学園で有名な『氷』の美人姉妹を助けたくらいで、俺の平凡な生活は変わらない……と、思っていた。   作:沙悟寺 綾太郎

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第3話

 

 そのきっかけは、跳び箱だった。

 小学三年、クラスメイトの六人は皆、四段を飛んだ。

 

 けれど、俺だけはどうしたってうまく行かなかった。

 

『別に出来なくても……』『苦手なことなんて、誰にだってあるよ』

 

 周囲の皆は、口々にそう言った。

 けれども俺は、どうしようもなく悔しくて、ずっと練習し続けた。

 

 手を怪我しようとも、足を怪我しようとも、狂ったように飛び続けた。

 

 そして、明る日。四段を跳び越えた俺は一つの教訓へと辿り着いた。

 

 ──努力こそ、全てを超越する最強の武器なのだと。

 

***

 

「まずは入学おめでとう、一年B組の諸君。今日はレクリエーション。とりあえず周りの人と自己紹介やらを済ませる時間だ」

 

 教室には、担任の声が響いた。その背後の黒板には黄色ピンク白、色とりどりのチョークでおめでとうと書かれていた。

 

「入学って言ってもなー?」「俺達エスカレーターだし、ほとんどメンツ変わんねーし」

 

 ほとんどのクラスメイトは、大した新鮮味もなく、新学期初日を享受しているようだった。

 

「……ふ、ふふふ。明るい未来と青春の幕開け、か」

 

 そんな中、そわそわしているのが一人。

 そう、俺である。

 

 というか、わくわくするなという方が無理な話だ。

 

 何せ、こちとら田舎生まれの田舎育ち、中学校は全校生徒(何故か小学生含む)では、このクラスより少なかったのだ。

 

「お前、編入生? だよな、名前は?」

 

「ん」

 

 話しかけて来たのは後ろの男子生徒だった。

 

「真壁。真っ直ぐな壁で真壁。よろしく」

 

「おう、俺は大野木。大きい野の木で大野木だ」

 

 うむ。良かった、随分と親しみやすそうな奴が近くにいた。

 

「大野木は内部進学生、なんだよな?」

 

「おうよ。まあ、このクラスのほとんどがそうだけどな」

 

 だろうな。雰囲気ですぐに分かる。

 友人関係もほぼほぼ出来上がっているのだろう。安心感……というか、ドキドキ感の無さが伺える。

 

「早く馴染めるといいんだがな」

 

「大丈夫だ。見たところこのクラスの連中は気のいい奴ばかりだし、うちは色々イベントごとが多いからな。自ずと距離は縮まると思うぜ」

 

「ほう? イベントごとが多いのか」

 

「おう。イベントごとが多いぜ?」

 

 イベントごとってなんだ。あれか、正月の餅つきとか? 芋煮会とか?

 

 ぽかーんとする俺に大野木は分からないのか? と肩をすくめた。

 

「ほら、球技大会とか体育祭とか文化祭とかあるだろ?」

 

「あ、あー、あれね? 分かる分かる。中学の頃はマジでハッスルしたわ」

 

「お、おう。お前、そういうタイプなのか」

 

 キュウギタイカイ? タイイクサイ? ブンカサイ? ……やべぇ、マジでわからんぞ。

 都会は村のみんなで芋を煮ないのか?

 

「あ、そうだ。耳寄りの情報を教えてやろう、編入生 真壁よ」

 

「ほう?」

 

「うちの学校にはな、関わらない方がいい三つの勢力がある」

 

「三つの、勢力?」

 

「そうだ。俺が今から言う誰かに関わるとかなり面倒くさいことになるか、心にダメージを受けることになる」

 

「そりゃおっかないな」

 

 平凡な日常と心踊る青春を求める俺からすれば、かなりありがたい話だ。

 

「まず一つ。二年の芹川 都姫(せりかわ みやび)先輩って人がいる。その人は俗にいう不良って奴だ。絡まれると何をされるか分からんぞ」

 

「不良……」

 

 あー、あれか農道をよく分からないバイクで爆走しながら、妙なクラクションを鳴らすような連中か。そりゃ関わらない方がいいだろう。

 

