学園で有名な『氷』の美人姉妹を助けたくらいで、俺の平凡な生活は変わらない……と、思っていた。   作:沙悟寺 綾太郎

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第26話

 

「ホームランレースの優勝は……真壁 喜一君!」

 

 三時間と少しばかり。部活祭も残すところビンゴ大会のみになった頃。

 俺は表彰台と化した朝礼台の上にいた。

 

「……なんで、こうなったんだろうな」

 

 俺としては、そこそこの成績でわちゃわちゃ楽しむつもりだったのだが。

 

「その記録は、なんと128メートル!!」

 

 絶対、計測ミスってるって……プロ野球選手でもそんなスコア中々出ないぞ……?

 

「では、景品のお渡しになりまーす」

 

 ぱちぱちぱち。拍手と共に、巨大な箱が手渡される。ラッピングされているから、中身は分からない。

 けれど。

 

「重っ……」

 

 かなりの重量だ。持って帰るのも中々辛そう。

 

「それでは、部活祭最後の一大イベント! ビンゴ大会を開催します!」

 

 朝礼台は表彰台になり、そのままステージになるらしい。俺はそそくさと撤退した。

 ビンゴ大会に興味はあったけど、なんか色々今日は疲れたから、休みたかったのだ。

 

「はあ、やっぱり目立つのは得意じゃないな」

 

 なんもかんも、風。上空で吹き荒れていたであろう暴風が悪い。

 

 グラウンドには多くの生徒が集まっていた。だから、中庭は空いているだろうと向かってみると、案の定ほとんど誰もいなかった。

 

「喜一。凄い、グッジョブ」

 

「あはは、ありがとう……」

 

 白葉は目をキラキラさせて、興奮していた。うん、なんか可愛い。

 

「いやぁ、ほんと飛んだねー」

 

 礼堂先輩もまだいる。うん。この人絶対、今日、自分の仕事してないよな。

 

「ちなみに、その中身はね?」

 

「あ、言わないで下さい。開けてからのお楽しみなので」

 

「そっか、そっか。ごめん」

 

 というか、生徒会って何をするのが仕事なのだろうか? もはやそれすらも想像が付かない。

 

「喜一。そろそろ帰る?」

 

「そうだな、銀花さんも待ってるし」

 

 時刻は17時くらい。夕飯の買い物をして、帰るなら……。

 

「ん? 大野木?」

 

 ふと視界の片隅に、大野木が映った。校舎の裏へと一人歩いていく姿が。

 

「ちょっと、待っててくれるか?」

 

「ん、分かった」

 

 何となく気になって、俺は追いかけた。

 どうにも、様子がおかしかったような気がしたからだ。

 

「くそ……やっぱ、あんまり時間がない、か」

 

 大野木は壁にもたれるように背を預け、座り込んだ。

 

「大野木? どうかしたのか?」

 

「おお、真壁……か。ダサいとこ見られちまった」

 

 汗が凄い。しかも、かなり無理をして笑っているようだった。

 

「にしても、すげーホームランだったな。まあ、打ったのがお前なら驚かないけど」

 

 誤魔化すように、話をすり替えるように大野木は言った。

 

「……怪我、か?」

 

「おう。実は……な」

 

 大野木は自分の腰を、とんとんと叩いた。

 

「去年の夏くらいから痛みを感じてたんだが、結構ひどいらしくてな」

 

 まだほとんど誰にも言ってない。そう少し申し訳なさそうに、大野木は付け加えた。

 

「……だから、野球辞めたのか」

 

「まあな。元々すげー才能があった訳でもないし、プロを目指してた訳でもないから、そんなに苦しんだりはしなかった」

 

 嘘だな。それくらいは顔を見なくとも分かる。言葉にすら悔しさが滲んでいたから。

 

「治らない、のか?」

 

「そういうわけじゃない。日常生活を送る分には問題ないし、治す手はあるらしい」

 

 夕日。薄らと伸びた木の影が校舎の壁に落ちていた。風はもう吹いていなかった。

 

「来月、手術なんだよ。けど、成功しても、今までみたいに本気でバットを振れるかは分からないらしい」

 

 スポーツ選手は手術をしたからといって、元通りになれるなんて保証は何処にもない。

 

 怪我が再発するかもしれない、リハビリもある、ブランクだってどうしても出来る。

 

「だから今のうちに……人生最後のホームランを打ちたい。そんで、茅田に笑顔で告白したいんだ」

 

「そう、なのか」

 

 大野木にとって、それは告白のためのただのゲン担ぎなどではないのだ。

 きっと、本当の目的は、決別なのだ。自分の好きなものとの。

 

 もう、届かなくなってしまうものとの。

 

「……はあ、ほんと自分が嫌になる」

 

 俺は、なんて馬鹿なんだろうか。ここまでの覚悟を持って、痛みに耐えて、隠して。大野木は本気で向かってきてくれていたのに。

 

「大野木、お前かっこいい奴なんだな」

 

「お? 何だよ急に」

 

「いや、マジで……本当に、尊敬する」

 

 ここまで必死に頑張っている奴がいるのに、自分を守ろうとしていた俺は、本当に……格好が悪い。

 

 人を傷つけたくない、だから本気は出せない。そんな風に言い訳ばかりしていて。

 でも、結局それは自分自身が傷つきたくないだけでしかないのだ。

 

 分かっていて、分かっているのに、俺はそうすること以外道を探そうともしなかった。

 

「なあ、大野木」

 

「ん、どした?」

 

「今まで……本当に、ごめん」

 

「え、何故謝る?」

 

「実は……だな」

 

 俺は鞄からグローブを取り出して、大野木へと渡す。

 

「俺──左利きなんだ。だから、右じゃ本気は出せない」

 

 そう、俺は決めた。傷つくとか、手加減とか、そんなのはもうどうだっていい。

 

 ただ、今はこの素晴らしく、格好のいい友人と正面から向き合いたいと、心から思った。

 

「マジ、か……ははっ! そりゃすげぇな!」

 

「だから、すまん」

 

「いやいや、良いんだ全然。ま、俺がホームラン打った後で、それを言われんのはきついだろうからな」

 

 大野木は笑って許してくれた。

 これは、借りだ。俺はそう思った。だからこそ、報いなければいけないのだとも。

 

「……ちょっと行ってくる」

 

「は? どした?」

 

「問題を一つ、解決してくる」

 

 俺は駆け出した。とある人の元へと。

 中庭へと。

 

「礼堂先輩!」

 

「ん、どしたの? 真壁君」

 

 そう、生徒会副会長。礼堂 美桜だ。

 

「放課後、朝。どちらでも良いです。グラウンドを貸し切ることって出来ますか?」

 

 大野木がホームランを打つに当たって、大きな問題の一つ、それは時間がないことだ。どうしようもないほどに。

 だから、まずはそこを解決することにした。

 

「出来なくは……ない、ね? 生徒会の権限を使えば」

 

 にやり。礼堂先輩は何とも意味深に笑う。

 

「だろうと思いました。どうすればいいですか?」

 

「なるほど。私が何かを要求することまで想定済みなんだね?」

 

「ええ。お願いしているのはこっちですから。つまりは、対等になるように俺が何かをしなくちゃいけないのくらい分かってます」

 

 それくらいの覚悟は当に出来ている。

 

「そっか、そっか。うん、君のそういうところ結構好きだなー。じゃあ──さ?」

 

 その提案に、俺は頷いた。

 悪魔の契約だろうが、何だろうが知ったことではない。

 

 俺は、もう逃げたくなかったから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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