなら、いいんだぞ?」
「いや、話す。けど、今度でもいいか?」
「分かった」
「すまんな」
これはきっと何か事情があるのだろうな。大野木の顔にそう書いてあった。
「まあとりあえず、今日は楽しもうぜ?」
「おう」
そうして、ものの数分が経つと。
「それじゃー次の人ー、えーと一年生の真壁君っ!」
「はーい」
名を呼ばれたので、バットを受け取ってとりあえず打席に入る。
そして、対戦相手は。
「……まあ、妥当か」
バッティングマシーンだ。そりゃ、人が投げればどうしたってムラが出るし。
「じゃあ、始めまーす。準備はいいですかー?」
「いつでもどうぞ」
うーむ。やはり人に話したくないとなれば、人間関係やスポーツ特有の上下関係か何かが原因なのだろうか。
まあ、何にしても、正直気になるな。
「あっ」
初球。ど真ん中に入ってきたボール。俺は考え事に熱中するうちに、自然と力が抜けたいいスイングが出来たらしい。
完全に金属バットの真芯で、ボールを捉えた痛快な音が鳴り響いた。
「……あ、あー」
ボールは高く、そりゃもう高く舞い上がり、そして。
「う、嘘……だろ?」「え、ええ、あり得ない」
ボールはグラウンドを軽々超え、テニスコートのフェンスの上を通過していったのだった。
はい。ミスった。というか、絶対あれだろ、風の悪戯……。
どよめきと歓声が混ざり合うグラウンドの中心で俺は顔を強張らすことしか、出来ないのだった。