「もう一つは生徒会。うちの生徒会はかなーり厳しくてな。部活動や行事の予算に関しても牛耳っているのさ。そんで、去年生徒会長になった二年の先輩が歴代でも屈指の人でな」

 

 はあ、と大野木はため息をつく。

 

「中等部時代、潰した部活はつゆ知れず、去年の会長選挙では総票数の七十パーセント以上を獲得してるとんでもない傑物さ」

 

「な、七十パー……」

 

「去年のことだから一年生ながらに、な。そんで最後だが」

 

 びしりと大野木は俺へと指を差した。

 

「特に、お前みたいな編入生に一番危険な存在だ」

 

「ほ、ほう?」

 

 ど、どういうことだ? お前みたいな、とは俺が田舎者であることに気づいているということか?

 ゾッとする。

 

「最後の存在。それは──月乃江姉妹。姉の月乃江 銀花と、妹の月乃江 白葉」

 

 やけに芝居掛かった身振り手振りを見せる大野木。

 

「月乃江……あー」

 

 対して、俺は謎の安心感を得ていた。さっきから知らない人ばかりだったが、唯一聞いたことのある名前が出たからだ。

 

「完全無欠にして、天才。二人とも中等部じゃ、一度として学年トップの座を譲らなかった超がつく優等生。しかも、圧倒的な美貌を持ってる」

 

「へぇ、そりゃすごい」

 

「が、その実、姉妹揃って、他者とのコミュニケーションを嫌っててな。通称『氷の姉妹』って呼ばれてる」

 

「……で、それの何が危険なんだ?」

 

 二人を見ても、そうは思わなかったが。

 

「はあ、分かってねぇなぁ。真壁よ。あの姉妹は、中等部の頃から何度告白されようと、誰とも付き合ったことがない。しかも、かなり冷徹に振っている。つまり……」

 

「告白すれば火傷じゃ済まない、と?」

 

 確かに男子からすれば怖い存在かもしれないな。

 

「その通り。あの姉妹はどんなイケメン、優秀なやつも相手にすらしない。だから、まず()()()。それが重要なんだ」

 

「中々、難しい話だな」

 

 諦める。あまり好きな単語ではないな。

 

「二人は高嶺の花……いや、もはや夜空の星みたいなものなのさ。んで、俺たちはすっぽん……いや、ミドリガメってわけだ」

 

「ポエマーだな」

 

「うるせー」

 

 と、会話をちょうど終えた辺りでレクリエーションは終わる。

 

 そうして、軽く年間のスケジュールと学校生活での注意点などを伝えられた程度で、今日は解散となった。

 

「いいかー、明日から授業が始まるからなー」

 

「「はーい」」

 

 生徒らは皆、鞄を持ち上げる。

 

「部活、見ていく?」「それより、カラオケとかいこーぜ」

 

 昼前ではあるが、確かに目の前に広がっていたのは、放課後の風景、

 そうだよな、やっぱこうじゃなくちゃ。スクールライフ万歳。

 

 俺も鞄を持って立ち上がった。

 ちょうど、そのタイミングでクラスメイトの誰よりも早く外からスライドドアが開かれた。

 

「──失礼するわね。真壁 喜一君はいるかしら」

 

「あ、はい……って! え!?」

 

 入って来たのは、そう銀色の大人びた少女。

 一歩、また一歩と進むその足取りすら優雅で美しく、揺れる白銀の髪は教室の誰もを魅了した。

 

「あ、銀花さん」

 

「喜一君。どうやら終わったようね。じゃあ、行きましょうか」

 

「「どこにっ!!??」」

 

 騒然とクラスメイト達が驚きの声を上げる。

 

「な、なあ、真壁。お前ってもしかして……」

 

「すまん、大野木。この後予定があるんだ。また明日でいいか?」

 

「そ、そうか、分かった。ゆっくり話聞かせてくれよ」

 

「おうよ」

 

 銀花さんに連れられる形で、俺は学校を出たのだった。

 ……正直なところ、二人がそんな評価を受けているとは、夢にも思わなかった。

 

 とはいえ、背中に受けたクラスメイトの視線からは、驚愕以外の感情を感じなかったのも、事実だ。

 

 明日は、その追求が忙しそうだな。うむ。

   

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