学園で有名な『氷』の美人姉妹を助けたくらいで、俺の平凡な生活は変わらない……と、思っていた。   作:沙悟寺 綾太郎

6 / 30
第6話

 

「よーし、じゃあここまで。全員ペンを置け」

 

 数学教師の声と黒板に貼り付けられたタイマーの電子音が響くなり、俺は息をそっと吐き出した。

 

「最初の授業から小テストって、なんなんだよ」「本当それなー、最初は自己紹介からやって欲しいわ」

 

 クラスメイトのあからさまな愚痴に正直なところ、俺も同意だ。

 まあ、確かに言われた時はゾッとしたが、やってみると大したことのない復習問題だった。

 

「なあ、真壁。大丈夫だったか? 編入生じゃ結構厳しかっただろ?」

 

「ま、まあ。けど、予習復習してて良かった」

 

「って、ことは、かなり出来た感じか?」

 

「まあ、平均は取れてると思う」

 

 あー、疲れた。問題よりも、五十点満点の振り分けを読むのがだ。

 

 そう、あまり褒められたことではないが、点数は調整させて貰った。

 

 まず、最初の十分で一度問題を全て解いて、解答は書き込まず、直接頭の中に記憶。後は、時間の経過とともに耳を澄ませる。

 

 皆がどこで躓くか、どこの問題が難しいのかを知り、ペンが止まるタイミングを図るためだ。それさえ分かれば、正答率は見当がつく。

 

 そして、最後の五分。得た情報を元に正しい解答と誤ったものを織り交ぜ、平凡な解答用紙を()()

 

 平均点は、おそらく32点から35点の間。流石は進学校、このレベルの問題でほぼ全員が大筋は理解出来ている。

 

「よーし、じゃあ回収するぞー。次の授業は……明日の四限か。その時に返すからな」

 

 その後は、これからの授業の目的と指針の説明。あとは、成績の付け方などを解説し終え、チャイムが鳴る。

 

「さて……逃げるか」

 

 それこそ、うちの庭にたまにいた脱兎の如く。

 

「あ、真壁。さっきの話なんだけどさ」

 

「ん、ああ。さっきの話、ね」

 

 あれか? パンツの話か?

 

「もしかしてだけどさ、あんまり踏み込まれたくない感じか? もし、そうなら、悪いことしたな」

 

 悪い、と大野木は手を合わせた。

 

「え? あー、それは別にいいんだが」

 

 バタン、教室後方の扉が開けて放たれる。

 

「喜一。約束」

 

「っ! 大野木! 俺は逃げる!」

 

 対して俺は一瞬にして、窓を開く。

 

「ん、あ、ああ……っておい! ここ三階だぞ!」

 

「大丈夫だ! 俺がいた中学の屋上よりは低い! 正面に木もあるし!」

 

 俺は大脱出ダイブに興じる。無論、まともに足を着けば骨を折るだろうし、頭から行けば怪我じゃ済まない。

 

 だが、もしここで逃げなければ、教室で白葉きっと口にする。

 

 ──『パンツ見せて』と。

 

 そうなれば、もはや致命傷。俺の世間体は完全に首を刎ね飛ばされ、助からないことは確定。高校三年間、『パンツ露出の真壁』と噂されることは想像に難くない。

 

 だからこそ、俺は逃げるのだ。

 

「おりゃ!」

 

 中庭。生垣から伸びたイチョウの木の枝へと片腕を引っ掛け、勢いを殺すように一度逆上がり、そこまで成功してしまえばあとは楽だ。

 

 俺は想像した動きをなぞるように地面へと降り立つ。

 

「……さて、どこに行こうか」

 

 一旦は、これで大丈夫。俺は拳と膝での着地、通称ヒーロー着地の態勢を解いて、辺りを見回した。

 

 良かった。とりあえずは、周りに人はいない。

 

「そうだ、そう言えば行きたいとこがあるな」

 

 ふと、俺の頭の中に過ったのはそう、学園の中で青春ポイントの高い場所、青Pスポットだった。

 

***

 

『ほら、あーん』

 

『ちょ、恥ずいって』

 

『いいでしょ? 誰も見てないし』

 

 青空の下、降り注ぐ日の光を浴びながら、ベンチに寄り添いあうように座る二人。

 

 柔らかい風が流れ、緩やかで穏やかな場所。

 

 そう、俺が行ったのは、学校の最上階。

 屋上だ。

 

「……う、うーん、想像と違う」

 

 なんというか、もっと洒落ていると思っていた。

 

 四方にベンチがあって、プランターやらから花が生えていたり。

 

 が、現実は無情なり。目の前に広がっていたのは、一面のコンクリートと高いフェンス。しかも、その上部には有刺鉄線が貼られている。

 

 淵の方には、鳩のフンが落ちているし、なんかちょっと汚い。

 

「嗚呼、無情」

 

