学園で有名な『氷』の美人姉妹を助けたくらいで、俺の平凡な生活は変わらない……と、思っていた。 作:沙悟寺 綾太郎
対人関係には、攻略法がある。しかも、凄く単純で、簡単な。
それは、限りなく自身を平凡に見せつつ、相手に合わせること。
目立ってはいけない、角を立ててはいけない。必要なのは相槌と肯定であり、否定は提案に置き換え、どんな状況でも陰口は厳禁。
出来れば、多くのジャンルのトークが出来るようになっておくと便利だ。
よって、人間関係とは一つのゲームに例えられる。
そう、それはポーカーだ。
とまあ、長々と語ってはみたが、うん、もちろん役に立たないことだってある。
そう。たとえば、既に角がエベレストほどに立っている場合だ。
「さあ、話してもらうぜ。真壁よ」
翌日。朝、ホームルームが始まる前、俺の『平凡な生活』には予定調和の窮地が訪れていた。
「お、おう、話すのは構わないんだけど……なに、この状況?」
正面には大野木。そして、その隣には女子が二人。平たく言うと、一つの卓を四方から四人で囲んでいる感じだ。
あー、この感じ、思い出すなぁ。正月に爺ちゃん達とよく麻雀したものだ。
「それで、どう、なのかな? やっぱり付き合ってるとか?」
「それはないんじゃない? なんとなく距離感じたし」
「……大野木。二人は?」
「あー、二人は知り合いの女子でな。お前のことが気になってんだと」
流石は、エスカレーター式。一度、友達になってしまえば、高校でも仲良く出来るのは大きなメリットだな。……ま、拗れた時はかなりきつそうでもあるが。
「変な勘違いさせそうなこと言わないで。あたしは
「おう、よろしく」
一人は垢抜けた茶髪の少女。なんとなくの印象だけれど、勝ち気な感じがした。
「わ、私が茅田。よろしく、ね」
対して、もう一人の方は、黒髪のお下げにメガネを掛けた少女。大人しそうな感じの子だ。
「ね、そんでさ。実際どんな関係なの? 月乃江姉とは」
「そう、です。気になります!」
「えー、と、な」
くそぅ。言い訳が見つからない。しかも、本当のことを言えば、面倒なことになりそうだ。
むむむ、あまり使いたい手はではないが、嘘を吐くしかなさそうだ。
「実は……」
即席で、ストーリーを組み立てる。
ここで重要なのは、銀花さんや白葉と浮ついた関係ではないことを証明しつつ、深すぎない距離感を示すこと。
「親同士が仲良くて、俺がこっちで下宿することになった時に、色々案内とか手伝いをしてくれたんだ」
「親同士が……え、てことは、許嫁的な?」
ざわ、ざわ。一瞬、その言葉に教室がざわついた。
うわ、怖。もし、姉妹と同居しているなんてことがバレれば、これでは済まなさそうだ。
「いや、仲良いのは親同士で、俺と月乃江姉妹はほとんど顔を合わせたこともなかった」
「なるほど。ということは幼馴染、とも言い難いですね……」
茅田がそう言った。
ああ、そうだ。いいぞー、その解釈でひた走れー。
「でしたら、二組の月乃江 白葉さんとはどのような関係なんですか?」
「ん? 別にどうもしないよ、顔馴染みってだけ……」
このまま、誤魔化してしまおう。人の噂も七十五日。この程度の噂ならば、一ヶ月も持ちやしない。
「──それは、おかしい話ですね」
「ひょ?」
急展開、発生。
「なら、なぜ昨日三人で仲睦まじげにショッピングモールに居たんですか?」
「……なぜ、知っている」
「あ、すみません。尾行してたので」
やばいって、この子。ナチュラルにクレイジーなんだが。
ざわ、ざわ、ざわ。さらに教室はざわめきを増す。
ありゃりゃ、流石にこれは想定外だな。
「ねえ、聞いた? 編入生の人……昨日」「い、いや多分何かの間違いだろ」
うーん、どうやら月乃江姉妹の評価は、それほどに高いらしい。
「あー、ちょっと、な? 買い物に付き合ってもらったんだ。俺、こっちに来たばかりだから教えてもらったんだよ」
あと三分と三十二秒。ホームルームが始まるまで適当に時間を潰せばいいか。
「ん、なら何故、一緒にラグジュアリーショップに行ったのでしょう? ショッピングモールまで一緒に行って別行動。こういう選択肢もあったのでは?」
