禪院直哉成り変わりー禪院家が壊滅しないよう色々頑張ってみるー 作:AKHT‐47
高専の寮、「禪院直哉」の自室。遮光性の高い特注のカーテンは隙間なく閉じられ、正午を過ぎたはずの外界の光を、一筋たりとも室内へ通していない。
直哉は、通信販売で取り寄せた最高級のシルクと羽毛の寝具に深く埋もれ、心地よい「無」の中にいた。最近の自分を振り返れば、文字通り休みなしだった。「伏黒甚爾」を味方に引き込み、「羂索」を早期討伐し、「大討祓」で全国を駆け回り、「五条悟」の覚醒を促し、「夏油傑」の闇落ちフラグを一本ずつ物理的に叩き折り、「乙骨憂太」と「折本里香」の呪われた運命を救い………日々の呪霊を狩る仕事だってあるのだ。
(……今日は、一歩も動かへんぞ。高専に入学してからというもの、色々良くしてこうとずーっと動きっぱなしで流石に疲れたんや。電話も鳴るな。呪霊も湧くな。悟君も傑君も、俺の部屋の呼び鈴を鳴らしたら承知せえへんからな……)
意識の隅でそんな毒づきを漏らしながら、直哉はシーツのひんやりとした感触を堪能する。 空調は、肌を乾燥させない絶妙な温度と湿度に設定され、枕元には蘭太に用意させた、寝起きの喉を潤すための最高級のミネラルウォーターが置かれている。
外界の音は、厚い壁と防音処置によって完璧に遮断されている。 聞こえるのは、自分の穏やかな呼吸音と、時折衣擦れが立てる微かな音だけ。投射呪法で常に秒間二十四枚の「速すぎる世界」に身を置く彼にとって、この「一秒が正しく一秒として過ぎていく時間」こそが、何よりも贅沢なパトロンへの報酬だった。
重い瞼を閉じたまま、直哉は泥のような眠りの淵へ、再び沈んでいこうとした。――しかし。 その「完璧な休日」を、一通の震動が容赦なく引き裂いた。
ピンポーン
「………」
直哉は聞こえないフリをして、布団で顔を覆い隠す。
ピンポーンピンポーン
「なんや、やかましい!!」
休日を邪魔された苛立ちを抱えながら、直哉はインターホンの画面を覗き込み、招かれざる客は誰だと確認する。そこにいたのは………
「と、甚爾君!?」
慌ててマイクをオンにし、会話を試みる。
「ど、どないしたんや甚爾君。アンタの方から来るなんて珍しい………」
というか、初めての経験かもしれない。甚爾の背を追っていたのは直哉の方で、甚爾に頼みごとをし、金を渡すのも直哉の方、今まではそのような関係しか築いて来なかった。
『あー、ちょっとな、オマエに頼みたい事があってな』
「ホンマか!?」
あの暴君が人に頼み事をするなんて稀有な事態に直哉は舞い上がり、睡眠欲はどこかへ吹き飛んでしまった。
「甚爾君の頼みなら何でも聞いたる。今鍵開けるから上がってや………高いお茶っ葉もあるで?」
急いで玄関を開けに行った直哉は、意外な光景を目にする。
「恵君、津美紀ちゃんまで………」
「どうも」「ご無沙汰しております直哉さん」
「伏黒恵」と「伏黒津美紀」姉弟、恵の挨拶はぶっきらぼうだが、姉の方は幼い割にはちょっと畏まり過ぎてる気もする。
「あー、用があったのは恵の方だったんだがな。津美紀を置いてくのもあれだし………俺以外に保護者いないからな」
直哉がドアを開けた事で、彼をどかしてドカドカと暴君は部屋に入って行く。彼の目的とは一体………
◇◇◇
