禪院直哉成り変わりー禪院家が壊滅しないよう色々頑張ってみるー 作:AKHT‐47
2012年、春。「呪術界」は「パトロン」「スポンサー」などの呼び名で知られる「禪院家の異端児」「禪院直哉」による「改革」、「五条悟」という「現代最強」の誕生、「500万の異形の軍」を単独で所有する「夏油傑」そして「伏黒甚爾」という「暴君」の生存によって、かつてない安定期を迎えていた。そんな中、宮城県仙台市の一角に、場違いな男が一人。伏黒甚爾は、最近手に入れたばかりの『iPhone』(勿論、契約したのは直哉)なる薄い機械を弄りながら、公園のベンチで欠伸を噛み殺していた。
「……ったく。ガキ二人の『おままごと』を見守るだけで日給百万とは、あの坊ちゃん(直哉)の金銭感覚も焼きが回ってやがるな」
画面の中で競馬の配当を確認しつつ、甚爾の視線は前方で戯れる二人の小学生、乙骨憂太と祈本里香に向けられていた。直哉からの依頼は、
「仙台在住のこの「乙骨憂太」という子供の血筋は特別…調べたところ、「日本三大怨霊」「菅原道真公」の末裔、「呪術界御三家」の一角「五条家」の遠縁。いきなり高専に引き込むのは体裁が悪いし上層部がうるさいから、しばらく様子を見てほしい。不測の事態が起きたら随時対処して」というものだった。
視線の先では、乙骨と里香が
「里香と憂太はね、将来結婚するの」「結婚………?」
などと、子供ながらにませた会話をして笑い合っている。乙骨の方は里香という女子ほど結婚が持つ意味がなんたるかをあまり分かっていないようだが。
「ケッ。近頃のガキは………あてられすぎて吐き気がするぜ…」
甚爾は悪態をつきながらも、仕事としての監視は完璧にこなしていた。
「まあ、昔と違って、今ではこの携帯であらゆるギャンブルが出来るから、悪い事ばかりじゃねぇが…チッ、またハズレか」
天から至高の肉体を与えられた彼も、博打の才や運だけはてんで駄目である。
◇◇◇
夕暮れ時、帰り支度を始めた二人の後ろを、甚爾は付かず離れずの距離で歩いていた。 突如、不意に足を止めたのは、乙骨ではなく少女、里香の方だった。彼女は乙骨を背中に隠すようにして立ち止まり、鋭い眼差しを甚爾へ向けた。
「……ねぇ。なんで、さっきから私達を見てるの?」
子供とは思えないほど冷たく、警戒心に満ちた声。 甚爾は足を止め、思わず内心で感心した。数多の「呪術師」や「呪霊」ですら気付かない「気配の絶たれた俺」を、ただの一般人の、それも小学生のガキが捉えたのだ。どこかで似たような経験をした覚えがある。そう、「五条家」に「六眼」と「無下限呪術」の抱き合わせ、将来「最強」となる事が確約されたガキが産まれたという噂を聞いて、戯れに見に行った時以来の…甚爾が気取られたのは、「五条悟」から数えてこれで二度目だ。
(……呪術の素養があるのは乙骨の方だと聞いていたが、直哉の渡した資料には情報が無かった里香という女も若しや………この勘の良さは異常だ)
「……あ? ああ、俺か。気にするな、ただの仕事だ。人を見守るだけで日給百万も貰えるっつー、美味すぎるバイトの最中なんだよ」
「意味わかんない……憂太と私には関わらないで。ついてこないで!」
「里香ちゃん………?」
里香は吐き捨てるように言うと、不安げな表情の乙骨の手を引いて早足に去っていった。
「ウッぜーなあ………まぁ、俺もガキの相手は得意じゃねぇんだ」
甚爾は家にいる子供達を思い出しながら鼻を鳴らし、それでも仕事のために再び歩き出した。
◇◇◇
今日も甚爾は、公園で遊ぶ小学生カップルをスマホ片手に遠目に監視するという不審者のような行動をしていた。
(あのおじさん………また………)
里香は生まれつきの勘の鋭さから、電子板のギャンブルの結果と睨めっこしている甚爾にすぐ勘付いた。里香は憂太以外の男、特に年上の男は大嫌い(なんなら女も嫌い)である。距離を取ろうと別の場所へ移動しようと考えたのは当然だった。
「憂太!今日は公園じゃなくて別の場所に遊びいこーよ!ショッピングモールにでも行かない?」
「えっ…里香ちゃん、今日は僕お金が…」
「心配しないで!今日一日遊ぶくらいなら里香が出せるから!」