「あはは、そりゃ色々と親切にしてもらって荷物持ちもしないのはおかしな話だろ?」
「それは……そう、なんですけど」
茅田 優子。かなり勘がいいようだ。この情報は、これからの生活に生かすとしよう。
なんて、俺が思い始めていたちょうどその時、茅田の頭に優しくチョップが落ちた。
「こら、優子。あんた踏み込みすぎ。ちょっとは落ち着きなさい?」
「あ、ごめん……真壁君。私……」
「だいじょぶ、気にしてない。やっぱり気になることってどうしてもなぁ」
ナイスだ。ありがとう、園見。
俺は心の中でガッツポーズを取る。
しかし、それも束の間、やはり今日はついていない。
「──喜一。ちょっと話」
「「は?」」
最悪のタイミング。もはや、『え? 絶対状況を伺っていただろ』と叫びたくなるようなタイミングで、教室の扉から顔を覗かせたのは、そう。
「し、し、白葉……ここで、なに、を?」
「ちょっと、話がある。ちょっと来て欲しい」
「そ、そっかぁ」
ちらり、俺は正面、右、左と視線を流す。
大野木はもはや同情するような目、茅田は心底驚いた顔、園見は困惑したような表情をしていた。
「早く、来て。喜一じゃなきゃ、ダメ」
「「っ!?」」
「……う、うーん、分かった」
ホームルームが始まるまで、ほとんど時間はないのだが、まあここで変に断る方がおかしな話だ。
俺は教室を出て、廊下で白葉と話す。無論教室の曇りガラス越しに視線やら聞き耳やらは感じた。
「それで、話ってなんだ?」
「うん、すごく簡単な話。……喜一なら。ふふ」
なんとなく今、含みがあったように感じたが……気のせい、だろうか?
とはいえ、だ。この状況で聞かないわけにもいかない。
「そりゃまあ、俺に出来ることなら、頑張るけど……」
「それは、すごく簡単。朝飯前」
白葉はふんす、と鼻から息を吐いて、そう言った。
出会って日も浅いし、彼女のことを詳しいわけでもない。
けれど、そんな俺でも白葉の表情と読めなさすぎる性格からなんとなく察した。
……これは、絶対ろくでもないことを言われるやつだ。
「よぉし、ホームルームももう始まるし、後で。二限終わりの十五分休憩に付き合う。それでいいよな?」
二限になったら、逃げよう。屋上とか、裏山……いや、それはないか。全く、都会は意外と隠れるところが少ないな。
「ダメ。今すぐ。ちょっとで、先っぽだけでいい」
「……意味が、分かりません」
ほら見ろ、やばいじゃん絶対。ああ言った手前、断るのは気が引けるが俺はまだ社会的(学校内で)に死にたくはない。
「と、とりあえず、聞くだけ聞いとく。話はそれから、だぞ?」
頼む。変なことを言わないでくれ。教室の連中が聞き耳を立てている程度のことは見え透いているのだ。
「うん。分かった──じゃあ喜一、パンツ見せて」
「……は?」
聞き間違え、だよな? パンツ? 公衆の面前で何を言ってるんだ?
「事情は後で話す。とりあえず、見せて」
「え、いや、ここで? 無理無理っ!」
「ん、なんで? 昨日は私のあられもない姿を……」
「ちょ! 声が大きい!」
咄嗟に俺はきょとんとした顔の白葉の口を抑える。これ以上、話を続けたら、俺の平凡な日常は、変態な日常であると勘違いされてしまう。
「おーい、そこ、何してる? ホームルーム始まるぞー」
廊下の先から担任の先生が現れる。……ど、どうやら一旦は、助かりそうだ。
「むむむ、じゃあ喜一。二限終わりにまた来る」
白葉はタイムアップになり、不満そうに頬を膨らませ、無表情な瞳を細めた。
「あー、えーと、んじゃ、中庭で待ち合わせでどうだ?」
こうも教室に来られたら目立って仕方がない。
「分かった。また後で来る」
そうして、白葉は自分の教室へと帰っていった。うん、来るって言ってるあたり分かってないな? 絶対。
まあ、何はともあれ乗り切った……乗り切ったのか?
「はあ……」
なかなか試練を与えてくれるものだ、これではまたも連中の追求を許してしまうだろう。
「とほほほ……」
俺はなんとも、いたたまれない気持ちで自分の席へと帰ったのだった。