学園で有名な『氷』の美人姉妹を助けたくらいで、俺の平凡な生活は変わらない……と、思っていた。 作:沙悟寺 綾太郎
「なあ、大野木」
「あー、なんだー?」
「あのストーリーは盛りすぎだろ。流石に」
「そうか? 結構力作だろ?」
昼休み。授業が終わるなり、俺は椅子を大野木の机の横において、弁当を取り出した。
いつもならば、購買にダッシュする時間に銀花さんのお弁当を食べられるのは、嬉しい限りだ。
「いただきます」
手を合わせてから、弁当箱を開く。
「真壁君、大野木君。私も一緒に食べていいかな?」
「勿論。あ、それなら机付けるか」
茅田もお弁当を手にやってきた。流石に狭いだろうと、俺は机を大野木の机に引っ付けた。
「ありがと、真壁君」
「おう。で、だ。大野木よ」
俺はガラケーを開いて、メールを見せつける。
そこに綴られていたストーリーを簡単に説明すると、俺は中学時代、ひょんなことから記憶喪失になり、そこを月乃江姉妹に救われたらしい。
そして、二人との交流を経て、徐々に記憶を取り戻したものの、様々な試練が降りかかる……という超大作である。
長すぎて、読み終えるのに二時間はかかった。はい、面白かったです。
「ん、どこに問題があるんだ?」
「いや……問題、というかなんで俺は悲劇の主人公みたいになってるんだ?」
いや、面白い。面白いのだけれど、これって、俺の話なんだよな?
「茅田の力作なんだけどな」
「え、そうなのか?」
「う、うん。一応、その……大野木君にカバーストーリーを書いて欲しいって言われたから興が乗っちゃって……」
興が乗ってるなぁ。かなりの文字数だったぞ?
「ダメ、だったかな?」
「いや、そういう問題じゃなくて……」
「まあまあ、いいじゃねぇか。これでお前もクラスで馴染めるだろうし、月乃江姉妹と一緒にいても少なくとも、うちのクラスの奴は何も思わないさ」
「……確かに、そうだな」
ならば、いいのか? うーむ。
「とりあえず、お詫びってことで飲み物でも奢るぜ? 買ってくる。何がいい?」
大野木は立ち上がる。
「……じゃあ、おすすめで」
「おっけー、変なもの買ってきても文句言うなよ? 茅田は?」
「え、私もいいの?」
「ああ、付き合ってもらったしな」
「じゃあ、緑茶をお願い」
「任された」
大野木はそのまま、教室を出ていった。恐らくは一階の自販機に行くつもりなのだろう。
俺はなんとなく大野木が来てから食べようと、箸を置く。
「真壁君って中学の頃、野球してたんだね」
「うん。まあ、一応。齧った程度だから、大したことないけど」
「そんなことないよ、凄かった」
茅田は小さく笑う。ふむ、なるほど。確かに大野木の言った通り、可愛い。
「茅田は、さ? 大野木のことどう思ってるの?」
いざ、鎌倉。大野木から茅田の話は聞いたけれど、逆はまだ。だから、気になる。
「私が? 大野木君のこと? ……うーん、どうかなぁ。幼馴染だし。勿論、仲良く出来てると思うけど」
「ふむふむ」
脈なし。というわけでもなさそうだ。だが、異性として特別意識されているわけでもない、そんな感じか。
これはなかなか、難しい状況だな。大野木よ。
「でも……最近は少し、昔みたいになれてる気がする」
「昔?」
「うん、実はね? 私と大野木君は……」
懐かしむように、目を細めた。何か事情がありそうだ。
「ありゃ? どした、二人して難しい顔して」
タイムアップ。これ以上の追求はできそうにないな。
「いや、色々聞いてただけだ」
「そっか。ほれ、これが真壁のな?」
「おう、ありがと……って、なかなか攻めたな。この野郎」
「そんなに褒めんなよ」
