学園で有名な『氷』の美人姉妹を助けたくらいで、俺の平凡な生活は変わらない……と、思っていた。   作:沙悟寺 綾太郎

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第29話

 

「なあ、大野木」

 

「あー、なんだー?」

 

「あのストーリーは盛りすぎだろ。流石に」

 

「そうか? 結構力作だろ?」

 

 昼休み。授業が終わるなり、俺は椅子を大野木の机の横において、弁当を取り出した。

 

 いつもならば、購買にダッシュする時間に銀花さんのお弁当を食べられるのは、嬉しい限りだ。

 

「いただきます」

 

 手を合わせてから、弁当箱を開く。

 

「真壁君、大野木君。私も一緒に食べていいかな?」

 

「勿論。あ、それなら机付けるか」

 

 茅田もお弁当を手にやってきた。流石に狭いだろうと、俺は机を大野木の机に引っ付けた。

 

「ありがと、真壁君」

 

「おう。で、だ。大野木よ」

 

 俺はガラケーを開いて、メールを見せつける。

 

 そこに綴られていたストーリーを簡単に説明すると、俺は中学時代、ひょんなことから記憶喪失になり、そこを月乃江姉妹に救われたらしい。

 そして、二人との交流を経て、徐々に記憶を取り戻したものの、様々な試練が降りかかる……という超大作である。

 

 長すぎて、読み終えるのに二時間はかかった。はい、面白かったです。

 

「ん、どこに問題があるんだ?」

 

「いや……問題、というかなんで俺は悲劇の主人公みたいになってるんだ?」

 

 いや、面白い。面白いのだけれど、これって、俺の話なんだよな?

 

「茅田の力作なんだけどな」

 

「え、そうなのか?」

 

「う、うん。一応、その……大野木君にカバーストーリーを書いて欲しいって言われたから興が乗っちゃって……」

 

 興が乗ってるなぁ。かなりの文字数だったぞ? 

 

「ダメ、だったかな?」

 

「いや、そういう問題じゃなくて……」

 

「まあまあ、いいじゃねぇか。これでお前もクラスで馴染めるだろうし、月乃江姉妹と一緒にいても少なくとも、うちのクラスの奴は何も思わないさ」

 

「……確かに、そうだな」

 

 ならば、いいのか? うーむ。

 

「とりあえず、お詫びってことで飲み物でも奢るぜ? 買ってくる。何がいい?」

 

 大野木は立ち上がる。

 

「……じゃあ、おすすめで」

 

「おっけー、変なもの買ってきても文句言うなよ? 茅田は?」

 

「え、私もいいの?」

 

「ああ、付き合ってもらったしな」

 

「じゃあ、緑茶をお願い」

 

「任された」

 

 大野木はそのまま、教室を出ていった。恐らくは一階の自販機に行くつもりなのだろう。

 

 俺はなんとなく大野木が来てから食べようと、箸を置く。

 

「真壁君って中学の頃、野球してたんだね」

 

「うん。まあ、一応。齧った程度だから、大したことないけど」

 

「そんなことないよ、凄かった」

 

 茅田は小さく笑う。ふむ、なるほど。確かに大野木の言った通り、可愛い。

 

「茅田は、さ? 大野木のことどう思ってるの?」

 

 いざ、鎌倉。大野木から茅田の話は聞いたけれど、逆はまだ。だから、気になる。

 

「私が? 大野木君のこと? ……うーん、どうかなぁ。幼馴染だし。勿論、仲良く出来てると思うけど」

 

「ふむふむ」

 

 脈なし。というわけでもなさそうだ。だが、異性として特別意識されているわけでもない、そんな感じか。

 

 これはなかなか、難しい状況だな。大野木よ。

 

「でも……最近は少し、昔みたいになれてる気がする」

 

「昔?」

 

「うん、実はね? 私と大野木君は……」

 

 懐かしむように、目を細めた。何か事情がありそうだ。

 

「ありゃ? どした、二人して難しい顔して」

 

 タイムアップ。これ以上の追求はできそうにないな。

 

「いや、色々聞いてただけだ」

 

「そっか。ほれ、これが真壁のな?」

 

「おう、ありがと……って、なかなか攻めたな。この野郎」

 

「そんなに褒めんなよ」

 

