学園で有名な『氷』の美人姉妹を助けたくらいで、俺の平凡な生活は変わらない……と、思っていた。   作:沙悟寺 綾太郎

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第9話

 

「よぉーし、今日、お前らの体育でやることは……」

 

 どくん、どくん。

 まるで、入試の合格発表を待つような感覚が全身を包む。

 大きな期待と、少々の恐怖がグラスに注がれた水のように揺れる。

 

「──野球、だ」

 

「「うおおお!!!」」

 

 歓喜の渦が十時数分、グラウンドの真ん中を包む。

 

 二限目、体育。待ちに待ったこの時間。男子十九名で行われることになったもの。

 

 それこそがそう、野球!!

 

「んじゃチームは……出席番号の上半分をA、半分下をBでいいか」

 

 なるほど、そう来たか。ならば俺は確実にBチームだ。

 

 Bチームともなれば……よし、シュチュエーションとしては『高校三年、夏の県大会前。最後の紅白戦、一軍に立ち向かう二軍』。

 

 おお、最高だ。そうそう、こういうのがいいんだよ、こういうのが。

 

「真壁? どした、そんなにニヤついて」

 

「大野木か。ちっ、Aチームめ。俺は実力でスタメンになってやるからな」

 

「は? 何言ってんだ?」

 

 きょとんした顔で首を傾げる大野木。

 あ、こいつ今、馬鹿を見るような目したぞ。

 

「……そういう、ネタなんだ。悪いが、付き合ってくれ」

 

「あ、あー。なるほどー? そかそか、って悪いけど、俺もBに入ることになったんだわ」

 

「ん、そうなのか?」

 

「こっちには経験者いないからな」

 

「ああ、そういう事情があるのか」

 

 経験者がいないことなんて、普通だろうとも思うが、授業である以上そういうのは良くないのだろうか。感覚が分からない。

 

「よーし、適当に打順決めたら、さっはと始まるぞー」

 

 とりあえず時間もないということで、Bチームの打順はそのまま、出席番号順でやることになった。

 

「大野木ー、お前四番でいいよな?」

 

「いや、別に適当でいいんじゃね? 一番でいいぞ、出席番号的にも」

 

「なら変わってくれー、俺打つのそんな得意じゃない」

 

 ふむふむ。やはり大野木はかなり信頼に厚いようだ。自然と他の生徒が集まってくる。

 

「あ、真壁。お前は経験者だったりしないか?」

 

「ふふ、実は経験者だ」

 

 二年と少しだけだが。

 

「おお、なら四番で。はーい、けってー」

 

「え、ちょま……」

 

 おいおい、本気と書いてガチか? 流石に厳しそうだぞ?

 

「んじゃー、始めるぞー」

 

 弁明するチャンスもなく、試合のゴング……いや、野球ならばサイレンか? まあとりあえず始まった。

 

「行けー、打てー」

 

 とはいえ、正式な試合というわけではないので、まあ緩い……はず。

 

「ぐおりゃぁぁぁ!!!」

 

「あれぇ?」

 

 すぱーん!! キャッチャーミットに突き刺さったボールが衝撃音を響かせた。

 

「……えーと、五番キャッチャーの大野木さん。少しいいですか?

 

「ん、何だー?」

 

「おかしくないですかね? 流石に」

 

「……え? なんの話?」

 

「ぐんだらぁぁぁ!!!」

 

 ばずん。二球目も続けて、先ほどと同じような音を鳴らした。

 

「体育ってさ? ほら、なんか和気藹々というか? ね?」

 

 俺は背後、フェンス沿いのクラスメイトたちを見る。

 

「くそぉ!! これじゃあ打てねぇよ!!」「もっとトップの速度をだなぁ?」

「お前、今日のためにどんだけバット振った?」「大体、1000って、ところだな」

 

 ガチ勢しか見当たりません。先程までは、なんとなく「いやー、体育とかかったりー」みたいな感じで気怠そうにしていたくせに。

 

「……っ! よし、今のかなり理想に近い」

「いや、もっと練り上げられるぞ。お前ならな」

 