大野木が俺へと渡したのは、紅茶ソーダとかいうみょうちくりんな飲み物だ。
「ほい、茅田。これで良かったよな?」
「うん。ありがとう」
「んじゃ、食べますか」
そうして、俺たちは昼食を食べ始めた。
***
「しゅーりょー。今日はこれで終わりー」
「くっそぉ! 今日もダメかっ!」
最後のフルスイング。時間的にも最後の一球であったのは、明白だった。
「でも、昨日と比べたらかなり当たり始めてる。もうしばらくでホームランは打てそうだな」
ホームランとは行かないまでも、何球かはかなり真芯で捉えられていた。
「まあ、そりゃ一日百球近く投げてもらってるからな……流石にそろそろ打たねえと格好がつかねえ」
「……手は抜けないぞ?」
「当たり前だろ、ここで手加減したらケツを蹴っ飛ばしてやる」
「それは、なおさら抜けないな」
俺は息を整えて、マウンドから降りる。
「さあー、解散解散。これ以上残るなら、プールの掃除やらせるよー」
礼堂先輩はようやくか、と立ち上がって俺たちに声をかける。
「あ、うす。んじゃ帰るかー。って、真壁? お前は帰らないのか?」
「クールダウンしてから帰ることにする」
「あ、じゃあ付き合おうか?」
「いや、ちょっとストレッチをするだけだから大丈夫」
「分かった。んじゃ、またな」
ありがとなと言い残して、大野木は自転車に乗って帰っていった。
グラウンドの上、俺は軽く肩を回した。
「さて、と、行きましょうか」
「あれ、クールダウンは?」
「その時間も勿体無いです」
幸い、体だけは頑丈なもので、球数100くらいでは別にびくともしない。なんなら、昔はもっと投げてたし。
「そ? 別にそれくらいの時間は待つよ? 私も鬼じゃないもん」
「……なら、軽く走るだけしてきます」
ゆっくりとジョギングくらいのペースでグラウンドを二周。体が少しずつ冷えてきたのを確認してから、俺は礼堂先輩と共に資料室へと向かった。
「それじゃ、私はこっちをするね。真壁君は向こうの段ボールをお願い」
「はい、分かりました」
とまあ、指示されたわけだけど、流石にずっと確認していくだけでは正直、退屈だ。
「礼堂先輩。一つ聞いてもいいですか?」
「んー、なにー?」
「礼堂先輩って、何か好きなものとかあるんですか?」
「好きなものー? 食べ物?」
「なんでもいいですよ、食べ物でも人でも。なんなら、音楽とかでも」
何か話したい時、大抵相手の好きなものから選ぶ方が楽だ。
「うーん、そうだなー。あ、猫。猫が好き。あったかくて可愛いし」
「猫……なるほど、飼ってるんですか?」
おっと? 正直、意味のない会話だと思っていたが、ここに来て流れが来た。
……ちなみに言うと、芹川先輩に飼いたい人を探せ、と言われたのを忘れていたわけではない。決して。……ちょっとだけ。
「今募集ちゅー。ペットショップで買うと高いし、なんか命を買うのって躊躇しちゃってさ」
うわ、これは来てるわ。マジで。流れが完全に……と。俺が地味にテンションを上げたところで、だった。
「……礼堂先輩、見つかったかもです」
「ほんと!?」
俺はダンボールから一冊のバインダーを取り出す。
三年前の七月。確かに年号も月も合っている。
「……こんなところに、あったんだね」
「どうぞ」
「うん、ありがと」
その時、偶然俺は目にした。
いつもは仮面の下に隠された、本当の表情を。確かに。
そこにあったのは、いつもの暗い瞳ではなくて、言うなればそれは。
「──これで、やっと」
怒りだ。何かに対する激しい怒りと後悔。
同時に、俺は理解した。
ああ、この人は。何かに復讐をするつもりなのだと。