 大野木が俺へと渡したのは、紅茶ソーダとかいうみょうちくりんな飲み物だ。

 

「ほい、茅田。これで良かったよな?」

 

「うん。ありがとう」

 

「んじゃ、食べますか」

 

 そうして、俺たちは昼食を食べ始めた。

 

***

 

「しゅーりょー。今日はこれで終わりー」

 

「くっそぉ! 今日もダメかっ!」

 

 最後のフルスイング。時間的にも最後の一球であったのは、明白だった。

 

「でも、昨日と比べたらかなり当たり始めてる。もうしばらくでホームランは打てそうだな」

 

 ホームランとは行かないまでも、何球かはかなり真芯で捉えられていた。

 

「まあ、そりゃ一日百球近く投げてもらってるからな……流石にそろそろ打たねえと格好がつかねえ」

 

「……手は抜けないぞ?」

 

「当たり前だろ、ここで手加減したらケツを蹴っ飛ばしてやる」

 

「それは、なおさら抜けないな」

 

 俺は息を整えて、マウンドから降りる。

 

「さあー、解散解散。これ以上残るなら、プールの掃除やらせるよー」

 

 礼堂先輩はようやくか、と立ち上がって俺たちに声をかける。

 

「あ、うす。んじゃ帰るかー。って、真壁? お前は帰らないのか?」

 

「クールダウンしてから帰ることにする」

 

「あ、じゃあ付き合おうか?」

 

「いや、ちょっとストレッチをするだけだから大丈夫」

 

「分かった。んじゃ、またな」

 

 ありがとなと言い残して、大野木は自転車に乗って帰っていった。

 グラウンドの上、俺は軽く肩を回した。

 

「さて、と、行きましょうか」

 

「あれ、クールダウンは?」

 

「その時間も勿体無いです」

 

 幸い、体だけは頑丈なもので、球数100くらいでは別にびくともしない。なんなら、昔はもっと投げてたし。

 

「そ? 別にそれくらいの時間は待つよ? 私も鬼じゃないもん」

 

「……なら、軽く走るだけしてきます」

 

 ゆっくりとジョギングくらいのペースでグラウンドを二周。体が少しずつ冷えてきたのを確認してから、俺は礼堂先輩と共に資料室へと向かった。

 

「それじゃ、私はこっちをするね。真壁君は向こうの段ボールをお願い」

 

「はい、分かりました」

 

 とまあ、指示されたわけだけど、流石にずっと確認していくだけでは正直、退屈だ。

 

「礼堂先輩。一つ聞いてもいいですか?」

 

「んー、なにー?」

 

「礼堂先輩って、何か好きなものとかあるんですか?」

 

「好きなものー? 食べ物?」

 

「なんでもいいですよ、食べ物でも人でも。なんなら、音楽とかでも」

 

 何か話したい時、大抵相手の好きなものから選ぶ方が楽だ。

 

「うーん、そうだなー。あ、猫。猫が好き。あったかくて可愛いし」

 

「猫……なるほど、飼ってるんですか?」

 

 おっと? 正直、意味のない会話だと思っていたが、ここに来て流れが来た。

 

 ……ちなみに言うと、芹川先輩に飼いたい人を探せ、と言われたのを忘れていたわけではない。決して。……ちょっとだけ。

 

「今募集ちゅー。ペットショップで買うと高いし、なんか命を買うのって躊躇しちゃってさ」

 

 うわ、これは来てるわ。マジで。流れが完全に……と。俺が地味にテンションを上げたところで、だった。

 

「……礼堂先輩、見つかったかもです」

 

「ほんと!?」

 

 俺はダンボールから一冊のバインダーを取り出す。

 三年前の七月。確かに年号も月も合っている。

 

「……こんなところに、あったんだね」

 

「どうぞ」

 

「うん、ありがと」

 

 その時、偶然俺は目にした。

 いつもは仮面の下に隠された、本当の表情を。確かに。

 

 そこにあったのは、いつもの暗い瞳ではなくて、言うなればそれは。

 

「──これで、やっと」

 

 怒りだ。何かに対する激しい怒りと後悔。

 同時に、俺は理解した。

 

 ああ、この人は。何かに復讐をするつもりなのだと。

 

 

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