「へぇ、十種影法術の最強の式神、魔虚羅を調伏したい?」「ああ」
伏黒姉弟には直哉が呪霊の討伐褒賞で買ったPS2やお菓子を与え、遊ばせている間、直哉は甚爾の目的について話し合っていた。
「八握剣異戒神将魔虚羅」………「布瑠の言」と「法輪」は完全なる円環と調和を意味し、「あらゆる事象への適応」「最強の後手」という能力を持つ「禪院家の虎の子」である。適応抜きの基本性能も相当イカれている為、調伏はまず無理ゲー、通常は「調伏の儀」に相手を巻き込んだ「自爆運用」くらいしか使い道がないというピーキーな使い魔だ。
「これまたどうして?恵君をそんなに強くしたいん?」
原作の直哉は「あっち側」に執着していたが、正直なところ、俺は自他共に、幸福を享受できるなら強くならなくてもいいだろという価値観だった。今まで必死こいて鍛錬していたのは、単に他者を救う必要条件だと判断したからだ。
「別に………特に深い理由がある訳でもねぇが………強くなった方が、色々融通が利くっていうか………親心みたいなもんだろ?」
「はあ………」「あとは………男のロマン………」
「フッ………」ボコォ「いっつ………」
甚爾のロマン発言に思わず噴き出した事に、暴君の制裁が加えられた。まあ呪力の強化も碌にない状態で本気で殴られたら頭蓋骨陥没は免れないので、これでもかなり手加減されている。
「けど、何で俺に頼るねん?」
「オマエ、結構悪知恵働くじゃねぇか。即席の縛りの結び方もウマイ。何より、俺と比べて人脈もある………」
甚爾は立場上直哉を仲介して働く「高専関係者」なのだが、前科がある為に基本嫌われている。多少仲良くなったのはそれこそ夏油くらいなものだ。
「ふーん、けど、今の恵君には早すぎるんとちゃう?術式には目覚めたばかりやろうし、使えるのは最初から使える玉犬くらいやろ」
「いや、既に魔虚羅以外の式神は調伏してる………」
「………マジ?」「大マジ」
甚爾は一から説明した。十種影法術の調伏の儀は、基本単独でやらなければ、式神を下したとしても、主とは認められない。「基本的」には………何事にも裏道というのはある。
「俺は呪術的には呪力のない物質扱い、透明人間みたいなもんだからな」
「なるほど………そういうことかいな」
「呪力ゼロ」の「フィジカルギフテッド」だけは例外だったようで、調伏の儀に参加しても、人数としてカウントされなかったようだ。直哉も前世で、似たような考察を見た覚えがある。そこまで考えが至るとは、脳の方もギフテッドで強化されているのかと思う。
「そんな大したもんじゃねぇよ………呪術に慣れさせるために、戯れに恵に式神呼び出させて、危ない所を俺が代わりに倒したら、偶発的にこの方法を発見したんだ」
甚爾は謙遜するが、褒められた嬉しさはあまり隠せていない。
「そんな甚爾君でも、魔虚羅は無理なんですか?」
「ありゃ正真正銘の怪物だ。フィジカルだけなら俺も負けてねー自信はあるけどな………あいつは3m近いあの巨体の全てを一撃で破壊しなきゃ「適応」ですぐ立ち上がってくる。適応を重ねるごとにドンドン強化されるしな………俺じゃ多少殴り合った後、「天逆鉾」ブッさして儀式を強制終了させるのが限界だった」
「そうですか………」
甚爾でも下せなかった怪物、直哉に倒す方法が思い付くのだろうか?