 ちょっとヴィクトル・ユーゴーの気持ちが分かった気がした。うん、あっさい理解だろうけど。

 と、その時。

 

「──あんた、新入生?」

 

 声をかけられた。反射的に振り返る。が、しかし、誰もいない。

 

「どこ見てんの? 上だ、上」

 

「上……あ、そんなとこに」

 

 声の主がいたのは、昇降口の屋根の上だった。

 

「で? あんた誰? 新入生?」

 

「えーと、はい。そうですけど、あなたは?」

 

 居たのは、胡座をかいたギャルだ。金髪の髪にピアス、腰に巻きついたカーディガン。

 うん、こっちはイメージ通り。

 

「あたしは、芹川。芹川 都姫」

 

「あ、ふーん」

 

 あー、まじで今日は運がない。前に大野木が関わらない方がいいって言ってた人じゃ。

 

「んで、あんたの名前は?」

 

「自分は、真っすぐな壁と書きまして、真壁と申します!」

 

 あるいは、ストレートウォール。やっぱダサいな。

 

「へえー、新入生で編入生ってわけか」

 

「よくご存知で」

 

「そりゃ、あたしの名前聞いて平然としてるやつなんて、この学校じゃ編入生くらいだし。ま、一週間もしたらそんな態度も消え失せるけど」

 

 え、なに、編入生全員ボコボコにしているのか? 

 

「じゃ、本題。さっさと消えてくんない? ここ、あたしのサボり場所なんで」

 

「あー、申し訳ないんですけど、もうちょっとだけ居てもいいですかね? ちょっと訳がありして」

 

 現在は追われる身。つまり、都合がいいのだ。芹川 都姫のいるこの場所に留まることが。

 

「……はあ? なんで、あたしがお前の都合に合わせないといけないんだよ」

 

「それを言われると、返す言葉もないですね」

 

「なら、消えろよ」

 

 胡座を解き、芹川 都姫は屋根から降りてきた。

 

 着地のしなやかさと一瞬、見えた身のこなし。何か、スポーツ……いや、格闘技をやっていた感じだ。

 

「仏の顔も三度まで。最終警告だ、消えな。新入生」

 

 臨戦態勢。と、言ったところだろうか。

 構えは、オーソドックスな空手。けれど、無駄な力も抜けているし、かなりレベルが高い。

 

 少し、興味が湧いた。

 

「いやって言ったら? どうなります? 俺」

 

「はあ、バカだね。あんた」

 

 構えから、一歩踏み込む。距離を詰めると同時に、攻撃へのタメを作る動き。

 

「っ!!」

 

 言葉にならない、鋭い呼吸と共に繰り出されたのは、ハイキック。頭、いや、首元を狙った一撃だ。

 

「おわっと」

 

 いけない、フォームがあまりにも綺麗なものだからギリギリまで、反応が遅れてしまった。

 

「っ!? なら! これは!」

 

 驚愕の色を瞳に映しながらも、二の手。腹部へ狙いを済ませた掌底。

 

「……フルコンタクト空手。型は剛柔流に近いかな」

 

 手を横から軽く叩き、流す。直線的な強い力というものは、受けるのは苦だが、流すにはもってこいだ。

 

「っ!? やっぱり!」

 

 芹川 都姫は何かを感じ取ったように、背後へとステップを踏み、距離を取る。

 

「あらら、もう少し打てましたよね? もう、満足ですか?」

 

「……あんた、何者?」

 

「真っすぐな壁で、真壁です」

 

「なんで避けれた? 一撃目もそうだけど、二撃目も」

 

「ちょっとだけ齧ってたので、空手」

 

 三ヶ月くらいで辞めたが。

 

「へぇ、他には何を? あたし一応、空手で全国出たけど、蹴り技を完全に避けられたことないんだけど?」

 

「柔道とボクシングと……あ、あとセパタクローを」

 

 それぞれ一ヶ月、半年、二週間だけだが。

 

「ふーん、変なやつ。面白いじゃない」

 

 言って、芹川 都姫は背を向ける。

 

「今日は許してあげるわ」

 

「お、ありがとうございます」

 

 と、俺が頭を下げると同時。

 キーンコーンカーンコーン。ここで休み時間終了の合図だ。

 

「授業始まるんで、俺行きますね」

 

「あれ、サボりに来たんじゃないの?」

 

「いえいえ、避難ですよ避難」

 

 パンツ露出からの避難だ。

 

「あっそ。なら、さっさと行け」

 

「あ。はい。それじゃ」

 

 とまあ、そんな感じで俺は教室へと戻る。

 大野木の言葉は結果的には正しかったんだなぁ。そんな風に俺は思った。

 

「──まあ、怖くはなかった、か」

 

 けれど、少し物足りない、というか都会の不良というのだから、もっとこう……とんでもないと思っていた。

 

 だから少し、肩透かしを食らったのも事実だった。

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。