 素振りしてる奴らはしきりに首を傾げてる。バットが足りずに素振りが出来ない奴らも、皆、何かしら野球に関係することを話していた。

 

「あー、確かに今日はみんな気合い入ってるな」

 

「いや、気合い入ってるどころの話か?」

 

 あー、ダメだ。チームメイトも相手チームも全員野球部に見えてきた。本気すぎんだろ。

 

「今日、確か女子はテニスなんだよ。んで、テニスコートの場所といえば?」

 

「……あ、あー、そういえば外野フェンスの裏側か」

 

 つまりは、女の子に良いところを見せるチャンスだと。

 

「そー。んで、うちの学校の都市伝説でテニスコートのフェンスを超えるホームラン打った奴は女子にモテまくるという逸話がある」

 

「なんじゃそりゃ」

 

 都市伝説というか……なんというか、うん。アホな妄想にしか聞こえんな。

 

「ところが、どっこい。意外と馬鹿には出来ないんだぜ? 実際、一昨年にホームランを打った人は、三股が発覚してたし」

 

「ま、マジかよ」

 

 どちらかというと、モテたという事実より三股していたというインパクトの方が強いのは、皮肉な話だ。

 

「ぐわぁぁぁ!!」

 

 しばらくして、断末魔のような悲鳴と共に一番バッターが三振でアウトになる。

 

「次は俺だぁぁ!! 俺はホームランを打ってモテるんだ!!」

 

 続いて、二番。気合いは十分。が、辛うじてバットに当てたものの、力無くふらふらの上がった打球はそのまま、ピッチャーのグローブに舞い戻り、2アウト。

 

「えーと、真壁だっけ? とりあえず、これ」

 

「おお、ありがとう」

 

 打ち取られた打者からバットを受け取り、打席より三メートルほどの位置にあるネクストバッターサークル(仮)の中に入る。

 

「あ、そだ。真壁、経験者なんだろ? スイング見せてくれよ」

 

「ぐぬぬ、なんか恥ずかしいのだが」

 

 俺は構えた。

 別に見られても構わないが、面白いものでもないだろうし……。

 

「よし、行くぞ?」

 

 バットを振る。言葉にしてみれば、単純に思えるかもしれないが、その動作を行うに当たって、意識しなければいけないことは多々ある。

 

 まずは下半身。体重の移動。そして、生じる力を上半身へと伝達する。

 

 そして、腕で振るのではなく、上半身と腰の筋肉を使い全身で振り抜く。

 

 ぶん。鋭い音。まあ、久々だったが、悪くはない感じだ。

 

「ま、まあ、現役時代ならもっと振れてたんだけどなー」

 

 ケアも完璧。この一言を添えるだけで、保険になる。

 

「……真壁、お前」

 

「ん? どうかしたか? ……っと」

 

 ポケットの中で、携帯が震える。

 母が今、不動産と掛け合っているから、いつ電話が来てもいいようにと入れていたのだ。

 

 バレたら先生にどやされそうだから、誰にもいえないが。

 

「……ん、すまん。用事が出来た。今日は、早退する」

 

 メールの内容に俺はゾッとした。

 それは、昨日交換した白葉から送られてきたものだった。

 

『──お姉ちゃんが、倒れた』

 

 その短いメッセージに、どれほどの意味が込められているのか、分からないわけがなかった。

 

『今、何処だ? すぐに行く』

 

 心配だった。勿論、倒れたという銀花さんのことも。そして、かなり動揺しているであろう白葉のことも。

 

「……なんか、随分と肩入れしてるな、俺」

 

 世話になったとはいえ、まだ知り合って一週間も経っていない。

 むしろ普通、平凡を志す俺からすれば、関わらない方がいい存在ですらある。

 

『病院。駅の隣の。待ってる』

 

 分かってはいる。頭の中では、薄々感じていた。

 

 関わりすぎだと。人と深く関わりすぎて、これまで良かったことなんてなかったのに。

 

 そして、同時に俺が……本当は、それでも関わりたいと思ってしまっていることだって、分かっているのだ。

 

 俺は、教室に戻ることもなく、ただ走り出したのだった。

 

 

 

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