彼女の金の出所は祖母のタンス貯金から盗んだお金だが…既に5歳の時に原因不明の急死を迎えた母の遺品である結婚指輪を勝手に持ち出して、憂太に渡すなどをやらかしている為に、罪悪感など微塵も覚えてないようだ。
信号機のある交差点。里香は先行して、公園の向こう側へと駆け出そうとした。信号は青。だが、その角から一台の乗用車が、凄まじい速度で信号を無視して突っ込んできた。
「危ない、里香ちゃん!!」乙骨の悲鳴、車は止まらない。里香の体は、次の瞬間には無惨にも頭が潰れるはずだった——原作の「悲劇」が繰り返されるはずだった。
だが、この世界には「天与呪縛」の暴君がいる。
ガシャッ、という鈍い衝撃音。 次の瞬間、里香は宙を舞うことなく、巨大な「壁」のような腕の中に収まっていた。甚爾が、車が接触するよりも遥かに早い速度で里香の身体を横に攫い、片手で突進してきた車のボンネットを「叩いて」その軌道を逸らしたのだ。
車は街路樹に突っ込んで止まり、里香は無傷のまま甚爾の腕の中で固まっていた。偶々居合わせていた数人の一般人達は拍手喝采、まるでヒーローだと沸き立っている。スタントマンかスポーツ選手だろうかと口々に甚爾の正体に想いを寄せていた。
「……ったく。日給百万の仕事に万が一の事があったら、直哉に何を言われるか分かったもんじゃねぇ」
「……は、放して! 放してよ!」里香はお礼も言わず、甚爾を突き放すようにして腕から飛び降りた。
「チィッ………ふてぶてしいガキだとは思ってたが、命の恩人にお礼の一つも言えねーのか。俺の息子の方がまだ可愛げがある………」
そこに、真っ青な顔をした乙骨が駆け寄ってきた。彼は震える手で里香の無事を確認すると、甚爾に向かって何度も、何度も深く頭を下げた。
「あ、ありがとうございます……! 里香ちゃんの命を、助けてくれて……本当に、ありがとうございます!」
「……気にすんな。仕事だっつったろ」
甚爾はそう答えながら、乙骨の様子を注視していた。里香が死にかけた瞬間、この「乙骨憂太」という少年から、底知れない、ぬるりとした負の感情——「呪力」が溢れ出したのを、甚爾の研ぎ澄まされた感覚は逃さなかった。
(……直哉の言う通りだ。こいつの血は、間違いなく『特別』だな)
甚爾は柄にもなく、乙骨の肩に手を置いた。
「……おい。オマエ、将来の進路は決まってるか?」
「えっ……? 進路……?僕は公立の中学校に行く予定で………中学受験とかをする気はないですけど」
「数年後、高校生になれる年になったら『東京都立呪術高等専門学校』ってところに来てみないか?そうすりゃ、俺の仕事仲間が喜ぶ」
「……そこって、どんなところなんですか?」
乙骨の純粋な問いに、甚爾は一瞬言葉に詰まり、それからふてぶてしく笑った。
「……さっきみたいに、人を助ける仕事だ。オマエにしかできない、とびきりデカい助け方がな」
里香が「憂太は行かせない!」と甚爾を睨みつけるが、甚爾は動じない。
「……安心しろ。オマエも彼氏と一緒に来ればいいさ。二人セットなら、あのパトロンも喜んで金を出すだろうさ」
甚爾の「彼氏」という言葉に、気恥ずかしくなったのか、里香と憂太は顔を赤く染めた。
◇◇◇
一般人が警察を呼んだのか、内心毒付きながらも警察の聴取を子供達と終えた甚爾は、夕闇に消えていく二人の背中を見送った。もし俺がいなければ、あの少女は死に、あの少年は生涯消えない呪いを背負っていただろう。甚爾はiPhoneを取り出し、直哉に報告を入れた。
『例のガキ、拾えそうだ。ちょっとアクシデントはあったがな………ついでに、もう一人…折本里香ってガキも隣にいたんだが…ソイツも持ってる側だ。追加報酬、期待してるぜ』
直哉からの返信は、一瞬で返ってきた。
『最高や甚爾君!アンタはいつも俺の望む以上の成果を出してくれる…今日の報酬は十倍にして振り込んどく、恵君や津美紀ちゃんにいいもん食わせたれな』
甚爾はフッと笑い、スマホの電話アプリを開いて、家で待つ子供達とを繋ぐ番号を打ち出す。
「ああ、津美紀か。父さん、今日また臨時収入があってな。今日はうなぎの出前でも………えっ?出前や外食ばかりだと体に悪いからもう作ってある?ハハッ、ありがとな。帰ったら俺も一緒に………」
暴君は、夜の帳が降りる仙台の街を、少しだけ軽やかな足取りで歩き出した。