学園で有名な『氷』の美人姉妹を助けたくらいで、俺の平凡な生活は変わらない……と、思っていた。 作:沙悟寺 綾太郎
「二人。遅い。結構待った」
「あら、白葉。早かったわね」
駅に着くと、改札口の前で月乃江 白葉が待っていた。
平日の昼間ということもあって、駅はあまり混んでいなかったからすぐに分かった。
……いや、それ以前に。
「見ろよ、すげぇ可愛い」「芸能人かなんかか?」
行き交う人々の視線は集まっている。……なんか疲れそうだな。こうもじろじろ見られるのは。
「昼ご飯は、モールのフードコートで食べましょう。その後で、日用品の買い出しね」
「うん。分かった」
「あ、はい」
俺たち三人は電車に乗り込んだ。
揺れる車内と吊り革。優先座席のシートは色が違っていて、空いていても誰一人座ろうとしない。
何かそういうルールがあるのだろうか?
「喜一。学校どうだった?」
吊り革に手をかけて、窓の外を眺める俺に、白葉は問うた。
「んー、思ったよりは普通だったかな」
嘘である。めちゃくちゃワクワクした。というか、なんかもう明日が待ち遠しすぎる。
「喜一君。今朝はごめんなさいね。白葉が」
「いえいえ、驚きはしましたけど大丈夫っす」
今朝。きっといつの間にやら俺のベッドに白葉が潜り込んでいたことを言っているのだろう。
「ふん。喜一はあったかい。私の温度センサーはかなり正確」
「この子、かなりの冷え性なの。たまに私のところにも潜り込んでくるくらいにね」
「お姉ちゃんはちょっぴり体温が低い。それじゃ、満足出来ない」
体温にどんなこだわりがあるんだ。この子。
とまあ、話しているうちに車内のアナウンスが目的地への到着を告げた。
「さて、いきましょうか」
「う、うっす」
「……? 喜一、緊張してる?」
「し、してねぇし」
緊張なぞで済むと思うなよ、都会っ子め。今俺が感じているのは、もはやそんな生やさしいものではない。
そう──恐怖なのだった。
田舎者の俺からすれば、都会とは新世界。俺の常識が通用しない世界なのだ。
そして、できる限り誰にも、田舎者であることがバレるのは避けたい。
……と思っていたのだが、うん。既にそのメッキは剥がれかけていた。
「っ!? な、なんじゃ!! こりゃぁ!!」
銃に撃たれたような衝撃と共に、俺が目にしたのは、フードコート。しかし、俺の想像したものとは全く別のもの。
「て、テーマパーク……ですか?」
大きな吹き抜けの広場に、カラフルな椅子と机達。それを取り囲むように軒を連ねた飲食店。
何故かは分からんが、観葉植物や子ども達が遊ぶ滑り台のような遊具コーナーまで存在している。
うどん屋、ラーメン屋、カツ丼屋。たこ焼き、アイスクリーム……ん、エスニック料理? なんじゃそりゃ。
「それじゃあ、各々好きなところで買ってこの席に集まりましょう」
「分かった。喜一は何食べる?」
「何を、食べればいいんだろうか」
もはやその選択肢は哲学的な難題にすら見えた。
悩みに悩んだ結果、俺はオーソドックスな選択肢であるラーメンにした。白葉はうどん、銀花さんはカフェでコーヒーとパスタを注文している。
「あら、喜一君。早かったわね」
席に帰ると、小さな端末を持った銀花さんが一人座っていた。ベルのマークが書かれた黒いやつだ。
「銀花さんこそ、早いですね」
「ええ。あとで呼び出されるタイプだから」
「ああ。なるほど」
だから、トレーの上にはマグカップしかないのか。にしても、大人びた雰囲気だからか、コーヒーが良く似合う人だ。
「なんか、すみません。部屋も借りるし、こうして買い物にまで付き合ってもらうなんて」
「大丈夫よ。買い物はついでだし、部屋も空いていたから問題はないわ」
少し素っ気ない態度で、そう言う銀花さんは鞄から参考書を取り出した。
そう言えば、学年トップを中等部から継続しているらしいのだ。こういう隙間時間の有効活用が重要なのだろうか。
「それに、貴方ならいいと思ったの」
銀花さんは少しだけ微笑んだ。
「だって、私達を助けてくれるようなお人好しだもの。そんな人を放っておけるほど、私は冷たくはないのよ」
学園じゃ『氷』の姉妹なんて呼ばれているけれど、全然冷たくなどないじゃないか。俺は心の底からそう思った。
「ほんと、ありがとうござ……」
「ふぅー」
「うわぁ!?」