「どうだ。なんか思い付いたか。もし今回の頼みを達成出来たら、金の無心を今までの半分にしてやってもいい」
「言質、取りましたからね?」
甚爾としては内心無理筋な願いだろうと思ったのか、見返りをかなり大きく出たが、直哉は「縛り」として再確認する。
「既に魔虚羅以外の式神を手に入れてるなら、方法があるかもしれん………」
直哉は魔虚羅調伏に向け、必要な人材を揃える為に最新のiPhoneで電話を掛ける。
「もしもし、悟君?直哉や。今日の任務帰り、ちょっと付き合うて欲しいんや。傑君も呼ぶ気なんやけど、何って?未来の聡く強い人材を作る為………」
直哉は電話の為に、一旦席を外して、寮の外で電話をしようとする。
「………父さん、」
恵はしっかりと父と従兄弟叔父の会話を聞いていたようで………まだ金の無心を続ける気なのかとジトっとした目を向ける。
「………なるべく、直哉の奴には頼らないよう、父さん気を付けるよ………」
本当に厄介なのは、息子の影に眠る魔虚羅より息子自身のようだ。
◇◇◇
魔虚羅調伏に必要なメンバーは、「現代最強」の術師「五条悟」、「500万を超える異形の軍隊」を従える「夏油傑」、そして調伏の儀を行う当人である「伏黒恵」………直哉と甚爾はもしもの時の為のバックアップ要員として待機、儀式をするにあたって、高専の校舎とグラウンドの使用許可も学長である「夜蛾正道」から取っている。
「俺が魔虚羅討伐にあたって目を付けたのは「貫牛」って式神です」
「ああ、直線距離でしか動けない代わりに距離稼ぐほど威力が増す縛りが絡んだ能力持ってるあれか。正直使い辛くないか?」
魔虚羅を一撃で倒す為には相当な距離を稼がなければいけないだろう。そしてそんなに直線距離を稼げる障害物のない場所など、地球上にはどこにも………だったっ広い砂漠や荒野などに行くという手段もあるが、時間をかける都合上術師の負担も大きい。
「そこで、傑君の手持ち呪霊の出番な訳ですよ。傑君、6年前の星漿体護衛任務の直前にあった無限回廊の結界術が使える呪霊………」
「あー、そういう感じね………」
「私も、直哉君の考えが薄々分かったよ」
最強コンビはすぐに理解した。貫牛の移動距離を、夏油が昔取り込んだ継ぎ接ぎ上に結界を繋ぎ合わせ無限に続く結界を作る呪霊を使い稼ぐ魂胆なのだろう。
「その呪霊の結界内では時間の経過が外に比べて著しく遅くすることも出来る………外で待ってる分には数日走りっぱなしにしても大して遅くはならないだろう」
「俺の記憶やと、任務の時は確か現実時間の2日が結界内では30分程度に相当したと歌姫先輩から聞いてますが、そこら辺は結界術の要件変更で結界の効果を逆転させればいける感じです?」
「ああ、結界の足し引きとしては問題ない」
「多めに見積もって2時間、結界内で8日くらい貫牛を走りっぱなしにさせれば魔虚羅を倒すには十分事足りると思います。駄目なら駄目で、後日またやり直せばええし………」
「………で、俺は蒼を使って威力をタメまくった貫牛を最後に魔虚羅にぶつけるようワープさせる役ってことね………最強に成って久しいけど、ワープ要員として使われるのは何年振りかな………」
「調伏の儀はちょっと意地の悪いとこがあってな、魔虚羅は顕現する時、いつも術者の後ろに現れる………しくじると前方にいる恵の方が自分の式神に轢き殺されかねん」
貫牛をワープさせる直前、愛息の回収は俺がやると、甚爾は引き受けた。
「へぇ、息子には随分と優しいんだな。金にしか興味ないと思ったぜ」
「フッ………そうだな」
甚爾は五条の煽りに大人な対応を見せるが………
「五条悟………さんでしたっけ?もっと父さんに色々言って下さい」
「………」「ハッ!息子に呆れられてやんのォ!!」
甚爾は息子の言葉に意気消沈し、五条は煽りを加速させた。津美紀だけは、恵にやめてあげなさいと怒った。
「はいはい、もうええやろ。早くせんと日が暮れちまう………」
今回の作戦を立案した直哉は、恵と最強の先輩二人を連れて学び舎へと入って行く。恵には貫牛の召喚を、五条には貫牛をいつでも「蒼」のワープで移動させられるようにマーキングを、傑には先の呪霊を呼び出させ、無限に続く結界を展開させた。
「今日もまた、新しい最強が産声を上げるんやね………」
2011年某日の夏の暮れ、その日、史上初、伏黒恵が人類未踏の魔虚羅調伏を達成する。自分が最強にはなれずとも、最強を作る人間にはなれる。あっち側に行けずとも、自分はそれで十分やと、直哉は内心満たされていた。