学園で有名な『氷』の美人姉妹を助けたくらいで、俺の平凡な生活は変わらない……と、思っていた。 作:沙悟寺 綾太郎
「喜一、朝ごはんー」
「……はっ、もう朝か」
ばっと掛け布団を蹴り飛ばすようにして、俺は起床する。
火曜日。天気は快晴。中々気持ちのいい朝だ。
「白葉、おはよう」
「うん。おはようドラゴン」
白葉は何故だか、先日プレゼントしたドラゴンのフェルト人形を手に扉の前に立っていた。
「あれ、飾っておくんじゃなかったか?」
「うん。飾る。でも、自分の部屋だと私以外の顔見れないから可哀想」
「な、なるほど」
そういう考え方もあるか。まあ確かに動物の形した人形やぬいぐるみには魂が宿るとも聞いたことがある。
「早く、ご飯食べよう」
「そうだな」
一階に降りると、リビングでは既に着替えを終えた銀花さんがいた。
しかし、いつもとは少し違った様子。
そう、それは。
「眼鏡……だと?」
「あ、お姉ちゃんが眼鏡してる。珍しい」
「どうかしら? 変?」
美人で知的な銀花さん。そこに、眼鏡。
洗練された美。しかしながら、眼鏡という普段とは違う異質の存在。
その二つは、一切の矛盾なく、融合されている。つまり。
「……めちゃくちゃ、似合ってます」
やっぱあれだわ、眼鏡という道具を使ったやつは天才に違いない。利便性もさることながら、このまでのシンプルで著しいイメージチェンジが発生するなんて……。
「今日は、少しクマが出来てしまっているから付けることにしたの」
「すみません、きっと俺が帰ってくるの遅かったからですよね」
申し訳なくて俺がそう言うと、銀花さんは俺をからかうように口角をあげた。
「そうかもね、喜一君が中々寝かせてくれなかったから」
「……すみません、その言い方は流石に語弊があると思うのですが」
「むむ、ついに? ついに、ヤった?」
「やってません」
朝食は、トーストとハムエッグだった。ちなみに俺は醤油派だ。さらにちなみに、白葉はソース。銀花さんは塩で食べるらしい。
和気藹々。穏やかな早朝は過ぎ去ってゆき、俺たち三人は学校へと向かった。
通い慣れた通学路は、いつも通りだったけれど、少しだけ暑く感じた。
まだ、春の半ばではあるが、もうしばらくすれば、梅雨が。さらにしばらくで夏も来るのだろうと実感させられる。
「ねえ、喜一。誕生日っていつ?」
「それは私も気になるわね」
「えーと、六月二十四日ですね」
「ふむふむ、覚えておく」
「そうね、私も何か用意しておくわ」
そんな会話もほどほどに、学校へと到着する。
「じゃあ、またね。二人とも」
「はい。また」
途中で銀花さんと別れ、俺と白葉は一年生のフロアへと向かう。
部活祭の喧騒の名残も、流石に三日も経てば落ち着くもので、学校は近々行われる実力テストの話題で持ちきりだ。
「喜一。またね」
「あ、うん」
次は白葉と別れて、自分の教室に入る。
「おはよう、真壁君」
「おー、来たかーおはよー」
茅田と大野木が俺に気づいて、挨拶してきた。俺も手を上げて、挨拶を返す。
「おう、茅田……って、なんだこの状況」
茅田のおはようを合図にしたように、ぞろぞろとクラスメイトが集まってくる。主に、男子がだ。
「真壁……それで、どうだ? 最近?」「見てたけど、凄かったな。あのホームランで、どうだ? 来たか?」
「お、おう……」
なんかやけに熱気を感じる。なんか男子どもの圧のようなものまで。
「どうなんだよ! モテるのか!?」「もう三日経ったんだし、そろそろ効果が出る頃だろ!?」
「まあ、落ち着いてくれ。同志たちよ」
俺は芝居がかった所作をしながら、盛り上がる男子達へと演説を始める。
「確かに、俺はホームランを打ったかもしれない。が、それ以降、無条件でモテるって言うのは、些か無理がある話なんじゃなかろうか?」