突如として、耳に冷たい風が吹き込む。反射的に振り返ると、白葉が立っていた。
「喜一とお姉ちゃんがイチャイチャしてる。面白い」
「白葉。今度からイタズラをするときは食べ物を置いてからにしなさい」
「はーい」
イタズラ自体は咎めないのか? あ、いや、多分言っても止められないのだろう。人のベッドに潜り込んだりする子だし。
閑話休題。しばらくが経って、全員の料理が到着する。
「くぅ、沁みる。これが……都会の、ラーメンか」
醤油をベースに鶏ガラの出汁が効いている。麺は中太。具は、海苔とメンマ、ネギ、チャーシュー。シンプルでありながら趣深い一杯。
「喜一。一口」
「あ、食べたいってことか?」
「そー。ちょうだい」
「白葉。あまり無理を言ってはダメよ?」
「いいっすよ、全然」
なんやかんやと軽くシェアをしたりしながら、食事は進む。
……あっ、そうそう後で食べたラーメンのことを調べたのだが、ルーツは俺の故郷の近くがルーツらしい。うん、全然都会関係なかった。
***
「見て、喜一。このブラ可愛い」
「……え、えーとですね? 白葉さん。そう言うのは男子に言うべきことではないと言いますか」
俺の買い物が終わり、次は二人の買い物に付き合う。それは分かるのだが。
「ランジェリーショップって、男が入っていいものなのか……」
なんか条例とか法律とかに抵触してたりしないよな? 急に拳銃を持った警官隊に囲まれたりしないよな?
「よし、とりあえず落ち着こう。素数でも数えとくか。2、3、5……」
と羊を数えるようにゆっくりと緊張と共に吐き出してゆく。
が。
「85、55、88」
唐突に白葉がつぶやいた数字に思考が一瞬止まる。
「え、何その数字」
「お姉ちゃんのスリーサイズ」
「!?」
「ちなみに私のは……やっぱり言わなーい」
「べ、別に聞いてないし」
くそぉ、こんな数字を聞いてしまえば、銀花さんを見るたびに一瞬脳にチラつくではないか。
……とんでもなく、スタイルいいな。うん。
「二人とも、お待たせ。最後に夕飯の買い物を済まして帰りましょうか」
「あ、はーい」
「お姉ちゃん、夕飯。何にするの?」
「そうね。喜一君の歓迎会も含めて、お鍋にでもしましょうか」
「わーい」
ほう、見せてもらおうではないか、都会の鍋の
田舎のボタン鍋に勝てるかな?
と、ちょうど食器を片付け始めた頃。胸のポケットに入れていた携帯……ガラケーが鳴った。
「あ、すみません。電話来たんで、ちょっと外しますね」
「ええ、じゃあ地下のスーパーに来て」
「はい、分かりました」
***
俺はフードコートを出て、階段の踊り場で電話を取った。
『喜一。母さんから話は聞いた。大丈夫か?』
「お、親父殿。珍しいなこんな時間に電話をかけてくるなんて」
今は一時半だから、大体親父のいるドイツは朝の5時くらいだろうか。
「まあ、今は……母さんの知り合いの人が宿を貸してくれてる」
とりあえず、そんな感じに誤魔化しておこう。どうせバレやしない。
『そうか。なら良かった。にしても、本当に良かったのか?』
「ん、何が?」
はあ、またその話か。俺はため息を吐きそうになりながらも、どうにか堪えた。
『日本の高校じゃなく、高校認定試験だけ受けて、飛び級でこっちの大学に通う選択肢だってあっただろう?』
「それじゃ、『普通』にはなれない。俺はみんなと同じ歩調で歩きたいんだ」
そう。飛び抜けた何かを持っていたとして、それで幸福になれることが確定するわけないのだから。
『だが、親として、お前には……』
「いくら親父殿にでも、文句は言わせないよ。入試成績はちゃんと送ったよね?」
『……ああ。確認した」
「なら、知っているでしょ? 俺は約束を果たした。んじゃ、そういうことで。そろそろ切るよ」
言葉より少し早く、俺は電話を切った。
流石に少し煩わしかったからだ。
平凡な生活。それこそが、唯一俺が求めてるものなんだから。
──真壁 喜一について──
真壁 喜一には、秘密があった。それは、別に重病を抱えているだとか、幽霊が見えるだとか、そんな小説の主人公のようなものではない。
欠点というわけでもないし、非凡な才能があるわけでもない。
ただ、単純に人の何倍もの、そう努力をしすぎた。たったそれだけのことなのだ。
けれど、だからこそ、真壁 喜一は普通を求める。
──努力をして、辿り着いた場所には、誰もいなかったから。