そんなに都合のいい話があるわけ……。
「──喜一君? ごめんなさい、渡し忘れていたわ」
「はへ?」
聞き慣れた声が、ちょうど背後からした。
「はっ! やっぱりあの噂は本当だったのか!?」「う、嘘……だろ?」
同時に、俺へと注がれていたはずの視線は、俺の後ろへとゆっくりと流れていく。
「……えーと、はい。なんでしょうか?」
あー、気まずい。この状況じゃ、俺が嘘をついたように見えるだろうな。
「えーと、凄い状況ね」
銀花さんはいつも通りの涼しい顔で、俺へと群がった男子達を一瞥する。
そうするなり、我存ぜぬと言わんばかりに男子の群れは散っていった。
「き、気にしないでください。それより、どうかしたんですか?」
「あ、その大したことじゃないんだけど」
銀花さんは少し照れくさそうに鞄からとあるものを取り出した。
布に包まれた箱だ。
「そ、それはまさか」
「お弁当。今日、おかずが余ってしまったから良ければ食べてくれる?」
「も、勿論です! わざわざありがとうございます」
銀花さんの料理は絶品だ。それをお昼にも頂けるのだから、嬉しくないわけがない。
だが……。
じぃー。背中に刺さるクラスメイトの視線はあまりにも痛かった。
「じゃあ、私は帰るわね。また」
「あ、はい。ほんとありがとうございます」
そのまま銀花さんは行ってしまった。俺は渡された弁当箱に視線を落とした後で、意を決して、振り返った。
「これは、その……な? 偶然という奴でして……」
「おいおい、あの噂。マジじゃねぇか……」「あの月乃江先輩すらも、落とせるのか。なんて……強力無比、そして、悍ましい力なんだ」
俺と銀花さんの会話を聞いていた、見ていた男子どもは恐れ慄き、血相を変えて考察を始めた。
「魔法か? いや、そんなわけが無い」「人生を賭けて調べるに値するぞ、これは。まずは成功例の細胞分析から始めてみよう」
なんだその言い草。人を怪物みたいに扱いやがって。……というか、最後のはやりすぎだろ。どう考えても。
「なあ、真壁ー。ちょっとさ、俺たちとお医者さんごっこしないか?」
「いやです」
「まあまあ、そう言わずにさ……いいか? まずは捕らえて開頭だ。脳をスキャンしてみれば、こいつが何故あの月乃江先輩と仲良くしていたのか分かるはずだ」
おいおい、本気か? あと、ひそひそ話ならもう少し小さな声にしろよ。
「さあ、真壁。まずは尋問から……いや、それじゃ生ぬるい。拷問からか」
「ひ、ひぃ!」
逃げるか? 何処へ!? 噂千里を走るとも言うし、この頭のおかしい連中が風潮するだろうからすぐに逃げ場はなくなるはずだ!
「お前らー、そろそろ授業始めるぞー」
がらがらと扉を開けて、先生が入ってくると同時に男子の目から狂気の色が消え去った。
「ははっ、時間切れだな。どうだ? びびったか? 真壁よ」
「……え?」
楽しげに笑うクラスメイトの一人が話し始めた。
「じょーだんだよ。冗談。正直、月乃江さん……あ、妹の方な? と仲良さげだったからみんな嫉妬してたんだけど、事情を大野木と茅田さんに聞いてな」
「そう、なのか?」
俺が問い返すと、その隣の男子が口を開く。
「ま、今でも嫉妬はしてるけどなー。まあ、あの話を聞かされちゃあな」
そのまま、周りの生徒らもうんうんと頷き始めた。
「あの話?」
「隠さなくたって、いいんだぜ? 俺は感動した。それに、尊敬もな」
マジで、なんのことだ? 想像すら出来ないのだが?
「……おい、真壁。いつまでぼさっと立ってんだ。早く席に着け」
「す、すみません」
そうして、席についた俺の携帯に一件のメッセージが届いた。
そう、それは大野木からのメール。
──とりあえず、こういう設定でみんなには伝えておいたから、お前も読み込んでおいてくれ。